MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. TP01
 快晴。
 見事な秋晴れの空の下、小学校で行われている運動会はプログラムの約半分を消化し、いよいよ昼食前の、保護者参加型の競技が行われようとしていた。
 住んでいる地域ごとにチームを組み、自らの子どもを背負って、大人にとっては小さな小学校の運動場トラックを一周する、という競技だ。「お父さん、お母さん、がんばって!」と銘打たれたその競技は、基本的に一家からひとりが選出されることになっている。
 もしこれが大都会の小学校であれば集まる父母の数は膨大になるだろうが、全校生徒が二百人にも満たない過疎地域の小学校では、「一家」すなわち「一戸」に換算すると五十程度になり、それを十チームほどでまとめてやれば、一チーム五人程度という、競技に適度な人数になる。
 しかしどんな場合でも、少々なりの誤差はあるもの。
 特に、悠里の住む地区は少子超高齢化もはなはだしい地区のため、一家から二人、出場してくれという依頼があった。子どもが二人いる、という点もさることながら、
「うっしゃ、次だな!!」
 やけに張り切る男がひとりいる、ということが、一番大きいのだろう。
「あんまりリキんでると、肝心なところでコケるぞ、王理」
「タクさんこそ、あんまり張り切ってると肉離れするよ」
 にやにやと笑いながら軽口の応酬をする父親と、年の離れた幼馴染の間で、悠里と、悠里の双子の妹・朱里はやや呆れ気味に二人を見上げた。
 母は二人の間でにこにこしている。
 これが悠里宅の、いつもの風景だった。
 子どもがいる家庭の父母の年齢はそれなりに固まっており、平均すればおおよそ三十歳くらいになるのだろう。その中において、幼馴染である王理の二十代前半という年齢は特筆する部類だ。すなわち、体力的にも有利で、足りない人数を補うにはもってこいの人材なのだが。
「悠里、どーする?」
 この場合、おおいによろしくはない。
 不安げに呟く双子の妹の声に、悠里はしばし考えた。
 確かに厄介だけれども、幸い、王理は話しの通じない相手ではない。事情を話せば理解してくれるだろう。
「だいじょうぶだよ、たぶん。美羽ちゃんのこと、話してみる」
「そーだね、悠里にお願いされたら、王理だってきくだろうし」
 なんだか、なんだかな言い草だが、事実なので否定しようがない。悲しいことに。
「それより朱里、お父さんお願いね」
「あはは、だいじょーぶでしょ。お父さんもうイイトシしてるんだから」
 それもまた、なんだか、だ。
 やがて集合の号令がかかり、悠里と朱里はそれぞれのパートナーに引っ張られて入場門へと赴いた。各家庭の父母とその子どもがごった返す中、「子どもを背負って走る」というスタイルをいち早く王理が要求する。
「ほれ」
 しゃがみ込み、広い背中を見せられ、悠里はおとなしくおんぶされた。少々準備が早すぎるキライはあるが、拒否する理由はないし、王理には早いうちに疲れておいてもらうに越したことはない。……まあ、小学二年生の体重がどれだけ王理の負荷になるかは、たかが知れているが。
 よいしょ、と声をかけて、王理が立ちあがる。
 とたんに、いつもとはまるで違う高さから世界を見下ろすことになった。視界に入る世界の広さがまるでちがう。これが王理の世界だ。
「任せとけよ、悠里。絶対一番とってやるから」
 親指を立て、肩越しにニンマリと笑う。
 そんな彼の頬を、悠里はぺちり、と叩いた。
「ダメ」
「あン?」
 目を丸くする王理に向かって、もう一度ダメ、と囁く。
「勝っちゃだめ。一番じゃなくていい」
「なんでだよ?」
「美羽ちゃんちのお父さんが一番若いから、王理が頑張らなかったら一番とってくれるよ」
「みうちゃんちのおとうさん?」
 きれいに整っている王理の眉が動いたので、悠里はこっそりと指をさし、方向を示した。その先には王理と変わらないくらいの、髪を金に染めた男性が、娘とおぼしき少女の手をひいて立っていた。
「美羽ちゃんち、お父さんとお母さんがリコンして、明日お父さんが家を出ていくんだって。だからみんなで決めたの」
「はーん……」
 したり顔で王理があごを撫でる。
「思い出づくりってか。なんだかなー」
「……だめ?」
「どーだろな。思い出があれば生きてけるヤツもいれば、思い出があり過ぎると辛くて死んじまうヤツもいる」
「やめたほうが、いい?」
「お前はどうなんだ、悠里。やった方がいいと思うのか?」
「――うん」
 返答にはほんの少しだけ間を必要としたが、言葉はしっかりと、強く肯いていた。
「じゃあそうしろ」
 よっこらせ、と、やけにジジむさい掛け声をかけて、王理はぴょんと小さく跳ね、悠里の位置を直した。
「一番悪いのは、ぐだぐだ考えるだけ考えてなにもしないことだ。いい結果につながるか、悪い結果になるかなんて誰にもわかんねーし、ソレがいいことか悪いことかなんて、見ている人間で変わるモンだかんな。だから誰だって、自分が正しいと思ったことしかできねーんだよ」
 王理のはなしは時々長くてよく分からなくなる。
 ただ、自分の考えが否定されていないことだけは、よくわかった。
「じゃあ手伝って?」
「はいよ、お姫さん」
 首に自分の細い腕をまわし、小さな身体を広い背中にだらりと預ける。
 普段は両親どころかご近所中からロリコンなどと不名誉なあだ名をほしいままにしている男だが、やっぱり自分よりは大人なのだと思った。
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