MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【41】
 絨毯が音を吸収してくれるおかげで足音はあまり響かないが、ブルーコート達の女王官邸に不似合いな武装品は派手な音を立てていた。
 タタタタタ、という、四道の銃とよく似た長筒から銃弾が飛び出てくる。シュリはそれをあっさりとかわし、エオリアの力を使って突風を巻き起こした。途端に、窓ガラスが派手に割れる。この際、被害総額などの勘定は頭から強制的に追い出すしかない。見た目が派手な技で相手を怯ませるのが最優先だ。
 パン、と、四道が一発の銃弾を先頭きっていた兵士の右肩に命中させた。とはいえ、太い血管を避けしっかり貫通しているので、重傷だが後遺症は残らない程度だ。命中率において四道の右に出る者はいない。この精度があるからこそ、シュリ達は今なお一人も殺さずに前に進んでいけるのだ。
「ったく、次から次へと」
 兵士を三人昏倒させた三好が、遠くからこちらへ向かってくる音に耳をそばだてながら唸った。
 この派手な抗争は、シュリ達の反対側でヴィクス達も対応しているはずだ。つまりブルーコート側は手勢を二手に分けているのである。それで、この数。三好がうんざりするのも仕方がない。
『あともうちょっとっすよ。頑張るっす。ヴィクス達とそう距離もないっすから、ブルーと遭遇する確率も高くなってるんで気を付けるっすよ』
 インカム越しに励まされながら逃げ脚を目的地へと進める。
 官邸の広大な広さが恨めしかった。もう少し狭ければ救出もその分楽だっただろうに。
 恨み事を呟きながらひたすら走り、遭遇した敵を二、三撃でねじ伏せて、再び走る。
 息が切れる頃に辿り着いたのは、観音開きの扉の前で、廊下の突き当たり、つまり行き止まりだった。
 ここだ。
 肩で息をしていると、背後からけたたましい音が迫ってくる。
「ジン!!」
 それらの先頭を走っていたのは、ヴィクス、ライト、ブライアンの三人だった。無事だったのだ。
「早く開けろ!! 逃げるぞ!!」
 頷いた三好は直ぐに観音扉と向き合った。
 〈ノウア〉で使われるありとあらゆる「鍵」は、すべて電子的なキーになっている。当然、この扉も電子ロックで施錠されているのだが、それを解除するにはキーが挿入されている《ポータル》などにアクセスするしかない。
 《ポータル》はグローバルネットワークに接続できる携帯端末なので、ニナのハッキングで容易にアクセスできるものの、世に出回っている《ポータル》の中からキーが埋め込まれた《ポータル》を特定することは出来ないし、官邸内のローカルネットに潜って直接解錠する方法はあるものの、官邸ネットは完全に独立しており、内部から外部への回線を開くか、完全アクセスフリーのビッグマムの力を借りるしかない。
 それらの手間を省く最後にしてもっとも簡潔な手段が、扉の破壊だ。
 三好が持つ攻撃技の中でも一撃必殺、【ジャイアント・インパクト】が繰り出され、扉はあっけなく粉砕された。
 ニナの情報によると、女王の私室はそのままシェルターにもなりうる構造らしいが、幸いにも扉のシェルター化はまだだったらしい。おそらくセラフィムあたりが命令系統に直接働きかけているのだろう。
 扉の破片が散り散りに室内へと散乱し、砂埃が舞う中、背後からシュリ達に追いついてきた華奢な影が真っ先に飛び込んでいく。
「ステラ!!」
 思いのたけをすべて込めた声に、反応は速やかだった。
「ブライアン!?」
 しっかりと、互いの体を抱きとめ合う。
 恋人同士の再会の抱擁というのは、さても美しいものだが、見慣れないシュリ達にとっては少々刺激が強かった。
 気まずさから視線を逸らすと、常にシュリの傍らにいたウィカチャが「ぶにゃー」とひと鳴きし、女王にすり寄っていく姿を見止める。ブライアンに夢中で女王は気付いていないが、ウィカチャはシュリを見、再度「ぶにゃー」と不細工な泣き声をあげた。
「おーお、お熱いねぇ」
 扉前――否、元・扉の前でライトと横並びになり、敵勢を防いでいるヴィクスが、肩越しにこちらを見、口笛を吹いて茶化す。……そんな暇があるなら、真面目に剣をさばいて欲しいものだが、これは口にはしなかった。
「ブライアン……どうしてここに?」
「君が捕まったと聞いて、居ても立ってもいられなくてね……。彼らと一緒に来てしまったよ」
 苦笑と共にブライアンはこちら側を示した。
 久々に肉眼で見る女王は、ネットワーク伝いの立体映像よりもよっぽどやつれていた。バラ色だった頬は色が褪せ、わずかにも肉が削げ落ちている。艶やかな髪はいくばくかくたびれており、萎れた苗のようだ。
 それでも少女としてのたおやかさはしっかりと残っている。これはブライアンとの再会に芽吹いた艶だろう。
 芯のあるしっかりとした足取りは、女王としての心意気が成せる御技だ。
「遅くなってしまって、すまなかった」
「そんな……私……私……!!」
 堪えていたものを一気に解放し、栗色の髪の少女は男の胸で涙を零した。
 信頼できる女王補佐官も一緒とはいえ、明日の行方も知れぬ監禁状態は彼女の心に相当の負担を強いていたに違いない。
 感動の伝播にしばし心を囚われる。そんなシュリの肩を、右からちょいちょい、と柔らかく刺激された。
「はーい。助けにきてくれてアリガト」
 女王補佐官にウィンクされてしまった。
 戦場にも、愛の再会場にも似つかわしくない、軽快で弾みのある言葉が彼女らしい。
「怪我は?」
「ううん、ダイジョウブ。扱いはランボーだったけど、殺すつもりはなかったみたいだしね。でもアナタたちは? けっこーボロボロねぇ」
「ははは……」
 入口からここまで、遠いといえば遠かったし、さりとて長い時間をかけたわけでもない。だが対人戦闘というのはモンスターとどうしても勝手が違い、ましてや殺めるなどできなかったわけで、必要以上に使う技・行動に制限があったのは事実だ。体力より精神力の消耗が激しい。それもあともう少しだ。
『タカ、ロックを外すっす』
「あ、ああ」
 ニナの通信で我に返った四道は、さっと踵を返し天蓋付きベッドのそばのチェストに近寄った。上肢を屈め、チェストの底をまさぐると、カチッという小さな音が響く。ついで彼は反対側の壁に埋め込まれた本棚の、一番上、右から十番目の本を取り、左下一段目、三番目へと挿入する。ゴウン、という重そうな音。さらに四道は部屋の中を移動し、シュリの背後――元・扉から右の突き当たりの壁をぐい、と押した。
 途端にひと一人通れる通路が姿を見せる。
「……ネエ、どうしてアナタたちは最高機密の隠し通路の出し方を知っているのかしら……?」
「……知らない方がいいよ」
 視線を逸らし、シュリ。
 まったく、どこからこんな情報を漁ってきたのか、こっちが聞きたいくらいだ。
「よし、最初にエスを行かせろ。その次に陛下と補佐官殿、オレとライトが一番最後だ」
 剣を捌きながらヴィクスが指示を飛ばし、同時に隣室に閉じ込められていたエスコート達がわらわらと女王の私室に入室してきた。
「陛下」
 長身の男が、抱擁を解いた女王の傍で片膝をつく。
「力及ばず、お守りできずに申し訳ありません。しかしここから先は一同死力を尽くし、陛下の御身をお守りいたします。どうぞ、このまま彼らに従い、お逃げください」
「そんな……私のほうこそ、本当にごめんなさい。私が余計なことを言ってしまったから、みんなまで巻き込んでしまって……」
「今は後悔してる場合じゃないヨ、ステラ! イマはとにかく逃げどき! ホラ隊長、早く行って! ステラはワタシと一緒ね。……あー、お邪魔カシラ?」
「三人一緒に行けばいいよ。――三好君、行こう」
「ああ」
 女王と女王補佐官、ブライアンを後押しし、四道がその後に続いてシュリと三好が通路に飛び込む。ズガン、という、派手な音と共に焦げくさい匂いが鼻孔を刺激したのはその時だ。技なり兵器なりを使ってヴィクス達が時間稼ぎに敵を怯ませたのだろう。振動が収まらないうちにヴィクス達も通路に飛び込んでき、入り口を閉めて封鎖する。
 隠し通路は大人の男が全力疾走出来る程度の広さはあった。床も壁も丁寧に舗装されているが明かりとりの為の窓もなく、真っ暗なのは辟易してしまう。女王が光の魔法で足元を照らしてくれているが、それでも行き先は暗黒に包まれていた。
 そんな中、猛進的に走り続ける先陣のエスの速力は速かった。女王の護衛を務めるべくそれなりに鍛えているのだろう。それに後方のエスが女王と補佐官を気遣いながら誘導する。最後尾では、常に背後に注意を向けるヴィクスとライト。彼らの間に挟まれたシュリは前後を気にすることなく、外部の状況の情報処理に努めた。
 撹乱の甲斐あって、ブルーコートの援軍の大幅に到着は遅れている。十分に時間的余地があり、特に大きな変異がなければ気にする必要はなさそうだ。
 官邸周辺では民間人が大きな物音に気付き、何度か通報があったらしいが、軍部は公式の発表を控えており、幾つかの緊急ニュースが報道されているものの、いまだ騒動にはなっていないらしい。グローバルねとワークではお祭り騒ぎだが、混乱に乗じて暴動の類が起きていないのは望ましい結果だ。無論、今後もその情報が続くとは思えないが、それはまた後から改めて考えよう。
 通路はこのままいくと階段になっており、登りきったところは三階になっている。そこから最寄りの階段までほんの数メートル。それを更に上へ登れば屋上へと出、そこには女王専用艦プリマヴィスタが停泊している。ブルーの監視下に置かれているのは言わずもがなだが、少数最精鋭のエスコートとシュリ達が共闘すれば奪還できるだろう、とセラフィムは断言した。あの男はシュリ達を過大評価も過小評価もしていないし、どんな場面においても非常なほどに冷静だ。その彼の断言ならばアテには出来る。
 だがどうしてだろうか。どうしても、楽観できない。
 ちりちりと首の後ろを小さな熱線で焼き付けられているようだ。
「一木さん? 大丈夫?」
 すぐ後ろを走る四道の声に、シュリはハッと我に返った。
 肩越しに視線を送ると、四道が心配そうにこちらの様子をうかがっている。
 背中に心情を描いた覚えはないが、彼なりに何か察するところがあったのだろう。シュリは小さく、肯定とも否定ともとれない曖昧な頷きを返した。
「うん……ちょっと落ち着かなくて……」
「うん、僕も同感だ」
「なんでだ?」
 顔を見ずとも声だけでそれが三好であると判別できる。特にこの通路はせまいので声が反響しやすい。
「……ダースマンなのに、手が緩すぎるような気がする」
 勿論、作戦遂行の裏には、ヴィクス達の見事な手際やニナ達の後方支援の賜物だ。だがそれだけでは納得できないほど、警備が手ぬるいのだ。
 確かに蟻の子一匹漏らさぬほど、警備は強化されていたが、実際には穴があり、シュリ達は侵入出来た。侵入後は危険と精神摩耗を強いられたものの、女王の部屋まで辿り着いた。
 警備そのものはダースマンは関与せず、ブルーコートの責任者に任せらているから当然といえば当然。――だがあの男がただそれだけで済ませるだろうか?
 通路が終わり、階段へと移行する。狭くて窮屈なそれを半分ほど登ったところで、先頭のエスが通路の終わりを開け放った。
 自問自答に時間を取られている暇はなさそうだ。
 足を動かし、更に上へのぼりつめ、狭苦しい通路から三階の廊下に出ると、先頭陣営はすでに屋上への階段を登り始めていた。廊下と同じ赤い絨毯に足音を吸わせ、全速力で駆け上がる。そして間もなく屋上へと到達し、そこに、先頭を走っていたエス達がひと塊りになっていることに気付いた。
 何故、前へ進まないのか。
 訝りながら人垣を掻き分けて前に立つと――
 コンクリートによく似た床に足をつけ、剣を握った女が女王専用艦プリマヴィスタの前で仁王立ちになっていた。
 なんとも艶やかな女だ。
 一度だけ見たことがある。ダースマンと初めてまみえた時、彼の傍らで高圧的にシュリ達を見下していた女秘書。
「……にゃろう……」
 シュリに追いついてきたヴィクスが、怒りと煩わしさを綯い交ぜにして唸った。それがダースマンに対するものなのか、目の前の女秘書に対するものなのか、判別が少々難しい。
「ダースマンにしちゃ手ぬるい……か。確かに奴にとっちゃ、ブルーなんてのはそういう対象なのかもな」
 意図が分からない。
「どういうこと?」
「ダースマンの秘書だ愛人だなんて言われてるが、あいつはブルーに在籍してる立派な軍人だよ。つまりダースマンの護衛だ。……どのくらい強いか、言った方がいいか?」
「……遠慮しとく」
 引き攣ったヴィクスの顔が言葉よりもリアルにそれを語っている。
 レイピアのように細い剣はおそろしく華奢だが、二つの月から降り注ぐ光を反射する様はいっそ美しい。光を纏い、身の内から放たれる剣気が更に艶やかさを増していく。
 ……彼女の目的はシュリ達の殲滅ではないだろう。こちら側にはヴィクス達に加えエスコートも参加している。いくらあの女剣士が強いとはいえ、数の差は大きい。ならばこの「反乱」の原因――女王を目標と定めるだろう。ならば、こちらが取る方法はひとつだ。
「……ヴィクス、みんなを連れて先に行って。プリマヴィスタの奪還をお願い」
「……どのくらい強いか言った方が良さそうだな」
「だからそれは遠慮しとくよ。三好君と四道君は置いていってね」
「……一人で行かせるよりマシか」
 しぶしぶヴィクスが了承すると、
「マシってなんだ、オレらだって戦えるっつーの!!」
 三好が喚き声をあげた。
 ヴィクスが速やかにエスを誘導し、女王と女王補佐官、ブライアンを伴ってプリマヴィスタに回り込む。その一行にウィカチャが追随する様子を、女剣士は涼やかな視線で見送った。
「……追わないの?」
 彼女の狙いは女王のはず。なのに一歩も動こうとしない彼女に不信感を覚える。
 しかし女は顎を斜めに突きあげ、口元に艶然とした笑みを浮かべた。
「全員乗り込んだところを撃ち落とした方が早くなくて?」
 つまり効率の問題らしい。
「首都のど真ん中に落ちたら、民間人も巻き添えを食うだろう」
「ええそうね。女王さえ逃げようとしなければ回避できる悲劇だわ」
 質問した四道は「胸くそ悪」と吐き捨てる。
 類は友を呼ぶ、と、昔からいう。実際、シュリ達もどことなく似通った部分があって、時を経て似てきた部分もある。最近はヴィクス達にも感化されたような節もある。
 同じように、目の前の女からダースマンに似た何かを嗅ぎ取った。効率重視の思考、目的の為には犠牲を――対価を払う姿勢。かといって、積極的にそれを受け入れているような印象は受けない。今の言葉も、大人しく投降するなら犠牲を出すつもりはない、と受け止められる。
 この女性は……。
「あなた……ダースマンの……娘?」
 小さな反応があった。
 それよりも大きく驚愕したのは三好だ。
「あ!? これが!?」
 これ、というのは大概失礼な気がするが……。
「……どうして……」
「よく似てるよ。顔はともかく」
 娘と検討をつけたのは二人の年齢差だ。ダースマンの年齢を考慮すれば、このくらいの女性なら許容範囲かなと思っただけだ。周囲には秘書兼愛人と思われているようだし、ヴィクスは単にダースマンの護衛とだけしか受け止めていない。けれど彼女に初めて会ったあの時、ダースマンと彼女の間にはそんな艶めいた情感は見られなかった。それこそ、先ほどの女王とブライアンのような、こちらが思わず恥ずかしくなるようなあの空気だ。
「自分の秘書にしてるのは、ブルーに在籍してても危ない目に遭わせないため、でしょ」
 ダースマンといえど、ひとの親ならそれくらいの心情があって当然だ。
 それは「選別」に偽りを進呈したシュリの両親や、不正を働いた四道の父親とまるで同じものだ。
 だが彼女は、シュリにそれを見抜かれたことが気に食わなかったようで――
 ひゅ、と、虚空を切る音がシュリの耳に届いた時には、十メートル近くあった二者の距離が一メートル以下にまで縮まっていた。
「お前に何が分かる」
 女性とは思えないほどドスのきいた低音だった。
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