MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【63】
 オズマの気配が混じり込んだユリアの攻撃は、シュリ達を殆ど追い詰めるように迫っている。
「――応戦する! タカ!!」
「言われなくても!!」
 素早く体勢を整え、四道がライフルを構えた。
 最大、最速で、四道の集中力が高まっていく。マムの導きによって、遥かな高みに昇っていく。
 以前の彼は、その上昇感覚に怖れを抱き、半ばほどで精神力の限界に達して結局昇り詰められなかった。だが今は違う。頂どころか、上昇気流に乗ってさらに上を目指そうとしている。
 シュリ達が彼に向ける期待に応えなければ、という義務感と、〈ノウア〉や地球を救わなければならないという正義感。それから、負けられないという気概が伝わってきた。
 そして――
 パァン、という、やけに乾いた音が響き、
 シュリ、三好、ステラの防御のちょうど中央を捉えた。
 解放しているエオリアの力が、一気に「引っ張られて」いく。ユリア=オズマの攻撃を押し返し、貫こうと果敢に攻め込んでいく。
 だが、ある一定の戦線でそれは停止し、両者は再び力比べにもつれ込んだ。
 ユリア=オズマまであともう少し――だが、そのもう少しに手が届かない。双方の力は完全に拮抗していて、まったく動く様子がないのだ。
 そのうち、ぐぐっと押し返される感覚が掌から伝わってきた。
 ユリア=オズマの力は、この地域の自然を源にしている。ユリアは当初、それらを微細に取り出しながらシュリ達に向けてきた。おそらくは環境を破壊してしまわないようにとの配慮なのだろう。〈ノウア〉への攻撃で疲れた身体を癒すために、全てのエネルギーは使えなかったのだ。
 だがこちら側にマムが加わったいま、そんな悠長な対応はしていられない。
 もともとマムとオズマの力は拮抗していたのに、いまは、エオリア、ウィカチャ、カナッサの力までもが加わっているのだ。対抗するためには、自然界に蓄えられた膨大な熱量を使いきる勢いで消費しなければいけない。
 実際彼女はその程度の覚悟はあると言わんばかりにとんでもない力を更に追加した。
「くっ……!!」
 誰の口からともなく音が漏れ落ちる。
 こちらにはもう殆ど余力がなかった。出血がひどくなった三好、息の荒くなったステラ。かくいうシュリ自身も、ロッドを握る手が心なしか震え始めている。

 バキン、と。
 前方に突き出し構えたロッドの柄に、ヒビが入ったのは、限界のふた文字が見え始めた頃だった。
 脳裏によぎる、これまでの様々な出来事、道のり。エオリアと、苦楽の全てをともにし、常に傍らにあった相棒が、悲鳴を上げながらも死力を尽くしている様を見て、目の前にあったはずの限界が、霞のように薄まった。
 負けられるはずがない。
 あちらにどれだけの余力が残っていようとも、諦められるはずがない。
 諦めてしまっては、それこそユリアと同じだ。
 ここで全てを投げ出せば、何も残らない。けれど諦めなければ、きっと何かが残る。絶対に。最後のひと息まで、絶対に、諦められない!

「ああああああああ!!」
 絶叫が耳をつんざいだ。それが己の声であったと気付いた時、空間に変化が起きた。
 どこからともなく、七色に染まった風が吹く。優しく、どこか甘い匂いを秘めたそれは、激突する二つの力にまったく感知せず、力と力の隙間を縫って、室内の壁を這っていった。水が流れるように流麗なライン、それでいて、炎のように形を定めず、空間の大半を占めるシュリたちとユリア=オズマの力に、大地のような不動の力強さで惑わされず、するりするりと進んで、壁に埋もれていた彫像に触れた。さらにそれは奥へと伸び、次々に彫像を包んでいく。
 そして、それらが消える頃、彫像は石の硬さを脱ぎ捨て、柔らかな女性の肌を顕わにした。まるで羽衣を纏った天女のようだ。美しい顔立ちがなおさら寓話を彷彿とさせる。
 壁際の天女が、シュリの視線に気付いた。
 ぎく、と身を強張らせた瞬間、音もなく天女は虚空を舞い、ふわりとシュリの傍に立つ。
 いい匂いがした。花の香りだ。どこか懐かしい匂いで、シュリは薄っすらと目尻に涙がたまっていくのを自覚した。
 脳裏をイーサンがよぎる。彼は言った。二十年ちかく前に発動した「アマデウス計画」、その中心存在となった少年は、十二歳ですでに九体のガーディアンと契約を結んでいたと。
 彼女達はちょうど九人だ。
 九人の天女達の代表格らしき女性と視線が合う。真っ直ぐシュリを射抜く瞳には、四道が扱うライフル並みの貫通力があり、また、満ち足りた慈愛を以って相手を優しく包み込むような効力があった。
 涙が止まらない。溢れる。
「お願い」
 力を貸してほしい。
 この世界はもうユリア=オズマを傷つけるだけにしか作用しない。
 彼らをここから解放してやりたいのだ。
 そんなシュリの想いを、彼女達は受け止めてくれたのだろう。頷きひとつを他の八人と、彼女達はあの七色の光へと姿を変え、シュリの身体を包みこんだ。
 途端に、ぐっと押す力が強くなる。
 向こう側でユリア=オズマが狼狽する様が感じ取れる。
 ――だがもう少し足りない。あと、ほんの一歩ほど。
 もどかしさを感じながら歯を食いしばると、
「きゅぴぃ!」
 傍らのエオリアが任せろ、と言わんばかりにひと声あげた。その身体を、先ほどの九人の乙女たちのように、七色の光が包み込んでいく。少し視線を動かせば、ステラの足元のウィカチャも、三好の頭頂部に座位をとったカナッサも同じだった。優しい風が竜巻模様を描き、ぎゅっとコンマ一秒だけ収縮。そこからビッグバンよろしく人型の何者かが三人、現れた。
 顔立ちも趣も違った三人だった。
 三好の傍に現れた人物は明らかに男性で、黒光りする革製の服をまとい、頭にも同色のバンダナを巻いている。まるで燃えるような色の髪はツンツンと逆立っていて、それがやんちゃな印象を与えるのだ。
 ステラの傍の人物は、流麗な色と所作の女性で、穏やかな顔立ちをしていた。着流しの服が妙に様になっていて、流れるような長い髪も彼女の雰囲気を作り上げる要因になっている。髪も目も、ともに青だ。
 一方、シュリの傍のその人物は、男性とも女性ともつかない中性的な顔立ちで、シュリよりも圧倒的に背が高く三好と同じくらい。殆ど白に近い銀髪は短く、肩のところで切り揃えられている。
 彼らに見覚えはない。だが本能に近いところで知っている。
「……エオリア?」
 にっこりと彼――もしくは彼女の、口角があがる、それこそが返答だった。
 エオリアはそのままシュリのロッドに触れ、人型を得たウィカチャやカナッサもそれに倣う。
 そこに、シュリの背後から四道の手が伸び、シュリのロッドを掴んだ。
 シュリ、三好、四道、そしてステラ。
 エオリアとカナッサ、ウィカチャ。
 目では捉えられない、かつてユリア=オズマに立ち向かった九人の乙女たち。
 全員の力が集まり、ユリア=オズマの攻撃をじわじわと押し返していく。
 負けるはずがない。
 想いの強さも、仲間がいる強さも。
 負けられるはずがない。
 この悲し過ぎる世界から、二人を解放するために。
「――――ッ!!」
 そして――
 世界と、シュリの意識が白く、塗り潰された。
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