MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【11】
 ポーン…。
 弾けるような電子音が耳に残響音を残した。
 軽快でいて、そのくせ、音は低い。そういえば、エレベーターの到着音によく似ている。
 ドア傍のホログラフィ画面が明滅を止めてオールグリーンになり、表示文字が「解除中」から「開錠済」へと更新される。しかし扉は即座には開かなかった。対宇宙空間要の戦艦の装甲はそれなりに重いらしく、ゴウン、という重低音を響かせて外光が差し込むまで、およそ三十秒は待たなければならなかった。
 真っ先に二の宮が飛び出す。その後ろに三好、ライト少年が続き、四道やニナが進むと、ヴィクスに促されシュリもその波に乗った。
 戦艦ストラトスの一部に設けられた甲板は非常に見晴らしの良い特等席だった。少し強引にヴィクスに誘われたのだが、これは来た甲斐があったかもしれない。
 空も海も、〈ノウア〉は地球と同じく青かった。空の、中天に近い場所は濃い藍。特にある一点は、大気圏を貫通して宇宙の色を映しているかのように深い。心なしか地球よりも小さく見える太陽の傍は白を帯びており、海との境界は水色だ。浮遊する雲は真っ白だが、陰影のある部分は灰色に染まって凹凸を表現している。
 一方、海は全体的に碧で、潮の流れによっては翠に近い場所もある。
 風が強いのは、戦艦が未だに飛行中だからだ。〈ノウア〉の大気圏に突入し、成層圏へと達して暫く経ったが停止する様子はない。ただ、着陸予定が近いらしく、直進に進みながら海上を低空飛行していた。
 両手をいっぱいに広げ深呼吸する二の宮の傍を三好が駆け抜け、端近に設けられた柵に足を乗せる。それから思いっきり身を乗り出し、空飛ぶ船の船底を覗き込んだ。「スゲエ!」を連呼し声を躍らせる三好に、ヴィクスが「危ないぞ」と注意を呼び掛けるも、三好の耳にはさっぱり届いていない。
「すげー! マジで浮いてる!」
「ホント? 見せて見せて!」
 はしゃぎっ振りは二の宮も負けていない。三好の隣に並び、同じく柵に足をかけてると、上肢を直角に曲げて下を眺める。風に煽られてスカートが際どいラインまで暴れてもお構いなしだ。
「まったく、小学生か」
 四道が顔を顰めて呆れる。しかし彼女達がはしゃぐ気持ちも分かる理解している節も窺えた。日本にも空を飛ぶ乗り物はあるが、こんな風に飛行を体感出来る機会は多くない。顔には出していないが、彼だって少しくらいは浮足立っているはずだ。
「タカシはもうちょっと感動したほうがいいっすよ?」
「してるよ。ここに着くまでに色々調べさせて貰ったけど、〈ノウア〉は〈バイオ〉より相対質量が小さいんだ。これだと重力が小さくて大気が抜ける筈なのに、実際は地球と遜色ない環境が揃っている。地球物理学者なら泣き喚いて否定する現象が実際に目の前にあるんだからね。感動くらいはするさ」
「タカが言うと、なんか感動が半減するな」
 ヴィクスの嘆きもごもっともだ。
「もうちょっと素直になっても罰は当たらねえぜ?」
「こんな景色だけだったら地球でも見れるよ。それに、感動、感動って言うけど、ヴィクス達こそ、この星で生きていけることにもっと感謝すべきだよ。この星は本来、生命を育めないんだ。どうせ最先端技術とやらでテラフォーミングしてるんだろうけど、技術だけじゃなく、それを受け入れてくれる星そのものを有り難く思わないと――」
「うわあああああああ」
「っきゃああああああ」
 四道の説教は、しかし、二の宮と三好の悲鳴によってかき消されてしまった。
 甲板の端ではしゃいでいた二人が脱兎のごとく逃げ帰ってくる。
「なんだ? ……っとととと!」
 戻ってきた二人は、恐れる何かから身を守るようにヴィクスを盾にした。
「なななナンかいる! 妖精みたいな、小せえヤツ!!」
「カワイイのに、なんか怒ってるの!! おまけにすごい大群で……」
「って、きたー―――――!」
 三好の言う通り、正体不明の浮遊物体がこちらへと迫っていた。
 塊としては大きいが、個体としては恐れるほどではない。一つが丁度手の平くらいの大きさで、てるてる坊主にとてもよく似ている。丸い顔と、マントに覆われたような下半身。手足も首もなく、顔についているのも小豆のような目だけだ。色は仄かな水色で、少し青みが濃いものもいれば、白と見紛うほど薄いものもいる。
 彼らはみな一様に、小豆の瞳を「一」の字状に吊り上ると、逃走してきた二の宮と三好を目掛けて突撃した。
「きゅぴー!!」
 鳴き声も非常に愛嬌がある謎の集団をヴィクスがひらりと交わすと、彼の後ろに隠れていた二人がてるてる坊主に発見され、一丸となった妖精もどきの襲撃を受ける。……といっても、てるてる坊主たちの口らしき部分でつんつんとつつかれているだけなのだが、大群に埋もれるというのはあまり心地よいものではないらしく、二の宮と三好はそろって悲鳴を上げていた。
「なんだ、エオリアじゃねえか」
「えおりあ?」
 おうむ返す四道。
「ガーディアンだよ。属性は風。仕事は空気の浄化だ」
「がーでぃあん……?」
 四道はますます訝しげに首をかしげる。
 ガーディアン――守護者。言葉の意味は分かるものの、このエオリアなる存在が「守護」という意味合いとどう結び付くのか、その詳細な経緯が分からない。少なくともシュリ達の世界には、モンスターと同じくこんな妖精もどきはいなかった。
「なんだ? お前たちの世界には、ガーディアンはいないのか?」
「そんなもの聞いたことがないよ。……って、どうして僕まで……!!」
 エオリアの軍勢が四道を飲み込む。上肢を押された勢いでうっかり足を滑らせた彼は、どすんと尻もちをつき、そのまま体の殆どをエオリアに包み込まれてしまった。
 ……息、出来るのだろうか、あれは。
「ガーディアンってのはつまり、オレら人間が〈ノウア〉でも生きていけるように環境を整備してくれてるやつらのことだよ。過重力をかけて大気の拡散を防いだり、太陽の有害な光線を防いだり、植物が育つように大地に栄養を与えたりな」
 それはつまり、テラフォーミング。人為的に星の環境を改善し、人間が住めるように改造してしまうことだ。どこからどう見てもてるてる坊主にしか見えないエオリアの同類達を「人」とは呼べないので、果たして「人」為的と言っていいのかどうかは不明だが、彼らガーディアンの仕事は間違いなくテラフォーミングと断言していい。
 そう、四道が言っていたではないか。〈ノウア〉は〈バイオ〉よりも質量が小さく、重力も弱いため、大気を留めることが出来ない。だから生命は育まれないのだ、と。
 その不可能を可能にしたのは、地球よりも遥かに優れた技術ではない。彼らの存在なのだ。ガーディアンがいたからこそ、この世界の人間たちはモンスターに支配された星を捨て、新天地を切り開くことが出来た。――つまりこの世界の人類にとっては大恩人になる。
「ガーディアンがいなきゃ人間は生きていけねえ。常識だろ?」
「知らねーよ! オレ達の世界には、ガーディアンなんていなかったぞ!」
 エオリアの海に溺れながらも三好が叫び、ヴィクスはうーんと低く唸った。
「ガーディアンがいないなんて、〈バイオ〉みたいだな」
「近いんじゃないかな。実際、〈バイオ〉と地球はよく似てるし」
 いいかげん観念したらしい四道は、寝ころんだまま腕を組んでエオリアにされるがままになっていた。三好のように無駄に抵抗しても拘束時間が長くなるだけ、と踏んだらしい。実際その通りのようで、四道よりも三好に群がるエオリアの数が圧倒的だ。
「問題はそのガーディアン様が、どうして僕達に群がっているかってことだ」
「空気の管理がこいつらの仕事だからなあ。オレたちみたいな〈バイオ〉帰りにゃよくあることだ。おおかた、〈バイオ〉から何か余計なモン持って帰って来たんだろ」
「オレらはバイキンかよ」
 三好がげんなりとため息をつく。
「特にお前らは異世界から来たんだ。もしかしたら、そっちから持ち込んだのかもな。……その割には、シュリにはくっつかねえな。なんでだ?」
 などと問われても分かるはずもない。それに誤解を招く言い方だ。エオリア達は、シュリの周囲を飛び回り、時に近付いて鼻らしき部分をひくつかせて、「きゅぴきゅるー」「きゅりゅーりゅ」などと怪しげなやり取りを交わしている。ただ、二の宮達のように集団で襲撃されないだけで、常に二、三匹のエオリアには囲まれている。
 それでも皆と違うことには変わりない。
 不審を帯びた視線に居たたまれなさを感じるも、なす術もなく、シュリは四方からの――特に三好や四道の痛い目線に耐え続けた。
 軽い衝撃と共に足元が揺らぐ。ひときわ高い波の音が遠くへ流れていく。どうやら艦が海に着水したらしい。その後も水音が断続的に続き、戦艦は滑らかに前進し続ける。
「もう近いみたいだな。オレらも部屋に戻って降りる準備をしよう」
「出来たらな」
 エオリアに侵食された三好が冷やかに言った。
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