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1.2.

1. 「東方王宮外門前にて 」


「うーん」
 唸るのはこれで何度目だろう。
「うーん」
 さすがにもう、いい加減に止めてしまいたい。しかし、目的が果たされずして止められる筈が無く、彼は虚しく木霊するだけだと解っていても唸り続けた。
 待ち人、来たらず。既に時間は約束の時間から小半時は過ぎている。しかもその待ち人が一人ではなく、彼を除いた全員なのだから目も当てられない。もしや自分が時間を間違えたのかと不安に駆られ、ポケットからメモを取り出し確認を取り出すが、時間も場所もちゃんと合っている。もしかしてこのメモが間違っているのかと、メモを取った時の状況を回想してみるが、それも間違ってはいないようだ。納得した彼はメモをポケットにしまいこみ、今度は唸るのではなく、溜め息を吐いた。
「……なんでみんな来ないんだろう……」
 その問いに答えてくれる人は誰も居ない。
 彼の後ろに門扉の守護を任された門番二人が居るが、答えてくれるはずがなかった。
 このまま誰も来なかったらどうするのか、そろそろ何か対策をしなくてはいけないのではないだろうかと、逡巡し始めた頃。
 ……るるるるるるるる。
 少しずつ近付いて来る落下音。
 ……るるるるるるるる。
 しかも、二つ?
 怪訝に眉を寄せ、首ごと顔を上に向けた瞬間、
「げ」
 慌てた。
 黒い物体が彼を目掛けて落ちて来る。しかも狙ったように、彼の脳天を目標にして。
 まずい、と、体を動かしたのと、
 どおおおんんっ。
 轟音が響き、砂煙が舞ったのはほんの数秒の差だった。ものの数秒遅れていれば、黒い物体に頭を割られていたかもしれない。逃げた拍子に転んでしまった彼は、尻餅をついたまま、「あははははは」と引き攣った顔で笑った。勿論それは楽しさからの笑いではなく、混乱した時に出てくる乾いた笑いだった
 一体、何なんだ。
 門番が立ち上る砂煙を覗き込もうとした時、風が吹き、煙が吹き飛び、その中央から二人の人間が姿を見せる。――いや、正確には、彼らは人間ではない。
「まったく……着地地点くらい正確に計算したらどうだ?」
「だったら急かすなよ……」
 ごほごほと咳払いをする二人。
「そもそもお前が時間を間違えるからだろ」
 一人は男性だ。夜の闇よりも深い漆黒色の髪に、紅玉のように紅い瞳。がっしりとした体躯で、全身から立ち上る威圧感がこちらを恐縮させてしまうのだが、面差しはそれに反して優しそうなので恐怖は無い。
「ふん、ならば次からは目覚まし時計でもセットしておくんだな」
 もう一人は女性。長い髪は水源近くの川の様にサラサラと風に揺れ、同じ色の瞳は強い意思をくっきり彩っている。諍い相手の男性と同じく威圧感を放っているが、彼と違い、彼女はその威圧感を少しも隠そうともせずありのままに放っているので、思わず平伏さずにはいられない衝動に駆られてしまう。
 そもそも、空から人が降って来るなど、在り得ない状況が目前で起こっているのだ。門番二人は腰を抜かし、それと入れ替わるように尻餅をついていた彼が立ち上がった。
「まったく……! ケルベロスさんもアスターティさんも、いきなり空から降って来ないで下さいよ。危ないし、みんな吃驚するでしょう!」
「どこがみんなだ。三人だけだろ」
「そーゆー問題じゃないですってば!!」
 それに三人だけでも十分、みんな、ですよ!
 吐き捨てる女性に、食いつく彼。それを微笑ましく眺める男。
「ケルベロスさんも何か言ってやって下さい!」
「んあ? あ~……」
 話題を振られ、彼はしばらく考えた後、明るい笑顔で答えた。
「お前が居ると、アスターティに突っ込み入れてくれるから助かる」
「なんでそーなるんですか……」
 期待していた返答と明らかに違うものを返され、脱力する。
「悪魔の感性は絶対どこかで捻じ曲がってるんだ……絶対そうだ……捻じ曲がってついでに根性も――」
「ぶつくさ言ってないで、言いたいコトがあるならはっきり言え」
「いだだだだっ! 痛い! 痛いです! 耳、千切れますって!」
「おい、アスターティ、そいつ一応、人間なんだから手加減してやれよ」
「一応じゃないですよ! 列記とした人間です! ぃだだだだだだーッ!」
「ほーう。しかし芙蓉の例もある。人間でも頑丈なのは幾つかあるさ」
「芙蓉様と同列にしないで下さい!」
 あの人もどこか変ですよ!
「頼もしい断言だな。よし、私から芙蓉に伝えてやろう」
「なっ、や、止めて下さーい!!」
 必死になって叫ぶ。しかしアスターティはとめてくれない。門番二人も、目の前で起きてる出来事に付いていけず、ただポカーンと大きな口を開けて観戦しているだけだ。どうにもこうにも役に立ってくれそうな気配は無く、結果、自力で脱出するしかなさそうなのだが、耳を戒める指には女性とは思えない力が込められていて、無理に動かすと本当に千切れてしまいそうだ。下手に動くことは出来ない。
「やーめーてええぇぇぇぇ」
 我ながら情け無いと思う悲鳴を上げると、
「あー!!」
 背後から甲高い声が響いた。少女のそれに近い。実際、それは若い女性から発せられた声だった。
「またクラウスいじめてるー!!」
 可愛らしい怒り顔で駆けてくる。
 アスターティは、「うるさいのが来た」と、クラウスの耳を引っ張る手を引っ込めた。
「ダメだよ! クラウスはあたしの可愛い弟分なんだから、いじめたら承知しないからね!」
 アスターティとクラウスの間に割り込み、彼女は大きく両手を広げた。栗色の短い髪が扇の様に広がり、収束する。くりっとした大きな目は誰をも惹き付けたが、同時にそれは子どもっぽさを強調するものだった。彼女の悩みはそれで、実年齢よりも若く見られてしまう。女性にとってそれは好ましいのだろうが、いかんせん、成人しているのに未成年に間違えられ補導されたりお酒を止められたりし続ければコンプレックスにも成り得る。
「承知しないのならどうなるやら、是非とも教えて乞いたいものだな。ほれ、丁度今、苛め終わったところぞ?」
 高貴な、嫌味な言葉で、彼女を刺激するアスターティ。
「むーっっきー!!」
 アスターティは手の平を彼女の額に当てる。当然、彼女は前に進めない。ぐるぐると腕を振り回してもリーチの差があり届かない。
「あーあ、また始まった」
「アメリアも飽きないよなぁ」
 ケルベロス、そしてクラウスがぼやく。
「平和ですね」
 彼らの隣に、アメリアの後ろから付いてきた背の高い男が並んで立った。
 陽光を束ねた髪に、透き通る海の瞳。男の割には線が細いが、それが彼の属する種を如実に語っていた。
「リンドさん、アルフハイムでのお仕事はもう終わられたんですか?」
「ええ。お陰さまで滞りなく。これからはこちらに専念出来ますよ」
 微笑みかけられ、クラウスは興奮した。リンドの微笑には爆弾に近い効果がある。あんな目で見詰められれば、人間の女性などイチコロだろう。アスターティと口論しているアメリアも例外ではなく、彼に心酔している。唯一、例外なのは芙蓉だろうか。あと、アスターティにも効果は無い。彼女の場合はどちらかというと――。
「ほう、エルフ殿のご到着か。わざわざ遠いところよりご足労だな。たかが式典一つ、欠席しても芙蓉は困らぬだろうて」
「何のこれしきの距離、厭うには足りませぬ。何せ悪魔族の筆頭であられるお二方がお顔を揃えられるのです。取るに足りぬ身とは申せ、お二方のお顔も拝見せずにあるは礼儀にもとりましょう」
 バヂバヂバヂッ。
 アスターティとリンドの間に花火が散る。
 ケルベロス、クラウス、アメリアは、それを溜め息で見守った。
 悪魔とエルフは仲が悪いわけではない。――いや、大昔は仲が悪かったらしいが、現在の悪魔はそうでもないらしい。とはいうものの、昔の悪魔族は二手に分かれて戦争をし、その一方とエルフ族は同盟を結んで、勝利をもぎ取ったからだ。その勝者たる悪魔を導いたのが他ならぬアスターティであり、補佐したのがケルベロスだった。悪魔の気はエルフに害をなすと解っていても、手を貸したらしい。そういう情勢だったと、クラウスとアメリアは説明を受けた。更に、人間界の空気は悪魔にとって毒であるとも。
 ごく普通の人間であるクラウスとアメリアがメンバーに迎え入れられて得をしたと思ったのは、幻想に近い種族であった悪魔やエルフに近付けたこと、また、彼らに対して正しい知識を持てたことだろう。それらと引き換えたのは日常の平和。オーガナイズに属するには正直、危険が伴うと勧誘の際に断言されたが、それもまた彼らにとっては人生の刺激の一部だった。勧誘してくれたことに感謝してると言ってもいい。
 他人から見れば喧嘩しているように見えるこの茶番劇も彼らならではの愛情表現。口論をしながら笑い合える仲間意識を、種族を越えて共有し合う感覚は誰しもが味わえるものではなかった。
「なーに、やってんだよ、お前ら」
 外門が重い音を響かせて開いた。扉の向こう側には二人の男。そのうちの一人が、じゃれ合う彼等に呆れた声を掛ける。
「ファングさん、こんにちは!」
 真っ先に挨拶をしたのはクラウスだ。
「きゃー!! ウィル様、おひさー!!」
 黄色い声援を、もう一人の方に投げ掛けるアメリア。
 二人はそれに笑顔で答えた。
「他の奴らはもう中で待機してるぜ」
「こんな所で遊んでないで、中に入るといいよ」
 ファング、ウィルの言葉に、一同は様々な声で了解の返事をした。
 足を動かし、外城へと繋がる外門をくぐる。そこでふと、後ろを振り返ったクラウスがあることに気付いた。
「……芙蓉様は?」
「…………」
 みな、ぴたっと足を止める。気まずい空気が流れ、誰の口からも返答は無かった。
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1.2.

2. 「東方王宮外城にて」


 軽くノックを二つ見舞って、がちゃりと扉を開けた。
「よお」 
 いつも通りの適当な挨拶。
 部屋の主はこちらに一瞥をくれたあと、すぐに手元の書類に視線を戻した。
「ンだよ、ツレねーな」
「これは、失礼。忙しいもので」
 さりげなく、暇人はいいですね、と付け足す。
 彼の嫌味には慣れたつもりだったが、さすがに今回は我慢出来る程度の殺意を覚えた。
「カトラス、おめぇ、芙蓉の口の悪さ、移ったんじゃねぇのか?」
「――そうですか?」
 指摘されて彼女を思い出してみた。普段は慇懃な態度で、言葉遣いも丁寧だが、親しい者を相手にするときはそれが崩れる場合がある。カトラスに対するそれは、当初、宮廷人に対する社交辞令そのものだったが、最近すっかりそれが変わってきた。当然と言えば当然だし、むしろそうならない方がおかしいのだが、その口調が自分に移ったとなると大問題だ。
 芙蓉とビエラの関係は隠せても、ディオールの離宮にビエラを置いている以上、ビエラと彼の関係は何処からともなく漏れてしまう恐れがある。そこから芋蔓式に彼女達の関係が発覚せぬようにする為には、芙蓉と彼との関係を隠し通さなければならない。口調一つとて細心の注意を払わなければならない。
「気を付けますよ」
「そーしてくれ。こっちだってせっかく協力してンのに、ヘンチクリンなトコからバレちゃあ、元も子もねーからな」
 忠告を、カトラスは重く受け止めた。
 目の前の彼、領主キールは確かによくやってくれている。今日までビエラの事が外部に伝わっていないのがその証拠だ。彼の力添えを無駄にしない為にも、出来る努力はしなくてはならない。
「ところで、今日の主役は? 未だ来てねぇのか?」
「メンバー全員は揃ったと聞いていますが、芙蓉様の到着は聞いていません」
 芙蓉と呼ぶのにはもう随分、慣れてきた。始めの頃は不要という意味合いが気になって素直に呼べずにいたが、今ではもう、何の抵抗も無い。芙蓉が蓮華に代わる今の彼女の名前、ここに生きる彼女の証なのだと、そう思えるようになってきた。
 しかし時折、カトラスは彼女を蓮華と呼ぶ。それは彼なりの彼女の存在の証明であり、時々暴走する彼女に対する牽制の意味合いで使うこともある。場合は様々だ。それが二人の間にある、共有されたモノだった。
「ふーん」
 相槌を打ち、キールは窓の外に目を配った。
「……間に合うのか?」
 陽が随分と傾いている。
 同じく、キールの視線の先を確認したカトラスは、眉間にシワを刻んで不快感を顕にした。
「……さあ」
「オイオイオイオイ」
 それだけでいいのかよ。
 式典の一切を任されているのは、他でも無い、東方王宮総取締役であるカトラスだ。万が一、芙蓉が式典に遅刻するような事があれば、その責任もカトラスが負うことになる。決して他人事ではない。
「正直なところ、それどころではないので」
 書類にペンで何かを書き込む。
「あ? 何かあったのか?」
「レイチェル様が妊娠したとか」
「…………」
 間。
「……ぁぁぁぁあああああああああああぁぁ!? なんだ、そりゃ!! マジなのか!?」
「私も冗談ではないのかと思いましたが、何せ、マクラレーン様、レイチェル様、双方から直々のご報告なので疑いようもありません」
 核心を貫くカトラスの言葉に、キールは呆然と何かをブツブツ呟いた。
「信じられねえ……マジかよ」
「この場合、嘘だろうと本当だろうと大問題でしょう」
 しれっと言い放つカトラスを、キールは忌々しげに舌打ちした。
「まったくだぜ……」
 嘘ならば嘘で、そんな大仰な嘘が許されるはずがない。東方王宮全体に迷惑だし、そもそも嘘をつく理由など全くないのだから嘘とは思えない。かと言ってそれが事実ならば、それはそれで大問題だ。特に、生まれてくる子が男であったならば……。長男であるが脇腹の子のレオン王子と、次男であるが正妃腹の生まれてくるであろう子との間に、何かしらの問題が発生すると予測出来る。本人達の好むと好まざるとに限らず……だ!
「大変ですね、これから」
 自分は関係ないと言わんばかりの声音でカトラス。
 対するキールは、未だ信じられないを連発していた。
「事実を否定するとは貴方らしくもない」
「だからってスグ信じられるワケねぇって! マクラレーン様もレイチェル様もトシ、いくつだよ!? オレらより二周りくらいはヨユーで上だろ!? それで子どもだぜ!? しんじらんねぇ!!」
「…………」
 下世話な心配に、カトラスは絶句した。
 今の言葉にキールと云う人柄が全て凝縮されていた気がする。
「――ともかく」
 何も聞かなかったことにして、カトラスはごほんと咳払いをした。
「式典でそれをついでに発表するらしいので、キール様はそれまで外部に洩らさないで下さい」
「ああ、いーぜ」
 どうせ式典開始までもう少しだ。黙っている時間などそう長くは無い。
 ……しかし、その話しを聞いた議会の連中がどう動くか……。考えただけで、背中がゾクゾクした。
「何か、よからぬ事でも企んでおいでですか?」
「あ? 人聞きの悪いこと云うなよな」
 ニヤリ、と、ニヒルな笑みを返す。
「コレだから政治はやめらんねーんだよ」
 やれやれ。
「貴方は芙蓉に良く似ていますよ」
 ある意味での賛辞を、彼は若き議員候補に贈った。
「さて――私は参加者の様子を見てきますが、キール様は如何されますか?」
「オレも行っていいか? 芙蓉が集めたメンバー、見てみたいしよ」
「……まあ、特に問題は無いと思われますが……」
「よっしゃ! じゃあ、行こうぜ!」
 扉を示すキールの後に続き、カトラスは書類をバインダーに挟んで手に持ったまま彼に続いた。
1.2.
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