MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【62】
 シュリが懐から取り出したのは、ブライアンから預かっていた五つの《ホグス》だった。《ホグス》に囲まれたユリアは、起動した《ホグス》の電磁パルスの網に囲まれ、丁度人間ひとり分の檻の中に一瞬だけ囚われる。
 改良された携帯用《ホグス》の起動時間はあまりにも短かった。ほんの数秒――それこそ三秒にも満たなかった。
 だが隙を作るには十分だ。
 上等! と内心でブライアンに喝采を送り、狙い通りの技を繰り出した。
「バースト!!」
 【バースト】は、正式にはクリスタルキューブのアシストで発生する技ではない。ガーディアンであるエオリアの力を巧く使いこなして生まれるものなので、どちらかというと契約者《コントラクター》が使う魔法に似ている。
 ある一点を定め、そこに上下に分けて急激な気圧変化を生み出す。すると、空振――いわゆる衝撃波が発生するのだ。これまでは技と技の間隙におざなりのように使ってきたが、意識してエオリアの力を集め、操作すると、とんでもない作用を起こした。
 隙間を縫って届いた【バースト】が、ゼロ距離に迫っていたユリアを玉座の向こうの壁にまで吹き飛ばす。
 【バースト】の低周波と共振し、壁がビリビリと震える。
 想像以上の効果に驚愕したのと、敵に危険域にまで踏み込まれた焦りから激しく肩を上下させながらも、シュリは強く実感したことがあった。
 おそらくこれが、《コンダクター》としての、ガーディアンの力の正しい使い方なのだ。端的に、クリスタルキューブでの攻撃にガーディアンの力を加算するのではなく、ガーディアンの力を応用して、物理的な変化を誘発させる。
 大自然に干渉できる力を持つガーディアン。そのガーディアンを指揮する《コンダクター》の、これが、本来の力。
「お、のれっ」
 立ちあがったユリアに、だが今度は三好が迫っていた。
 目など役立たずも同然なほどの、殴打のラッシュ。ただ相手が女の子であるがためなのか、顔だけはどうしても避けている。再度、壁際まで追い詰めたところで炎気を纏った技は出終わり、入れ替わるようにステラの水のボウガンが飛んだ。その中の一本がユリアの掌を完全に貫く。
 だがユリアは表情ひとつ変えなかった。
 ただ、自分が追い詰められていると悟ったことが、気配で伝わってくる。
 ――そう、ここに至ってようやく、三人がかりでユリアを追い込めたのだ。しかしそれでも彼女のかんばせは歪まず、むしろ整然としていた。
 顎が、くい、と持ち上げられ、鋭さの増したまなじりが全員を捕縛する。

 ――滅びろ。

 無音の声で呪いを吐いた彼女は、突然光を発した。
 白い光に目をくらませ、思わず目を瞑ってしまう。それがほんの数秒――三秒から五秒くらい続き、やがて光は収縮した。
 なにかの攻撃かと思ったが、身体は五体満足で何の違和感もない。これまでに受けた傷のダメージは相変わらず継続しているが、それでも身体の感覚はきちんとある。少なくとも死んではいない。
 だったら何が起きたのか、と、薄く目を開き、次いで、愕然と目を剥いた。
 そこにユリアの姿はなく、代わりに珍妙な、巨大な存在があった。
 人間、ではない。
 三好の身長くらいはあろうかというほど大きな顔。瞼のない目と、整った鼻梁。乾き切った口。それらの配置から、その存在が男の性に片寄っていることが推察出来る。少し長めの顎も、雄に片寄ったライン取りだ。
 虚ろな表情で、生気の欠片も感じられないその顔の右前頭部には、瘤のような何かが突き出ており、それは女の横顔の流麗な線を描いていた。横顔に見覚えがある。ユリア、だ。
 それらの二つの顔に四肢はあるが、筋力が不足しているのか、広大な室内にうつ伏せになって倒れていた。鋭い鉤爪を備えた両腕が「それ」の上半身を支えて、鎌首をもたげた蛇のようにこちらを威嚇している。
 これが……。
「オズマ――…なのか……?」
 茫然と、三好が呟いた。
 やはりそう呼ぶべきだろうか、と、シュリは逡巡する。
 あるいは、ユリア、と呼ぶべきなのかもしれない。
 ガーディアンの力を奪う――その具体的な結果が、いま目の前にある。寸前まで虫の息も同然だったオズマが、あの融合した肉体の主導権を握っているとは思えない。実際、続けざまに響いた重低音の声はユリアの声とは似ても似つかなかったが、その口調はユリアのそれのそのままだった。
〔――滅びればいい〕
 ヂリッ、と、肌を焼く感覚。とても近いところで、線香花火がスパークしたような怒り。短い一言のなかにはユリアの意識の端が窺いしれる。たが同時に、自我の確立が非常に曖昧にも思えた。
 想いに、あまりにもとらわれ過ぎている。
 友達が欲しくて、自分なりに努力をしたけれど報われなくて、叶わなくて。思い詰めすぎて恨み、憎んだ想いに。
〔滅びろ、滅びろ、滅びろ滅びろ滅び――…〕
 上半身を支えていた右手がシュリ達に向けられ、そこに力が収縮していった。
 オズマの力で……「天」を司る力で、自然界の生命力を根こそぎ集めている。しかも半端な量ではない。
 ――そう、これもここへ来る前にマムが言っていたことだ。この場所は潤沢な自然界の力がバランスよく集っている、と。その力がいま、シュリ達を傷付ける牙になろうとしている。
 まずい。
「……っ!!」
 だが声にするよりも早く、二つの影がロッドを突き出し構えるシュリの左右を固め、その手をシュリのロッドに添えた。
 右に、血まみれの三好。
 左に、疲労困憊のステラ。
 それぞれの傍らに、カナッサ、ウィカチャ、そしてエオリア。
 そして数メートル後ろには、未だ忘我から立ち直れないビッグマムと、マムに同調し引き摺られている四道。
 ここでもしも圧し負ければ、ユリアの望み通りもろともに滅びるしかない。マムを失った〈ノウア〉は、ユリアの成すがまま。政府代表のダースマンが一致団結を促して激しい抵抗をするだろうが、いずれは自然淘汰の一環のように人類は一個体ずつ姿を消していくのだろう。
 だが、そんなことはさせられない。
 肉体の裡に籠められているはずの、ユリアの奥深く小さな本心が、微かな振動となってシュリに伝播している。
 彼女はまだ、友達が欲しいという望みを諦めきれずにいる。だから人間が消え去れば、一番悲しみ苦しむのは彼女なのだ。

  ――これ以上、泣かせられない!

 こう――…と、オズマの掌から光の塊のような攻撃が放たれたのはそのときだった。
  ――重い!
 真っ直ぐ捉えたユリアの一撃は、全員を易々と呑み込めるだけの大きさで、圧倒的な質量を内包しており、とても一人で受け止めきれるものではなかった。三好とステラの加勢があって、これでようやく精一杯、消滅させることも、受け流すことも、とてもできない。
 いや、むしろじりじりと後ろに押され続けている。このままでは根競べに持ち込む前に力技で押し切られてしまう。
「…くっ」
 なんとかこれを返品するには、貫通力に優れた「大地」のちから――すなわちマムが必要だ。
 だがこの現状でどれだけマムの助力が当てになるだろう。
 指揮者《コンダクター》という異能は、契約者《コントラクター》がガーディアンと契約することによって得られる能力――すなわち魔法とは根幹が異なっている。召喚者《マスター》や契約者《コントラクター》がガーディアンを「支配」するのに対し、指揮者《コンダクター》はガーディアンと「同調」するのだ。
 この同調の最大の利点は、ガーディアンの力の使用に制限がないため、強力かつ柔軟に戦闘に対応出来ること。反面、弱点もあり、たとえば際限なくガーディアンと契約出来る《コンダクター》とは違って、《コントラクター》が使役できるガーディアンはせいぜい数体がいいところだ。そのため、行使する力の属性が一方に偏ってしまう。
 そしてその属性は、《コンダクター》本人の生来の属性に大きく左右される。万が一、行使する属性に属するモンスターと戦闘になった場合、モンスターは攻撃に対して高い防御を保持しているため、長期戦の末戦死、ということにもなりかねない。
 なにより最大の弱点は、「同調」ゆえの力の弱体化だ。
 精神的にも、場合によっては肉体的にも、《コンダクター》とガーディアンは繋がりを持つ。そのため、どちらか一方が精神的、あるいは肉体的なダメージを受けると、もう一方にもそれが反映され、引き摺られるのだ。
 マムがユリアに受けた精神的なダメージは大きい。
 マムと同調する四道は、そのダメージの一部を身に負っている。それどころか、彼もまた個人的にユリアの生い立ちに同情したため、彼自身も傷ついてしまい、それがマムを更に落ち込ませる一因になってしまっている。
 相互作用により、必要以上のショックを受けた二人は、殆ど戦闘不能に近い。
 ここから彼らを立ち直らせるには、並大抵では済まないだろう。いちおうダメージの軽い四道がマムに何かしら声をかけているが、返ってくる反応はオズマ並みに希薄だ。
 僅かでもマムが気力を取り戻してくれればいいのだが、残念ながらその糸口がまるで見つからない。何と声をかけるべきか――シュリ達を押し続ける圧力に耐えながら、思考を巡らせていると、
「マム!!」
 水の怪物ウィカチャを従え、水の気配を纏った防御で応戦するステラが叫んだ。
「マム、お願い、聴いて! あなたは確かに間違ってた……あなたはずっとユリアの傍にいるべきだったわ! でも! 正しくなかったなんてことはないのよ! あなたのおかげで〈ノウア〉の民は生き延びれたの! あなたのおかげで、もう少し生きてみようって思えたの! 私だって同じよ! お母さんが亡くなったとき、あなたが慰めてくれなければ、私はずっと絶望したままだったわ!!」
 シュリの丁度真後ろから反応があった。くっ、と、微細に空気を吸い込むような動き。
 ステラの涙声がマムに届いたのだ。マムの意識が僅かに浮上してきている。
 その調子で、とステラに声をかけてやりたいが、あいにくシュリの口元はユリアの攻撃を抑え込もうとする歯ぎしりでいっぱいいっぱいだった。だが言いたいことは伝わったらしい。ステラは声にさらに力を込め、言葉を加えた。
「マムお願い、もう一度、ちからを貸して! あなたの大切なユリアを追い詰めたのは、私たち〈ノウア〉の民だけど、だからこそ、彼女をこのままにしてはおけないの! 彼女の苦しみも悲しみも当然のことだけれど、だからといって、彼女の行為は許されないのよ! だからいま彼女を止めなければいけないの!!」
 数百年――。数字では、たった一言、時間に置き換えれば人間が何代も代替わりするほどの長い時に、オズマの――正確にはオズマの力を奪ったユリアが送り込んだモンスターによって、数えきれないほどの〈ノウア〉の民が無念の内に亡くなっていった。
 そのユリアを追い詰めたのは〈ノウア〉の民だ。彼らが彼女を〈バイオ〉に置き去りになどせず、温かな手を差し伸べていれば、多くの何かが変わっていただろう。
 お互いが、お互いを、ほんのちょっとでもかえりみる躊躇いがあったならば……。
「―――…」
 いや、きっとそれは、無理だったに違いない。
 モンスターに追い詰められた人類も、人間に捨てられたユリアも、相手を垣間見る余裕すらなかった。余裕を持ちえない人間は間違いを犯す。数百年前の出来事は、あるいは避けられない必然だったのかもしれない。
 ただひとつ悔むべきは、その後の両者の行動だ。間違いを間違いと認め、すぐに行動を起こして道を正していたら――ユリア=オズマは〈ノウア〉への攻撃を止め、〈ノウア〉の民はユリアに謝罪し受け入れていたら、和解の道もあったのかもしれない。だが、道は正されず放置され、取り返しのつかない地点をあっさりと通過してしまった。
 ユリアは死に、多くの〈ノウア〉の民も死んだ。
 死によって変容したユリアはオズマを取り込み憎悪を募らせ、家族の死を悲しんだ〈ノウア〉の民は武器を手にした。
 続き往く、恨みの連鎖。
 断ち切るために、ユリアを止めなければならない。いま、ここで。
「……ユリ、ア……」
「マム!?」
 ステラと四道の声が重なる。
「……けなければ……そうだ……ユリアを……」
 綺麗に尖った顎がようやく持ち上げられ、光を取り戻したマムの目が状況を捉えた。
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