MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【42】
 反射的にロッドを構える。エオリアの助力を求める。
 本来ロッドはシュリのキューブの力を引率するためのもので、三好や四道のそれと同じく「武器」としての機能は備えていない。しかしエオリアの風を纏わせれば即席ながらもそれなりの耐久が期待できる。
 その証拠に、触れた物を斬り絶つはずの細剣は、シュリの杖と鍔迫り合いで停まった。
 だが武器では対等になれても、それ以外ではまるで歯が立たない。すなわち、筋力。ブルーコートの訓練でがっちりと鍛えられた彼女の腕力と、シュリの細腕では、力に差があり過ぎて、押し倒される形で上半身が後ろに倒れる。そんな体勢を、下半身が長く支えられる筈がない。大きく体勢を崩したシュリは後頭部強打の覚悟をした。
「きゅぴー!!」
 それを枕よろしく受け止めてくれたのは実体のエオリアだった。
 ふぐぐぐぐ、と、シュリの頭の後ろで顔を真っ赤にし支えてくれるエオリアの体温を感じる。尻もちをついたため骨盤が痛かったが、今はそれを気にしている場合ではない。
「……く!!」
 重い。一秒につき一センチずつ白刃がシュリの額を目掛けて落ちてくる。
 そこに、
 パァン!!
 銃撃。
 女は咄嗟に顔を引き、それをかわした。
「うおおりゃあああ!!」
 間髪いれず三好が猛突進し、シュリと女との間に隙間を作る。
 体を起こし、エオリアを労わって体勢を整えたシュリは改めて女と向き合った。
 確かに強い。筋力では殆ど三好と同等だ。四道の銃での攻撃を見切った反射速度も恐ろしい。もし――二の宮があのまま戦闘成長を続けていれば、こんな風になっていただろうか。
 細剣を振って三好を牽制し、四道の銃弾を一秒のタイミングで見切った女の背と、記憶に微かに残る二の宮の背中とを重ね合わせる。
 ……だけど、そうね。と、シュリはため息のような、しかしそれとは違う吐息をそっと零した。
 二の宮が生きていたとしても、あの女のようにはならなかっただろう。少なくとも二の宮は、三好や四道に刃を向けたりはしなかった。
「エオリア」
「きゅぴー!!」
 相棒は頼もしい返事を返してくれた。任せろ、と、そう言ってくれている。
 体が動く。思考する。だから覚悟はここにある。

 四道が連続で銃弾を放つと、女は見事な剣さばきで全てを切り裂いてしまった。その隙をついて三好が女に近づこうとするが、隙がすでに隙ではない。単なるタイムラグでしかなく、秒以下の素早さで剣先が三好の頬を過ぎる。
 三好の浅く傷つき血が流れ、髪のひと房がはらりと舞った。なんとかかわせたと肝を冷やした男の額には、過度な動きのためか汗が浮かんでいる。だが油断は禁物だ。突き技をかわされた細剣はブン、という風を切る音を撒き散らし横にスライドしていく。――二撃め。三好の首を目がけて吸い込むように薙ぎの一撃が繰り出されるが、避けきれないと判断した三好が逃げる選択を捨てたことによって状況が少し変わった。
 最大限の瞬発力を行使し、三好が相手の懐に潜り込む。女はそれでも剣の動きを止めない。三好は拳を握り、力を――意志を込める。強く、激しく。歯を食いしばり念じた結果、拳に小さな火が点り、そこから飛び出した火の玉がくるくると回って人の形を得た。
 小さな小人のような、その割にはヘビメタな格好が妙に可愛らしい。名を、カナッサ。エオリアと同様、ビッグマムに生み出された火を司るガーディアンだ。大小様々な炎に宿るる特性があり、それこそ家庭の竈にも存在するのだが、エオリアのように実体を得るには第一に炎の存在、第二にカナッサの意志、第三に周辺の場の相性などが必要で、自然に実体を得るのは難しいらしい。
 三好の場合、発動する攻撃技が炎の属性であること、カナッサと相性が良いことなどの好条件が揃うので具現化しやすいようだが、それ以上にカナッサを呼び出すというのは戦力的にも有意義な結果が得られる。すなわち、火力の増加だ。
 文明を破壊しない程度に、という条件が付与されているものの、カナッサは炎を自在に操れる。シュリがエオリアの力で攻撃を強化するように、三好はカナッサの力で攻撃力に足し算が加わるのだ。
「っりゃああああああ!!」
 喉を焦がすような絶叫とともに拳が動く。
 相手が女性ということもあり、顔を狙うのは躊躇われたようで、標的になっているのは脇腹だ。
 一方、女性の方は相変わらず三好の首を狙っている。
 初動が遅かった分、このままでは女性の攻撃が三好の攻撃よりも早く入ってしまうだろう。それを防いだのは四道の銃撃だ。完成されきった精度で細剣の切っ先に命中させる。飛び散る火花、甲高い衝撃音。おそらくは女にとってささやか過ぎる抵抗だっただろうが、焔を纏った三好の拳が彼女に近付くには十分だった。
 だが――
 残り一センチにも満たない隙間で、彼女の体が後ろへ飛んだ。全てをかわしたわけではないが、全てが入ったわけでもない。
 ちりちりと火炎の影響が残る脇腹を押えた女は、しかし、次の瞬間平然とした顔で剣を構えた。
「反則くせー」
 バックタップで距離を取り、三好。
 たしかに、あんな間合いで逃げられては詰めようがない。
 三好と四道、双方から「どうするよ?」という視線を投げ掛けられ、シュリは暫し女を見た。
 彼女に勝る有利なカードといえば、一対三というひと数くらいしかない。彼女の反射速度でもさばき切れない攻撃の数の多さで圧倒し、余裕を奪って一気に畳みかける。つまり一斉攻撃と、連携。
 三好と四道、二人に目配せしたシュリは、両の人差し指を立て、同時にシュッと女を示した。剣で切るような指の動きに、仲間たちが小さく頷くと、女の警戒は一層顕わになり、鋭い目線が三人に放たれた。
 女の向こうでは、繋留された女王専用艦プリマヴィスタから幾許の悲鳴が上がる。
「ニナ、ヴィクス達の状況は?」
『奪還率五割といったところっすね』
 小声で訊ねると、即時応答があった。
 五割……。叶うなら奪還完了と共にここから立ち去りたいものだが、その為にはダースマンの娘であり護衛でもあるこの女を沈めなければならない。全員が艦に乗り込んだところで本当に撃ち落とされてはかなわないので、そのあたりの保険も含めて当面指揮が取れない程度に戦闘不能に……。
 ――いや。彼女が倒れてもダースマンがいる。プリマヴィスタで逃げても、ダースマンの命令が下れば最優先でブルーに通達されるだろう。そして、逃亡の咎で女王の逃げ場はなくなり、【契約違反[ヴァイオレーション]】は速やかに実行される。
 確実に逃げるために、布石が欲しい。
「ねえニナ……」
 相談を持ちかけると、返ってきた声は硬いものだった。
『それは……さすがにウチでも無理っすね』
 やはり事が大き過ぎるか……。
「……この回線、マムも聞いている……のよね」
『そうっすね。マムに聞く意志があればの話っすけど』
 聞いていないはずがない。女王奪還作戦はそのままマムの今後の身の振り方にも関わってくる。政治には関わらずとも、《コンダクター》でありマムが護るべき人間である女王を、マムが気にかけていないはずがない。
「ハアアアア!」
 女が動く。目標は、別のことに気を取られていたシュリだった。
 真面からまともに女の気合いを受け取ってしまい、思わず数秒、思考を止めてしまう。左右で三好と四道が動き、四道の放った銃弾を、女は先ほどと同じく斬り伏せ――
 迫る三好を薙ぎで牽制したが、動きを読み取っていた彼はそれをあっさりかわし、スピードを殺さず更に女へ近付いた。
「……っ」
 女の体勢が向きを変え、三好とまみえる。
 シュリはその間に集中力をひと息で高め、針のような風を既製した。それを一気に解放する。
 三好の【スプラッシュ・ジャブ】、さらに四道の五連激を一人でさばいていた女は、迫る風鳴りに気付くも対応がやや遅れた。力技で無理矢理三好を押し返し、四道の五撃めを弾いて高く跳躍する。
 勘のよい人だ。
 シュリが放った風は目標を失い、一直線に屋上を駆け抜け、プリマヴィスタの脇を通過し、女王官邸の敷地に設けられた今は無人のエスの詰め所に命中した。
 派手な破砕音とともに壁が壊れた建物を、女は気にする素振りも見せない。
『シュリ! お前気をつけろ!!』
 ヴィクスからインカムを通じてお叱りを受けたが気に止めている余裕はなく、被害総額増加、とだけ思考に留め、攻撃を再開した。
 再度、三人による連続攻撃を繰り出すが、どれもこれもギリギリのところでかわされなかなかヒットしない。逆に三好が左足を傷つけられ、唯一の前衛が怯んだ隙に中衛以降への侵入を許してしまう。
 そこに敵を喜ばせるだけの隙を作ってしまった。
 射程距離があるゆえに安全性を考慮し、シュリと四道は基本的に前衛へは出ない。ゆえに致命的な弱点がある。――負傷への不耐性と、恐怖を押し籠めてもなお立ち向かう勇気だ。
 時間に換算して三秒ほど、二の宮の俊足を思わせる動きで女が間合いを詰める。
 瞬間、シュリの脳裏に煌めいたのは、特に傷に対して耐性のない四道を庇うことだった。
 風の壁を展開するも、発動時間が短過ぎて壁は未完成のまま突破されてしまう。
 それでもいい、コンマ以下の時間が今は惜しい。
 女と、四道との間に身を割り込ませ、眼前に迫った白刃に痛みを覚悟した。
 ずぐり、と、腹部を抉る強い痛み。
 剣の切っ先が、内部に埋もれていく感覚が嫌でも伝わってくる。
 キューブのおかげで痛覚に麻痺がかけられているとはいえ、痛みが完全に消え去るわけではない。そしてその痛みはシュリの動きを止めるに十分な威力があった。
 剣が抜かれた腹を押さえ、その場にうずくまる。
「一木さん!?」
「シュリ!!」
「きゅ、きゅぴー!」
 様々な心配の声を聞きながらシュリが女の顔に目を向けると――
 夜の闇と、星空と、二つの月を背景に、黒いシルエットが細剣を振り上げている途中だった。
「バースト!!」
 咄嗟にエオリアの力を解放する。女とシュリの間で暴風が巻き起こり、風に抗わなかったシュリは遥か後方へ、背後に居た四道を巻き込んで吹き飛んでしまった。
「かはっ……」
 傷を抑える手のひらが生温かい液体で濡れていく。
 傷は深く、出血も多い。戦えはするが、動くたびに命を削ることになるだろう。
「い……一木さん、血が……!!」
 青い顔で四道が叫ぶが答える気にもなれない。
 三人で戦っていっぱいいっぱい……。ならば戦線を離脱するわけにはいかない。血を流しても、せめてプリマヴィスタ奪還までは戦わなければ。
「まっ……駄目だ、動いたら血が……!」
 四道――本来なら彼は、モンスターの弱点を突き、長い硬直時間を強いてシュリ達に攻撃の余地を与える役目を担っている。だが今、彼の能力は最大限に発揮されていない。
 前衛から後衛までの距離が短いことが第一、それから、相手が人間であることが第二、だ。
 モンスターならば、必ずどこかにウィークポイントがあって、そこを攻撃出来れば時間が稼げた。だが相手が人間となると、硬直時間を強いるような弱点はない。あえて言うなら全身が弱点だろうが、それも当たらなければ無意味だ。
 弱点。……人間の弱点。痛みに対する肉体の弱さ。恐怖を感じる心。……心。
「聞いて、いい?」
 シュリが細い声を吐きだすと、女の動きが俄かに止まった。
「あなたのお父さんは……どうしてあんなにモンスターを憎んでいるの?」
 返答には暫しの間があった。
 女剣士はぎゅっと細剣の柄を握り締め、顔を歪め、奥歯を噛んだ。
「家族を失った気持ちなんて、モンスターを庇うような……あなたたちのような人間には分からないわ」
 その瞳に、憎しみが渦巻いていた。
 この女性も同じだ。父親と同じ憎悪を裡に飼っている。彼らは共に家族を失い――その原因となったモンスターを憎んでいる。
 殲滅を望むほどに。
「……そう」
 シュリが亡くしたのは家族ではないし、モンスターが直因だったわけでもない。
 だがその悲しみだけは少しだけ同感できた。
 悲哀の形は異なっていても、苦しいと訴える心は同じはずだ。
「……マム」
 そっと呼び掛ける。きっと、聞いてくれている。彼女の慈愛は、〈ノウア〉のどこにいたって感じられるのだから。彼女はその感覚の翼を、この〈ノウア〉全てに広げているのだから。
「マムお願い……。いま陛下を助けなきゃ……マムだって、きっと後悔するよ……!」
 一瞬。
 何もかもが、止まったかのように思えた。
 音が消え、静寂が降臨する。感覚が遮断されたかのような、時間を刹那の分だけ切り取られたかのような。
 そして――
 ドン!!
 と、一度だけ、大地が揺れた。地震かと思ったが、違う。揺れたのは本当にただの一度きりだ。
 ただその一度がくせものだった。
 四つの地殻プレートの境目をまたぐ日本では、地震は頻繁に起きる日常のひとコマだ。それこそシュリ達が学校で体験したような大きな地震は珍しいが、無体感地震は毎日起きているし、年に数度の小さな体感地震は当然の茶飯事。
 だが〈ノウア〉では、ガーディアンによって守護の力が働いているため、地震は起きない。
 この経験の差が、勝敗を決した。
 杖を握り直したシュリは、光の玉を高速で生み出す。
 大地の鳴動に動揺していた女が気付いた時には、既に遅い。くしくも、シュリが傷を負った同じ場所に光の玉を受けた女は、衝撃で吹き飛ばされ、そこに三好の連続攻撃をくらった。
 シュリは風を生み、四道は銃を構える。
 ほぼ同時にそれらは放たれ、風は女の右足に、銃弾は左足に、同時に着弾した。
「くあっ……」
「悪ぃーな」
 三好が女の腹に一撃を入れる。
 油断していたつもりはないだろうが、三好の拳はおもしろいように彼女の鳩尾に吸い込まれ、女は意識を手放し、細剣を握り込んでいた手を解放した。
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