MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【19】
 一日でも早いほうがいいだろうというヴィクスの提案を受け入れ、一行はその日の内にウルトラマリンを出ることになった。旅行というには短く、ピクニックと呼ぶには長い旅程に合わせて必要最低限の生活用品と食料を準備する。
 ジョンブリアンへは、戦艦を使えば一時間も経たずに到着するらしいが、正式に登録されている軍備を私用に用いるわけにはいかない。一般人を装って最も一般的な公共交通機関の一つである飛空挺をを利用する手段が提案されたが、飛空挺だけに止まらず内外の交通網は全て軍の管理下に置かれ、数日の間は運営が禁止されていたので、ひとまず徒歩でウルトラマリンを出る運びとなった。
 町の外れでニナと別れ、過剰に涙するエオリア達に見送られ、何故か一匹のエオリアを伴って出発する。
 無線を通じてニナに指示された方角へ歩き続けること暫く。ウルトラマリンの町並みが遠景へと変わると、周囲は茫漠とした野原へと景色を変えた。
 強い海風に煽られ、草は伸び切れずシュリの足首ほどの高さもない。それでも地にしっかり根付き、這うように大地を覆い隠している。小指の先ほどの小さな黄色い花が咲き、緑一色の平原に色を添えて温順な様を演出しているが、何故かあまり生き物の気配は感じられなかった。見るからにウサギやモグラが顔を出しそうだが、土を掘り返してもミミズすら見つけられないのではないかと思わせるほど静かだ。
 クリスタルキューブが発動して以来、気配に敏感になったため確信を持って断言できる。生命の営みが途切れてしまっているわけではないが、少なくとも狭い半径の内に呼吸する生物はいない。
「気ぃ抜くなよ。町の外にはモンスターがいるからな」
 青草を踏み締めてヴィクスが注意を促したのにつられ、シュリは周囲に長く警戒を巡らせた。それでもやはり生物の存在は希薄だ。
「この辺はまだ町に近いから、奴らが出るのはもう少し先になるが」
「町の周辺にモンスターはいないの?」
「いや、少ないだけだ。町周辺のモンスターは常に軍が――ブルーコートが目を光らせているから必要な安全は保たれているんだ。それにモンスどももバカじゃあない。毎度毎度仲間が狩られる場所には近付かなくなる」
「学習能力がなければ生き残る資格はない」
 四道が薄く笑った。
「そういうこった。ただし、裏を返せば「居たらヤバイ」ってことだから気を付けとけよ」
「「いたらやばい?」」
 二の宮と三好が声の調子を合わせると、ヴィクスの斜め後ろを歩くライト少年が含み笑いを漏らした。ヴィクスも口元に似たような笑みを浮かべている。二の宮と三好の表情が、まるで示し合わせたように同じだったのが笑えたのだろう。
「ブルーコートでも狩りきれない強いモンスターってことになる。……ま、モンスターってのは得てして強ければ強いほど知能も高いから、そうそう町に寄り付いたりしねえもんなんだがな。必死に町を守ろうとする軍と衝突してでも近づかなきゃならなねえ事情があったりするんだろ、あいつらなりに」
 そのあたりの事情は知らない。……というよりも、知りたくないというヴィクスの真意が聞いて取れた。
 見ず知らずの人間にも親切で、嘘をついているかもしれない人間にも配慮を欠かない彼は、二の宮とは別のベクトルで情が深い。そんな彼がモンスターの「事情」を知ってしまったら――万が一、その「事情」がヴィクスの胸中を揺さぶるような内容であれば、戦い辛くなってしまうのは目に見えている。
 彼は、モンスターが一個の生命であることを理解した上で、己が軍人であることも呑み込み、モンスターと対峙しているのだ。
 適当なダマになって歩く集団の一番後ろを歩いていたシュリは、談笑に盛り上がる一行から少し視線を逸らした。
 武器屋の店主の声が脳内に木霊する。覚悟はあるのか――。ないはずが、ない。覚悟はしている。ただ、ヴィクスのそれと比較するとどうしても見劣りするのは仕方がないのだ。モンスターが身近な脅威として隣に在る〈ノウア〉と、安全な地球とでは、生命への倫理観も多少なりと異なるのだから。ヴィクスとは観念の根幹が異なっている。……ただ……。
「……ねえ、ヴィクス。その強いモンスターって……どんな姿?」
 シュリが尋ねると、ヴィクスは肩越しにこちらを見、「そうだな」と思案した。
「色々いるが、この辺りに出るやつは一言で言うとデカイ鳥だ。嘴が黄色で、全体的には茶色。首回りに白いストライプが一本入ってる。ただ、翼はあっても空は飛べないし、鳥足だから走るのも遅い」
 なるほど、とシュリは胸中で頷いた。
 それは、一行の向かう先からただ一人、視線を逸らしたシュリだけが気付けた存在だった。
「それってつまり……あれ?」
 指をさした方角に、全員の注視が向かう。
 途端に、
「「「「「わ――――――――――――!!」」」」」
「きゅぴー!!」
 シュリを除く五人とエオリア一匹が一斉に唱和した。
 野原の向こう側から、ドスドスドスと重そうな足音を立てて近付いてくる鳥がいた。外見はヴィクスが述べたままだが、頭の赤い鶏冠が付記出来る。まるで鶏、いやまるでではなく鶏そのものだ。白い羽が茶色で染められてはいるものの、三本指の足と言い、全体のフォルムといい、鶏以外の何物でもない。いつぞやのエオリア達のように目を釣り上げ、
「コケーッ!」
 などと鳴かれた暁には、これを鶏と呼ばず何と呼ぶべきか。
 ヴィクスの指摘通、足は遅いが、とにかく大きいので迫力は満点だ。気圧されるように恐慌状態に陥った全員はおろおろと狼狽え、
「逃げろー!!」
 ヴィクスの一言に触発されて、転げるようにとんずらこいた。

 *

 青い空を真横に飛行していた飛空挺が着陸態勢に入り、第一副都市ジョンブリアンの上空を滑らかに下降していく。
 雲に割り入り、更に下へ。水蒸気の密集地帯を抜けると、そこには幾つもの飛空挺が飛び交っていた。大きさも形もまちまちで色も実に様々だ。これら全てがジョンブリアンに出入りする飛空挺ならば、必然的に都市の規模も推し量れるというもの。これだけの輸送数ならば、人も物もさぞかし賑わっているだろう。
 下降に伴い徐々に都市へ近付いていく。乱立するビル群、枯山水の砂紋のように流線を描くハイウェイ。まさに都市の名を冠するに相応しい風貌だ。建物の殆どが家族サイズだったウルトラマリンとはまるで違う。ジョンブリアンの建物群は基本的に高く大きく、民家と言えば集合住宅しかないように見受けられた。時折見かける背の低い建物は、その大半が政界の議員一家の私邸らしい。ジョンブリアンが第一副都市に指定されたのも、町の中央に聳え立つ議事堂で議会が行われ、周辺に多くの政治家が在住しているから。――ここは文字通り、〈ノウア〉の政治の中枢なのだ。
 空港に到着した一行は足早に外へ向かう。空港内に設けられた大きな待合室には、石膏のような素材で作られたビッグ・マムの胸像があり、〔ジョンブリアンへようこそ〕と声をかけられた。三好や四道もマムには対面済みのようで、全員が軽く挨拶をし、行き交う人々の隙間を縫って出口へと向かうと、今度は空からではなく地に足を付けて町を見上げた。
 上から見るのと下から見るのとでは大違いだ。建物の色は殆ど灰色だが、そこかしこに街路樹が植えられ花が咲いている。生きた緑によって色が添えられ、町全体が生き生きと輝いているようだ。
 シュリ達の丁度真上にはハイウェイの底が見えるのだが、太陽の光は遮られずにすんなりと通過している。プラスチックに似た半透明の建材が使われているようだが、ここからでは遠過ぎて詳細には分からない。
「すごいな……まさに未来都市だ」
 感慨に打たれ四道が呟くと、その一歩後ろで二の宮も「すごいよねえ」と素直に同意した。三好の口はだらしなく半開きだ。上を見上げるのもほどほどにして欲しい。
「ライト、《SV》の空きは?」
「あるみたい。六人乗りでいいよね」
 ライト少年が《ポータル》を取り出し、ホログラフィを起動して指先で操作をする。
 待つことほんの少し。シュリ達の前に無人の乗り物が停車した。
 形態をあえて地球式に分類するなら、四輪自動車で間違いないだろう。形は卵型。骨組みらしきものはなく、上半分はプライバシーを守れる程度に透けて見える。シートは三列あり、どうやら二人ずつ座るらしい。車内にはハンドルも何もなく、車にしては余りにもシンプル過ぎる。
「なにこれ。これに乗るの?」
 好奇心を刺激されたらしい二の宮が近付くと、人を感知して車の扉が開いた。音が聞こえないので、駆動はエアーではないらしい。
「ああ、《SV》――シェアリング・ヴィークルっつってな。町の中だったらこれでどこでも行ける」
 ヴィクスに促され全員が《SV》に乗り込む。ウルトラマリンから随行してきたエオリアも同乗し、全員が席に着いた。勿論エオリアの座席はないが問題ない。乗車人数もオーバーせず、ドアが閉まると出発を告げる女性のアナウンスが流れ、《SV》は驚くほど静かに車輪を回した。
 グローバルネットワークを通じて運用管理されている《SV》は、全ての車両の走行が計算されているので渋滞が発生せず、ハイウェイに内蔵されたセンサーの誘導により搭乗者が運転せずとも自動的に目的地に運搬してくれるので、事故などというイレギュラーは発生しない。
 勿論、商店街や住宅街などには歩道も整備されているが、主だった移動の足には《SV》が利用されており、ウルトラマリンでしばし見かけられた人込みなどの問題も解消されているのだ。
 利用者は手元の端末で気軽に《SV》を呼び寄せられるし、事前に予約をしておけばシームレスで搭乗出来る。シェアという点に置いては、タクシーと殆ど変らないだろう。
「オレ達、これからどこに行くんだ?」
「議事堂だ。そこで代表と会う手筈になってる。……筈だ」
 さすが、ヴィクス。頼っていいのかいけないのか、心許ない返事だ。
「大丈夫かよ……」
 三好が呆れ顔で背後の席に目を流すと、ヴィクスはひょいっと肩を竦め一応保障はした。
「セラフィムのお膳立てだ。来るには来るだろうさ」
 空港の敷地を抜け、町の奥部へと進み、《SV》が停止したのはそれからおよそ二十分後。山のように大きな建物の前でだった。
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