MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. EK02
 夕刻。
 太陽が海に沈む様を背にようやく商店を兼ねた我が家へ帰宅した男は、扉を閉めるなり爺じみた声で唸った。
「ったく、やれやれ」
 大変な目にあわされたものだ。
 久し振りに熱心な客が来たかと思いきや、モンスターと言う招かれざる客まではるばる〈バイオ〉からお越しになられる。
 町は当然、大混乱。
 彼も警備のブルーコートに押しやられる形で――つまり無理矢理――、一時的な非難を余儀なくされたが、モンスターに町を占拠されるという最悪のシナリオは回避され、こうしてその日のうちに戻ってくることができた。
 しかし問題はここからだ。
「あーあ、やっぱなぁ」
 しゃーねぇよなぁ、こればっかりは。
 店の中はモンスターにこそ蹂躙されていないものの、モンスターを倒そうとするブルーの兵器による振動うんぬんで商品がほぼ倒れている。商品棚は固定するべし、という店舗義務のおかげで大型の商品棚こそは倒れていないが、片手剣、両手剣、斧、ライフルなど、彼が半ば趣味と実用重視で仕入れた品々は八割がたが床に散らばっており、店の中はまさに見るも無残な状況であった。
 とりあえず、よっこらせ、としゃがみ込んで、倒れた商品の傷の具合を見てみる。
 よしよし、これなら問題ないだろ。
 元々、耐久性にも優れた一級品だ。ちょいと棚から落ちた程度でキズものになったとしても、相応の金を積んで買いたがる客はそれなりにいるもので、さしたる問題ではない。
 不幸中の幸いは、今日のお客に、このような惨状になる前の商品を手渡せたことだろうか――。
 昼間のお客の、まだ若い女――いや少女の顔を思い浮かべ、男はふと、片手剣の柄を撫でる手を止めた。
 あの小娘、なかなか生意気な目をしたやつだった。おまけに無表情で、無愛想で。その点は自分とよく似ていたが、感情の起伏の乏しい雰囲気は、あまり好きではない人間の性質だ。
 ただあの目――あの目に喚起されるように、やたらと古い記憶が刺激された。
 もう十何年も前に、同じような目をした生意気なクソガキがこの店に来たことを。
 そのガキも、あの少女と同じようにここで得物をあつらえたことを。
『生きてたらまた会いにくるよ』
 そう言い残して去った、まだ十代前半の少年。
 町を襲撃したモンスターを倒すため店を飛び出した、十代後半の少女。
 そういえば、あの少年も、今日の少女も、名前すら知らない。
「…………まあ、いいさ」
 縁があれば、また会えるだろう。
 その日まで、この場所に店を構え続ければいい。
 あるいは、自分の寿命がくるほうが先だろうか。
 だがそれもまた、縁、というやつだ。
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