500歩の先
    01. 春 [一文字物語 参加作品 2012.06.14.]

 新入生を目当てに居並ぶ部活勧誘の列を、亜沙胡(あさこ)は避けるように通っていた。
 部活に興味がないから、勧誘につかまる前に早く通り過ぎてしまいたい。ところがその進路を、黒い学生服を着た男子生徒が大胆に立ち塞ぐ。おまけにあろうことか、両手を広げてガバッと亜沙胡に飛びかかってくるではないか。
「おっじょおっさーん!」
「っきゃああああ」
 そのとき、横から別の人影が颯爽と飛び込んで来て、変体男をガツンと殴り倒した。
 頭から煙をあげて男が倒れると、彼を殴り倒した人影――スカート丈の短い女子生徒が胸を張って男を睥睨する。太陽の光を受けているせいか、髪の色が少し薄い。それが印象に残る。
 かっこいい。なんてかっこいいんだろう。
「大丈夫?」
 声をかけられ、亜沙胡は胸を高鳴らせた。
 同性にドキドキするなんてどうかしてると思ったけれど、彼女は本当にかっこよかったのだ。
「は、はい……!」
「うちのバカ部員がごめんなさい。お詫びにお茶を出させるから、うちに来ない?」
「はい!」
 そうして連れられた部室でお茶を一杯飲んだ後、亜沙胡は入部届けなるものに名前を書いていた。
 彼女がこの伝統勧誘を継承するのは、それから一年後のことである。

    02. 鈴をつける [超短編500文字の心臓]2012.06.30.【正選4点 次点2点】

 涼風がすがすがしい、早朝。
 御影石の鳥居の向こうに、一台の軽自動車が停止した。
 境内を清めていた神主は箒を持つ手を止め、運転席から降りてきた初老の男性に微笑む。
「古賀さん、おはようございます。お早いですね」
「おはようございます、神主さん。ご依頼の品をお届けに上がりましたよ」
 二人は本殿を迂回し、境内の一角へ向かった。
 そこには小さな、大人がひと抱えで運べる程度の大きさの社が祀られていた。
「お稲荷さんも驚かれたでしょうなぁ」
 初老の男が社に鈴をさげる。チリリンと愛らしい音をたたえた鈴には、真新しい紅白の鈴緒が垂れていた。
「もうずいぶんとくたびれていましたから、そろそろ替えの時期ではあったんですよ。……あるいは、お稲荷様のお知らせだったのかもしれません」
 乳離れも済んでいない赤子が、なにを思ったのか、母に抱きかかえられたまま手を伸ばした。気付かぬ母は歩き出し、稲荷社の鈴を千切らせてしまったのだ。
 神主は、これも何かの縁と、古い鈴を赤子に託した。
 稲荷は豊穣の神、豊穣は子孫繁栄にも繋がる。鈴はきっと、あの子の御守りになるだろう。

    03. 環境再生者 [ペンギンフェスタ2012]

 そもそも環境が悪いのよ。
 そう言ってねーちゃんは、とうとう机から離れてしまった。
 手始めに始めたのは、マンガの回収。
 満天の星空みたいに、部屋中に散りばめられたジャンル問わずの漫画本を、黙々と集めていく。
 床の上、ベッドの枕元、学校指定の鞄の中。
 歩けば百パーセントの確率で当たるんじゃない? っていうくらい散乱している漫画をひと抱え集めたねーちゃんは、それを二層式の本棚にぐいぐいと押しこんだ。
 オイオイねーちゃん、勘弁してよ。巻番号どころか、本のタイトルすら並んでないじゃん。
 まったくしょーがねーな。
 そう言ってオレもやむなく参戦する。受け取った本をタイトル別にして、番号順に。ついでに少女漫画と少年漫画の分類を。
 ねーちゃんは、次は机の引き出しを開け始めて、要らない紙くずを捨て始めた。
 放置されてた洗濯物。
 テキトーに並べたゲーセンの景品。
 出しっぱなしのゲームコントローラーまできっちりしまう。
 うお、ねーちゃん! そこはやめて、オレがやるから! いやいや、男には触れて欲しくない過去を閉じこめておく場所が必要なんだよ!
 そんなこんなで三十分。ピカピカとまではいかずとも、部屋はきれいになった。
 で? ねーちゃん。試験勉強は?

    04. その掌には 【原案】 韻が気に入らずボツ

「亜沙胡ちゃーん、トカゲちゃーん! ごはんよー!!」
「「はーい」」
 階下からの母の呼びかけに、私と弟は声をそろえて返事をした。
 ちょうど宿題も片付いたところだったので私はさっと机から立ち上がる。けれど弟はまだまだ読み足りないらしく、今日私が買ってきたばかりの少女漫画にしつこくしがみついていた。
「ほら、行くよ」
 足で軽く小突くと、
「いーとこなのに」
 ぷうっとしかめっつらをしながらも、弟は素直に姉の命令に従う。
読みかけのページを開いたまま本を伏せた弟は、部屋を出た私の後を追って階段を下りはじめた。
「なー? 姉ちゃん? そういえば俺ってなんでトカゲなの?」
「は?」
「だって姉ちゃんは名前で呼ばれるだろ? なのになんで俺は「トカゲちゃん」なワケ?」
 どうやら弟は、我が家でのあだ名がお気に召さないお年頃に育ったらしい。年の離れた弟はもうすぐ十一歳。思春期にも盛りがつく頃で、身の回りに自覚も出てきたのだろう。
 まあ、気持ちが分からないわけでもない。なにせ「トカゲ」だ。
 けれどそれにはれっきとした理由がある。
「両手を広げてググれば分かるわよ」
 それでも分からなければ手相の本を読みなさい、と私はアドバイスして夕食の席に着いた。

    05. その掌には [超短編500文字の心臓]2012.07.22.【逆選3点】

「ねーちゃん、オレどうしてトカゲなの?」
 弟の唐突な質問に、私は宿題を片付ける手を止めた。
「は?」と聞き返すと、少女マンガを読んでいたはずの弟は、本を伏せて切実に訴えてくる。
「だって父ちゃんも母ちゃんも、ねーちゃんのことは名前で呼ぶだろ? なのになんでオレは“トカゲちゃん”なの? 納得いかねーよ」
「アンタ、生まれたときからそう呼ばれてたじゃない」
 なにをいまさら。
「あ、もしかして学校でからかわれたの?」
「う、うっさいな! ねーちゃんにはカンケーないだろ!?」
 図星か。我が弟ながらなんて分かりやすい。
 それにしても、ついこの前までオギャーと泣いていた弟が体裁を気にするまでに育ったなんてなぁ……。
 しみじみと彼の成長を感じていると、階下のリビングから母親の声が響いた。
「亜沙胡ちゃーん、トカゲちゃーん! ごはんよー!!」
「「はーい」」
 ほらな? と、弟が表情で呼びかけてくる。
 だから私も、ひょい、と肩をすくめてみせた。
「そんなに気になるなら、両手を広げてググってみなさい」

    06. シェルター [超短編500文字の心臓]2012.08.05.投稿【正選2点 次点3点】

 当番なんて嫌いだ。
 そんなことを考えながら、オレは鍵を使って百葉箱の扉を開いた。
 すると、
「わっ!?」
 なにかが飛び出してきて、オレは思わず尻もちをつく。
「どうしたの?」
 同じ当番のナナセが慌てて駆けつけると、彼女は冷静に周囲を見渡し、飛び出したものの正体を教えてくれた。
「トンボだ。昨日の夕立のときに逃げこんだのかな」
 それから彼女は続ける。
「シェルターだしね」
 シェルター? それってあの、核兵器や隕石が落ちてくるときに逃げこむやつ?
「でも、こんなスキマだらけで雨なんて避けられるのかな?」
 百葉箱はちょっとオンボロで、完璧じゃない。
 オレが首をかしげると、七瀬は「ちがうよ」と笑った。バカにした笑い方じゃなくて、先生の笑い方だった。
「百葉箱のことをシェルターっていうの。正確にはインなんとかシェルター」
「そーなんだ? ナナセって物知りだな」
「パ……お父さんが仕事で使ってるんだって」
 それから彼女は湿度と温度を調べて、「行こう」とオレに手を差し伸べてくれる。
 その手を受け取りながら考えたのは、百葉箱のことじゃなく。
 そういえば、ナナセはオレが腰をぬかしたことも、オレがトカゲと呼ばれていることも、嗤ったりしなかったっけ。

    07. 君の帰る場所 [同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか] 2012.08.19.投稿

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。

 夜の気配をまとう森を背に、ひっそりと佇む少女。
 ずいぶん前からそこに立っているんだと、どうしてか分かった。
 きっとあそこから前に進むことができなくて、長い間ずっと棒立ちになっていたんだろう。
「……おかえり」
 オレがそっと声をかけると、彼女は駆けだす。踏み出せなかった一歩を越えて、その先へ。
 オレはそれを受け止めて、抱きしめて。
「おかえり」
 嗚咽をもらす彼女に紛れて、ちょっとだけ泣いた

    08. すいている [超短編500文字の心臓] 2012.09.25.投稿【正選1点 次点4点】

 玄関を開けるといい匂いがした。
 夕食の匂い。新米が炊ける匂いと、それからカレー。

 限界に近い空腹を抱えているときに、この反則的な匂いがするものだから、お腹がバカ正直にグゥ~と鳴る。
 ああ、今すぐ炊きたてご飯をお皿によそってカレールーを注ぎたい!
 大きめのスプーンでガッツリ貪りたい!

 でもその前に確かめないと。

 私は持っていたビジネスバッグを放り出し、ハイヒールをぬぎ捨ててドスドスと廊下を突き進んだ。
 目指すは匂いの発生源、つまりキッチン。
 リビングとダイニングを兼ねた部屋の隅にある調理場だ。

 廊下の突き当たりのドアに手をかけ、勢いに任せてバンと開く。
 とたんに強くなったカレーの匂いが豊潤なヨダレを召喚して、うっかり昇天しかけたんだけど、仕事で培った自制心でキリッと意識を引き締めた私は、キッチンにビームを放つ勢いでチェックした。

 そこにいたのは男が二人。成人男子一名と、小学生一名。
 ご丁寧に二人ともエプロンなんぞをかけている。

「お帰りなさい、お母さん!」
「ゴハンできてるよ」

 満面の笑顔で迎えられても私は騙されない。
 私はクワッと般若の面を装着した。

「やり方が見えすいているのよ! 何をやらかしたのか白状しなさーい!」

    09. 消臭効果 [超短編500文字の心臓] 2012.11.08.投稿【点数なし】

 においがするのよ、私の部屋。
 生ゴミに似た、ちょっと臭い感じの。
 掃除はちゃんとしているのよ。今日だって天気が良かったから布団を干して、雑巾がけだってやったんだから。ほら部屋、隅まで綺麗でしょう?
 でもにおうの。気にしているとどんどん強くなって、ひどい時は夜も眠れないのよ。
 なのにどうしてかしらね? あなたがこの部屋に来ると、においがなくなってしまうの。不思議だわ。
「……前に僕が、『僕は人に嫌われてる』って言ったの、覚えてる?」
「嫌われ…? ――ああアレね。妙な冗談を言うなぁって思ったから覚えているわ。それがどうしたの?」
「あれ、ちょっとだけ、嘘。僕を嫌っている『ひとたち』ってさ――」
「なによ?」
「――みんな、向こう側が透けて見えるんだ」

    10. 情熱の舟 [超短編500文字の心臓] 2012.12.31.投稿【次点2点】

 私がその御人に逢ったのは、旅中の客足も遠退き始める暮方であった。舟の舳先で私が一服していると、その御人は静に川下りを頼むと申し出た。私は大方、遅脚の遊子であろうと見当を付け、その御方の恃みを易く請け負った。
 櫂を手に漕ぎ出すと、その御方は舟の端先を陣取り、船頭である私に背を向けたまま一言、二言も発することなかった。
 舟は進み、景色は移ろった。川に波紋が浮べば、離れ行き何れ消えた。
 やがてその御人は静に云った。
「源さんの漕ぎが、一番情熱的ですな」
「そうですか」
 私の声は憮然としていた。私は情熱的と云う言葉を荒々しいものだと解釈したからだ。それに気づいたその御方は、一寸笑って言葉を変えた。
「一番舟を労わっておられる。舟を愛されておられる」
 然し私はここで一寸考えた。果たしてこの御方は私という人間をどれほど御存じなのかと。私達は初めて逢った筈なのだ。私はここで漸くこの御人に違和感を感じた。そしてふと思い出した。船頭たちが信しやかに囁く噂だった。私はそれを信じていたわけではなかったが、不可思議にもこの時は信じる気になっていた。
「ヌシ様、五十年もの間、御世話になりました」
 その御方は又笑い、又静かに云った。

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