MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者- EX. EK01
 とっさに脳裏を巡ったのは、あのひとの昔語り。
 異なる世界、異なる生命が息づく、もう一つの人間が住む星。
 あのひとは、その世界を何と呼んでいただろうか。
 子どもの寝物語ならば信憑性も疑われないだろうと思ってのことだったのだろう。彼がその世界を語ったのは私がまだ物ごころが付き始めたあたりで、小中学校へ進むにつれて、彼はその世界での生活を口にはしなくなっていた。
 日々の学業に忙殺され時間が経てば、幼いころの小さな寝物語などいとも簡単に忘れてしまう。
 いま思えば、彼はそれを目論んでいたのだ。

 落ちる瞼と必死に格闘する私に、彼は物語はすべて真実だと言っていた。何度も。
 凶暴な敵とのたたかい、慈愛をたれる天使のことば、それらはすべて彼にとって現実だったと。
 幼い私はそれらを信じ。
 長じてからは、疑ってはいないものの、信じる気持は半減していた。
 彼が嘘をつくなんてありえない。けれど、信じるには内容があまりにも突飛すぎて。
 疑っているわけではないけれど、半分だけ信じず、残り半分は寝物語をではなく彼自身を信じていた。

 時を経て――
 幼き日々は、寝物語以上の夢の彼方となり、淡いうたかたに優しく彩られ褪せた宝石へと変わってしまったある日。
 記憶の片隅に残滓となって残されたキーワードが、そっと目を覚ます。
 それは一瞬にしてまざまざと色を持ち、形を得て、曇りなきまなこをこちらへと向ける。その熱い眼差しは目の前の見知らぬ風景に重なり、より一層現実らしく真実味を帯びていく。
 あの寝物語は、嘘ではなかった……?
 そう直感した途端。
 唇が、勝手に動いていた。

「……異世界」
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