MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. EK03
 女王官邸の執事をつとめ、かれこれ四十年の月日が流れようとしていた。
 これまでに仕えた歴代の女王陛下は三人。当代の女王陛下は明るい方だが、万事派手好きだった先代とはちがい、どちらかというと物静かで、その気質をそのまま写し取ったかのように官邸内はいつもひっそりとしているのが常だ。
 だが今日は少しちがっていた。
 ウルトラマリンで新造されている戦艦の視察から戻った女王は、いつも傍にいる女王補佐官とは別に客人を伴って帰ってきた。それも、六人も。
 どこかの学生らしき風貌の男女が四人に、ブルーコート所属の軍人が二人。年若い彼らが女王の周囲を取り巻くと、まるで女王が旧来の友人を自宅に招いたような、そんな錯覚を覚えてしまう。
 実際に彼らは古くからの友人のように何でも話し合った。
 才覚高い政治家ダースマンのこと、最近の〈ノウア〉の様子、モンスターの動向など、会話の内容は、友達同士のなにげない会話には遠かったが、晩餐の席で、作法も何も気にせず、自由に食べ呑み、ときに料理に舌鼓を打って笑顔をこぼす様子は、まさに若い娘たちの「お泊まり会」そのものだった。
 いつもはしとやかに微笑む女王陛下は、そこでは声を立てて笑っていた。目を和ませ、姿勢を崩し、笑っていたのだ。
 そんな彼女を見て、わたしはようやく、なにか安心してしまった。
 女王とは、政治に近い地位でありながら、困窮した人々を助けるように助言する権限すらも与えられていない、非常に微妙な地位なのだ。わたしはその地位が、まだあどけない彼女を苦しめていることを近い場所から知っていた。それでも彼女は必死に戦っているのだ。
 苦しいともいえず、絶えず微笑む若き女王を見るたびに、せめて、彼女が素顔に戻って笑えるような場所があれば――と、願っていた。

 そうしていま、彼女は笑っている。
 心から笑う彼女を、晩餐室の端で垣間見たわたしは、ふと、その笑顔にある人の面影を重ねた。
 いまは亡き、先代の女王陛下だ。
 みまかられて、そろそろ五年は経つだろうか。
 あのひとはなにをするにつけても賑やかな女性で、あの頃の官邸は常に騒々しかった。来客はつねにあり、毎夜、誰かが彼女に招かれてともに食事をとっていた。丁度、今日の日のように。
 招待客は、女王にとって身近な政治家たちから視察先で知り合った民間人まで多種多様で、それこそ〈ノウア〉中の人間に声をかけているのではないだろうかと疑いたくなるくらいだったのだ。だからどんな人間がどれだけの頻度で来訪していたのか、まるで覚えていない。
 ただ、ひとりだけ――やけに印象に残っている少年がいる。
 歳の頃は十歳をすこし過ぎた程度だっただろうか。物怖じもせず、やけに落ち着き払っていて、女王官邸の使用人の誰よりも背筋を伸ばし、だが緊張しているわけではなく、態度はつねに飄々としていた。
 なにより印象的な目は、なにか、わたしの考えが及ばないような覚悟を決めた目をしていて――

 ――不思議なことに、あの目とよく似た目をした娘が、女王の席の近くに座っている。
 黒い髪と黒い瞳、まとう色彩はかつての少年とはまるで違っている。
 だがなぜだろうか。あの遠い日の出来ごとに、いまのヴィジョンがぴったりと当てはまるのだ。

 不思議なえにしがあるものだ。
 どっと、笑い声が室内を沸き立たせたそのとき、わたしもひっそりと笑みを零した。
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