MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【52】
「オズマってすごく特別だよね」

 思考の間隙をつくように、突拍子もない切り出しをしたのは四道だった。前後の関連性が全く見えず、全員から胡乱な視線が彼に送られるが、彼は何でもないことのように素知らぬ顔で講義を続ける。
「最初はそう深くは思わなかったけど、この〈ノウア〉でたくさんのモンスターと戦えば戦うほど、オズマの異質さはどんどん目に余る。勿論、僕はオズマに会ったことはないから、あくまでも噂からの印象だけどさ。――特に、〈ノウア〉に逃げた人間を追撃するため機械と同化したっていうくだりは、モンスターとしては余りにも特異じゃないかな。そんなの、普通は聴かないだろ? モンスターっていうのは、人間を見たら見境なく襲ってくる知能の低い動物だ。自らを強化するため肉体を操作する――なんて事例はオズマだけだよ」
「……なにが言いたい?」
 三好が言葉で四道に詰め寄るも、四道はそれを鼻先で跳ね返し、
「憶測で物事を語るのは好みじゃないんだけど」
 と、妙に彼らしい仕草で前置きした。
「もしかしてオズマはモンスターじゃなくてガーディアンじゃないのかな?」
 え、という、素っ頓狂な声は三好のものだった。
 だが声を上げたい気持ちはシュリも同じだ。
 オズマがガーディアンだなんて、俄かには信じがたい。
 一同の不信の目を浴びつつ、しかし四道はよどみなく先を論じた。
「もともとモンスターとガーディアンの境界はすごく曖昧だ。人間ではないという一点は元より、双方とも属性に強く縛られて、未知の力で自然界に干渉できる。死ぬと死体が残らないっていうのも特徴に上げられるかな? 見た目がガーディアンのようなモンスターもいるし、逆にモンスターのようなガーディアンだっている。どれもガーディアンとモンスターの違いを決定付ける要素にはなりえないだろ」
「ンなの簡単じゃねーか。人間を襲うか襲わないかだろ」
「でも中には人間を襲うガーディアンもいる……昼間のイリクみたいにね」
 反論した三好は、しかし四道の更なる反論に言いくるめられ、「あ、そっか」と顎に手を当て納得する。
「じゃあ、モンスとガーディアンの違いって……何だ?」
「もっとも単純なのは、《コントラクター》と契約しているかどうか。これ一つに尽きるだろうね」
 三好の質問に四道は素早く答えた。どうやらこれまでの謎かけは、シュリ達の思考を誘導するためだったらしい。
「契約は、召喚された者を三次元世界に留めるための足枷みたいなものだ。だから利害が一致しないならガーディアンは当然、契約を拒否する。というか、拒否するガーディアンばかりだ。ガーディアンが増えない理由はここにある。現在、〈ノウア〉の環境整備に取りかかっているガーディアンの大半はマムが産んだガーディアンばかりだし、実際に召喚、契約という手順を踏んだガーディアンは驚くほど少ないと思うよ」
「そりゃあ」
 何かを言いかけたヴィクスは、だが即座に言葉を濁し、消した。反論の余地は今のところ見当たらない。
「そういうことを考えている内に、疑うようになったんだ。いま戦っているモノは、ガーディアンか、モンスターか……。その疑惑は、当然オズマにも適応される――と、思わない?」
 これには、言葉を貯め込んでいたヴィクスも反駁せざるを得なかった。
「そんなバカな!!」
 だがそれはヴィクスの常識が否定しているのであって、論理的な反論とは違う。
 佇立したままのイーサンも、そろそろ無表情貫徹の限界が近いようだ。
「よく分かんねーんだけど……。オズマがモンスじゃないからって、何が問題なんだ?」
 未だ状況を呑みこめていない人間が一人、三好が首を捻ると、四道は首を巡らせ、問題児を軽く一瞥した。
「別に何の問題もないな。倒せばいいだけだ」
 それこそ、昼間のイリクのように。
「じゃあ」
「問題はそこじゃない。オズマがガーディアンだった場合――」
「――《コントラクター》は誰なのか」
 半ば奪うように語尾を引き取ったシュリは、低く滑らかに独白する。四道は目だけで肯定し、三好とヴィクスが鋭く息を呑む中、ひとりイーサンだけは胸中で焦りをたぎらせていた。
 最悪のモンスターと恐れられるオズマと契約を交わす何者か……その存在が、政府やイーサンの隠し事だ。イーサンの反応の限り、間違いはないだろう。だがまだ何か納得いかない。契約者は人間であるはずだが、現在〈バイオ〉には人間はいないはずだし、どういった理由でオズマの契約を引き継いだのか、オズマが〈ノウア〉に多大な被害をもたらしているだけにあまり良い印象は持てない。それを秘匿しようとしている、政府やイーサンにも疑念が募る。
「でも……〈バイオ〉にゃ、人間はいねえはずだぜ……?」
 茫然とヴィクスが呻くと、イーサンの目が鋭く光った。巻き返しを図ろうと企む目だ。だが、
「人間は、な」
 憂いが凛と響く声に、彼は動きを止めた。
 部屋の奥のドアから現れた銀髪の美女は、長い睫毛をやや伏せがちにし、ゆるりと一歩踏み出した。静的な印象の強い動作で皆を一瞥し、最後にシュリに目を止める。
「寒いであろう。中へ入って参れ」
 拒む理由もない。シュリは大人しく室内に戻り、三好達の傍に歩み寄った。
「マム」
 ドア窓を閉めたイーサンが、やや批難めいた声音でマムを呼ぶが、美女は悠然と微笑むだけで彼を諌めた。慈愛の笑みでありながら、口答えを許さない威圧が放たれている。あの微笑なら、何かと小うるさいダースマンも無言にさせられるかもしれない。
「こやつらは騙されぬ」
 穏やかにそれだけを告げたマムは、音もなくダイニングテーブルとセットのイスに座った。
「ユリアは孤独な幼子であった」
 ――ユリア?
 シュリの脳裏に今はベッドで気を失ったままの女性が浮かぶ。
 それを察したのだろう、即座にマムが首を振った。
「そなたらの知るユリアではない。……もっとも、容姿もどこか似通っておった故、赤の他人だとは妾も思えぬがの」
 遠い血の繋がりがあるのやも知れぬ。
「……ユリアは愛情深い両親のもとに生まれたと聞いた。だがユリアが八歳のとき、事故で両親をいちどきに亡くしてしまったのだ。特に近い身寄りもなく養護機関に預けられたものの、即、知友を見つけられるような子ではなくてな。独りで遊んでばかりで……そういえば、初めて会った頃はあまり笑わなかったな」
「ちゆうってなんだ?」
「友達のことだよ」
 話は長くなりそうだった。三好への解説は一番近い四道に一任しておくのが無難だろう。
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