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1.2.

1. 「NEXT STAGE 19.」


 朝は、とても早く訪れました。
 陽が注し始める頃にカトラスがベッドを出ます。私に気を遣って何も言わずに部屋を出る予定だったのでしょうが、人の気配が動くのを察知した私は薄らと目を開きました。狭い視界に映るのは、服の襟を整える彼の後ろ姿。不穏な気配は一切無い事を確認すると、再び睡魔が襲ってきます。けれど寝入ってしまう前に、伝えなければなりません。
「……カトラス」
「……ああ、悪い、起こしたか」
 そんな事はどうでもいいんです。私は少しでも何かの気配があると直ぐに起きてしまうので、仕方ないんです。だからそんな事より、もっと大事なことがあって……。
 眠気と闘う私。
 そんな私にそっと近付いて来た彼は、枕元に膝を付いて顔を近づけます。
「そろそろ行かないと」
「ん……」
 解ってます。誰かに見付かると何かと面倒ですから、皆が未だ寝静まっているこの時間帯に部屋に戻るんですよね。私もそれがいいと思います。だからそうじゃなくて……。
「……しつ、ちょう、の……」
「ん?」
「次の、室長――エイジアンではなく、ハロルドに。……エイジアンの妹の旦那さん、ジーニアス、だから……」
「…………」
 呆れた、と言わんばかりの空気が伝わってきました。
「どうせなら、もう少し色っぽい話題が良かったな」
 贅沢言わないで下さい。それにこれは重要な問題です。
 これまでの取締室を纏めてきたのはエイジアンですが、彼の妹の旦那さんであるジーニアス様はディオール議員の傘下に属しながら芙蓉派の一員でした。簡単に言えば、策略家でありカトラスの敵対勢力。いつ、エイジアンを通してカトラスに楯突くか分かったものでは在りません。それらの将来的な不安要素を取り除く為には、エイジアンを取締室から遠ざける必要があります。
 幸いにもエイジアンは私がマクラレーン様にお願いして設立して貰った専門学校の校長をお願いしています。学校は既に出来上がっていますから、後は運営のみ。エイジアンは程なく取締室を離れるでしょう。
 ――となると、取締室を任せる室長を誰にするかが問題になりますが、スコットでは未だ頼りないですし、アデリアとエリザは結婚して辞めてしまう可能性があります。残るはハロルドのみ。少々マイペースな方ですが、実力はありますし、彼女ならきっと巧く取締室を仕切ってくれると思います。だからこれが一番の人選です。
「……まったく。我が儘はこれっきりだぞ」
 困ったカトラスの顔が思い浮かびます。そう、「思い浮かぶ」。頑張ればきっと見れると思うんです。でもそろそろ限界。眠気が酷くて、目が開けられません。
 ちゃんとお見送りしたいのに……。
「ゆっくり休め」
 優しく頭を撫でるカトラス。
 私はその言葉に甘え、ぐっすりと寝入ってしまいました。
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1.2.

2. 「NEXT STAGE 20.」


 別れはあっさりとしていました。……まあ、何か期待していたわけでもありませんが、こうもあっさりだと、これまで東方王宮で頑張ってきたのは何だったのかなぁ、なんて考えてしまいます。惜しんでもらっていないわけじゃないと思うんですけどね。……ちぇ。

 外城の玄関ホール。大きな吹き抜けとなっているその場所に、早々たる面子が揃っていました。見送られる側として、フェルゼンやアリス、ミュゼ様や織也が並んでいます。見送る側はマクラレーン様を始めとする王族の方々、総取締役のカトラスと、取締室の面々。その他、主立った王宮関係者。勿論、その中には中央王宮の二王子も居ます。エルフ歓待の為に東方王宮を訪れている彼らが中央へ戻るのは私達がここを去った後です。ですから彼らにとって、これが最後のお仕事ですね。見送る側の中にはディも居ます。あの子は東方王宮での総取締役補佐と云うお役目があります。今回は一緒には連れて行けません。オーガナイズへの入隊も拒否しました。あの子は未だ、この東方王宮で学ばなければならない事があります。それを本人に告げると、「うん」という短い返答で承諾してくれました。
 皆さん、思い思いに別れの挨拶をし、刻限までの時間を惜しんでいます。
「ふよおおぉぉぉぉ」
 中でも、盛大に泣きじゃくってくれているのはマクラレーン様の御側室オーレリア様の息子、つまりマクラレーン様のご長男であるレオン王子。目から涙が滝の様に流れ出て、一体全体どうすればいいのか皆目検討がつきません。
「ふよおおおぉぉぉっ! いやああああぁぁぁぁぁ」
 ……子どもって凄いなー……。何処からこんなパワーが出てくるんでしょう。
「レオン、ちゃんとご挨拶なさい」
 オーレリア様が宥められますが、
「やーなのー!」
 がんとして聞き入れないレオン王子。……この頑固さは一体誰に似たんでしょう。
 あまりにも頑ななレオン王子に降参した私は、ふう、と、溜め息を付いて、泣き喚く王子に目線を合わせました。
「黙れ、コラ」
 びろーん。
「!? ――っ」
 頬っぺたを容赦なくつねる私に、青褪める周囲の方々。当のご本人はぴたっと泣き止まれてしまいます。そうそう、それでいいんです。私は直ぐに手を離し、ぐいぐいっと、親指で両頬を撫でました。
「五年も経てば戻って来ますよ。それまで泣かないこと! 男でしょう。それまでお母様を護っていなさい!」
「…………」
 ほけーっとした締まりの無い顔で私を見上げるレオン王子。
「返事!」
 なにぼさっとしてるんですか!
「ぅは、はいっっ!!」
 王子の返事を確認し私は「よし」と、頷きました。王子はこれで大丈夫でしょう。
 それから次々と挨拶回りをこなします。といっても、そんなに大した事はないんですけどね。適当に「お世話になりました」とだけ告げればいいんですし。最初にマクラレーン様、それからレイチェル様、オーレリア様。取締室の面々とも言葉を交わします。そして、カトラス。
「…………」
 一瞬の無言。それから視線で私の胸元を示唆します。そこにはいつものネックレス――竜丹と、さりげなく鎖に引っかかっている、指輪。私が何を告げたいのか解ってくれた彼は、ふっと、私だけに解るように口の端を持ち上げました。
「――お世話になりました」
「……お元気で」
 他と同じ言葉を交わし、未練なくその場を離れます。……ほんとはとても後ろ髪を引かれたのですが、そんな素振りは決して見せず、その場を離れました。

 それが、東方王宮での、最後の言葉。


 エルフ達に混じって外城を出、内門をくぐります。そこから遥か先にある外門を目指し歩く途中で、ふと、後ろを振り仰ぎました。
 ――色々な想いが入り混じって、巧く言葉に出来ません。
 東方王宮――。私が、辿り着いた場所。
 一つの出会いがなければ辿り着けなかった場所。
 多くの出会いを与えてくれた場所。
 試練であり、戦場であり、そして――、
「なんだ、感傷中か?」
 横から茶々を入れる織也に、
「ええ、まあ」
 軽く答えます。
「らしくねぇし」
「いいじゃないですか」
 ―― 子どもは、成長すれば親から離れ家を飛び立つもの。ここは私にとって、そんな場所。

「いってきます」

 行こう。――その、先へ。
1.2.
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