MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【48】
「それよりも、イーサンさんに会わせてくれないか? あなたが言った通り、僕達は説得されても諦める気はないんでね」
 気も取り直さずせっかちな意見だが、今はシュリも四道に同意見だった。ともかく時間が惜しい。オズマ討伐まで、まだやらなくてはならないことが山積みだ。
「よかろう、付いて参れ」
 頷き、マムは玄関扉を大きく押し開く。マム、三好、が順に中へ入り、シュリも四道に続いて室内へ進むと、そこには絵に描いたような柔和な空間が作り込まれていた。
 家具はすべて手作りだろうか。小屋と同じ色合いの木材で、粗末だが使い勝手が良さそうなテーブルとイスがある。食器棚の中には一家族分の食器が一通り揃っており、カップも五つ。少なくとも老人の一人暮らしに必要な数ではない。窓際には造り付けの小さな棚があり、写真が幾つかと、生花が活けられていた。
 花が「供えられている」と思ったのは、〈ノウア〉の写真の必要性のない生活と、印刷面の劣化が原因だ。
 立体映像《ホログラフィ》が、通信、データ管理の基幹を支える〈ノウア〉において、写真と写真立ての必要性はまるで無い。シュリのポケットに収まっている《ポータル》でも大量の写真画像が保存出来るし、再生を望めばそれは立体となって現れる。
 そんな好環境で、二次元の、品質が徐々に低下するようなポートレートをあえて選択する理由は、そう多くはない。理由の大半は思い出の劣化を深層心理で望む場合――つまり、写真の人物が故人であることが多い。
 三つある写真立ての中の、少し色の変色した一枚の写真に、そっと顔を近付ける。
 家族写真だ。まだ若い、二十代後半ほどの男女と、五歳くらいの男児。父親に抱えられた男の子は父と同じ髪と瞳の色をしているものの、満ち足りた笑顔には母親の面影が色濃く映り込んでおり、どちらかというと母親似の印象が強い。未来への憂いなど微塵もない、幸せそうな家族だ。
 残り二枚の写真には、一枚目とはまるで違っていた。
 一枚は随分古いもので、印刷面が茶色に変色してしまっている。軽く三、四十年は経過しているだろうか。
 残り一枚は、どこかの海を背景に、精悍な顔つきの青年が三人と、年端もいかない少年とが映っていた。軍服を纏った青年の中に、ようやく十代に至ったかのような少年がぽつんと映り込んでいる様は、どこか酷くアンバランスだ。皆、一枚目の家族写真のように笑顔で時を止めているが、どこか角ばった目元からは、緊迫した心情が見て取れた。死を覚悟した目だ。
「ユリア? 戻ったのか?」
 渋いバリトンが空気を振動させ、奥から人が現れた。
 外見は目算で五十歳くらいだが、実際はもう少しあるかもしれない。しゃんと伸びた腰と、がっちり鍛えられた筋肉が、彼の実年齢を大幅に誤魔化している。
 身長は三好よりも低くマムと同じくらいだが、まるでそこに高い壁があるかのように感じるのは、彼から放たれる重苦しい威圧感のせいだろう。ダースマンに似た威圧感だが、質量がまるで違う。ダースマンのそれを尖ったナイフに例えるなら、彼から感じるプレッシャーは密度の高い鉛だ。いちぶの隙もなく、一瞬でも気を抜こうものなら押し潰されてしまいそうな目まいを覚える。
 そんな男の強い警戒心が順にシュリ達に巡ると、彼は最後に長身美女の姿をしたマムへと目を向けた。神経質そうな目が、マムにシュリ達の素性を詰問する。
「勝手に通してすまぬな。ユリアはまだ外だ」
「……彼らは?」
「おぬしに用があるそうだ」
 多くを語らず場を譲ったマムは、そのまま言葉もなく男が現れた廊下を通って家の奥へ消えてしまった。
 残されたのは五人の元・軍人と元・予備兵、そして剣呑な空気だけだ。
 一切気は抜けない緊迫した時間がしばし流れた。無言の応酬の水面下では、気迫の攻防が熾烈さを増していく。居心地が悪い、なんて言葉では尽くせないほど、痛い場所だ。気を抜けばあっという間に切り捨てられそうな気がする。
「あんたがイーサンか。元ブルーの。在籍してた頃の写真見たことあるけど、随分変わっちまったな」
 そう切り出したのはヴィクスだった。場の居心地の悪さに耐えかねたというよりも、この空気をどうにかせねばという、年長者気質の結果のようだ。
「オレはヴィクス。あんたの後輩になる…………いや、もう元か。たぶん」
「何の用だ」
「オズマのことを聞きたい」
 イーサンの太い眉が、神経質そうに反応した。触れてはならない禁域に踏み込んだ証しだ。
「何故?」
 きれいに響くバリトンに、やおら殺意じみた鋭さが加わった。
 返答次第では、この男はシュリ達を抹殺すべく動く。――そんな確信がシュリの脳裏に閃く。武器らしきものを何一つ携帯しておらず、彼の周囲には武器になりそうな刃物類なども見当たらない。それでも彼は実行し、成し遂げるだろう。彼はこの〈ノウア〉でオズマと直接対決したほんの一握りの人間なのだから。
「私達は、オズマを倒しに行きます。理由を話せば長くなる……もし良ければ、話させていただけませんか?」
 この剣呑な意志を宥められるのは真実しかない。
 ヴィクスとイーサンの言葉のやり取りの僅かな間に、シュリは己の声を滑り込ませた。
「もうひとつの、宇宙の姿を」
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