MAGNA MATER (マグナマター) -朱色の指揮者-  【07】
 その後も敵との遭遇は幾度となく続いた。
 それに比例し、四道の感情の制御が流暢になり戦陣に立つ恐怖が和ぎ始め、自意識で「撃つ」意思を高められるようになってくる。発射から次弾までの空白はあるものの、連発が可能になり、間を空けず連射が可能な領域へと至る頃、四道は敵との間合いを詰め、最前線で白刃を振るう三好の動きに合わせて彼なりの戦略を立てれるようになっており、一つの戦闘への時間が明らかに短縮されつつあった。
 持ち前の運動神経でキューブに上手く『乗って』いる三好にはない力。
 逆に、集中力はあってもキューブの力を最大限に引き出せない四道。
 二人のそれぞれの相違は二人の力量を限りなく均等にして、ほぼ横一線に並んでおり、また、レベルが同じだからこそ、二人のコンビネーションは丁度良い塩梅で噛みあっている。
 高校の教室では反目し合っていた二人も、ここでは背中合わせになって――互いに背中を預けてモンスターを倒していく。
 やがて好と四道の呼吸は一拍のズレもなく合い始めるようになり、テイルファング数匹ならば三好一人でも十二分に対応できるように成長してしまった。ヴィクスが教えてくれる敵の弱点を突き、二人の最大の攻撃力で確実に敵勢を削ぎ落としていく様には余裕すら見えるようになる。
 そんな戦闘を幾度か終えると、辺りに漂っていた緊張感が解され、三好が崩れるように地面に寝そべった。
「もうだめ……キツ……」
 張りのない声からは相当量の疲労が伺える。表情がやや翳って見えるのは月明かりのせいだけではないだろう。
 まあ、それも無理はない。連戦と言っても差支えがないほど立て続けの戦闘をこなし、成長がやや遅れがちの四道に代って殆どのモンスターをその剣で捌ききったのだ。疲れもするだろう。
「このくらいでヘバるなって」
「鬼……」
 ヴィクスに見下ろされ、切れ切れの呼吸の隙間で呻く三好。最早覇気の欠片もない。
「くそ……魔法でカッコよく回復~とかできねぇのかよ……」
「魔法? キューブのことは知らないのに魔法は知っているのか?」
「オレ達の国じゃ、剣と魔法はセットなんだよ」
 ヴィクスが語尾を上げて返したので、三好は僅かに眉を動かした。
「……まさかないのか? 回復魔法」
「あるにはあるが、ありゃオレ達には無理だ。魔法は制御が難しいからな……。もし戦闘中に体力の限界感じたら、遠慮なく回復アイテム使えよ? ただし使い過ぎにも注意だ。数に限りがあるからな」
「へーへー」
「マイ、悪いがジンにアイテム分けてやってくれや」
「はーい」
 ようやく役に立てると喜び勇んで避難先の木の陰から二の宮が飛び出した。
 大地に足を投げ出し横臥する三好に、ヴィクスにもらったビー玉を差し出し、噛み砕くように促す。
 飴玉みてぇだな、などと呟きながら、三好は何の疑いも持たずそれを受け取る。
 丸ごと口の中に放り込み、奥歯でガリッと噛み砕くと――、
「おぅえっ……マズッ!!」
 上半身を反動で起こした。それでも律儀に何とか飲み下す。
 やはり不味かったか……しかも相当。
「でも元気になったね」
「そうだな。文句のひとつも言わなきゃ死ねるかって味だ」
 呑気な二宮に三好は嫌味で返した。
 ……訂正しよう、相当ではなく極限的に不味い、に。
「しっかし参ったな……進めば進むほどどんどん強くなるぜ、モンスのやつら」
「当然だよ。オレ達は森の中央に向かって歩いているんだから」
 言わば敵陣のど真ん中だ。
 三好の独白にライト少年が冷淡に言い放ち、シュリを含めた全員が目を剥いた。
「は!? 脱出してんじゃねぇのかよ!?」
「してる。この先に仲間がいる。……筈だ」
 頼れそうで当てにできそうもないヴィクスの発言に、一同は疑わしげな視線を彼に送った。断言してくれるのは頼もしいが、彼の言い回しはイマイチ信用度が低い。
「最初っから説明しろよ。ワケわかんねー」
 三好の要求も当然だった。
「……んー。つまり、あれだ。――オレ達は〈バイオ〉にレイゼンメーテルの実験に来たわけなんだ」
「ヴィクス、それ一応、機密じゃ――」
「どうせ〈ノウア〉に戻ったら華々しい実験成功の映像と一緒に一般公表されるさ。だからオレ達がちょっとフライングしたってそう大して叱られねえって」
 ライトの非難をひょいっとかわし、ヴィクスは続けた。
「レイゼンメーテルってのは最近開発されたばっかりの大型兵器だ。既に幾つも実験を済ませたが、〈バイオ〉の重力やら気温なんかで不具合を起こさないか、不安が多少あるらしくてな。ま、そういう場合はやっぱり実際にやってみた方が早いだろ? だからプラタが召集された」
「ぷらたって?」
 首を傾げるのは二の宮だ。三好や四道も同じく耳に覚えの無い名称に疑問を抱いているようだったが、シュリには微かに聞き覚えのある名前だった。
 確かヴィクス自身が所属している、ような趣旨の会話を、そこのライト少年と交わしていなかっただろうか。
「プラタってのは《ブルーコート》の一部の人間を示す俗称だ。昔はモンスの討伐隊に必ず召集される軍人をやっかみ半分で呼び始めたそうなんだが、今じゃ討伐隊そのものを指す場合もある。……《銀》、って意味らしいぜ。討伐隊の責任者をいっつも任される男が見事な銀髪でな。そこが由来らしい」
 それもまた妬み混じってるよなぁ、とヴィクスは独りごちた。
「要するにエリートってこと?」
「うんにゃ、エリートとは違う。むしろ、正反対だな。あいつらは士官学校を主席だか次席で卒業するような奴らだろ? ロクに銃も握れないくせに地位だけは上の方でバカスカ命令ばっかするような」
 身も蓋もない上に偏見の多い説明だ。思わずため息をつきたくなるが、あながち外れてもいないのだろう。ライト少年は黙ったままだった。
「プラタは実戦に慣れてるって意味でエリートだが、どっちかってーと、スペシャリスト、ってところだな。実力重視。その分多少素行が悪くても、戦績が良ければお呼びがかかる」
「ヴィクスみたくね」
「おい」
 二の宮の問い返しに答え、三好に混ぜっ返されてヴィクスが三好を軽く小突いた。
 何だかんだで楽しそうだ。
「まあ、そんなわけでオレ達が集められて実験したわけだ。とりあえず、実験そのものは成功した。標準合わせてちゃんとエネルギーもチャージしてくれたしな。ところが――だ。威力が半端なくて、予定の倍くらいあったんだ」
「誤差があり過ぎだ。一体何を計算してたんだ?」
「そいつは開発部に言ってくれ。ぜひとも」
 四道の嫌味にヴィクスは肩を竦めた。
「結果、着弾地点に配備されてた奴らが爆発に巻き込まれてすっ飛んだ。特にオレとライトは一番近いトコだったから、そりゃもう半端なくてな。ライトの無線使って何とか連絡取って、位置を把握して待ち合わせ場所を決めた。――問題はこっからだ」
 ひと呼吸息をつき、ヴィクスは更に続けた。
「空調やら誘導装置やら、必要最低限のライフラインと制御装置だけを残して出力を最小限に留めても、燃料[エネルギー]が持つのが二時間弱らしい。幸いGPSは生きてるから待ち合わせ場所とオレ達の位置は分かるんだが、この辺りは未だマッピングが終わってない地域で地形がさっぱり分からなくてな。沼地にハマるわ、モンスに襲撃されるわ、すったもんだしてたわけだ」
「ニナはおかげでマッピング出来るって喜んでるけどね」
 ライト少年の付言にヴィクスが小さく舌を打つ。
「……人の気も知らねえで……」
「ニナって誰だ? 女?」
「オペレーターだよ。オレ達のGPSを追って、位置を教えてくれている」
 これの向こうだ、と、ライト少年は三好に右耳のインカムを示した。
 音声出力部と思われるビー玉のようなものが耳の中に嵌めこまれ、そこから申し訳程度にマイク部が伸びている。よく見ておかなければ気付かないほど小さな物だった。
「え……じゃあ、残り時間はあとどれくらい?」
「多くもないけど少なくもない。でも問題ないよ。このくらいのペースが続けば、そう時間はかからないから」
 小さな焦りを覚えた二の宮を、ライト少年の冷静な声音が彼女に落ち着きを与える。時間制限はないと暗に告げられ、彼女がほっと肩を撫で下ろした。
 その時。――ふるるるる、と、息を吐く音がシュリの耳を掠めた。風の音に紛れ、だが、異質なそれは他のどの音とも混じり合うことなくシュリの耳に届く。喉を鳴らすような響きをもつそれは、当然ヴィクスやライト、三好達の呼吸音ではない。
 シュリの知らない未知の動物の鳴き声かとも思ったが、シュリの本能が即時その案を切り捨てた。
 違う、これは。
「何か、いる……!」
 強張ったシュリの声に、全員が戦闘態勢を取った。ヴィクスが背中から、ライトが腰から剣を抜き、三好は折り畳んだばかりの両手剣を再び組み直す。四道は銃の安全装置を外し、二の宮とシュリは即座に逃げれるよう構えながらも他の四人と同様に同じ場所を注視した。
 前方、十メートル以上は先か。赤い目が光っている。
 さく、さく。
 夜闇と完全に一体化していた体躯が少しずつ闇から引き剥がされる。だが、鬱蒼と生い茂る木々の葉によって月光が遮断され、何者なのかまでは分からない。足音から推察するに、四本足――これまでを考えればテイルファングだと思われたが、テイルファングにしては目の位置が高過ぎる。
 もう少し先に、こちらにくれば姿が確認出来るのだが……。
 さく、さく、さく。
 今や完全に闇とは剥離され、形を得たそれを、シュリは満月に近い月明かりで確認し鋭く息を飲んだ。
 三本の尻尾に、鋭利な鉤爪。間違いなくテイルファングだ。だが――大きい。高さはシュリより大きく二の宮くらいだろうか。突き出た鼻面から尾尻までは三好やヴィクスの身長を越えていると思われる。何よりも脅威なのはシュリの身長の半分はあろうかという巨大な鉤爪だ。あれで引き裂かれればシュリなど一溜まりもないだろう。
「テイルファングのリーダークラスだ……! だがこのデカさは……」
 切迫したヴィクスの声音から、目の前のモンスターの大きさが異常であると悟った。
 オオカミの様相を呈し犬とさして変わらないテイルファングと、シュリを上から見下ろす目の前のテイルファングリーダーとでは、視界に訴えられる迫力が余りにも違い過ぎる。数多くテイルファングと切り結び、そろそろ彼らに慣れてきた三好も、四道も、軍人が生業のヴィクスやライトですらその大きさに慄いていた。
「マイ! シュリ! なるべく遠くに離れて絶対に出てくるな!! オレが前に出る。ライトとジンはその後ろ、タカは足の長さだけ距離を取れ! アレにやられたらぶっ飛ぶだけじゃ済まさ――」
 済まされねえぞ、と、言うつもりだったヴィクスは、しかしそれ以上は続けられなかった。
 ほんの一瞬、シュリ達へ指示を飛ばしていた隙をつき、テイルファングリーダーの尻尾が彼の体を丸ごと絡め取る。そのまま薙ぎ飛ばされるのかと思いきや、尻尾先がぐるりと円を描き、そのままギュッと絞り込まれ、ヴィクスを捕縛し掻っ攫ってしまった。
「うをおおおおぉぉおおおぉぉぉ……」
 尻尾に弄ばれ、ヴィクスの声が遠退いたり、近付いたりする。
 本人にとってはジェットコースターよりも性質の悪い乗り物だろうが、傍から見ているとかなり間抜けだ。
「ぉたああああぁぁぁすけええええぇぇぇ」
 緊張感の欠片もない。
「なんかな……」
「ねぇ……」
「……」
「ヴィクスの奴……」
 三好、二の宮が呆れ、四道は見て見ぬふりをし、ライト少年はため息を落とす。
 虚空に霧散した緊張感は、しかし、すぐにまた復活した。
 ひゅ、と、風を切って二本目の尻尾がライト少年を標的にする。たたらを踏む様に回避を試みるも、反応が遅すぎた彼は見るからに柔らかそうな尻尾に捕縛され、哀れにもヴィクスと同じ末路を辿った。
「ちょ、ちょっとちょっと……!」
 目を回しているヴィクスと、不覚にも捉えられてしまった自分を自責しているライト少年とを見上げ、二の宮が動転する。
「どうするの!?」
 主戦力となるべき二人を捉えられ、慌てるなというほうが無理だろう。シュリを含めた四人は互いの顔を見合わせる。
「逃げる――わけにはいかぇ……よな」
「ダメでしょ。あの二人はどうするのよ」
「見捨てれば――」
「そんなこと出来ないじゃない!」
 三好、二の宮、四道、二の宮と会議は続く。
 その間、シュリは遥か頭上のテイルファングリーダーの目を睨めつけた。
 外見は単純にテイルファングが巨大化しただけだ。おそらく弱点や隙の具合もこれまでのテイルファングと何ら変わらないだろう。しかし巨大なだけに、その体力は計り知れない。体積に比例しているのならば軽く十倍はあるだろうか。
 十倍――。決して絶望的な数字ではない。これまで重ねた戦闘のおかげで三好と四道の攻撃力は格段に上がっているし、数匹ならば二人で十分に対応していた。単純に考えるなら、それが少し長くなるだけのはなしだ。
「シュリ、危ない!!」
 ライト少年の声が響くのと同時に、体が後ろへと突き飛ばされた。三好だ。抱え込まれるように一緒に地面に転がり、同時に、今までいた場所をテイルファングリーダーの尻尾が掠めるのを目の端で捉える。
 三度目にして敵を捕らえそこなった尻尾は、惜しそうに周囲を徘徊し、シュリ達の隙を狙っているようだった。
「なんでさっきから捕まえようとするんだ」
「落ち着かないんじゃない?」
 三好の舌打ちに、シュリは至極冷静な声音で返す。
「そういうの、いるでしょう。コアラとか」
 有袋類のコアラは何かにしがみ付いていないとストレスで死ぬ、という特殊な生き物だ。もしかすると目の前のテイルファングリーダーも同類なのかもしれない。
「んなバカな……」
「ジン、タカ!」
 ヴィクスだ。
「こいつは三人目を捕まえるまでロクに攻撃してこねえ! やるなら今だ! とっととやっちまえ!」
「…………」
 納得していないような、微妙な表情を見せたものの、三好と四道はおもむろに武器を取り、構えた。
 その横に二の宮も並ぶ。
「おい、マイ……」
「今、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あたしも手伝う。キューブを持ってるとか持ってないとか関係ないよ。二人を助けなきゃ……あたしだって、何かきっと出来ることがあるはずだよ!」
 二の宮を押し留めようとした三好が口を噤んだのは、彼女の強い決意と口調に気圧されたから、ではなかった。
 おそらく本人は気付いていないだろう。青く、蒼く。胸元で輝きを放つクリスタルキューブの存在に。
「お前……」
 強い意志を示した二の宮を見つめ、三好が口の中で呟いた。
 ――ヴィクスは言った。キューブは、戦う意思とその素質を持った者だけが具現化せしめ、能力を与えられる……と。
 果たして、今のシュリに戦う意思があるのかどうか、甚だ疑問だった。二の宮はまだ分かる。彼女にはヴィクスとライトの二人を助けるという明確な意思がある。しかしシュリにはそれがない。
 なのに感じるのは、シュリの胸の中の、確かなクリスタルキューブの存在だ。
 頭の中は相変わらず冷静で、自分と、テイルファングリーダーの力の差を緻密に計算している。いくら三好と四道が戦闘に手慣れてきたとはいえ、ヴィクスとライトを欠いてはこの巨体を前に大きな苦戦を強いられるだろう。無謀な賭けではないが、かといって、安全とも言い切れない。
 そしてシュリは性格上、安全ではないものに手を出さない主義だ。基本的にローリスクローリターンを好み、危険度が五割を超えれば未練があっても手を引く。場合によっては四割もあり得る。
 今回の場合も当然ながらその範疇内であり、主義を貫くならば傍観者を決め込むのが定石だった。
 だがシュリは三好と四道の二人に――否、ヴィクスやライト少年、二の宮を含めた全員に、手を貸す義理を感じていた。
 異世界に放り出され、キューブが発現した者として、二の宮とシュリを守ってくれた三好と四道に。
 道中を急ぎながらも、親切に四人を拾い上げてくれたヴィクスとライトに。
 ――返すべきものが、あるのではないだろうか。
「――私も手伝うよ」
 務めて低い声で告げると、全員の目がシュリの胸元に集められた。
 ヴィクスとライトを助けるために、共に闘う。それは三好と四道を助けることへも繋がっている。
「へっ……しゃーねーな」
 にやり、と三好が口の片端を持ち上げた。
「んじゃま、間抜けな先生たちを助けに行くとするか」
 三好が両手剣を真正面に構え、四道が銃を持ち、シュリと二の宮が護身用に与えられた剣を取る。
 眼前には視界を覆い尽くさんばかりの巨大なモンスターが佇立しているというのに、不思議と恐怖はなかった。三好や四道もキューブを発現させた時はこんな気持ちだったのだろうかと黙考しつつ、シュリは戦いへの一歩を踏み出した。
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