MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【61】
「な、ん……馬鹿な……。そんなことをすれば――」
 マムのうめき声がやけに大きく聞こえる。
 おそらく、力を失うとガーディアンにとっては致命傷になるのだろう。今のオズマを見ればそれは明らかだし、ちょうどここへ来る途中の戦艦エルグランドの中で、マムが言っていたではないか。「ガーディアンの力というのは存在力と同意義、失えば消える」と。
 それに――ユリアが、オズマの力を奪った、ということは。
 これまでの〈ノウア〉への攻撃は、すべて彼女の意志によるものだった、ということになる。
「オズマが召喚者《マスター》の私に逆らえるはずないじゃない。そもそもマムがいなくなってずーっとひとりで私のお願い叶えようとしてくれてたから、精神的にもうボロボロで、対抗する気力もなかったみたいだったよ」
「そ、んな……」
 がくり、と、マムは力なく膝を折り、床に手をついた。
 彼女の背中を見下ろしたシュリの脳裏を、一瞬だけ、イーサンの顔がよぎる。
「……イーサンさんが隠してたことって、本当はこれだったんだね……」
 〈ノウア〉で唯一オズマと対峙した彼は知っていたはずだ。あの複雑な表情の下に裏があることは読めたが、その奥の苦渋の無言にまでは及ばなかった。
 〈ノウア〉の民のこれまでの苦難は、ひとりの少女をここまで追い詰めた〈ノウア〉の民の身から出た錆びなのだと――。
 そして、異常なまでに我欲に執着するユリアに、人間の浅ましさを見たのだ。
 この世で最も恐ろしい存在はオズマではない。本当に憎むべきはモンスターではない。欲と、執着と、それらを内包する人間自身なのだ。
「なんなんだよ、これは……。お前の本当の目的は、「友達が欲しい」じゃなかったのかよ!? こんなことして、本当に友達ができると思ってンのか!? 友達ってのはこんな――こんな方法で作るもんじゃねぇだろ!!」
「おめでたいんだね、お兄ちゃんは。家族が死んで辛いとか、友達がいなくて寂しいとか、そういうのとは縁がなかったんだね。足が遅くてすぐ負けるからって、同じチームになるのを嫌がられたり、めいっぱいオシャレした私服が陰で後ろ指さされて笑われてたり、そんなこと、なかったでしょ。いつもひとの顔色ばっかりうかがってて、ビクビクしてるのが気にくわないからって、いじめられたりしなかったでしょう?」
 確かそれらは、三好とはまるで縁もゆかりもなさそうだ。
 彼の過去など興味もないが、確かにそれらの負の要素は三好からは連想しがたい。
「話しかけても聞こえないフリされたり、存在ごと無視されたり――そんな状態でどうやって自分から友達なんて作れるの? お兄ちゃんはそんなことできる? ――私には、無理だった。だから」
 不意に、彼女のまなじりに、今までとは色の異なる感情で気しばんだ。
 気配に敏いシュリだけが気付けた、ごくわずかな変化。
 ゆらり、と彼女の足が動き、再びオズマの隣に並びたつ。
 息絶えるか絶えないか、おそらくかなりギリギリの境界上にいるのであろうオズマの、その隣に不自然ではなく、並べる。そんなユリアに素直に感心し、同時に、既に彼女もこの世の存在とはかけ離れているのだと、いまさらのように自覚した。
 彼女はもう、純粋な人間ではないのだ。
「――だから、私はもう、マムとオズマに、頼るしかなかった!!」
 ゴッ!!
 切れ切れの発声の終わりに、得体の知れない何かが一同に迫った。
 ユリアの些細な変化に気付いたシュリだけが咄嗟に動き、一直線に迫る彗星のような光の塊と真っ向から対峙する。
 飛び退けば十分に回避できる攻撃だが、あいにくそれは出来そうにない。何故ならマムが先だってのやりとりですっかり戦意喪失しており、攻撃されたからといって反射的に動けるような状況ではないからだ。そのためこの時点での選択肢は二つ、受け止めて消滅させるか、受け流して回避するか。
 どちらにしようか悩んでいる内に攻撃は一気に迫ってきた。ロッドを真横にし、エオリアの風で熾した壁でせき止める。が。
 フッ。
 目前で、一瞬にして全てが掻き消え、罠であったことを悟る。
 慌ててユリアの姿を捜すが、遅かった。瞬発力で間合いを詰めた彼女は、こともあろうに三好に素手で挑もうとしている。
「ジン!!」
 ステラの声かけでユリアの初激に対応するも、左からのストレートは予想外に重い一撃だったらしく、一秒ほど三好の動きが止まった。その間にユリアの二撃めが脇腹を捉える。だが三好もただでそれを甘受したわけではない。出来る限り身体を捻り、ユリアの力を受け流している。
「だからって、オズマの力を奪うこたぁねーだろ!!」
 反撃に転じる三好。
 だがあっさりとかわされる。
「好きでやたんじゃない! みんなマムのせいよ! 私からマムを奪った人間のせいじゃない! どうして私ばかり責められるの!? 私はずっと努力してきたのに、全部ムダになったのはあなたたちのせいよ!!」
「ちがうわ! それはあなたが諦めてしまったからよ!!」
 叫んだのは、ステラだった。
 高速で拳の応酬をする二人の間に攻撃で割り込めば三好を巻き添えにしてしまう。それを察知した彼女は、握ったボウガンを少し下におろし、叫んだ。
「諦めてしまったら、それまでの時間も努力もすべて消えてしまうわ!! でも!! 例え相手にされなくても、バカにされても! 挫けたって、疲れ果てたって、諦めたりしなければ!! いつか絶対に、何かが残る場所に辿り着けるの! 何も残らないなんてそんなことは絶対にない!!」
「うるさい!!」
「――こ、ンのっ……!!」
 振り上げられた三好の拳に炎が宿る。そこから火の玉が分離し、くるくると楽しげに回り、人型を得た。火のガーディアン、カナッサだ。
 強い火気を帯びた拳は容赦なくユリアに見舞われる。三好の得意技のひとつ、【スプラッシュ・ジャブ】。それをユリアは両腕のガードでやり過ごし、技の終わりで様子を窺っていた三好の隙を奪い、懐に潜り込んだ。
 速い。
 在りし日の二の宮を思わせる瞬発力で楽々と死角を奪い、絶妙な角度で三好の鳩尾にひざ蹴りをいれる。
「ぐ……ッ!!」
 堪らず身体を折る三好。そのまま流れ落ちるように床に膝をつく。
 ここまで、ほんの十秒程度だ。二人の勢いに気圧されて、援護すらままならなかった。
 なんという、鮮やかな身体さばきだろう。幼いころから武道に親しみ、クリスタルキューブを得て研磨された三好の動きを、完全に捉えきっている。
 恍惚とした表情で三好を見下すユリアを、その足首を、床に伏せたままの三好ががっちりと掴んだ。
 不意の出来事にユリアは狼狽するが、それ以上の反撃はできないと悟ったのか、振り払おうとはしない。憮然とした顔で、ほっそりとした三日月型の眉だけを顰める。
「――逃げ、ん、な……」
 三好の息は切れ切れで、肩も大きく上下していた。
「あいつの、言う――とーり…だ……。マムの力を借りたって、友達なんて、出来やしねぇー…から……。おまえ、自身が、頑張らねぇ、と――ッ!!」
 三好が言い終わらないうちに、彼はユリアに顎を蹴りあげられ、そのまま後ろの壁にしたたかに背中を叩きつけた。石造りの壁にヒビが入る。一瞬息を詰めた三好の口腔から、ばしゃり、と真っ赤な鮮血が飛び散った。
「ジン!!」
 ステラが絶叫し、彼女の武器であるボウガンが飛ぶ。水の怪物ウィカチャの力を帯びた矢はシュリの援護で風を切り、まっすぐ、ステラの狭いこめかみに衝突したが、弾は貫通どころか彼女の肌に黒ずみすら残さない。明らかな力不足。
 それならば、と、立て続けに放たれたボウガンにエオリアの力を送り込むと、能動的だった水は端から順次凝固していき、氷となってユリアに迫った。
 硬度が増すとそれに比例して攻撃力も高くなるのは常識だ。シュリの風は物理学上、自身の攻撃力の増加を促すことはできないが、水の援護をすれば固体化させることも、炎の援護をすれば火力を増加させることもできる。総じて風とは、それなりの攻撃力があると同時に、援護にも秀でた魔法使い[メイジ]なのだ。
 が。
 二人がかりで熾した矢の攻撃は、ユリアの一振りでゆらゆらと矛先をたがえ始め、とても十代の女の子とは思えない突きによって破砕。細やかな氷のかけらが生まれたかと思うと標的が入れ替わり、今度はシュリたちに向かって飛んできた。
「友達なんて、もう、いい。――人間なんて滅びればいいのよ!!」
 血眼を開眼させてユリアが呪いの言葉を絶叫する。
 無数の、小石程度のつぶてをすべてよけきるというのは無理な話だ。突風で半分は吹き飛ばしたがもう半分は風力が足りず、シュリ達の皮膚の表層を赤く染め上げる。
 だがこの刹那にも、油断禁物なのは心得ていた。
 体中から発せられる痛覚の信号を無理矢理遮断し、
「エオリア!!」
「きゅぴー!!」
 爆風を鋭利な刃物に見立ててユリアを狙う。【カマイタチ】、単体攻撃の持ち技のなかで一番攻撃力の高い技なので、ユリアの反撃もなんとかすり抜けられた。力の残量は大きくはないが、シュリが受けたダメージと同じ分量を返礼することに成功したようだ。傷一つなかったユリアの滑らかな肌に幾つかの赤い筋が走った。
 それにユリアが追随すし、殆ど気力だがなんとか自力で立ちあがった三好も加わり、反撃ののろしが上がる。三好が近接攻撃を中心に先陣をきり、ステラが撹乱と回復、シュリが援護をし、僅かずつではあるがユリアのダメージを重ねていった。
 攻撃に転じる機会さえあればシュリも後方から攻撃を仕掛ける場合もあるが、いかんせん、シュリとオズマの属性の相性は敵対するにあたって、よい、とは言い難い。
 「地」を司るビッグマムに対し、「天」の司たるオズマは、「空気」に属するエオリアと非常に近い関係性をもっている。当然、「空気」よりも「天」が格上のため、エオリアの力はオズマに対し総じて減算されてしまうのだ。
 しかも思った以上に消耗が激しい。
 オズマへの攻撃は割にあわないと早々に判断したシュリは、全員による総攻撃を諦め、三好への遠距離援護に専念した。
 火の属性をもつ彼とカナッサは、一部「天」にも通じているが、本質は「地」への帰属が強く、さらにはチームのアタッカーとして、攻撃系の能力を最大限に高めている。攻撃の手を任せるのに、彼ほど相応しい人間はいない。
 また、ウィカチャとステラは、地と天を往々に行き来する水属性のため、シュリとエオリアほどではないにしろ「天」に通じている。減算効果はエオリア以下だが、やはりこちらも消耗が激しいようで、三好の攻撃の隙間を埋める程度の小攻撃に留めて貰う方が無難だ。
 オズマの攻撃パターン――いや、ユリアの行動パターンは、彼女と切り結んだ経験のあるイーサンから聴いている。
 一進一退の、一歩一歩を踏み締めるような攻防がどれだけ続いたか。
「シュリ!!」
 ステラの声で、はっと我に返った――ということにコンマ一秒で気付いて、自分が隙を見せてしまったことに思い至る。まずい、と思考を切り替えたときにはもう遅い。ゼロ距離で、ユリアがにたり、と笑った。
 脳裏をよぎるよりも早く身体が動く。
 だが技を繰り出すよりも早く、頭の冷静な部分が「属性」「下位」と叫んだ。エオリアの力を借りても、この距離で繰り出されるユリアの攻撃には耐えきれない。かといってエオリアの力を借りない技などたかがしれている。風は天の下に在るものなのだ。
 ……風? ――いや、違う。
 ユリアの動きをスローモーションで捉えながら、視界の端のエオリアに焦点を向ける。
 エオリアは、正しくは風ではなく空気を司っている。そして空気は、風とは意味を異にする。
 エオリアを得てからというもの、シュリが匂いや音に敏感になったのもまた、エオリアが空気に通じているからだ。空気中の成分、空気の振動に過敏になった結果だ。
 そして――天の下で吹く風とは違って、地を這う人間は、あるいはその空気の高い部分に「天」を見る。
「……エオリア!!」
 確信があったわけではなかったので、半分以上賭けだった。ただ本当に時間がなかったのだ。
 戦友ともいうべき相棒の名を叫び、スカートのポケットに手を伸ばす。指先に触れたそれをしっかり握り込み、素早く取り出してユリアに向かって投げつけると、シュリの頬に触れかかったユリアの手がビクリと止まった。
 頬にひんやりと氷のような温度が残る。
 瞬間。
 目に見えない何かが空気を裂くように放たれ、ユリアが悲鳴を上げた。
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