MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【09】
 徐々に近付いてきたそれの、全体像を眺める。だが遠景で眺望しても尚、口がぽっかりと開いてしまうくらいに顎を突きあげなくてはならない。森が開けた空白地帯に鎮座するそれを見上げた四人は、一様に目を皿にしていた。
 見た目こそは大型の船と同じだ。しかしその船底は一切丸みを帯びず、平らで、海に浮かぶ船とは似て異なっている。前方と、後方、後方に近い左右にそれぞれ一か所ずつ、下に大きくせり出している部分があり、ぱっくりと開いたその先端が大量のエネルギーを吐き出す射出口だと気付くのに数秒を要する。何よりも、巨大だ。高校の校舎を遥かに上回る背丈は、ビルの七、八階分はあるだろうか。横尺こそは学び舎と変わらぬものの、重量感は圧倒的にこちらの方が上だ。
「なんだこりゃぁ」
 あんぐり、と口を開いたまま三好が呟くと、先を歩くヴィクスが聞いて驚け、と言わんばかりに笑って見せた。
「戦闘巡洋艦ストラトス。オレ達《ブルーコート》の主力艦の一つで、敵の目を欺く最新のインビシブル機能が搭載された戦艦だよ」
「戦……艦……」
 呆然と四道が繰り返す。
 二の宮もシュリも気持ちは四道と同じだ。三好も同感なのだろう。胡乱げな眼をヴィクスに向け、眉を顰めた。
「まさか空とか飛ぶんじゃねぇだろうな」
「飛ばなきゃ戦艦じゃねーだろ」
 さも当然と切り返され、シュリ達を始めとする四人は今度こそ言葉を見失う。
 日本にも空を飛ぶ機械くらい存在する。ジャンボジェットなどの旅客機も、戦闘機だって空飛ぶ機械だ。しかしそれらはあくまでも「機」であって「艦」ではない。無論、使用目的が異なる故の表現の交錯である可能性は捨て切れないが、シュリの胸中には不安に近似した言い知れない予感があった。
 ……もしかすると、とんでもない世界に迷い込んだのかもしれない。
「ほら、行くぞ」
 シュリの不安を打ち消すようにヴィクスが歩き出す。
 向かう先に人影が見えた。
 背の高い戦艦に乗り込めるよう恐ろしく長い階段が側面から伸びており、その当着地点に二人の人物が立っている。
 一人は女性だ。縁の細い丸眼鏡をかけており、身長はシュリより少し上くらい。赤毛の髪は三つ編みのおさげで、顔には少しのそばかすが見て取れる。服は青を基調としたミニスカートで、堅苦しそうなそのデザインが童顔の彼女に似合っていないものの、直ぐにそれが制服なのだと察知できた。おそらくは彼女もヴィクス達と同業――軍人なのだ。
「おかえりーっす。待ってたっすよー!」
 明るい調子で女性に迎えられ、シュリは安堵している自分に気付いた。
 森を抜け、モンスターの追撃から免れ、ようやく心の底から一息つけたのだ。彼女のソプラノは鐘のように高らかに響き、ゴールを知らせる合図となった。
「よお、わざわざお出迎えたあ、悪いな」
 ヴィクスが大手を振る。女性に次いでもう一人へと顔を向け、だが、今度は少し表情を引き締めた。
「あんたも、まさか待っててくれるとはな」
 ほんの少し嫌味のようなスパイスが加えられている。
 しかしそれを向けられた男は静謐で満たされた瞳でヴィクスを上から睥睨するだけだった。
 背が高い。ヴィクスや三好を頭半分ほど上回っている。顔の造作が恐ろしく端正だ。完璧な技術で黄金律が再現された目鼻立ちは、どんな女優であろうとも敵わないだろう。それほどに彼は美しく、美人だった。なのに、鍛えられた体躯はがっちりとしており、肩幅も広く胸板も厚い。完全に男のものであるそれらを備えても尚、彼の艶麗さは損なわれず、むしろ精緻な人形のように圧倒的な存在感で周囲を圧殺する。
「サー・セラフィム。第一大隊第一小隊のライト・オラルソン上等兵、只今帰還しました」
 背筋を正したライト少年が慣れた動作で敬礼すると、セラフィムと呼ばれた男が小さく頷いた。
 セラフィム――シュリには聞き覚えのある名前だった。あれは女性ではなかったのだ。
 しかし《熾天使》とは。……完璧な容姿を備えたこの男に、何とも相応しいなとシュリは得心した。
 次いで男は無言のままヴィクスに視線を移し、そのままシュリ達を一望する。背の高い彼は全員の顔を難なく高覧すると、再度ヴィクスを見下ろした。
 背の高い男は世に五万といるだろうが、ヴィクスをあのように上から射竦められるのは彼だけだろう。
「報告しろ」
 よく響く良い声だ。
 しかしその音声の言わんとする意図に気付き、シュリはほんの少し緊張した。
「あー……。…………途中で拾った」
 どう告げるべきが言いあぐねいていた彼も、暫しの逡巡を経て言い訳無用と判断したのだろう。余りにも端的に、一言で済ませてしまった。
「あ、でも悪い奴らじゃねえぞ。どうも異世界から迷い込んで来たらしくてな、森ん中で迷子になってたんだ。おまけにキューブも持っててモンスターどもを蹴散らしてくれてよ。おかげで楽できた――っと、こりゃ言っちゃヤバイな。いやともかく、怪しくはないって」
「そーなんですっ!!」
 夜の静けさを吹き飛ばす勢いで叫んだのは二の宮だ。
「あたし達、怪しくありませんっ。学校に居た筈なのにいつの間にかこんな処に居たんです!」
「そ、そーだよ! オレたちゃ別にどってことねぇ一般人だよ!! キューブとかワケ分かんねぇモンが出てきたのはここが初めてなんだから!」
「何かを疑われているのなら、心外だな。僕たちは一方的に巻き込まれているんだ」
 三好、四道と続き、弁明やら説明やらが入り混じった言葉を叫ぶ。
 ヴィクスが必死に説明している姿から、セラフィムを説得できないと拙い状況になってしまう、と彼らなりに悟ったのだろう。今もなお異口同音に自分たちの無害さをアピールしている。騒々しいことこの上ない。
 しかしセラフィムは重なる音声の一つ一つをきちんと聞き取っているようで、三人の発言を確り聞き終えると、
「もういい」
 低く告げ、シュリを見た。
「お前は?」
 三人のように何か言いたいことはないのか、という意味らしい。
 シュリは暫し黙り込み、考える。出た結論は、今までの「言い訳」の中で一番短かった。
「早くしないと燃料無くなるよ」
 形容しがたい沈黙が落ちる。
 もっと何かないのか、と言いたげな同郷の三人の視線を痛く感じつつも、シュリは黙ったままだった。セラフィムと視線が交錯する。
 それだけで十分だった。
「乗艦を許可する」
 抑揚なく宣言し、男は身を翻して戦艦に乗り込む。
「よっしゃー!」
 二の宮と三好が手を取り合って喜び、ほっと顔を緩める四道の脇を通り過ぎて、シュリが真っ先にタラップに足をかけると、
「よお」
 後ろからニヤニヤ笑いのヴィクスに羽交い絞めにされ、シュリは不快感を眉に示した。
「どんな魔法使ったんだよ。あのセラフィムを説得するなんてよ」
「援護」
 ヴィクスの腕を振り解く。
「あん?」
「燃料が無くなるのを承知で援護してくれたんでしょう。――あの人、私たちをどうするか、援護してくれた時点でもう決めていたんだと思う」
 ヴィクスが思案顔になり、諸手を上げて喜んでいた三好達もシュリに注視を送った。
「お前らを連れてくるって知ってたってことか? なんで――ああそうか。無線で声拾われたな」
 一人で答えを出し、ヴィクスは続けた。
「じゃあなんで乗艦を渋ったんだ?」
「あの人、何も言ってない」
 言っていないし、していない。
 ヴィクスの疑問に答えてやると、二の宮が苦虫を噛み潰したように渋面する。
「あたしたちが説得するまでもなかったってことー?」
「……何も言っていないけど」
 音量を少し落とし、呟いて、ヴィクスとライト少年を交互に見た。
「二人の意志を確認したかったんだと思う。……私達に何か問題があれば――間違いなく二人の責任になるから」
 何か問題を起こす気は更々なくとも、何か都合の悪い事態が起きないとも限らない。セラフィムはその確認をしたかったのだ。
「じゃあ問題ないさ」
 ヴィクスが肩を竦め、シュリに先を促す。
 一度だけヴィクスの目を捉えると、迷いの無さがきっぱりと伝わって来、シュリは無言でタラップを上った。
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