MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【65】
「ぶっはー!!」
「げほげほげほげほげほっ」
「ごほっ、けほんっ」
 ようやく人が通り抜けられるくらいの天然の穴を抜けきった先頭三人、続いて、四道、シュリ、ライト少年、エオリア達がが這い出て、ようやく脱出はなった。
 行き先も分からない穴は想像以上に長く、先細りしていて、しかも最後はほぼ直角、登るのも一苦労で予定外に時間がかかってしまった。
 穴も最初こそは大穴だったが、進めば進むほど細くなり、最後はひと一人がようやく通過出来る程度。体格の良いヴィクスや三好などは、殆ど衣服を壁に擦りつけて進まねばならず、その砂が後続の人間にバラバラと落ちてきてひと悶着という場面もあり、どれだけ大変だったかは言うまでもない。
「僕は今後一切、洞穴の類には入らない」
 四道の決心もやむなしだ。
「しっかし、ここどこなんだ?」
 泥だらけの服を払いながら周囲を見回すと、何もない――というか、明らかに山の頂上といった感じだった。背丈の短い草が生えそろって馬が駆けまわれそうな面積があるが、とりあえず今立っている場所から少し先は崖になっており、下るには相応に勇気がいる。
「エルグランド呼んで迎えに来て貰った方がよさそーだな」
 ヴィクスが呟き、ライト少年が手早く連絡を取り終えると、
「おい……見ろよ」
 三好が東の空を指差した。
「夜明けだ……」
 蒼白く霞んでいた空がバラ色との二色になり、稜線に一筋の神々しい光が走った。まさに黄金色、そして数秒もすると濃いオレンジ色へと変わり、太陽がじわりと顔を出す。山肌が明るく照らされる。空気が色を持ち始める。鮮やかに息づく世界が、明け色に染まっていく――。
「……きれい」
 そう囁いたのはステラではなくシュリだった。少し意外そうな視線が向けられるが、すぐに「そうだな」と三好が深く同意する。
 太陽が完全に昇りきっても、しばし一同は見惚れていたが、
「あ!」
 唐突に響いた四道の声に、全員がびくっと身体を竦ませた。
「な、なんだ!?」
 たじろぐヴィクスを他所に、四道はややためらいがちに崖にダイブ。ズザザッと斜面を滑りながら、器用に一段下まで降りていく。
「おいおい、どーした!!」
 慌てて全員で追いかけると、四道は既に足を止めていた。
 彼の目の前には、まるで空間を切り裂いたかのような、玉虫色の亀裂がある。
「なんだこりゃ……」
 訝り、ややためらいながらもヴィクスがその亀裂に手を伸ばすと、コーン、という音を響かせ、波紋が広がった。驚いたヴィクスは反射的に手を引っ込める。
「それは空間のひずみです」
 と、力強く断言したのは他でもない、中性的な顔立ちを真摯に向けたエオリアだった。
「先ほどの皆さまの一撃によって空間に歪みが生じたのでしょう。シュリ様たちの故郷へと通じている道です。歪みが修正されれば、もう一度開くのは困難かと」
「――つまり」
 ごくり、と四道の喉が鳴る。
 つまり、この道を通れば、地球へ帰れる……?
 四道がこちらを振り仰ぎ、三人はしばし顔を見合わせた。
 帰れる――まさかこんなところで、夢にまで見た故郷がすぐ近くにあるなんて……。
「……はは、なんだよ、良かったじゃねーか!! やっと帰れるんだぜ!? やっと!! もっと喜べよタカ! お前が一番帰りたがってたじゃねーか! ほらシュリも――」
 四道と、シュリと、二人の顔を順に追ったところで、三好はやおら動きを止めた。晴れやかに楽しそうに踊っていた顔も、急に真顔になってトーンが落ちる。
 長い付き合いだ。三好はなにかを悟ったようで、わずかに顔を曇らせた。
「……お前ら」
「ごめん、ジン。でも向こうの世界よりこっちの世界の方が遥かに技術が進んでる。地球の食糧危機を救う方法だって、こっちのほうが見つけやすいはずだ。……試したいんだ、自分の力を」
「オズマを倒しても、〈ノウア〉にはまだモンスターの脅威が残ってるし、ダースマンと女王様の確執だって解決したわけじゃない。マムもいなくなっちゃったし……〈ノウア〉の混乱はこれからだよ。私、ちゃんと見届けたいの」
「…………」
 三好からの返事はなかった。なにか言いたげな表情ではあるが、口は開かない。握られた拳が言葉を制限している。
「お前は帰れよ」
「! タカ……!?」
「お前、あっちに家族いるんだろ? 帰って安心させてやれ」
「そうだね。三好君は、そうしたほうがいい」
「なんのジョーダンだよ! お前ら置いていけるか!!」
「それこそなんの冗談だ。置いていかれるつもりなんてない」
 自尊心たっぷりに四道がにやりと笑う。
「見てろよ。十年以内にそっちとこっちを自由に行き来出来るようにしてやるから」
「……タカ……」
「四道君が言うと冗談に聞こえないよね」
 十年、だなんてよく豪語したものだ。レーゼンメーテルの重力子が地球側の宇宙へどうして影響を及ぼすのか、その原因すらまるで分かっていないのに、自由に行き来出来るようにときたものだ。人間の交流ともなれば法整備も必要だと分かっていて断言する。
「冗談で言ってるつもり、ないし」
 実に彼らしい。
「だからお前は先に帰ってろ。僕達もあとから追いかけてくる。もし僕達の家族に会うようなことがあったら、僕たちは無事だって伝えてくれ。たとえ、信じて貰えなくても」
 伝えるだけでいい。
「…………。分かった」
 頷き、三好と四道は腕相撲の要領でがっちりと手を組んだ。
「絶対に戻ってこいよ」
「ああ」
 それから三好はシュリに向き直り、以前よりもごつごつと男らしくなった掌を差し出した。
「オマエもな」
「……うん」
 ぎゅっと握ったあとは惜しげもなくするりと離す。
 一抹の寂しさがないといえば嘘になる。だけどこれが永遠の別れではない。再会が約束された、ひとときの幕。
「気をつけろよ、ジン」
「元気でね」
「ま、あんたなら大丈夫だろ」
 ヴィクス、ステラ、ライト。それぞれの贈る言葉を受けて、軽やかに笑った三好は、
「じゃあな!」
 飛ぶように駆け出し、あちら側の宇宙に通じるという歪みを抜けて、消えた。
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