MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. EK05
「そこで――」
 びくん、と震えた少女を、
「なにをしている?」
 なだめるように声をかけた。
 真夜中、人里離れた森の中の小ぢんまりとした小屋、そのリビングで、月明かりだけを頼りに古いポートレートに見入っていた少女は悪びれた様子もなくまっすぐこちらを見据える。
 ――ああ、この瞳だ。
 漆黒の夜闇に溶けてしまいそうな色は、記憶とはまるで異なっている。しかしそのまなざしは、写真の中の少年とまったく同じ温度をもっていて、この胸にわだかまる望郷に似た観念をそっと揺り起そうとする。
 かつて志を共にし、共に歩み、共に戦った少年。
 いまは亡き彼のかすかな面影に、男は眩しさを覚えて目を細めた。
 接点など、なにもないはずなのだ。異世界から来たと自称するこの少女と、あの逞しくも優しかった少年と。
 だが――なぜだろうか。この胸に灯る予感は。
 なぜこの少女はこんな真夜中に、少年が映る写真をのぞきこんでいたのか――胸中に宿った予感は、その疑問の果てにあるように思えた。
「……君は……オーリを知っているのか……?」
 そんなはずはないと自分に言い聞かせながらも、ついつい期待してしまう。デゼスペレ・オズマに立ち向かい、生き残ったのは、たった三人だけではなく他にもいたのではないか。今日まで生き残っているのは自分ひとりだけではく、他にもう一人いるのではないか……。
 答えた少女の声にはなんの気負いも感じられず、また、抑揚も浅かった。皆の就寝前に見せた、ろうそくの炎のような――静かなれど熱い激情の残滓はまるでない。おそらくこれが本来の彼女の気質なのだろう。いまにも消えそうなほど小さな声は、思い出の少年とはまるでちがっていて、彼女はあくまでも「彼女」なのだと思わせた。
「私の知っている王理と、あなたの知っているオーリが、同じだという証拠はない。――だけど、たぶん……」
 消えゆく言葉には、しかし、明確な肯定の響き。
 まさか、と思う。
 やはり、とも思う。
 ――生きていたのか。だが、それならばなぜ、オーリは〈バイオ〉で行方をくらましたままなのか。なぜ〈ノウア〉へ帰らないのか。そもそも異世界から来たと言う少女と、どうやって知りあったのか。
 さまざまな疑問が浮かび、男は戸惑う。
 頼ってくれていいのに。父親のように……とまでは、言わない。だがどれだけ強く、どれだけ逞しくとも、彼は十二歳になったばかりの幼い少年で――いつの間にか息子のように思っていた。だから、頼られないことがなによりも悲しい。しょせん自分は、保護者気分を味わっていただけなのか……。
「これは、私の推測。王理はたぶん、オズマとの戦いで次元に穴を空けてしまって、来たんだと思う。――地球に」
 確証はないけれど、確信はある。
 そう続けて、彼女はもう少しだけ言い募ってくれた。
「私が生まれる前の話し。……だからあまり詳しくはしらないけれど……」
 さまよう彼女の視線が、どう切り出そうか困っていることを物語っている。
 急な来客達のなかでも一番控えめで目立たない場所に立っていたこの少女は、こうやってひとと差し向いで話すことに慣れていないのだろう。
 そんな生来の気質を押してまで、彼女は自分に語りかけようとしてくれている。
 異なっていて、けれどどこか似ている優しさを見つけ、男は苦笑と微笑をともに形にした。
「話してくれないか」
 夜明けまではまだ間がある。しかし、ひとつひとつ言葉をかみしめるように話しをするこの少女に付き合っていれば、あっという間に夜は明けるだろう。
 それでもいいと、男はイスに腰を落ち着けた。
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