MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【31】
 作戦会議を終え、しばしの休息が与えられた後、チームを組む一般兵と合流して、ソルフェリノに向かう輸送機に乗り込んだ。
 比較的大きめの飛空挺には、シュリ達のチームの他にも二チームが相乗りしている。
 ソルフェリノは一面の岩石地帯で、飛空挺が着陸出来るような場所が少なく、持ち場が近いチームはこうやって共に目的地付近へ輸送されるのだ。現地に到着次第、チームごとに散開し、各々の担当場所で《ホグス》を展開しなくてはならない。
 予定通りの――言い換えれば、いつも通りのメンバーと二人の一般兵で構成されたシュリ達のチームは、ロックフォールの東南に配属された。レーゼンメーテルが待機するA地点がクレードルの真北にあるので、シュリ達の配属先はレーゼンメーテルの射程内にギリギリ届く。〈バイオ〉での前例があるだけに、新型兵器の威力を考えると幾許かの不安がよぎったが、小さな不安を理由に配属先を変更して貰うわけにもいかない。
 これは仕事だ。レーゼンメーテルを恐れるならば、さっさと《ホグス》を設置してソルフェリノを離れればいいだけだ。
 民間の旅客機とはまるで違う、ギシギシと揺れの酷い輸送機にどれほど揺られただろうか。急降下から始まった着陸準備にいささかの吐き気を覚えながら、それでもなんとか無事にソルフェリノへ到着し外に出ると、同乗していた他の二チームははさっそくそれぞれの持ち場へ向かい、輸送機も早々に地上を離れた。
 あたり一面の闇。ホログラフ映像のソルフェリノは鉄が錆びたような赤い大地だったが、これでは色など分からない。
 大小取り混ぜた岩が一面にゴロゴロとしており、左側の岩に至っては殆ど壁だ。川の流れで削られ出来たような道はまるで蟻の巣のようだ。道はまっすぐ南北へ向かって伸びているが、途中から幾多もの支流と合流していて、半ば迷路のようになっている。
 風が強い。絶えず乾いて吹き、時に荒ぶ。安定が悪そうな岩が、ぐらり、と揺れる場面もある。
「とりあえず、あっちがロックフォールだな」
 腕を組み、ヴィクスが北を向いて唸った。
 黒く塗り潰された岩々の遠景に、特に巨大な山影が見受けられる。
 プレゼンで見たホログラフィックの出で立ちそのままだが、月光の下ではまるで連山だ。大きい。
 その裾野には樹木の影も見えた。木の葉に覆われた先端が、風に揺られて波めく様子が見える。
森林地帯[クレードル]から三キロ、四キロってところか……。ニナ、近くにモンスはいるか?」
『ウジャウジャいるっすよ~。どれからいくっすか?』
「クレードルに近付くのを優先しつつ、コースを外れない程度にってところだ」
 ヴィクスにしてはやや甘い作戦だ。いつもの彼なら、とりあえず手近なモンスターを片付け、あとは可能な限り広範囲を探索しそうなのだが……。
 まあ、メンツを考慮すれば無難な判断を下さるざるを得ないだろう。無理を要求できるライト少年、無謀を押し付けられるシュリ達とは別に、今回は一般兵が二人同行している。しかも自走するとはいえ《ホグス》という荷物のおまけつきだ。戦闘に先走るあまり本来の目的が疎かになってしまっては本末転倒、というところなのだろう。
「なんかドキドキしてきた」
 胸元を押さえ二の宮が緊張した面持ちを見せる。
 いつもならここでヴィクスが茶々を入れるのがお決まりなのだが、険しい表情をした彼は何のフォローもいれず、再度遠景に目を向けていた。
 数キロの距離を隔てていても、クレードルの辺りが――ソルフェリノ全体が俄かに騒がしくなっていく気配が伝わってくる。人員や物資を輸送し終えた飛空挺も戦場を離れ旋回し、ソルフェリノから離脱した。
 もうすぐ作戦開始予定時刻だ。
 そう認識すると同時に、地響きを誘うような獣の咆哮が耳をつんざいた。息が果て消え入るように収まると、また別の方角から雄叫びがあがる。そして一つが消え、また一つの声。連鎖反応し合うように声はクレードルを囲んで円を描いた。
 犬の遠吠えと同じだ。ソルフェリノに人間が入り込んだことをモンスター同士で連絡し合っている。
「気付かれたみたいだな」
「ああ、ソルフェリノで一番厄介なのはコレだな」
「これ?」
 ライトとヴィクスの会話に二の宮が首を傾げる。
「いつもは互いにケンカする仲だが、共通の敵が現れると途端に協力し合うんだ。しかも奴らは常にああやって連絡を取り合ってる。戦闘がうっかり長引くと次から次に敵が湧いてくるから気をつけねえとな」
 独白のように呟き、ヴィクスは再びニナと通信を交わす。敵の位置情報を詳細に尋ねる彼の背中を見送った二の宮が不安そうな目をこちらへ投げ掛けてきた。
 様子が少しおかしい。
 傍に近寄りしばし顔を見合わせると、彼女は小さく苦笑した。
「ちょっと怖いね。いつもと全然違うし」
 シュリ達はこれまでは、もっと小規模な戦闘ばかりを繰り広げてきた。大半はこの四人のメンバーで、あるいはヴィクスやライトを交えて。予備軍に登録してからは幾度か他チームとの合同作戦をこなしたこともあるが、それでも人数は両手で事足りる程度だ。地域一帯をブルーコートだらけにした大規模な作戦は今回が初めてで、シュリですら僅かな緊張を覚えている。
 それに、気を張り詰めたヴィクスの態度も不安を増長する大きな要因になっていた。
 二の宮の不安も無理はない。
「……大丈夫だよ。みんないるんだから」
 しかも作戦の指揮をセラフィム自らがとっている。これほど強力な味方はいない。
「そう……だね」
 頷く二の宮の声には、やはり張りがなく。
 なにかもやもやとした実体の知れない不安を抱えながら、作戦開始を告げる定刻音をインカムから聞いた。

 ニナのオペレートを頼り、シュリ達は作戦の第一段階――付近のモンスターの掃討をすべく、近くの岩場の向こう側を徘徊していたモンスターとの接触を試みた。
 大きさは約四メートル。ごつごつとした硬そうな表皮に全身を覆われており、背中からは珊瑚のような突起物が出て一列に並んでいる。重い体重を支える二本脚は異様に太く短く、恐竜というよりは、半世紀前のアニメや映画を席巻していた怪獣のような出で立ちだ。
 ヴィクスはそれを、ジャガジラと呼んだ。
 今までエンカウントしたモンスターの中では飛びぬけて大きいが、ソルフェリノの内ではごくごく平均的な、むしろ小さい類に入るらしい。しかし四メートルともなると、顎を空に向けて真上を仰がねばならないほど巨大だ。
 そのあまりの巨体に正面切って立ち向かうのは躊躇われ、敵がこちらに気付いていないことをいいことに、シュリ達は背後からこっそりと様子を窺った。
 距離はメートルに換算しておよそ百。シュリにとってはやや遠いが、クリスタルキューブのアシストを全開にした二の宮ならば余裕の間合いだ。
 岩が邪魔になっているのか、ジャガジラは未だにこちらに気付いていない。
 シュリ達三人が最後尾の二の宮に注視を集めると、彼女は決意の表情でひとつ頷いて見せた。
 岩の端に近付いた彼女は、タイミングを見計らって飛び出していく。
 エンカウントと同時に発動する《さきがけ》は、二の宮が最も得意とする一撃だ。つまり先制攻撃を仕掛けるのだが、たいていのモンスターは突然の襲撃に驚き、冷静さを失くす。これによって複数敵の連携や、個体の連続攻撃の回数が極端に減る。
 ジャガジラも例に洩れず、不意の尻尾への痛みに雄叫びを挙げ、取り乱した様子を見せた。
 その隙を狙ってシュリ達も二の宮に追随し、即時、陣形を整えた。
 ジャガジラの大きさへの畏怖はあるが、モンスターと対峙する行為そのものへの恐怖はない。〈ノウア〉に来て以来、幾度もの戦闘を重ねるうちに、異形の生命体への恐ろしさはおおむね消えてしまったようだ。
 例えそれが初めてまみえる敵であったとしても、オペレーター付きならばこれまでブルーコートが蓄積した敵の情報が即座に提示され、情報収集と分析によって練り上げられた傾向と対策がレクチャーされるので、恐ろしいと思う間もなく酷く冷静になれる。
 ヴィクスが敵の名前をジャガジラと特定した時点でオペレーターのニナがデータベースを走査していたため、敵情報は戦闘開始とほぼ同時に提供され、さして混乱もせずジャガジラに対応した陣形が取れた。
 ジャガジラは表皮が硬く、それ自体が盾となるので際立った防御などは行わない。代わりに攻撃パターンが多く、器用なことに短い足で敵を踏みつぶすこともあるらしい。
 厄介なのは両手の爪による攻撃だ。一度高く振り上げ、遠心力を利用して薙ぎ払うように攻撃してくるため、とにかく重い。たった一撃くらっただけでも生死をさまようような大ダメージになりかねず、腕力も体力も備えた三好でも受け切れるかどうか怪しいといった返答だったので、とにかく徹底して避けるために、まず三好を中衛寄りにやや後退させた。
 三好はとにかく攻撃特化仕様で、防御という防御は皆無に等しい。全てを受け切り、体力で乗り切るようなヒットアンドヒットを繰り返すため、敵の攻撃力が高い場合、誰かが専任のヒーラーとなって三好についてやるか、三好自身を後退させるかの二択しかないのだ。
 今回は体力的に一撃すら耐えられないと判断したため下がらせたが、前衛に止まる場合は主に後衛のシュリがヒーラーの役目を勤める。エオリアの召喚者ではないため魔法は使えないシュリだが、エオリア自身の力を媒介し、回復魔法のようなものが使えるからだ。
 ウィカチャの飼い主である二の宮も、シュリと同じく疑似魔法が使えるが、彼女は攻守ともに優れたチームの次席アタッカーなので、三好の一歩後ろ――敵から少し距離を隔てた中衛にいるのが常だ。単純な物理攻撃のみならず、ウィカチャを媒介した水属性の攻撃も可能なので、場合によっては三好より重宝されている。
 今回は二の宮のスピードを生かし、ヒットアンドアウェイ中心の攻撃方法でジャガジラに立ち向かったが、一つだけ問題があった。
 攻撃にも優れていながら、それでも彼女が次席に甘んじているのは、絶対的な攻撃力がどうしても三好よりも低いからだ。
 二の宮の速度ならばジャガジラの爪攻撃から逃れるのは簡単だが、必然的に戦闘は長引き、ようやく初戦を終わらせたときいつもの倍の時間がかかっていた。
 ひとつの戦闘に時間をかけると、人間の気配に誘われた別のモンスターがやってきかねないから気をつけろ、とヴィクスに軽く叱責されつつ行軍を開始し、更に別のモンスターを倒していく。
 それが、どれほど繰り返されただろうか。
 巨大な相手に対する戦闘のコツと、急所の目星などを覚え始めたころ、ふと気が付くと、近いところに土と岩以外のものを見つけた。
 山のように大きな岩の裾を囲む森林――《クレードル》だ。
 針葉樹で構成されたソルフェリノ唯一の常緑地帯で、シュリの身長では一番下の枝葉にすら手が届かないほどの巨木ばかりが並んでいる。月光を遮るほど深い闇の中に、薄っすらと見えるシルエットは岩石地帯にある巨石と同じ岩。
 岩石地帯は、時間をかけながら少しずつ森を侵食して大きくなったのだ。そしてそれは現在も進んでいて、クレードルは徐々に縮小していると、往路でヴィクスが言っていた。
 いつの間にこんなところまで来たのだろうかと思い、なにげなく時間を確認すると、戦闘開始からすでに一時間以上経過していた。
 モンスターを倒すのにどれだけ躍起になっていたんだと浅く苦笑し、再度クレードルへ目を向けると、これまではシュリ達の後ろに付いてきているだけだった一般兵二人がさっそく準備に取り掛かっていた。
 二つの異なる天体から放たれる月光を反射し、一メートルほどの高さで小さく上下する《ホグス》の位置を定め、何かを入力し、起動シークエンスを操作する。似たような手順を繰り返す彼らの手が止まることはない。
「設置完了までどれくらいかかる?」
「十分はかかります」
 ヴィクスの問いかけに一般兵のひとりが軍人らしくハキハキと応える。
 十分――ことによってはそれよりももう少しかかるだろう。なんとももどかしい。もう間もなくレーゼンメーテルが標準を定め、北部からこちら側に向かって砲撃するのだ。かすめる程度とはいえその軌道線上にいると考えると焦燥がシュリの肌を泡立てる。
「なんか性に合わねーな、見てるだけって」
「見てる場合じゃないだろ、ジン。周囲の警戒忘れるな」
 ヴィクスに指摘され「はいはい」と三好がにび色に光る《ホグス》から離れる。それにシュリ達も追随し、二の宮が四道と、シュリが三好とペアを組んでモンスターの気配を探ったが、それらしい痕跡はまるで窺えなく、周辺は虫一匹なかないほど静かだった。
 使い込んだ武器を手に、継続して辺りに目を光らせるも、シュリの知覚の範囲に危険な分子はまるで感じられない。シュリ達四人の円陣の内側では一般兵によって淀みなく作業が進められており、ヴィクスとライトが傍で彼らの護衛を務めている。
 際立った警戒は必要ないだろうと、気を少し緩めようとしたその時に、ニナの通信が耳朶を叩いた。
『ヴィクス、緊急っす』
「どうした?」
 遠くない半径の内にいるヴィクスの声が肉声で届く。
『はっきり確認が取れたわけじゃないっすけど……ロックフォールから「飛んだ」モンスターを見たって報告があがってるっす』
「飛んだ? ロックフォールから?」
 ヴィクスと共に身内の幾人かが重ねて首を傾げた。
 ソルフェリノには空を飛ぶモンスターはいないと、セラフィムは断言した。つまり「飛んだ」とは、滑空体勢に入ったということだ。実際に鳥のようなモンスターが空を飛んでいるわけではない。
 しかしあの巨大岩ロックフォールからとなると、かなりの初期高度が望めるため、地を這う人間から見れば飛んでいるも同然だろう。上昇気流を掴んで再度高度を稼げば、飛距離は更に伸ばせる。
『あと、これは未確認情報っすけど、そのモンスターはオリアンタリスじゃないかって噂レベルで通信が行き交ってるっす』
「!」
 距離を隔てていても、ヴィクスが鋭く息を呑む様子が伝わって来た。
 オリアンタリスコアロード。作戦会議の終わりにセラフィムから告げられた強力なモンスターの名前だ。
「ニナ、そのモンスターが飛んだ位置は?」
 四道だ。
『北っす。みんなとは丁度正反対の位置っすね』
「なんだ、じゃあ心配いらねーじゃねぇか」
「いや――どうかな……。ソルフェリノは地理的な関係から絶えず空っ風が吹いてて、しかも今日は近くに低気圧が発生してるから風が更に強くなっている。その風がロックフォールにぶつかって、今現在あれの周りは斜面上昇する風ばかりだ。巧くいけば長時間のソアリングも――」
「しっ」
 講釈の途中で申し訳なかったが、シュリは人差し指を唇に押し上げ、右手を軽く振り、全員に静寂を要求した。
 乾いた風が吹く。
 ピピピ、と、《ホグス》の演算処理の音が気になったが、人の話し声ほどではない。闇の中、自分の呼吸音を聞きながら、シュリは必死に耳を傾けた。
 風に乗って微かに聞こえる――遠くでの戦闘の音。モンスターの絶叫。そして。
 ……ヒュウウウゥ……。
 これは風の音ではない。風をきる音だ。
 バッと身を翻し、シュリは音の方角を確かめた。背後、左上。上空。
 聴覚と勘を頼りに視線を動かす。この闇だ、視界だけでは当てにならないが、耳と、この数カ月の間に鍛えられた探知感覚を総動員すれば見当をつけるのは容易い。
 まだ距離は遠い。だが確実にこちらへ近付いてきている。
 クレードルの遥か上空――ロックフォールの岩壁の中腹に、果たしてシュリは見つけてしまった。
「あれ……なに……?」
 指を指し、全員の注視を促す。
 一同の中で戦慄に身を焼いたものはそう多くはなく、代表格のヴィクスが押し殺した声で呻いた。
「……オリアンタリス……!!」
 全員が、緊張で身を強張らせた。
「ジン、マイ、前衛を固めろ! タカとシュリはその後ろだ。ライトは《ホグス》の保護を最優先! ニナはセラフィムに報告! ――《ホグス》の起動まであとどれくらいだ!?」
「六分!」
 ――長い!
 ヴィクスの舌打ちが聞こえた。
 あの高さと姿勢から推測するに、五分以内にオリアンタリスは着陸する。問題はどこに着地するつもりなのかだが、それは注意深く観察せずとも直ぐに分かった。
 あのモンスターの目は、真っ直ぐシュリ達を捉えている。
「《ホグス》に期待しても無駄だよヴィクス。あの高さじゃ《ホグス》の有効圏内を越えてくるよ」
 四道の分析は、おそらく正しい。
 《ホグス》の欠陥は、どこまでも致命的だ。
「……とにかく起動を急げ。それまで何とか時間を稼いで、起動完了次第逃げるぞ」
「戦って勝つって選択しはねーのかよ?」
「勝てるならいいがな」
 ヴィクスらしくない消極的な一言に、ライト以外の四人が眉をひそめた。
 その間にも、モンスターは高度を下げこちらに近付いてくる。ほとんど真上へと滑空してきたオリアンタリスが皮膜を広げてばさり、と空気を叩くと、数秒のホバリングを経てクレードルを背景に《ホグス》のすぐそばに着地した。
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