MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. TP01
 なかば予測はしていた。
 冬の終わり頃に行われるこのイベントには、どうしても丁寧にラッピングされたこのお菓子が必要なのだ。そして、悠里の住む里に、この手の菓子を取り扱ってなお且つイベント用にあつらえられた品物はない。
 だから、学校帰りに必ず立ち寄らなければならない駅ビルの中に、イベントに向けて大々的に解放された催事場で、もしかしたらバッタリ会うかもしれないとは、なかば予測していた。
 そして予見は見事に的中したのだ。

「あ――――――――!?」
 他の客をまるで顧みない叫びに、悠里はびくっと身体をふるわせた。
 けれどすぐに冷静を取り戻す。予測していたのだから、声の主はすぐに思いついたし、叫び声の原因も思い当った。
 振り返ると、まるでそこにだけ鏡が立てかけられているように、自分とまったく同じ顔をした妹が立っていた。一緒にいるのは妹の友人たち。顔に見覚えはないが、妹と同じ制服が如実にそれを語っている。
 悠里の通う公立中学とは違う、けれど同じ市内にある私立中学の制服だ。
 彼女たちは一様に、まったく同じ顔をした一卵性の双子に驚いていた。髪型も顔立ちもまるで同じなので、ときに両親すら間違うほどそっくりであることは、妹から聞かされていたはずなのだろうが、やはり直接目にするのはそれなりに衝撃があるらしい。
「え? お姉さん?」
 と、妹の友人の囁きが耳に届く。
 しかし妹に、その小さな声は届いていない。ただただ姉の奇行に、とにかく驚いていた。
「なんで!? 必要ないじゃん!!」
 妹の言いたいことは分かる。
 確かに必要ない。少なくとも今まではずっとそうだったし、今年だってそうだし、来年以降もずっとそうだろう。
 けれど時に人の事情は変わるものだ。
 セーラー服の襟首を掴んで迫る妹をぐい、と平手で追い返し、寸分違わない自分の顔を遠ざけた。見慣れ過ぎているからこそ、鬱陶しい顔だ。
「なによー」
「…………」
「いーじゃん、王理、喜ぶってばー」
「…………」
「えぇー? そこ照れるとこー?」
「…………」
 終始無言の姉の表情を巧みに読み取れる妹の技芸は、ある意味どんな魔法より優れていると思う。だからこそ鬱陶しい。
「でもさー、今さらどうしてバレンタイン? 悠里いつもホワイトデーにお返ししてるんだし、それでよくない?」
 そこが問題なのだと、今年は思った。
「……鬱陶しい」
「――は?」
 その辺りの事情は汲み取れなかったらしい。妹はあからさまに眉を寄せ、顔を寄せた。
「ホワイトデーまで期待されるの、鬱陶しい」
 冬の盛りのバレンタインから、ちらほらと春が見え隠れするホワイトデーまでは、およそ一カ月というタイムラグがある。
 多分に、多勢が期待に胸を膨らませ、その一方で期待を自制するであろうその期間、例にもれずあの男も期待に目を輝かせるのだ。
 バレンタインは毎年恒例だし、悠里は贈られたら贈り返す律儀な性格をしていると知っているにも関わらず、あの男は乙女のように胸を高鳴らせ、そして期待しすぎてはいけないと自分に言い聞かせつつも、やっぱり期待する。――そんなキラキラした目を、ホワイトデーまで向けられる。
 あれほど鬱陶しいものも、そうそうないだろう。
 妹の朱里も、思い当るふしが見つかったらしい。目を横にそらして「ああー」だか「うーみゅ」だか、奇妙な唸り声をあげた。
「でもでも、そこが王理の可愛いトコじゃん。子犬みたいな目してさ」
「鬱陶しい」
「う……」
 にべもない切り返しに、妹はたじろいだ。
 どんなに取り繕ったって、結果は同じだ。
 いい歳した大の男が子犬みたいな目をしてホワイトデーを待つなんて、そこが鬱陶しいのだ。……まあ、確かにちょっと可愛いけれど。
「だから、今日貰った物は今日返す」
「なる」
 納得し、短く肯いた妹は、しかし余計なことに気付いてくれた。
「――で、何をあげるかすごおおおく迷ってるわけねー。なるほどー」
「…………」
 あざとい。
 妹をひと睨みするが、効果が望める相手ではない。
 勝ち誇ったような顔をちらりと見せた妹は、しかしすぐに表情を変え、ひょいと肩をすくめた。
「別にチョー安いヤツでいいじゃん。悠里から貰ったものなら、アルミ一枚分だって死ぬほど飛び上がって喜ぶよ? 絶対」
 妹の読みは正しい。
 王理はそういう男だ。
 けれど。
「…………」
「ああ……うん……まあ…………確かに。去年のチョコケーキも美味しかったし、おととしのチョコはパティシエかよって突っ込んじゃったしなぁ」
 王理が毎年用意してくれるバレンタインのプレゼントは、生半可なものではない。お菓子という点では統一されているが、そのどれもが手作りで、しかもお店で買うよりもずっとずっと美味しいのだ。
 だから下手な物はあげたくない。
 どんな物をあげても、昇天するくらい喜ぶとは分かっている。けれど、あげたくない。
 ある意味これは、贈る側のプライドだ。
 だけどどうしたことか――間違いなくお菓子メーカーの陰謀のはず――、駅ビルのイベントコーナーに居並ぶチョコレート達は、どれもとても原価に見合っているとは思えない高額商品が並んでいる。
 中学二年生の小遣いには、少々手痛い。
「悠里、そんなににらんでもチョコに罪はないって」
 ぽんと肩に手を置き、朱里は「はぁ、やれやれ」と小馬鹿にするように首を振った。
 腹が立つが、たしかにその通りだ。
「別にチョコなんてなんでもいいじゃん。そんなに気になるなら板チョコ溶かして手作りすればいいじゃん」
「手作り……」
 はた、と動きを止める。
「――それいいかも」
「ええ!?」
 安く済むし、心だって込められる。いいと思う。
 けれど妹は、そんな悠里の意志に反し、やたらめたら大慌てした。
「ちょっ……マジ!? 本気!? 手作りだよ!?」
 こくんと肯くと、妹はさらに慌てた。もはや恐慌状態だ。
「王理の味に敵うわけないし!! うんにゃ、問題はそこじゃなくて、王理卒倒するって!! 鼻血の出し過ぎで救急車っ!!」
 しかしすっかりその気になっている悠里の耳に、朱里の叫びは届かない。製菓コーナーから手作り用品が並ぶコーナーへと移動する悠里の背中を、朱里は唖然と見送りつつも、どこか冷静に小さく呟いた。

「……帰ったら救急箱用意しとこ……」
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