INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 終 章 最終話END
1.

1. 「いざや、その未来へ」


 重力の干渉を受けず、引力を弱めてゆるやかに地上に舞い降ります。
「まったく……、ワシをこのように扱うのはオヌシくらいじゃ」
 悪態を吐かれてしまいました。
 ふわふわとした良質の毛が覆う背中から、すたん、と、大地に足を付ける私。
「助かりましたよ、銀」
 お礼を言って、その大きな獣の頭を撫でます。
 場所は東方王宮の東端にある庭、薔薇園。王宮から離れている為、人は滅多におらず、実際、今も誰の姿も見受けられません。式典の準備で忙しい所為もあるでしょうが、ここはいつもこんな状況なので着地地点には持って来いでした。
「フン、礼などいらん。さっさと行くが良いわ」
「はい」
 照れ隠しかそれとも違うのかは分かりませんが、とりあえずいいと言ってくれているんです。私は素直にそれに従い、銀に背を向けて東方王宮の外城を目的地に急ぎその場から離れました。


 外城の一室、紅い絨毯が敷き詰められた広いその部屋は、今や、式典の主役達の為の控え室と化していました。客人を持て成す為のソファやテーブルは部屋の隅に重ねられ、部屋の中央には大きな衝立ついたてを横一線に幾つも並べて部屋を二つに区切っています。出入り口用の扉を開けて直ぐのスペースが男性用、衝立の向こう側が女性用、それぞれの場所で、私達は新しく支給された制服に袖を通していました。

 白いシャツを黒いネクタイで締め、黒い背広スーツを羽織ります。
 しゅるり、と、小気味良く響く衣擦れの音。
 二つボタンで二列のダブルブレスト。四つあるボタンのうち二つを穴に引っ掛けるタイプですが、詰めたのは一つだけ。下部の一つはそのままに。
 ウェストのダーツを確認し、ついでに裾長けもチェック。形式上の制服とは云え――いえ、形式上だからこそ、サイドベンツを採用してみました。
 襟はピークドラペル。両襟に穿うがたれたフラワーホールの左側のみに記章バッジ佩用はいようします。
 勿論、記章も支給品。実はほんの少しずつパターンが違っており、それぞれの能力・オーガナイズでの地位を示しているのですが、受け取った本人達にはその事実を伝えていません。オーガナイズ内では地位や階級は決めておらず、これは単なる私だけが理解できる目安と考えて下さい。今後、彼らにどのような期待を寄せているのかと云う目安です。そこに深い、または政治的な意図など一切ありません。故に、あえて彼らには何も言いませんでした。

 ――こんにちは、芙蓉です。
 式典も目前に控え、時間の経過と共に、徐々に高まる緊張感が肌を刺します。一つどころに集合し、支度を終えたメンバーの表情もゆるやかに違うものへと変化を始めました。公式の式典に慣れているアスターティやケルベロスはリラックスしていますが、慣れていないクラウスやアメリアの表情はガッチリ固まっています。他のメンバーもそれぞれ前者か後者かに分かれていますが、圧倒的に堅い顔が多いですね。当然かもしれません。それに気付いた悪魔組は、普段、元気の良いクラウスとアメリアを調子の良いテンポでわざと挑発します。二人の巧みな誘いに乗ってしまった二人。四人の悪ふざけを観戦し、緊張を和らげるメンバー。
 形成されつつあるエクアリー・オーガナイズの将来図を、私は衝立ついたての隙間から目を細めて観察しました。
 性格・能力、共に考慮し集めたメンバーです。エクアリー・オーガナイズの土台はこれで仕上がりました。
 しかしこれから未だ骨組み、構築の手順が残っています。将来さきはこれから。長く、果てしなく長く――しかし、私の声に耳を傾け、協力の手を惜しまない彼らさえを見ていると、大丈夫だと思わせてくれる何かが込み上げてきます。
 今日はその為の一歩目。
 この東方王宮にて、エクアリー・オーガナイズをお披露目し、組織結成の正式な認定を受ける日です。
 面倒なだけだとぼやくメンバーも居ますが、公式の場で列を連ね団体振りを見せ付けるのは、新興組織にとってとても重要なので全員を強制参加させました。
 式典で実力をさらせとは言いません。
 重要なのは、貴族や王族にも劣らない威厳、品格、教養です。特に威厳。他を圧倒し、蹴落とし、恐れおののかせる。恐怖を与える程の鮮烈で強烈な偶像イメージを作らせる。――そう、丁度、アスターティが全身からかもし出しているオーラを、エクアリー・オーガナイズの組織そのもののイメージに仕立て上げることが肝要なんです。「この組織に逆らってはいけない」という潜在的な強迫観念を植えつけることによって、今後、何が起きてもオーガナイズに有利になるように、今の内に種を仕込んでおかなければなりません。
 勿論、オーガナイズの存在そのものを認識して頂くためにも、式典に出席する価値は十分にあります。
 画策かくさくを織り交ぜた式典の時刻は、刻一刻と迫って来ていました。
 コンコン。
 広い部屋であるにも関わらず、ノックの音が異様に響きます。
「はい」
 誰かが返事をし、すかさず扉が開かれました。
「邪魔するぜー」
 衝立ついたてが阻んでいる為、姿は見えませんが、声は確かに領主キール様のものです。その後ろからカトラスの社交辞令的な声も聞こえました。
「よおー、ファング。おめぇ、マジでこっちに移ったんだな」
 からかうように、キール様は知っている顔から声を掛け始めました。
 カトラスも、手近な人間に準備の様子などを質問します。
 短い時間が過ぎたあと、ふと、キール様が声を張り上げました。
「そいや、芙蓉は?」
「居るよ、あっち」
 すかさず答えるウィル様。
 私は一つのだんご状に結わえた髪にピンを差込みながら、
「なに?」
 と、衝立から顔を出しました。
「――――…」
 硬直するキール様。
 そして、一瞬だけ私の全身を凝視した後、気付かれたらまずいと言わんばかりに逸らしてしまうカトラス。
 両極端な反応を示され、戸惑います。
「私、どこか変ですか?」
 念のため、簡単にスーツをチェックし、頬や額に手を当ててみますが、特に変わった感じはしません。髪もきちんと纏め、後れ毛をピンで留めました。他には……。
「――いや――」
 低く、唸るキール様。
「訂正――しないとな」
「……?」
 何をですか?
以前まえ、『こんな小娘が総取締役なのか!?』って騒いだだろ」
 ああ――、そういえばそんなこともありましたね。もう随分、昔の話です。確かアレは、キール様と初めてお会いしたときのことではないでしょうか。
「もうコムスメじゃねぇな。――立派な総長殿だ」
 断言するキール様の顔には、恐れと、尊敬と、悔しさが含まれていました。
 ああ、それです。私が望む顔は。今後のオーガナイズのために、今日の式典で抱いて欲しいもの。制服を用意し、メンバーを集めた甲斐はあったようですね。
「そうですか?」
 ワザとらしく小首をかしげて見せます。
「結構、嬉しかったんですけどね、小娘って呼ばれるの」
 もう、誰もそんな風に呼んでくれなくて。
「だから呼べねーんだろ。どっからどー見ても小娘って風格じゃねぇし。……っつーか、年齢トシも、もう無理――」
「何か言いました?」
「――なんでもねぇ」
 ギロッと睨まれ、キール様は最後の意見を引っ込めてしまわれました。それでいいんです。
「芙蓉様」
 聞きなれた声で名前を呼ばれます。敬称付きで呼ばれるのは久し振りですね。
 カトラスが鋭い視線をこちらに向けました。
「御出でになられたのであれば、取締室にお申し出をお願い致します」
「ああ、すみません」
 さほど怒っていないみたいなので、軽く謝罪します。
 何せ間に合わないと急いでいたので、それどころではなくて……。
 ビエラに起こされ、ディオール様に指摘され時間が無かったのですが、それでもしっかり食事を摂ってこちらへきました。遅刻の原因がそこにあるのは解っていますが、食事がなければ体が持ちません。大目に見てやって下さい。
「――それでは、皆様」
 懐中時計をぱたん、と、閉じて、カトラス。
 銀製の、竜族が理解できる幾何学模様が施され懐中時計が誕生日プレゼントだと知っているのはきっと私だけでしょう。
「お時間ですので、どうぞ」
 促され、動いたのは先ず私でした。
 衝立から出、部屋を横切り、カトラスの正面を通り過ぎます。そして扉の前に立ち、一度だけ、後ろを振り向きました。
 ――たくましくも頼もしい、みんなの顔が私の背中を後押しします。
 彼らの自信に満ちた顔が私にも飛び火し、自然と、笑みが浮んで来ました。
 がちゃり。
 扉は開かれ、その先へと踏み出します。
 その後を次々とメンバーが追い、外城の広い廊下は一瞬にして大名行列の順路へと様変わりしてしまいました。

 私の左後ろに付くのは、カイザー。無口で性格に難のある男ですが、実力だけは誰よりも誇れましょう。髪も目も黒く、黒いスーツから見える肌すら焼けて浅黒あさぐろく変色している為、全体的に重い雰囲気をかもし出しています。それが一層、彼を近寄りがたく感じさせます。しかしそれで丁度良いでしょう。彼に近づくのは余りおすすめ出来ませんから。

 彼の隣、私の右後ろに付くのはディ。この子は正式にはオーガナイズのメンバーではありません。東方王宮の総取締役補佐が本職ですが、「東方王宮との連携れんけいを深める」と云う名目で仮メンバーに列記れっきされています。東方王宮とオーガナイズの連絡通路とでも称しましょうか。しかし実際は東方王宮とオーガナイズは完全に独立していますから、ディの事実上の仕事は私の補佐。東方王宮側としては、王宮の面目を保つ為に、私は仕事が楽になるように、ディを使っています。ディも、勿論それは承知しています。総取締役補佐、そして事務総長補佐の両立は難しいでしょうが、言葉を得て以来、竜族としてメキメキと頭角を現し始めていますから、何とかこなせるでしょう。

 その後ろからは、三人が一列となって私の歩調に付いてきます。

 アスターティ。容姿、実力、実績、オーガナイズの中でも、私が望む条件を全て兼ね揃えているのは彼女しか居ません。悪魔族で、現存する一族を束ねている女性。嫌味な性格、意地悪好き、冷酷な一面もありますが、彼女ほどエクアリー計画を熟知している人はいないでしょう。私の良き相談相手であり、理解者です。オーガナイズ結成直後にディに行方を捜してもらい、連絡つなぎを取って貰ったのですが、当初はオーガナイズに在籍するのを渋っていました。それを何とか説き伏せ、今ここに来て頂いています。

 ケルベロス。事実上のアスターティの補佐役です。二人は私が生まれる遥か以前からの付き合いで、最近――と言っても、数千年単位――では、何をするにも一緒だとか。当然、その理屈にのっとり、アスターティの在籍が決定すると同時に自動的に彼の在籍も決定しました。……あの、ケルベロス・ジュニアのお父さん。私個人の心境としては複雑ですが、アスターティに劣るとも勝らぬ実力者ならオーガナイズにとって利益にはなるでしょう。いずれ、お酒でもくみみ交わしながらゆっくり御話ししたいものです。

 クラウス。庶民派の領主の息子。アスターティとケルベロスの悪魔ペアとチームを組むごく、十代後半――少年を卒業し青年になる手前の微妙な年齢の人間。オーガナイズの最年少です。何か特化した特技があるわけでもなく、剣の腕も教養も平均より少し上程度で、当然、同じチームのアスターティやケルベロスと比べると遥かに劣ります。しかし何よりもその眼が気に入りました。相手が何者であろうと真っ直ぐ射抜く迷いのない目は、エルフの放つ矢よりも正確に目標を貫きます。人間ではない悪魔の二人を巧くオーガナイズに繋ぎ止めてくれるだろうと考え、チームを組ませました。

 ウィル様。言わずと知れた東方王宮の参謀であられましたが、ご本人のたってのご希望でオーガナイズへと所属を移されました。外見は子どもそのもの。しかしそれは、深い知性と巧妙な話術を隠蔽いんぺいする隠れ蓑。外見に騙されてはいけません。痛い目に遭いますからね。オーガナイズを構成するメンバーを集める際には大いに働いて頂きました。これからもまだまだ扱き使わせて頂きます。覚悟しておかれて下さい。

 ファング。ウィル様と同じく東方王宮に在籍していた小隊長、あのファングです。前々から欲しい人材だなと目を付けていました。悪ふざけ半分でマグワイヤ将軍に交渉したこともありましたっけ。断られてしまいましたけどね。しかし今回は真面目に本気を出して、ファングに直接交渉しました。結構悩んでいたみたいですが、割りと早い時期に承諾して頂き、以来、何かとウィル様と行動を共にする機会が多かったのでそのままチームを組んで貰いました。東方王宮在籍中は何かと世話を焼かせてくれましたが、今はウィル様が手綱たづなを握って下さっているので助かります。今ではすっかり良いコンビですよ。

 アメリア。年相応ではない外見の為、若く見られがちですが、実際は私とそう変わらない位の年齢の筈です。女性らしく奇麗なものに目がなくて、ウィル様やリンドのファン。ちょっとミーハー。しかしその情報収集能力はオーガナイズ一、いえ、世界一かもしれません。ウィル様の分析能力と組み合わせれば怖い者知らずなので、彼のチームに所属させています。

 リンド。ウィル様と同じエルフ族の男性です。エクアリー計画に前々から感心があり、今回、自らの希望で所属を申し出てきました。特筆した能力があるわけではありませんが、かといって劣っているわけでもなく、凡人以上天才以下ってところでしょうか。トータルバランスに優れているのが彼の特技かもしれません。彼にはあえて何も期待せず、オーガナイズの全体的なサポートに回って貰っています。不慮の事故や病気などで欠員が出ればそこを埋める役目です。聴こえは少々悪いかもしれませんが、意外と重要な役目なんですよね。それ故に彼もまた重要なポディションに立っています。

 ジュリアとリタ。私が提案しエイジアンが校長を務める専門学校から引き抜いてきた人材です。主に事務担当で実践に参加はしないため、性格重視で選んできました。……とはいっても、「良い」性格をしているのではなく「イイ」性格をしているんですけどね。何かとジュリアに当り散らすリタ。それをのほほんとした調子で受け流すジュリア。遠くから見ているととても面白いです。勿論、性格ばかりでなく仕事もきちんとこなしてくれます。お陰で助かっています。

 ――総勢、十二名。
 個人差はあるものの似通った歩調で、隊列を崩さず、それぞれの表情で歩を進めて行きます。
 それぞれに宛がわれた靴は革靴やヒールなど個人によって違いますが、どれにも共通しているのは高らかな足音を演出してくれる事。一定のリズムが広壮こうそうとした廊下に響き、私達の存在を主張します。足音に気付いたメイド達が廊下の隅に立ち道を開け、深々と頭を下げました。一瞥いちべつもくれずにその前を通り過ぎ、目的地へと到着します。
 式典が行われる大ホール。東方王宮の中で最大の面積を誇るその場所への入り口が、今、目の前にあります。扉脇に控える二人の侍従が扉を開けようとしますが、私はそれを制止し、少し待つように伝えました。
 私の身長を遥かに越える大きさの扉を、じっくりと見上げます。
 ――決意と引き換えたのは、前に進む事を諦める意志。
 ――権力や地位ちからと共に得たのは、地上の未来への責任。
 後戻りなど、とっくの昔に出来なくなってしまっています。
 この扉はただの通過路。その先に在るのは栄光と苦難。どちらも受け入れ、戦い、そして――。
「…………」
 やがて来るだろう未来に、幾許いくばくかの想いを託し、ついえる。
 そんな人生も悪くはないと覚悟したのは、いつのことだったか――。
「……お願い」
 侍従を促し、扉を開けさせます。
 背後からささやかなカトラスの視線を感じましたが、私は振り返らず、そのまま前へと踏み出しました。

 本日は快晴。
 エクアリー・オーガナイズの正鵠せいこくときが助走を付け始めます。
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