MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【32】
 大きい。高さ五メートルはあるだろうか。
 教科書[デジペ]で見たことのある翼竜プテラノドンにそっくりで、骨と皮だけのような両腕から、やたらと細い脚の脛あたりにかけて、帆船の帆のような皮膜がある。あれを使って高い所から低い所へ滑空するのだ。
 エッジの利いた嘴や、鉛筆のように細い体つきは、ソルフェリノを闊歩するモンスターとはまるで違うが、恐竜然とした骨格はやはり通じるものがあり同類項だとすぐに分かった。
 かつて地球上を支配していた恐竜と違うのは、胸に穿たれた直径五十センチほどの大きな宝石だ。モンスターの名前の後半――コアロード、とはここから引用されていて、あれがモンスターの心臓のような役目を担っている。つまりコアロード種の致命的な弱点なのだが、モンスターも必死で胸部を護ろうとするので狙い仕留めるには難しい。一撃必殺でコアを狙うよりも、ダメージを積み重ねて倒した方が効率が良い場合が多い。
 これがオリアンタリスコアロード。
 威厳に打ちのめされ、シュリが暫し見入っていると、
 ガパッ。
「やめっ……!」
 無慈悲な音をたてて口を開いたモンスターは、ヴィクスの叫びを無視し、鳥が虫を突く勢いで、《ホグス》の起動に当たっていた一般兵の頭部に食らいついた。
「見ちゃだめだ!」
 四道が二の宮の顔を胸板に押し付ける。
 ゴキン、という、ひときわ大きな音が響くと、二の宮が細い肩を小さく震わる様子が窺えた。誰もかれもが顔をしかめている。
 胃を混ぜっ返されるような不快感が喉元にまで込み上げて来、シュリは必死にそれを肺腑の奥に押し戻した。目頭が熱い。おぞましさと怒りがない交ぜになってぐるぐると渦巻き、どす黒く変化していく。
 捕食でもなければ攻撃ですらない。こんなの、ただの破壊でしかない。
 一方的で圧倒的な力を前に助ける余地などまったく無いまま、モンスターは「それ」を、遠心力で放り投げる。近くの岩に激突した「それ」は赤い液体を撒き散らしながら引力のままに地に落ち、あっけなく動かなくなってしまった。
「こんのやろおお!」
 三好が絶叫し、二の宮もかくものスピードで前線へ躍り出た。
 指がグローブに食い込むほど強く握った拳を、オリアンタリスに正拳突きで見舞おうとする。しかし敵は枯れ枝のように細い腕を動かし、皮膜で空気に働きかけて突風を作った。
 乾いた土から砂が舞い上がり、目を傷めないよう全員が顔をしかめる。敵の風をもっとも近くで浴びた三好は、吹き飛ばされないように両腕で顔をガードし、しっかりと踏ん張った。
 本来なら皮膜では空を飛べないはずなのだが、オリアンタロスの細い体は突風でふわりと地面を離れた。こちらを見据えたままぴょん、といった様子で風に身を任せ、三メートルはあろいうかという岩の頂上に降り立つと、鋭い舌打ちが響き、三好がそれに追随した。左の小指に嵌められた重力制御装置が、摩擦によって叩き起こされ、彼の周囲の重力が一時的に変化する。三好は筋力の限界を大幅に超えたジャンプで、三好は容易にオリアンタリスに追いつくも、頂点に達した辺りで敵の腕が真横から飛んできた。
 身をかがめ辛くも攻撃をかわし、素早く攻撃に転じる。間合いを埋めるべく空振りした敵の腕に一度着地し、そこからもう一度ジャンプ。赤く情熱的な光が三好の腕にまとわりつき、強烈な一撃が振り下ろされた。【ジャイアントインパクト】、敵よりも高く飛び、頂点からの落下による慣性エネルギーを加えた強攻撃だ。
 だがオリアンタリスはその攻撃もものともせず耐え抜き、重力制御がタイムオーバーになって地面に戻っていく三好を見下ろす。
 馬鹿な。
 三好の唇が動いたが、まぎれもない事実だ。ソルフェリノのモンスターは得てして物理防御に長けている。全身を覆う硬い表皮が大きなダメージを防いでいるのだ。オリアンタリスもその例に漏れていなかっただけのことだが、シュリ達のチームの中で一番の攻撃力を誇る三好の攻撃が効かないとなると、今後の戦略にも大きな影響を与える。
 こちらの戦慄も分からないだろうに、モンスターは不意に嘴の先を浅く開いた。人間に例えるなら、まるでニヤリと笑っているかのような顔だ。
 やがて――フルフル、と、小刻みに顎先を振動させた。
 大気が震える。
 モンスターの口先になにかが集まっていく。この世のありとあらゆる力、エネルギー……。たとえば風力、たとえば水力、月光の薄い光、果ては動植物の生命エネルギーすらも吸い取られていくような感覚を味わう。ひときわ大きく強いのは炎の力だ。ソルフェリノの地下から、熱く滾る過剰なエネルギーが立ち昇り、その多くがモンスターの額に収束していく。
 まずい!!
 直感が告げた。あれは、まだこれから育つ。巨大な「なにか」になり、圧倒的な力で全てをねじ伏せる。
「散れ!!」
「きゅぴー!!」
 ヴィクスの指令とエオリアの警笛が重なり、シュリは脊髄反射総動員で身体を捻った。
 だが。
「だめです、《ホグス》が!!」
 一般兵の一人の悲痛な叫びにいち早く反応したのはヴィクスだった。分かっている、と叫び、彼の身の丈ほどもある大剣を抜いて《ホグス》の前に佇立する。一般兵二人に逃げるよう促した彼は、集中力を一気に最高値へともっていき、クリスタルキューブに働きかけた。何らかの技を用いてオリアンタリスの攻撃を防ぎ《ホグス》を護ろうとしているのだろう。
 だが、無茶だ。
 ヴィクスの防御技は前線で活躍する彼自身を守る技ばかりで、周囲の人間や物も有効範囲内に収める広域防御は習得していない。よしんば単騎技で《ホグス》をガードする方法があったとしても、オリアンタリスが放とうとしている攻撃に耐えられるとは到底思えない。無謀すぎる。
「四道君! モンスターの左下顎角を狙って!」
 体を再度転回させ、シュリは走った。
 なぜ、とも、どうして、とも。四道は何も言わずに銃を構える。逃げようとしていた足を止め、その場に止まって、肩にかけていた銃を下ろす。安全装置を外す手順も手慣れたものだ。数秒もかからず銃は発射可能となり、シュリの「狙って」という言葉の意図を正確に汲み取って、合図を待った。
「二の宮さん、ウィカチャと一緒に前に! ヴィクスは《ホグス》に集中して!!」
 遅れて動いたはずの二の宮がシュリの隣に並び共に荒野を駆ける。
 戦場の最前線へ――《ホグス》の前に立つヴィクスよりもさらに前方へ回り込んだ二人は、ともに愛用の武器を握り構える。シュリは杖、二の宮は二本のサーベルナイフ。
「どうするの!?」
「私が合図したら、ウィカチャの力で水の壁を作って。なるべく高く」
 短く告げるだけで十分だった。
 二の宮が足元に視線を送ると、仏頂面の猫が気だるそうにひと鳴きし、集中を練り上げていく。
 こちらもうかうかしていられない。これだけの人数と《ホグス》を護りきる技は、二の宮とシュリの同等量の力が必要だ。
 脚では二の宮に劣るが、集中力においてはシュリが勝る。その特技を生かしエオリアとの同期を果たしたシュリは顎を引いて声を後ろに流し叫んだ。
「四道君!!」
 チュイン、と、乾いた音が虚空をかすめ、弾丸が一直線に走った。
 〈バイオ〉から愛用している四道の銃は、今や彼の唯一無二の相棒だ。狙いを外すはずもなく、左の顎の角ばった部分に不意打ち判定が加味された強攻撃【ブラックバード】が当たる。硬い表皮に覆阻まれて貫通こそしなかったが、痛みと威力でモンスターの顔がシュリ達から大きく逸れる。
 攻撃を止めるほどではなかった。エネルギーチャージはまだ続いている。だが想定の範囲内だ。元々モンスターの顔を逸らし、目標を見失わせるのが本来の目的だったのだから。
 オリアンタリスが集めた力の凝縮は更に高まり――やがて限界が訪れた。
 イイイイイイイイイイィィィ……。
 微細な振動に鼓膜が痛みを伴って震える。
 二の宮と揃って全員の先頭に飛び出したシュリは、使い込んだ杖を前へ突き出し、両手でしっかり握り込んだ。グリップの微小な凹凸がぴったりと手に馴染み、予備兵として参加してきた戦闘で、常にぴったりとシュリの隣に寄り添っていた安心感を少し思い出す。
 だいじょうぶ。やれる。
「二の宮さん」
「OK! ――ウィカチャ!」
 ドバシャッッ!!
 下から上へ、大量の水が柱となり、柱が連なってモンスターとの間に壁を作った。
 そこへ、
「エオリア!」
 名を叫ぶと同時にてるてる坊主から風の力が解放される。
 エオリアとウィカチャ、彼らの力はほぼ同量で均衡を保ち合い、混ざり合い、融合し、一つになった。
 ガチガチ、ビキン、と、硬そうな音を立てて、足元から遥か上空へみるみる氷の壁が作り上げられる。敵の姿を完全に向こう側へ遮断してしまった壁は、推測も及ばないほどに高く大きい。
 エオリアとウィカチャの共同制作と、敵の攻撃が完成したのはほぼ同時で。
 コウッ!
 モンスターの嘴の先から真っ直ぐ、光が発散された。
 氷の屈折によって乱反射するライトエフェクトに耐えきれず、シュリは目を細め、最後には閉じてしまう。
 そして再度瞼を押し上げたとき、前後の景色の違いに思わず瞠目してしまった。
 四道の攻撃で敵の顔がシュリ達から別方向へと流され、標準が狂ったまま攻撃が発射されたが、哀れにもシュリ達の身代わりとなった大岩の一部がきれいに無くなってしまっていた。それだけではない。光の延長線上にあったと思われる何もかもが――頭上を覆う雲の一部までもがまるでくり抜いてしまったかのように無くなってしまっている。
 破壊とはまるで違う現象。これは、消失だ。
 多大な熱量によって、全てが一瞬で融解し蒸発してしまったのだ。
 シュリ達を守ってくれた氷の壁は、モンスターの攻撃の直接の射程外にあったにも関わらず無残にも破損し、二メートルほどの高さを残して大半が吹き飛んでいた。破片は全てモンスターの側へ散乱しており、爆発のベクトルがシュリ達の側からモンスター側へと流れていたことを示している。
 いったいどんな力が働いたのか見当もつかないが、とんでもないエネルギーが通常では有り得ない物理現象に変換されたのは確かだ。
 ヴィクスやニナがオリアンタリスを恐れていた理由がよく分かる。
 こんな反則技、クリスタルキューブのアシストがあったとしても到底及ばない。
『みんな無事っすか!?』
「全員問題ない」
 誰も発声しない状況下で、ただひとりライトだけが答えた。
 のどがカラカラだ。
 インカムは耳に装着しているというのに、待機していた戦艦が一隻大破したこと、それに伴う被害報告をするニナの声が儚く遠い。
 振動の余韻がシュリの肌を尚も刺激し、感覚の表面を浅く叩き続けている。
 ――オリアンタリスが全員を一瞥した。
 その瞳に宿る怒りの、なんと深いことか。
 最高の一撃を防がれ、標的だった全員が生き延びているのだ。モンスターにしてみれば、屈辱を舐めさせられたも同意義なのだろう。
「……どうするんだよ、これから……」
「攻撃ではなく防御を中心にすればいい。しかも倒すんじゃなくて《ホグス》が起動するまで時間を稼げばいいだけだ」
 ヴィクスの前向きな発言に、全員の意気が少しだけ上向いた。
 全員が、この事態を打破してくれそうな彼に期待の眼差しを向ける。
「広域に防御を展開できるマイとシュリ、それから弱点攻撃が巧いタカ、あとはライトが加わればそれだけの時間なんて楽勝だ。オレとジンは単発の、しかも自分達だけしか防御できないから、《ホグス》の周囲を固めて護衛に専念する。んでもって」
 にかっ、と、ヴィクスがいつもの笑顔を見せた。
「全員で帰ろうぜ」
 殺伐とした空気のなかでも、ヴィクスが笑うと暗澹とした心が吹き飛ぶ。皆が彼の笑顔に誘われ、どことなく強張っていた力を抜いた。
 作戦案としてもこれ以上は望めない。
 無事に仕事を成し帰還するには最良の案だ。
「《ホグス》起動次第、撤退する。いつでも逃げれるように準備だけはしておけ」
 全員が首肯し、意気を取り戻し始めたオリアンタリスへ相対すべく、それぞれの配置に付いた。
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