MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【22】
 政府から支給されたインカムをヴィクスから手渡され、ライト少年の手解きで耳に装着する。耳の凹凸に埋め込むような形をした小さな送受信機は、意外にも異物感なく耳に馴染み、巧い具合に凹凸に嵌り込んで簡単に外れそうにもなかった。
『…ァィディ、入力完了。通信ライン確保。みんな、聞こえるっすか?』
「うん、聞こえるよニナ」
 記念すべき第一声はオペレーターのニナだ。
 頷いたのはシュリの隣の二の宮だが、その声はインカムを通じて二重になることもなく、明瞭な肉声だけでシュリの耳に届く。
 これだけの近距離の場合、通常なら肉声と通信音声の両方から声を聞くことになるのだが、このインカムは半径五メートル程度――つまり肉声が届く範囲内――に内在する同一回線を共有したインカムの音声を、他インカムに送信しないという便利機能が搭載されているので声が重複しないのだ。耳の中にすっぽり入るほど小さな機械の中に、主目的である通信機能だけでなく、個体識別機能やGPSまで付属しているなんて、日本が世界に誇るマイクロ技術でも現段階での実現は難しいだろう。〈ノウア〉の科学力は本当に桁外れだ。
『通信良好。おはようっす、みんな。今日からよろしくっす』
 朝からテンション高めの声は、たった数日離れていただけだというのにひどく懐かしかった。
「こちらこそよろしくね」
「よろしくな」
『マイとジンの位置情報取得。シュリも近くにいるっすね』
「うん、一緒の部屋にいるよ」
『タカがいないみたいっすけど……どうしたっすか? ジンとケンカしてフルボッコっすか?』
「ちげーよ!!」
 三好がちからいっぱい否定した。
 そんなに叫ばなくても、予備兵に支給されるインカムは正常に働いているので十分音声を拾っていくれる。それなりに感度も高いので装着している間は個人的なボヤキも拾われてしまうのが難点だが、これから任務とあらば外すわけにもいかない。
「タカは「一抜けた」だ。研究があるから任務はご遠慮するんだと! ったく、何様だってんだ!!」
『オレ様には言われたくないな』
 四道の声だ。
『予備兵に登録したおかげで市民IDも支給されて、調べられることが大幅に増えたんだ。せっかくのチャンスと時間を無駄にする馬鹿はいないだろう? ……ま、研究の意義も分からないような脳味噌筋肉君には関係ないんだろうけど』
 朝から一言余計だ。
「むっかー!!」
『同行はしないけど、アドバイスくらいはするよ。初任務なんだ。しくじるなよ』
「ったりめーだっ!!」
『それはいいっすけど、タカ、ウチの仕事あんまり取らないでっすよー』
『分かってるよ、どうせ本業[ニナ]には敵わないさ。それより目的地のテラコッタって町だけど』
 素っ気なく話題を変え、四道は続けた。
『ジョンブリアンからだと、やっぱりそれなりに時間かかるみたいだな。女王陛下の休暇は一週間だろう? 殆ど移動で終わりそうだ』
 ゆっくり旅行は出来そうないな。
『陛下の専用艦が使えると早いんっすけどねー。アレ目立つから、お忍び旅行向きじゃないっすし』
「しょーがないよ。それに女王サンには休暇でも、あたし達にとってはお仕事だしね」
「はー。初任務で女王の護衛とか、責任重過ぎだろ。もーちょっと楽な仕事なかったのかよ」
 それには同感だが、それこそどうしようもない。何せ女王と女王補佐官自らの依頼なのだから
『いいじゃないっすか。女王陛下の警護はエスコートの御役目っすから、なかなか出来ることじゃないんっすよ。ましてや予備兵にそんな依頼が来るなんて百年に一度あるかないかくらいの確率っすからね。光栄な任務っす』
 通信機越しでもニナの息巻く様子が伝わって来た。
 〈ノウア〉の環境を整備するガーディアンと召喚の契約を交わしている女王は、その存在の重要性から専任の護衛軍を宛がわれている。それが天下に名を轟かせる女王直属護衛軍エスコート。政府直轄軍であるブルーコートとは対をなす軍隊だ。
 エス、と呼ばれる彼らはヴィクス達の所属するブルーとは完全に切り離されており、同じ軍隊と言えど関わり合うことは、まず無い。一般市民の安全の確保のため警察の仕事やモンスター退治を生業とするブルーとは違い、エスの役目は女王ただ一人の護衛を目的として結成されている。共に「衛る」目的ではあるが、対象が違う。
 先日、ウルトラマリンの町がクィーンスパイダーに襲撃された際は、たまたま女王が新型戦艦の視察のため来訪中だったため、リトルスパイダーの掃討にはブルーだけでなくエスも活躍したそうだが、あれは稀な例だ。組織というのは得てして縄張り意識があり、特にブルーとエスは共闘には縁遠い。
 ブルーコートのオペレーターであるニナが興奮するのも無理はなかった。
 こんこん。
 軽快なノック音が室内に響く。
 女王の別邸の一つ、バーガンディの議事堂に程近いこの邸宅は、〈ノウア〉では珍しい手動式の扉が目立つ。地球ではよくある押し開くタイプ、あるいは日本でよく見かけるスライドタイプ。この応接間は廊下側から押し開くタイプだ。
「みんな準備出来たみたいネ。……ほら、早く入りなさいヨ!」
 三人を確認した女王補佐官が、扉の取っ手を握ったまま、背後に立っているであろう人物を促す。
「でも……これ、ちょっと……」
 声から推測するに、女王だろうか。
「なーに言ってんの、そのくらいダイジョウブよ! マイを見なさいって。アナタより短いじゃない」
 羞恥に震える女王の声と、補佐官の「短い」という単語で大方の見当がついた。
 補佐官に促され、扉の向こうからおずおずと女王が登場する。その出で立ちは昨日の女王然としたワンピースではなく、七分丈のチュニックにベストを着合わせ、戦闘を想定した装備を整えた姿だった。
「あー、可愛い」
 真っ先に反応したのは当然二の宮だ。三好の反応は薄い。とはいえ、シュリほどではないが。
「ありがとう、マイ」
「いいのかよ、女王サマに戦わせてよ」
「そーねェ、護衛隊長あたりにバレたらタダじゃ済まないわネ」
 補佐官が軽く答え、三好は眉を寄せる。
「おいおいおい……ジョーダンじゃねーぞ。面倒はゴメンだからな」
「あら、いいじゃない。要はバレなきゃいいんだし。それに今だったら、テラコッタまでの路はけっこう安全だからネ」
「どーだか。モンスターが出るんなら保障できねーぜ」
「テラコッタには今、ブルーコートが赴いているの。彼らが通った路はモンスターが掃討されているし、とても小さな町だけど、今は兵士が常駐しているから周辺も治安がいいのよ」
 可愛らしい笑顔と声で女王に説得されかける三好だが、およそ五秒後にはハッと我に返った。五秒というのは、長いか短いか、微妙なところだ。
「それに私は魔法も使えるから、きっと役に立つと思うわ」
 そういえば。
 ウルトラマリンの武器屋でのやり取りを思い出す。魔法は特別なもので、ガーディアンの契約者にしか使えないと、ニナが言っていた。
 そして女王はマムを始めとする多くのガーディアンと契約を結ぶ女性だ。魔法が使えて当然なのである。
「ステラはこう見えてもケッコー強いし、足手纏いにはならないと思うワ」
 軽く、ウィンク一つ。
 〈ノウア〉では多少の危険はつきものとはいえ、この補佐官は「可愛い子には旅を」ではなく放任主義に近い。何かと目立つエスが同行しては私的な旅行にはならないし、エスの部隊長は頑固な人物のため事情を説明しても柔軟な対応は望めないからといって、新米以下の成り立て予備軍に護衛を頼むあたりが特にだ。
 まあ、旅程に含まれる道は安全確認が取れているようだし、女王には自衛手段があるのだから、それらを差し引けば十分に安全マージンは取ってあるともいえるが、それにしても大胆な女性である。
「ほんとに大丈夫か? ちゃんとしっかりやれよ?」
「わかってるって。……ったく、そんなに心配ならヴィクス達も来ればいーだろ」
 しつこいほどに繰り返すヴィクスに、いい加減嫌気を覚えた三好が言い返すと、ヴィクスは憮然とした顔で腕を組んだ。
「そうしたいのは山々だが、セラフィムに召集かけられた。いいかげん「お父さん」も働けだとよ」
『ぶっ!!』
 噴出したのは、インカム越しのニナだ。
 吊られて二の宮と三好も破顔するが、こちらはヴィクスの手前、腹や口を押さえてなんとか堪える。
 しかし到底堪えきれたとは言い難い。
「――っはっはっは!! もーダメ!! ヴィクス、似合いすぎ!!」
 とうとう指さし豪快に三好が腹を抱える。
 よく見れば、ライト少年も肩を震わせているし、女王補佐官に至っては、こともあろうに高価そうな応接セットのソファをビシバシ叩いて悶絶している。笑いの坩堝に巻き込まれたのは女王もシュリも同じで、抱腹絶倒とはいかずとも顔は明らかに失笑していた。
「お~ま~え~ら~!!」
『いやぁ、サー・セラフィムも冗談の分かる人だったんっすねぇ』
 しみじみとニナが納得する。
 確かにあのセラフィムがどんな顔で冗談めかしたのか気になるところだ。
「オレがこんなデカイ子のいる親父に見えるってか!?」
 しかも四人も!!
「いやー、見えなくもないケド」
「でも似合うよねぇ」
「とっても素敵なお父様ね」
 大爆笑からようやく立ち直った補佐官と、目尻を拭う二の宮が頷き合い、女王が最後にトドメを刺す。しかし一番酷い発言は別の所から飛び出て来た。
『自分から保護者名乗ればそうなるに決まってるだろ。それが嫌なら「お母さん」に訂正して貰えばいい』
 四道だ。あくまでもヴィクスを「保護者」から除外する気はないらしい。だが、
「ヴィクスがお母さんってのは、死んでも勘弁して欲しいな」
 ライト少年が言い、インカムの向こうの二人を含めた全員が頷いた。
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