MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【23】
 気合一線、敵の攻撃終了と同時に前線へ飛び出した二の宮が剣尖を煌かせると、水棲モンスターは驚愕と共に慄き、上ずった悲鳴を上げて小さく仰け反った。三好がその隙に敵の懐へと潜り込み、手数の多い《スプラッシュ・ジャブ》を見舞う。その勢いに押されモンスターは後ろへ数歩たたらを踏むも、やはり一撃一撃の軽さが裏目に出て押し出しきれなかったらしく、辛くも踏み止まって血走った眼を細めた。
 モンスターの目が不穏な光を帯びるのを目撃し、三好が自分の失態に気付く。
 踏み込みすぎだ。あの位置では回避など到底間に合わない。
 案の定、真正面からモンスターの《水鉄砲》を食らった三好は、そのまま吹き飛ばされてシュリの足元に無様な着地をする。反射的に受け身はとったようだが、《水鉄砲》で内臓を圧されたらしく、苦しそうに顔を歪ませていた。
「ドジ」
「うるせぇ」
 シュリの憎まれ口を叩き返し、三好は即座に前線に戻る。
 その間、トカゲに水掻きを与えたような水棲モンスターは、一つ覚えの《水鉄砲》を二の宮に繰り出すも、素早い身のこなしで総てをかわされてしまっていた。
 ものの見事に総ての水塊が目標を失い直進。その中の幾つかが中衛の、ひいては後衛の女王へと目掛けて飛んできたため、シュリはロッドを振りエオリアを介して風を生み出す。
 壁となった風が水を阻み、ばしゃん、と派手な音を立てて水塊が四散する。単なる水となったそれらは、重力に従って地面に吸い込まれ、濃い染みだけを残して消えた。
 ふ、ぐるるるる……。
 儘ならない攻撃に、トカゲモンスターが喉を震わせる。
 そろそろ潮時だ。怒らせて、下手な反撃に出られては困る。
「お願い」
「ええ!!」
 背後に向けてシュリが促すと、力強い頷きの後、雷電が明滅しトカゲを襲撃した。
 甲高い悲鳴が耳をつんざく。
 水は雷と相性が悪い。女王の魔法で生み出された雷属性の攻撃はトカゲの余力を一気に削ぎ落とし、そのまま黒焦げに焼き上げてしまった。
「トカゲの丸焼きかー。おいしくなさそー」
 腰のホルスターに両手の短剣をしまい、二の宮が鼻をつまむ。
 強烈な焦臭があたりに漂ったため、シュリはエオリアに目配せして小さく風を巻き起こして貰い、臭気を彼方へと霧散させた。
「――にしても、スゲーよな、魔法ってさ」
 三好が手放しで何かを褒めるとは珍しい。その声には嫌味などまるでないし、表情も称賛で満ちている。よほど感心しているのだ。
「一発でどかーんだもんな。便利だよなー」
「ジンクンの場合は、回復魔法があればいいんでしょ?」
「だってあれがあったらクソまずいポーションいらねーだろ」
 確かにあれは美味しいとは言えない。ここに至るまでに何度かお世話になったが、目の前に危険がなければ土下座してでも遠慮したかった。
 魔法は、契約しているガーディアンに依る部分が多く、属性や技の規模などもガーディアン次第だ。その点、女王は万能と言ってもよい。何せ契約しているガーディアンの桁が違うばかりでなく、ガーディアンそのものも桁が違う。ほぼ総ての属性をカバーし、攻撃から回復までお手の物。〈ノウア〉の環境を改善するガーディアンの力は伊達ではない。
「思ったんだけどさ」
 先頭を終えテラコッタへの行軍を再開すると、先頭の三好がおもむろに話題を切り出してきた。
「星の環境を変えちまうほど、ガーディアンの力って凄いんだろ? だったら魔法使うんじゃなくて、マムとかにモンスターをやっつけてもらうっつーのは出来ねぇの? そこの、シュリのてるてる坊主みたいにさ」
 そう言われれば……と、三好に追随する二の宮が小さく呟いた。
 魔法はガーディアンと契約を交わした《コントラクター》の、いわば二次災害のようなもの。契約を結ぶと、必然的に躰がガーディアンの力を帯び、その結果、ガーディアンの力の一部が使役出来るようになる。それはガーディアンの力の一部を拝借するわけではなく、身体に宿った力を使うのであって、ガーディアン本体の力と直接関係があるわけではない。その為、当然ではあるが魔法も限界がある。
 三好としては、そんな中途半端な力ではなく、ガーディアンに〈ノウア〉の悩みの種であるモンスターを掃討して貰い一気に問題解決すればいいという、単純な提案をしたつもりだったのだろう。彼の言う通り、星をも変えるガーディアンの力が集結すれば、ちまちまと新兵器を開発する必要もない。
 しかし女王の顔には陰りがさした。
「それは出来ないの。マム達の力は〈ノウア〉の環境に注がれているから、モンスターを倒すために力を使うと何処かに綻びが生じてしまうんですって。ガーディアンの力は私達人間と違って限界値が明確で、キャパシティ以上のことは出来ないのよ。――そうでなければ、マムだって、わざわざ新しいガーディアンを産まなくても良かったわ」
 限界が無いのならば、マム一人で〈ノウア〉の環境を変えてしまえばいいのだから。
「そりゃそうだ。じゃあ……なんでコイツはシュリに力を貸してんだ?」
 三好の指が上空を漂うエオリアに向けられる。
 ウルトラマリンからジョンブリアンを経て、テラコッタに向かう現在も、あのてるてる坊主は尚、シュリの傍を離れない。そればかりか、相変わらず戦闘時にはシュリの攻撃に属性を付与させ、共に闘ってくれている。
「エオリアはマムと違って個体数がとても多いの。だからひとりくらいなら大丈夫……ということなんじゃないかしら」
 数が多い分、エオリアは一匹当たりの力も弱い。ひとり抜けてもその空席はそのほか大勢で補えるということなのだろう。
「そっかー……。――あれ、でもそれだったら、新しく別のガーディアンを呼ぶことは出来ないの?」
「それは出来るわ」
 先ほどとは打って変わって、女王は力強く頷く。だが即座に「でも」と続いた。
「〈ノウア〉中のモンスターを倒せるほど強いガーディアンは、これまで召喚された例はないの。先代の女王陛下が仰っていたわ。〈ノウア〉や〈バイオ〉のモンスターを……あのデゼスペレ・オズマを倒すほどのガーディアンは、マムと同じくらいの力が必要だって」
「……そんなに強いんだ……」
「ええ」
 半ば茫然と呟く二の宮に、女王は硬く頷く。
「遠い――私達の祖先は、〈バイオ〉に住んでいたの。けれどある日、あのデゼスペレ・オズマが現れて、モンスターと人間のバランスが崩れてしまったのよ。だから〈バイオ〉から離れるしかなかった……。幸い、私達にはマムがいて、〈ノウア〉に定住出来たけれど、オズマの脅威は今も去ってはいないわ」
 〈バイオ〉に残された機械と融合した最強のモンスター。今も尚、人を苛む災厄。
「ねえ女王サマ、マムみたいに強いガーディアンが召喚される可能性はないの?」
「可能性はあるけれど、〈ノウア〉の環境を護るためにマムよりも強いガーディアンが現れないようマムが常に見張っているの。だからマムよりも強いガーディアンは現れないわ。ただ、マムに迫るガーディアンならば、あるいは可能性があるかもしれないけれど……。難しい、でしょうね。マムのように強いガーディアンは珍しいって、マム自身が言ってたわ」
「――本当に「幸い」、ね」
「え?」
 呟いたシュリを、全員が振り返る。
 三人の表情は一様にシュリの言葉の意図が掴めていないと語っており、シュリは小さく息を吐いた。
「マムのような強いガーディアンが現れるのは稀で珍しいけど、人が〈バイオ〉を捨てる時、マムは居たんでしょう? 本当に、幸い、よね」
「ええ、そうね。逆にいえば、マムがいたからこそ〈バイオ〉を離れる決心がついたんだと思うわ」
 何気ない女王のその同意が、シュリの胸中の小さな疑心に針を刺した。
 同等の力を持つと思われる、ビッグ・マムと、デゼスペレ・オズマ。
 オズマが現れ、マムの顕在故に〈バイオ〉を離れた先達たち。
 稀有な力を持つ二つの存在は、似たような時期に現れている。
 ……確かに、この世には相対する二つの存在があってこそ成り立っている。太陽が光っているからこそ夜があるのだし、男が居るからこそ、女が女であると認識出来るのだ。
 ではマムとオズマは対存在だとでも言うのだろうか。
 これが四道ならば、宇宙理論などを用いてあれこれと考え始めるのだろうが、インカム越しで直接話せるとはいえ説明するのも面倒だ。それに、四道が欲している帰還方法とはまるで縁がない。シュリは口を噤み、靴越しに伝わってくる地面の感触に集中した。

 ジョンブリアンを列車で後にし、最南端の終点で下車。活気のあるその小さな町で数日の旅と戦闘に備えた装備を整えると、ニナのオペレートに従って、一行は更に南へと進路をとっていた。
 岩場の崖と潤沢な清流に挟まれ、進行方向に向かってなだらかに傾斜する道は、主に水を好む、あるいは水に棲むモンスターが多く出現したが、女王の惜しみない助力と四道の助言の甲斐あって、殆ど時間を取られず倒していく。ジョンブリアンを出る前女王が言っていた通り、エンカウント数そのものも少なく、シュリ達は殆ど遠足の延長のような行軍で目的地へと入っていった。
 高原都市テラコッタ。標高およそ七百メートルほどにある高山平地で、町というよりも村と呼んだほうが丁度良い規模の小さな集落だ。
 空へと延びる共同住宅ばかりだったジョンブリアンとは違い、テラコッタに建っているのは平屋造りの一軒家ばかり。そのどれもが広く、隣家まで少し歩かねばならないほど土地に余裕がある。
 足元には青々とした背の低い草が自生し、集落から少し離れた土地は丁寧に耕された畑があり、囲いの中に羊が居て、牧羊犬が走り回っているような、まさに長閑を絵に描いた風景だ。
 都会の喧騒に疲れた心を癒すには最適な場所なのだろうが、残念なことに、村の片隅には政府直属軍ブルーコートの小さな集団が一時しのぎの居を構えており、そこだけ剣呑な空気を醸し出していた。村をぐるりと囲み浮遊している、直径一メートルほどの大きな機械仕掛けの球の存在も気になる。正確な数は分からないが、等間隔で漂っているのを計算するに、およそ十ほどだろうか。
「ブルーはここで何してんだ?」
「それは彼から聞いた方がいいわ」
 ブルーコートが仮宿とする建物を指し、女王はそちらへ歩き出す。
 彼、とやらが何者かの説明もないが、とりあえずブルーの関係者であることは間違いない。目的地に着くや否や会いに行く人物――そういえば、女王が休暇の滞在先にテラコッタを選らんだ理由も知らされてはいないのだ。
 シュリ達はおとなしく女王の後に続き、村の入り口から畑一つ分の土地を跨いで建物へ近付いた。
 他の民家よりもひと際古めかしい。ところどころ壁板が傷んでいる。壊れた雨樋に、雑草で埋め尽くされた花壇。長年人が住んでいない様子が窺えた。
 玄関にはブルーの軍人が一人警備にあたっており、明らかに村の住人ではないシュリ達を見咎めた。が、女王の顔を見るなり直ぐに態度を正し、出入り制限されている筈の玄関を無条件で開く。
「左に曲がった廊下の一番奥の部屋です」
 誰がとも、何がとも、目的を何も話していないというのに、その兵士は女王に告げた。
「ありがとう」
 女王も慣れた様子で礼を言い、建物に入って直ぐ左に折れて真っ直ぐ突き当たるまで歩く。
 やたらと古めかしい、隅に染みの目立つドアをノックすると、返事が返ってくるのとほぼ同時に開け放った。
「こんにちは、ブライアン!」
 がっちゃん!!
 ……何かが割れた。
「あああ、書類が!!」
 部屋の内側から慌てふためく声が聞こえる。どうやらティーカップか何かを割って、中身の液体を書類の上にぶちまけてしまったらしい。
「大変!!」
 女王が慌てて室内へ入り、手近にあった布でびしょ濡れになった書類の救出作業を手伝う。
 その間、中に入っていいものか判断しかねた三人は、開かれたままの扉に張り付いて中の様子を窺っていた。
 室内は外壁とは違い、しっかりとした造りのまま残っている。いかにも邸宅の書斎と言った風貌で、大きな机と誂えられたイス、書類棚、本棚などが揃っているにも関わらず、そこらじゅうが紙の山だ。雑然と、無造作に積み上げられたそれらを避けて部屋の奥へと進むには、一人分の幅の一本道を進むしかない。
 よほど掃除や整頓が苦手だと思われる部屋の主は、ぬれ鼠となってインクが消え去った書類に涙目になっている人物のようだった。
 男だ。年齢的にはヴィクスとそう大差ないだろうか。あるいは少し上かもしれない。縁の細いメガネをかけ学者然としており、ワイシャツにジーンズというシンプルな格好をしている。髪も瞳も色素が薄く、面立ちも随分とおっとりしていて、腰の低い柔和な印象だ。
 ヴィクスと比較すると優男であることは否めない。それを言えばライト少年も小柄な方だが、彼は軍人として一端に体を鍛えており、頑固そうな目からは守られることを厭う気迫が放たれている。
 だが彼は違う。少なくとも、ヴィクスやライトのような戦う者ではない。
「これはもう、書き直すしかないなあ」
 救出が遅れた書類を手に、男は情けない顔をした。
「だったら私も手伝うわ」
 無事な書類を一か所に集め、女王がにっこりと笑う。彼女の微笑みはいつものことだが、端々の小さな差異をシュリは目ざとく見つけてしまった。
 窺うような上目づかい。緊張で上がり気味の肩。笑みは深く、少しだけ朱に染まった頬。
「なーる」
「めろめろ?」
「あれは、らぶらぶ」
 三好が納得したのは、女王がお忍びでこのような辺境の地を訪れた理由を悟ったからだ。彼の目にも明らかな女王の態度に二の宮が気付くのは当然。ただし違うのは、片思いではなく両想いであるという点だ。
「そーなの?」
「そう」
 二人の様子を見ていれば一目瞭然だ。並び立つのがあんなに自然で、そのくせ分かりやすいカップルというのも珍しい。
「みんな、紹介するわね」
 様子を窺っていたシュリ達を、女王が手招きした。とはいえ、室内は紙類が散乱しており三人が横に並び立つことは出来ない。そのため三好が一歩分だけ前に出、二の宮とシュリが出入り口で横隊になる。これで顔が見えるはずだ。
「彼はブライアン。政府の技術開発局の主任研究員をしているの。サンクチュリアリ・プロジェクトの責任者でもあるわ」
 人なつっこい笑顔でブライアンが会釈する。笑うと一層幼い。
「ブライアン、彼らがここまで私の護衛をしてくれたの。ジンとマイとシュリよ」
「ステラの護衛? ――失礼だけど、君達はまだ予備兵……だよね?」
 打ち驚いたブライアンは、目を瞠らせてシュリの首元に注目した。
 シュリの高校の制服のブレザージャケット、首元のフラワーホールには、予備兵であることを証明する記章が挿されている。ジャケットのない二の宮と三好はカフスタイプで、共にインカムや携帯端末《ポータル》と一緒に政府から支給されたものだ。
 手っ取り早く人の信用が得られるので身に付けているが、記章では気付いて貰えない部分も少なくはない。例えばシュリ達が異世界人であること、例えば「まだ」予備兵なのではなく「ようやく」予備兵であることなどだ。
「でもとても優秀な三人よ。〈バイオ〉への遠征経験もあるし、何よりサー・セラフィムのお墨付きだから」
「へー! そりゃすごい」
 素直に感嘆するブライアンを見、瑣末な不安を覚える。
 女王はダースマン代表の説得現場に居たのだからシュリ達の事情は心得ているだろうが、それにしても随分と歪曲した説明をしてくれたものだ。事実ではあるが、真実でもない。良ければ余り誇張しないで欲しい。
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