MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【13】
「……!?」
 振って来た声に、シュリと二の宮は耳を疑った。耳元で囁くように響く、残響音の深い女性の声音。それが、彫像の最も高い部分から――天使像の口元から降ってくる。勿論、彫像の唇が動いているわけではない。それでも確かに声は聞こえたのだ。
「なにいまの……」
「紹介するっす。こちらがビッグ・マム。〈ノウア〉一のガーディアンっすよ。――マム、背が高い方がマイで、黒髪のほうがシュリっす」
〔話には聞いておる。よう参ったな、異界の子よ〕
「すご……」
 マムの声を再度耳にし、二の宮が茫然と呟いた。
 単なる無機物の集合体でしかない彫刻が喋るというのは異様な光景だ。しかしそれがガーディアンであると納得させるだけの空気があった。マムの口調だけではない。思わず跪かせるような威圧感を、単なる彫刻から感じている。
 偉大なる母――始まりのガーディアン。彼女がそう呼ばれるのは、事実彼女がそうだからだけではなく、ここに住む人々がマムに敬愛を抱いているのだからだと痛感させられた。
「マムの意識は〈ノウア〉中に散らばってるっすけど、この彫像みたいにマムをモチーフとした芸術の類がマムのアンテナになってるんっす」
〔首都の本体同様、仮の器に過ぎぬがの〕
 勿論、彫像は一ミリも動いていない。しかしマムが自嘲気味に微笑する様子は感じ取れた。
「ガーディアンって喋れるのもいるんだね。あたし、みんなエオリアみたいなのばっかりかと思ってた」
 タイミング良く、シュリ達の頭上をエオリアが通過する。
 彼らの言葉は主に「きゅぴー!」で、殆ど意味が分からない。行動と表情から言いたいことは分かるので、解読しようとする人はいないらしい。
「マイ達の世界には本当にガーディアンがいないんっすね」
 その声には、ようやくシュリ達が異世界人である証拠を見、納得したかのような得心が混じっていた。
「ガーディアンも色々いるんっすよ。ウチらが使うエネルギーを生産するガーディアンや、空気を刺激して雨を降らせるガーディアンや、モンスターの動きを感知したり……。エオリアみたいに集団で過ごすものもいれば、マムのように単体のみのガーディアンもいて、見た目も人間よりも個性が豊かっす」
 確かに、てるてる坊主と彫刻とくれば、次にどんなガーディアンが出てくるか想像もつかない。
「そっか、ガーディアンって色々いるんだっけ……。えーっと、空気捕まえておくのと……お花が元気になるの、だっけ?」
 ヴィクスから聞いたガーディアンの役割を述べたつもりなのだろうが、認識が甘く微妙に違っている。正しくは、空気の拡散を防ぐべく重力を操る者、土壌の養分を足す者、だ。
〔慣れぬ異界は気骨が折れるであろう〕
 再び声が舞い降りてきた。シュリ達を優しく包み込むような慈愛を感じる。彫像の表情は動いていないというのに、やんわりと口元が弧を描いたように錯覚する。
〔そなたらの存在は〈ノウア〉の民同様、保護の原則に従って保障される。妾も微力ながら力添えを約しようぞ〕
「ホント!? 良かったね、シュリちゃん!」
「へ、え? あ、うん……」
 二の宮に袖を引っ張られ、シュリはおざなりに首肯した。
 確かに、この上もない強力な味方が加わってくれたことは嬉しい。
 しかし今は、確認したいことが一つある。
「訊いてもいいですか?」
「構わぬえ」
「……マムは、グローバルネットに接続出来て、〈ノウア〉のあちこちを見守ってるんですよね。だったら、誰か――最近、ガーディアンを召喚しようとした人を知りませんか?」
 隣の二の宮の顔がハッと強張った。
 もし、召喚を試みた人物がいるのなら、ガーディアンの契約とやらに則って直ぐに帰れるかもしれない。
 今尚シュリは先だって帰りたいとは思っていないが、〈ノウア〉に帰還する戦艦ストラトスの中、帰る方法を模索し必死に勉強をしていた四道の背中を想うと可能性の糸口くらいは見つけてやりたいと思う。
〔残念だが、妾とて総てを知りうるわけではない。看過することも多い。こればかりは詮無きことゆえ〕
「……そうですか」
 元より期待はしていない。ただ可能性が残っただけだ。
「……シュリちゃんも、帰りたい?」
 追い縋るような声に、シュリは二の宮の顔を仰いだ。気遣うような目が彼女らしい。しかしシュリは帰りたいわけではないし、残りたいわけでもない。
「……四道君」
「え?」
「帰りたそうだったから。すごく」
 四道のことは二の宮も分かっているはずだ。戦艦ストラトスの中に設けられたオペレーター室に連日通い詰め、〈ノウア〉の知識を片っ端から吸収しようとしていた彼のことは艦内でつとに有名だった。世情に疎そうな二の宮の耳でも、情報は入っているはずだ。
「そ、だね……。四道クン、大学入試の勉強すごく頑張ってたから……」
 二の宮が明るい表情を潜め、沈痛に影を落とす。きっと今頃彼女の脳内では、必死に《ボード》と向き合う四道の姿が記憶野から再生されているに違いない。
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