MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【14】
 マムへの挨拶を終えた一行は、今度こそ二の宮の希望通りの店へ赴いた。広場を離れ、ニナに誘導された路は、店舗を求めて人が集まっており、心なしか大通りよりも人ゴミが増している気がする。普段のシュリならば踏み込もうとすら思わない場所だ。意気揚々と前進するニナと二の宮が勇者に見えてくる。
 とはいえ、逃げるわけにもいかない。
 二人の背中を見失わない程度の距離を保ちながら、シュリは黙々と二人の後をついて回り――。
 およそ三時間後。両手に大量の店舗ロゴ入り紙袋を抱え、シュリは小さなカフェのテラスに日陰を求めて腰を下ろした。
「やー、ゴメンね? シュリちゃんにまで荷物持って貰っちゃって」
「うん……いや……うん」
 両手では余るほどの荷物を下ろし、ぐったりと雪崩落ちるようにイスに座る。中身は大半が服やアクセサリーの類で一つ一つの袋はさほど重くはない。が、如何せん、数が多い。よもやこのような所でクリスタルキューブのアシストを受ける羽目になるとは思いもしなかった。
「休憩ついでにゴハン食べよっか。そろそろお昼だよね?」
「いやぁ、お昼はとっくに過ぎてるっすよ」
 ニナが示した時間を見、二の宮が悲鳴を上げた。時間とはかくも主観で流れているものなのだ。
「ご、ごめんね、シュリちゃん」
「いやいいんだけど……それよりちょっと休憩させて」
 荷物を抱え歩き詰めた足が疲労を訴えている。いくらキューブのアシストがあるといっても、肉体としての限界はあるのだ。ここがもし〈バイオ〉だったなら回復ポーションのお世話にならざるを得なかっただろうが、幸いここは〈ノウア〉で、モンスターも出現しない町の中。
 のんびりと日差しを浴び、くつろいだ三人は、テーブルに据えられたボタンを押して、ホログラフィ表示の中から好きな飲み物と昼食を選びオーダーを転送した。
 程なくして運ばれてきた冷製スープパスタは、どうしようもないほどの薄味。塩と胡椒が欲しいところだが、戦艦ストラトスでの食事もずっとこんな調子だったので、特に不満は湧かない。またか、と感想を洩らし、十分程度の時間で一皿食べ終えたシュリは、ソースが零れるハンバーガーに苦戦する二の宮を横目に、ウルトラマリンの町並みに目をやった。
 日本では、人工知能制御型需給管理電気網[スマート・グリッド]の普及により旧型の家屋にも太陽光パネルの設置が義務付けられているのだが、ウルトラマリンには当然ながらそれらしき物は見当たらない。それに、あちこちを気儘に浮遊するエオリアの集団も、景観に決定的な差異を植え付けている。
 町を撫でる風に乗って聞こえてくる音楽は、景観を壊さないよう設置されたスピーカーで放送されているものだ。音楽が好きなガーディアンの為、〈ノウア〉ではどの町でもこうやって絶えず音楽を流しているらしい。この町――ウルトラマリンではエオリアの数が圧倒的多数を占めているため、エオリアが好むという明るい音楽が選曲されている。
 リゾート地に似合いの、楽しそうな音楽が、町の雰囲気を盛り上げていた。
 絶えず行き交う人々の表情が明るいのも、音の要因が幾許かは加味されているのかもしれない。
 人の流れを見送りながら、真向かいの店舗の隅々を見やる。通行人の邪魔にならないよう店の上に掲げられた電子広告[デジタルサイネージ]には形状の異なる両手剣や短剣が表示され、次いで連続して銃器類が投影された。
 どうやら武器屋らしい。さすが、軍艦の町。こんな街中に堂々と店舗が建っているということは、〈ノウア〉では一般人でも武器購入が出来るのか、と疑問が湧き――すぐに、そうである筈だと悟る。
 刃渡り十五センチの包丁ですら購入時に住所氏名の記入が要求される安全第一の日本とは違って、ここはモンスターの蔓延る〈ノウア〉だ。たとえ一般人でも身を守る手段として武器を手に取る機会は多いのだろう。
 不意に思い立って、食事を続ける二人に「真向かいの店に行く」と言い残し、目的地に足を運ぶ。窓一つない武器店は明かりが少々落とされていて、まだ夕方前だというのに少し薄暗かった。内装は至ってシンプル、装飾の一つもなく、陳列された武器には値札代わりの小さなウィンドウが開いている。
 試しに手近な両手剣を手に取ってみた。重い。更にその隣の物にも手を伸ばす。これは最初の物よりも少し軽い。これらの作業を幾度か繰り返していると、何者かがシュリを呼びとめた。
「何か探し物か?」
 それがこの店の店主だと気付いたのはその姿を見てからだ。ざんばらの髪に、猜疑心の深い眼。店の奥からのっそりと出てきた彼を見、シュリは暫し考えてゆっくりと頷いた。
「もっと、重い剣はありますか?」
「重い? その細っこい腕で、そこに並んでる物が軽いってか?」
「私のじゃないんで。あと、飛距離があってそこそこ威力のある銃と、スピード重視の武器と、初心者でもそれなりに扱える物を」
「お友達がいっぱいいるようだな」
 友達、なのだろうか。つい数日前まで会話らしい言葉すら交わしたことはなかったのに。
「だが観光客にゃ、うちの店は不向きだぜ?」
 店主が上目づかいにシュリを観察する。
 高校の制服はこの町の人々とデザインが異なる。どこか所の地域から遊びに来た観光客に見られても不思議ではないが、あいにく観光客ではない。
「……軍の人に同行しているんです」
「予備兵か? そのナリで?」
「違います。だけど同行させて貰っている以上、危険はついて回るので」
 それに、くどいがここは〈ノウア〉。日本のような安全な環境が求められない以上、自分たちもそれなりに防衛策を立てなければならない。幸か不幸か、クリスタルキューブが発現しているので戦闘に巻き込まれてもそれなりに対処は出来る。後はそれぞれの個性と適正に見合った武器が必要だ。
「戦争ごっこか。……だったらやめときな、軍人のマネゴトなんてよ」
 揶揄され、シュリは暫し言葉を止めた。
 軍人の真似……。図らずも〈バイオ〉でモンスターを相手に戦闘を繰り広げたのだ。間違いではない。しかしそれに非があるとは思えなかった。〈ノウア〉の脅威を取り去ったのだ、感謝されど批難される謂れは無い。
「……悪い、ですか?」
「いいや、そんなものは個人の自由だ。論議してたら日が暮れちまう」
 尻込みしながらも言い返すと、店主は首を横に振った。
「問題はそういうことじゃない。お前はモンスターと向き合う時、ちゃんと腹据えてるか? ……覚悟を決めて戦っているか、それが問題なんだよ」
 ……覚悟。モンスターと戦う、覚悟。
 一瞬、脳裏を四道の姿が過ぎった。いつもの傲慢な彼ではなく、初めてモンスターと戦っていた時の彼だ。襲撃の恐怖に背中を舐められながらも、二の宮を守るため木の枝で立ち向かった姿……。ヴィクスとライトを捕縛し、苦戦を強いられたテイルファングリーダーの最後の姿を見つめ続けた三好の背中。
 なし崩し的に参加した戦闘で味わった、肉を抉る感触が、シュリの掌にまざまざと蘇る。
「……命を奪うのがいけないことは、分かってる。でも、戦うしかない」
 開いた自分の両手を見つめ、厳かに呟くと、店主は浅く溜息を吐いた。
「……それも覚悟かね」
 それから一頻り沈黙し、のっそりと動いてシュリの隣に並び立った。両手剣を扱いながら、そっと瞼を落とす。その仕草が気になって、シュリは彼の顔を見上げる。視線に気付いた店主はこちらを見、再びほろ苦く頑健な笑みを浮かべた。
「もう、二十年以上前になるか。お前さんよりも小さいガキが来たことがあった。そいつも軍の奴について回ってるっつってたな。ナマイキな態度が気に食わないガキだったが、覚悟だけは本物だったよ」
 だからどうとなのだと説教までには及ばないが、言葉の背後に彼の哲学の影が見え隠れしている。しかし追及する気は起きず、シュリは店主の誘導に従って両手剣の品定めに焦点を合わせた。
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