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1.2.
 ――芙蓉が東方王宮を去り、三年後。


1. 「かほう 1. 」


 視界に入るもの、すべてが草原。それはいつか見た何も無い一面の荒野に似て非なるものでした。一切の生命を許さず怒りを表現する荒野に対し、この草原は生きているもの全てを受け入れる度量があります。虫も草も人も分け隔てなく立ち入る事を許可し、存在を許してくれる。……その雄大さに感嘆した私は、ただただ、その場所に魅入っていました。
「……すごい」
 東方王宮を出て色んな場所を見回ってきましたが、こんな荘厳な風景はここ以外にはありませんでした。アルフハイムに少し似ているかもしれません。人の力では決して生み出せない景色ですが、人が守らなければ維持出来ない眺望です。ここには何でも受け入れてしまう偉大なる自然の息づく場所であり、人間の優しさが根付いている場所でも在りました。
 そんな風景の中を、一人の、未だ小さな少女が駆け回ります。
 その動きに合わせ、あるいは時折、風に煽られながら、背の高い草がふわふわゆらゆら揺られます。
 ――遠い昔に見た事があるような、そんな眺めでした。

 走る事に飽きたのか、少女はぴたりと立ち止まりました。
 辺りを見回しますが、背の高い草は彼女の視界を遮り、黄金色一色に染め上げてしまっています。普通の少女であれば――もしくは、気の弱い少女であれば、そこで泣き出していたかもしれません。しかし彼女はそんな状況に慣れているらしく、恐怖など微塵も見せずにキョロキョロと辺りを見回し続けました。一体何が楽しいのかは解りません。少なくとも周囲には草しかなく、彼女を楽しませるものなど何一つ無い様に思えるのですが、それでも首を回し続けます。
 しばらくすると、今度はそれに飽きたらしく、その場にしゃがみ込んで土の研究を始めました。
 しかしそれも飽きたらしく、直ぐに放棄してしまいます。
 それからまた周囲を見回し――、ふと、
 コンッ。
 と、彼女の脳天に軽い何かがぶつかりました。
「?」
 一周ほど周囲を見渡し、土の上に犯人らしきものを発見して、それを手にする彼女。
 濃い茶色、つるつるした手触り、少女の小さな手にすっぽり収まってしまう、これまた小さな謎の物体。
 生まれて初めて遭遇する物体に目を輝かせる彼女の頭上で、景気の良いカラスが「あほー」と鳴きましたが、世紀の大発見でそれどころではなく、全く耳に届いて居ませんでした。
「ははー!」
 とてとてと、覚束ない足取りで駆けて来ます。
 相変わらず、見てて危なっかしいですね。ちょっと突けば速攻で倒れてしまいそう。本人に危険の自覚は無いものですから余計に心配です。だからといって手を貸してしまっては心身の成長の芽を摘んでしまいますし、そもそも子どもは危険だからと言い聞かせてもちっとも耳を貸しません。自分が危険な目に遭って初めて危険と認識する生き物です。多少の危機は体験させて身を持って知らせる事が一番ですですから、私はその場を一歩も動かず、小さな物体が近付いて来るのを待ちました。
 ぼてっ。
 あ、転んだ。
「…………」
 むっくり。
 起きた。
 何事もなかったかのように再び走り出します。なかなか強いですね。
「はは、はい」
 私の手の半分以下の大きさの小さな手の平。そこから楕円形のものがひょっこり出てきます。
 見たことのあるものですが、この場所には在り得ない、それ。
「……どんぐり?」
 一体どこからわいて出てきたのでしょう。この草原にはどんぐりが結ばれるブナ科の樹がなければ、そもそも樹と云う存在自体がありません。遠くから運ばれて来たにしても、一体どうやって?
 私は奇麗に晴れ渡った蒼い空を見上げ、むぅ、と、首を捻りました。
「龍神が雨と間違えたか……?」
 果たしてそんな間抜けな存在を神と呼んでいいのかどうか、はなはだ疑問なのですが、それは一先ず置いておきましょう。
「どんぐり?」
「ああ。木の実、果実かじつ、ある樹の果物くだものみたいなもので、ブナって樹の種類の――…って、何、泣いてるの!?」
「ぅ……ひっく、痛い……」
 ……遅い……。
 にぶいにも程があります。転んだのはさっきでしょう。普通、泣くのは転んで直ぐではありませんか?
 あまりにも常識を逸した行動に頭を抱えます。
 ……将来さきが心配だ……。
 普段、傍に居られる時間は極端に少なく、心配出来るような立場ではないと重々承知していますが、さすがにこれでは誰であろうと心配になるでしょう。男親か女親か、どっちに似てもどうにかなる、なんて自信は、今の内に捨ててしまった方が無難でしょうか……?
「ほらほら、いつまでもピーピー泣いてないで、遊ぶなら遊びなさい。遊ばないのなら、さっさと帰るよ?」
 強引に涙を拭います。
「やだ」
「じゃあ、とっとと行っといで」
「はいっ」
 子どもらしくない歯切れの良い返事はしつけ賜物たまものですね。
 草原へと駆け出す小さな背中を見詰め、息を吐きます。
 未だに子どもの扱いには困ってしまいます。相手が自分の子どもだろうと他人の子どもだろうと同じ。どうも私は基本的に子どもが苦手みたいですね。あの頼りない姿形がなんとも……。影響を受けやすい思考も、何でも信じてしまうので、正直怖いです。世間は色々と厳しいのに、これからやっていけるのか……? なんて不安が沸き起こるんですよね。うーん……心配性なだけでしょうか。
「ビエラー!」
 大きな声が響き、後ろを振り返ると見知った顔がありました。
 逢うのは久し振り。少々、年を食っています。
「おじちゃーんっ」
 ビエラと呼ばれた少女は大きく手を振りましたが、それだけで、こちらに来る様子は見受けられません。どうやらまた何か新しい遊びを見つけて夢中になっているみたいですね。
 駆け回る少女の姿を見、満足した「おじちゃん」はうんうんと何やら一人で頷いています。
「かっわいーよなぁ。オメェの娘とは到底思えねぇし」
 うるさいですね。
「キール様も、さっさと結婚して子ども作ったらどうですか」
 議会に王手をかけている優良領地の領主様がいつまでも一人身では周囲が騒がしくて手が付けられないでしょう。
「そーだな。まあ、ぼちぼちだな」
 何がどうぼちぼちなのかは知りませんが、深く追求するのも面倒でしたので、「そうですか」と適当に流しました。
「しっかし、なんっつーか」
 顎に手を当て唸るキール様。
「お前に似なくて良かったな」
 とてつもなく大きなお世話です。
「カトラスにも似ていませんよ」
 外見もさることながら、行動に関してはまったくどちらにも似ていません。私達はあんなに鈍くありませんからね。どちらかというと俊敏ですし……。あの子は一体、何処の遺伝子を引き継いで生まれてきたのかと、時々、不安になります。
「じゃあ、誰に似てるんだ?」
「誰にも」
 短く首を振ると、
「――――!! ま、まさか……」
 ビシャアアァァッと背景に雷を走らせる彼。
 何を想像しているのか、手に取るように解ります。彼流のボケなのでしょうが、性質タチが悪いので私以外の方に同じボケを使うのは控えた方がいいですよ。
「まあ、心当たりが無いわけでは――」
「!? !?」
「冗談ですよ」
 本気にしないで下さい。まったく。貴方が騙されてどうするんですか。
「心臓に悪い冗談はヤメロ」
「自分でけしかけておいてよく言いますね」
 呆れるのを通り越して感心してしまいます。
「なんでだろーな? お前が言うと、妙にリアル」
 褒めているのかけなされているのか……キール様の性格を考慮すればこの場合は両方でしょうか。どちらでも大した効果はありませんから、気にしませんけどね。
「で、今日は来るのか? アイツ」
「さあ。……でも、式典を明日に控えていますし、今頃は東方王宮も大忙しでしょうから……。総取締役ならば身動き取れないでしょうし、来ないのでは?」
「なーんだ」
「何か、御用でもあったんですか?」
 言伝ことづてがあるのなら、今なら五割増しサービスでうけたまわりますが?
「いーんや、別に?」
 それ、サービスじゃねぇーし。
「今日こそ『朝までっつーか潰れるまで呑んだくれるぞパーティー!』をやるつもりだったんだがなぁ」
 はぁ、と、悩ましげな溜め息をつかれます。本人は至って真面目に考えての溜め息のようです。
 ……怒っていいですか?
「どうせ勝てないのに」
 低く小さく洩らした本音が、ぐっさりとキール様の心臓を打ち抜いてしまいました。
「うっせーなっ! 勝てねぇからチャレンジすんだよ! 人様のカレイでケナゲな精神に引っ掻きキズ作るんじゃねぇっ!」
「引っ掻き傷なんて心外ですよ。私なら――そうですね、どうせなら引っ掻き傷といわず、粉砕した後に石臼で挽いて塩粒のごとくサラサラにして差し上げましょうか」
 そんなに華麗で健気けなげな精神ならばきっと職人が生み出した深みのある味の塩のような、それは美しい虹色を放ってくれるでしょう。
「ンな親切、この清らかな草原の風に流しちまえっ!」
「おや、風、止みましたね」
「ぐおおおおぉぉぉっ! 自然はオレの味方じゃねぇのかあああぁぁぁぁっ!!??」
 あー、私が自然だったら、味方なんて速攻でお断りさせて頂いていますね。やはりキール様は、独力で地道に頑張って頂くのが最善かと思われます。
「……あれ、ビエラ、どーした?」
 ふと、我に――いえ、こちらの世界に戻って来られたキール様が周囲を見回します。
 そういえば、姿が見えませんね。
 私達はがさがさと草を掻き分けてビエラを探します。直ぐに見付かりましたけどね。私達が居た場所からそう離れていない場所に、ぽっかりとそこそこの大きさの口を開ける地面。大人の膝くらいはある深さにずっぽりハマっているのがビエラです。両手を穴の上、地面に投げ出しているのは、何とか自力で抜け出そうとした証拠。直ぐ近くに私達が居るのに、叫ぼうとは考えなかったのでしょうか。
 ……どこか抜けてますね、この子は……。
「あー、これ、昨日オレ達が掘った落とし穴じゃん」
 ……オレ……達?
「バカだなー、自分でハマッちまったのか?」
 よいしょっとビエラを引っ張り出すキール様。
 それは聞き捨てなりませんね。
「何ですか? それ」
「ああ、おめぇかカトラスをハメようと思って、二人で掘ったんだよ」
「……二人?」
「オレとビエラ。……んで、こいつが自分で引っ掛かったってわけ」
「…………」
 本気で頭痛を覚え、私は頭を抱えました。
 標的が私やカトラスなのも問題です。キール様、仮にも領主であられる貴方が真面目に仕事をせずに落とし穴を彫る姿も大問題です。それに自分で落ちてしまうビエラは更に問題です。しかし一番の問題はそれらを総合した線の先にあります。
「……あれ、どーした?」
 どーしたもこーしたもありませんっ!!
「貴方が馬鹿なことばかり教えるからビエラに馬鹿が移ったんでしょうがー!!」
 よく考えてみると少々理不尽な理由で雷を落すと、
「お、落ち着けーっ! 芙蓉ーっ!!!!」
 がくがくぶるぶる震えながら、二人は必死に私を諌めました。
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1.2.

2. 「かほう 2. 」


 新興組織、エクアリー・オーガナイズは、その目的と特性故に周囲との衝突が避けられません。――具体的な例を挙げれば、賢者達が持つ知識を悪用し金儲けなどを考える輩が、賢者を統率しその技術に制限をかけているオーガナイズを敵視するんです。そういう連中に限ってしつこかったり手段を選ばなかったりします。オーガナイズは常に色々な危険に晒されており、特に、事務総長である私にはそれが密やかに、あるいは顕著に、時には過激に、様々な形で身に降りかかります。その類は家族にまで及ばないとも限りません。
 ビエラが生まれて直ぐ私が行ったのは、いかにしてこの子を隠すか。
 非凡な人生を求めるのであれば、私の子として育つのもいいでしょう。しかし、未だ幼いこの子に選択権はあってもどちらが最良なのか判断出来る筈も無く、結果、ひとまず隠しておくしかありませんでした。
 孤児院に預けたりする事も考えましたがそれは親として憚られます。出来る限り近くで、そして露見しない程度に遠く。それが理想的。双方を叶える最良の手段として選択したのが、ビエラの祖父になるディオール様に預ける事でした。
 東方王宮にて権勢を誇っておられたディオール議員は、カトラスの総取締役就任と同時に議会を引退なさられ、今は近くの領地に構えた離宮で暮していらっしゃいます。王宮からは馬を飛ばして数時間くらい離れた場所。ご本人としてはもう少し遠い場所にしたかったそうなのですが、後輩議員達にせがまれ、後進の指導をしてくれとマクラレーン様に頼まれ、仕方なくこちらにお引越しされたそうです。余生をゆっくり過ごしたかったご本人にとっては災難と云えば災難ですが、頼りにされているから断れないというのは何だかカトラスに似ている気がします。やっぱり親子ですね。
 離宮は東方王宮からそう離れていませんが、かといって近くも無く、その微妙な距離感が安心をもたらすのか、王宮からの余計な好奇の目がありません。それには、議会に未だに残るディオール様の権勢と牽制の効果もあると思います。カトラスとしては逢いたい時に逢える距離ですし、お父様みうちに預かって頂いていると言うのは何かと安心なのでしょう。これ以上に適した場所は無いと、むしろ積極的にディオール様に頭を下げてくれました。
 頑なだった親子関係がこんな形で修復の兆しを見せるなんて、と、私は少々複雑な心境でしたが。
 これ以上は無い隠れ家は見つけたものの、秘密は何処から洩れるとも知れません。ビエラの存在を巧妙に隠す為にはそれだけでは物足りなかったので、離宮の領主で在られるキール様を共犯に巻き込み、協力体制を築いてビエラを保護して頂きました。
 キール様は私が総取締役を解任された頃から頭角を現し始め、領主代表の座をもぎ取っておられました。因みに現在は議会へ王手を掛けています。支持率も順調に伸びていますし、一先ずの野望である議会進出はもう目前。事実上の後見人であられるディオール様も太鼓判を押して頂いています。問題があるとすれば、未だにビエラと同レベルの悪戯好きってことでしょうか。本人のご気性なのでしょうが、これから議員参戦なさられるお方の遣り様とはとても思えません。……ま、こちらとしては子ども相手をして頂いている手前、何かと強く言えないのが本音ですけどね。
 滅多に逢えない母より、時折しか会えない父より、ビエラにとって歳の離れた兄のような存在であるキール様は無くてはならない存在です。……本当、馬鹿が移らないといいんですけどね……。そればっかりが心配です。
 

「ははー」
 ゆっさゆっさと揺さぶられ、目を覚ましました。
「んー?」
 不機嫌に眉を寄せて寝返りを打つと、ベッドに首を預けるような体勢でビエラがこちらを見ています。
「……どした?」
 未だ眠いのに……。
「ちち、いったー」
「……ああ」
 隣を見ると、並んだ枕に頭が乗っていませんでした。右手の手の甲で乱れたシーツを撫でるとひんやりしています。どうやらもう随分前に出て行ったみたい。
 やれやれ。無理して来るから、こんなめに遭うんですよ。仕事が忙しいのなら東方王宮で大人しくしていればいいものを、私が久し振りに帰って来たからなんて理由で、大量の仕事を無理して片付けて馬を飛ばして。だからこんなに慌しく帰らなくちゃいけなくて……。
 ――まあ……久し振りに会えて、嬉しかったですけどね。
「おきない?」
「……起きるよ」
 式典は夕方から。ここから東方王宮までの時間を考えると、昼過ぎ辺りに出発すれば間に合うでしょう。
 のろりと起き上がり、ビエラに引っ張られて廊下へ出ます。
 そこへ向こう側から来たディオール様。鉢合わせする私達。
 私は寝ぼけ眼のまま「お早う御座います」と頭を下げました。
「おはよう。――今日は式典だったな」
「はい」
 頷くと、ディオール様が窓の外へと視線を投げられました。いつも通りの景色。明るい太陽。東方王宮から離れている所為か、のびのびとした空気を感じます。
「いいのか?」
「は?」
 何がですか?
「昼はもうとっくに過ぎたが?」
「…………」
 よくありません。
1.2.
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