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1.2.

1. 「NEXT STAGE 12.」


 侍女コレットを通してフェルゼンに呼び出され、指定された場所に赴くと、そこにはイーストフィールドマスター・マクラレーン様と、東方王妃レイチェル様がいらっしゃいました。お二人の存在に驚きながらも丁寧に頭を下げて挨拶をします。二人もフェルゼンに呼び出されたのかどうか訊ねてみると、そうだとのご返答。そして更に扉がノックされ、もう一人、誰かが入ってきました。
「キャラウェイ!?」
「こんにちは、芙蓉様」
 驚きました。
「いつ戻ってきたんですか?」
「つい、先程です」
 笑って、彼女はここに至るまでの経緯を簡単に説明してくれました。
 私の指示で、双子の妹、姫巫女のエタニティ様と、巫女騎士トリニティ様を故郷へと送り届けた彼女は、仕事が残っているからと、早々に東方王宮へ戻って来ました。ところが、戻った途端、『エルフに呼び出されたから代わりにお前が行け』と、二王子の命令を受け、ここに来たそうです。あの王子方もなんというか、豪快ですね。エルフの呼び出しを断るなんて……。どうせ私と顔を合わせたくないだけなんでしょうけど。
「エタニティ様とトリニティ様は……、お二人は、お元気ですか?」
「はい。芙蓉様に、宜しくと、申しておりました」
「そうですか……」
 それは良かった。二人が元気なら、私も無理をした甲斐がありました。
「わたくしからも、姉として、お礼を言わせて下さい。何から何まで、本当に、有難う御座いました」
 深々と、腰を折って頭を下げるキャラウェイ。
 止めてください。そんなに畏まられては照れてしまいます。
「私は私のしたい事をしただけですから、気にしないで下さい」
 気にされると、逆に気になってしまいます。二人が元気ならそれでいいんですから。
「――はい」
 
 これだけのメンバー(一人は代理ですが)を集めて一体何をするのか、期待半分、心配半分で待機していると、指定された時間よりも少し遅れてフェルゼンが到着しました。
「エクアリーオーガナイズ結成の祝いに、我がアルフハイムからの贈り物です」
 これ以上に無い優雅な笑みで、彼は私達を隣の続き部屋へと案内しました。
 隣の部屋には接客用に応接仕様の部屋が用意されていたのですが、椅子は総て部屋の隅に片付けられ、煌びやか且つ豪奢な品物が並び立てられていました。
 色とりどりの刺繍が施された反物。透ける紗のヴェール。指輪やブローチなどの小さな宝石類は、しかし、色も艶も一級品。エルフ族独自の繊細な細工が施された小物類は、接客用テーブルの上に並べられています。壁に立て掛けられているのは長剣と槍の二種。どちらも美しい彫り物が施されていますが、実践でも十分に機能する――正宗や吉宗ほどではなくとも、それでも一級の――業物(ワザモノ)
 エルフにとってはほんのささやかな、人間にとっては絢爛豪華な代物が、そこにはずらりと並べられていました。
 マクラレーン様はその光景にただただ呆気にとられ、レイチェル様は両手を胸元で組み目を輝かせ、私は思わず寄ってしまった眉間のシワを右人差し指でさすり、伸ばします。しわがこれ以上増えたらどうしてくれるんですか、まったく。
「ささやかな品物では御座いますが、どうぞ、お納め下さい」
「まあ、ささやかだなんて! 本当に素晴しい品々ばかり……。勿体のう御座います」
 マクラレーン様、レイチェル様がフェルゼンにお礼の口上を述べます。
 その光景を黙って見ていた私は、フェルゼンが二人に品物一つ一つの説明を始めるのを見計らって、近くに控えていたアリスに、すすっと近付きました。
「あれ、持ってくるのが大変じゃなかったの?」
 エルフにとってあの程度の品々は本当に「ささやか」です。それより、運ぶ為の人件費や荷車の方が大変だったでしょう。
「少しだけ……」
 アリスは素直に頷きました。
「でも、こんな風に喜んでくれるなんて、それだけで苦労した甲斐があったわ」
「そう」
 アリスは素直でいい子ですね。私だったら運んでいる途中でぷっつんと切れて、きっとその辺に放り出してしまうと思います。ええ、間違いなく。
「芙蓉ちゃんへの贈り物は、別にあるのよ」
「え?」
 思いっきり嫌な顔をします。
 そんなの、要らないですよ。布だとか宝石だとかあっても邪魔なだけ。それよりも、オーガナイズが結成された時に剣の数本を贈ってくれた方が嬉しいです。実際、頃合を見計らっておねだりしようかなと考えていたのに、ここで何か受け取ってしまっては、頼み辛いじゃないですか。
「こっちよ。きっと、喜んでくれると思うわ」
 しかし彼女は、そんな私の打算など露知らず、部屋の隅に私を誘います。それに何故かキャラウェイとコレットが付いて来ますが、特に気にせず、アリスの後を追いかけました。
 部屋の隅には大きな衣装ケースが一つ。インテリアを考慮した細やかな細工が施されていて、それなりに豪華ですが、決して華美ではなく、(つつ)ましやかな華やかさを(かも)し出しています。どことなく、見覚えのある物。これはもしかして……。
「私の?」
 アルフハイムに居た頃、家具の一つとして部屋にあったものです。
「ええ、そうよ。開けてみて」
 アリスに促され、私はケースの蓋に手を掛け、力を込めて押し上げました。ギィッと古い音を立てて空いたケースの中には、これまた見覚えのある服がしまわれていました。
 アルフハイムに来た時に来ていた服です。ジーンズ地のミニスカート。秋仕様の薄地の長袖の服。
 ……懐かしい。私がケルベロス・ジュニアに誘われ、アルフハイムヘ赴いた時に来ていた服です。まさか残っていたなんて……。とっくに捨てられていると思っていたのに。
 更にケースの底には、それらに似た服が何着もあります。アルフハイムや東方王宮では見かけることの無いデザインの服の数々。こちらは見覚えがありません。
「ほら、ずっと前に、この服に似せて作って欲しいって言ったでしょう? だから色々作ってみたの」
 貴女も、あの人も居なくなって、少し時間が空いたから、と、付け加えるアリス。
「え?」
 これ、全部?
「縫製を研究して、記録庫から当時のデザインを勉強して作ったのよ。どうかしら?」
 どうって……。凝ってますね……。布地もデザインも私が希望していた通り。完璧です。
「――…ありがとう」
 素直に、嬉しいです。少し照れながら、お礼を言いました。
 アリスは満足そうに笑います。
「いいのよ。楽しかったわ。――それから」
 ……未だ何かあるんですか?
「あれも、貴女の物よ」
 視線で彼女が示すのは、壁に立て掛けられた何か。結構、大きいです。高さ二メートルくらいはあるかもしれません。しかしその全体は白い布で覆われていて、布の下は一体何なのかは分かりません。
「……なに?」
「――覆いをとってみるといいわ」
 意味深な表情で促すアリス。
 不思議に思いながらも、言われた通りそれに近付き、布をするっと引きます。壁との摩擦で布を引っ張り過ぎて、中身が倒れやしないかと、少しキドキしながら、優しく引きました。しかし想像とは違い、白い布は何の抵抗もなくするりと床に落ちます。
「――――!」
 顕になったそれを見、私は息を呑みました。
 芭蕉琴プラティアナ・グラス・ハープ。それは、エルフ独自の楽具。きんと呼ぶだけあって、弦を使った楽器ですが、その音は琴にもギターにも似ていて、なんとも不思議な感覚を手繰り寄せる音を奏でます。アルフハイムでしか採取出来ない特殊な材料を使用して作られる上、組み上げるにはとても高度な技術を要するので、エルフ族にしか製造出来ない、かなり希少価値の高い品。しかもこれは土台部分に人間業とは思えない――実際ヒトの手によるものではありませんが――レンゲソウをモチーフにした細やかな彫刻がなされています。明らかに蓮華わたしを意識した特注品です。
 芭蕉琴の弦を支える土台は微妙な曲線を描いており、その形が美しい音質を生み出す手助けをしているのですが、一ミリ以下の歪曲のズレが音の響きを大きく左右することがある為、一般的な芭蕉琴には美麗さなどなく、実用一点張りの、音質を追求した楽器になっています。つまり、土台に彫刻を施す場合、音質を考慮したデザインにし、尚且つ、それを一ミリ以下の狂いもなく彫らなければなりません。当然、通常の芭蕉琴より手間も時間も掛かります。
 一体、誰がこんな……。
「まああっ。なんて見事な……!」
 悲鳴に近い声を上げるのは、美しい物好きな東方王妃レイチェル様と、竪琴の名手であるキャラウェイ。
 レイチェル様を振り仰いだ私の視界に、ふと、フェルゼンの姿が映ります。
 彼は私の芭蕉琴の師匠。彼なら遣りかねません。しかし、私の視線に気付いた彼がとった行動は、首を横に振ること。どうやら違うようです。
 仕方なく、私はアリスに尋ねました。
「誰から?」
 贈り物をしてくれるエルフの心当たりはフェルゼンでなくとも沢山あります。名前を挙げてもよいのですが、とても片手では収まりません。両手でも無理ですね。全身の指を総て使っても未だ足りません。その中の、一体誰が?
「――ヴァイス様よ」
「!」
 列挙した名簿の中には載っていない名前を挙げられ、驚きました。
 ヴァイス。――おそらく、敵と呼んでも不思議ではない、私の意志を阻んだエルフ。私が提案したエクアリー計画によってエルフの存在意義が失われる事を懸念した彼は、計画を推奨していた女王陛下の暗殺を企て、正宗に実行させました。……いえ、実行させた、とは、適切な表現ではありませんね。これは私の推察ですが、正宗もまたヴァイスの懸念に同意していたと思われます。ドラゴン族である正宗の意志に間違いがあるとは思えません。故に、あのままエクアリーが遂行されていたのなら、ヴァイスの懸念通り、エルフは人間に多大な影響を及ぼされ、遠い未来のエルフと現在のエルフとは大きく変容していたと結論付けられます。――つまり、ヴァイスの心配は決して過剰ではなく、起こり得る未来だったのです。その為、正宗はヴァイスに賛同し、正宗の意図を汲み取ったヴァイスは女王陛下の暗殺と云う危険極まりない最終手段を選んでしまいました。
 しかし、当時の私にそれらの思惑に気付ける筈もなく――…。恨みました。彼を、ヴァイスを。何故、邪魔をするのかと。その気持ちは今での心の片隅に残っています。彼もまた、私が彼をそう思っていると、その事実に気付いているはず。
 なのに、どうして? 何故、いまさらこんなものを……。
「―――…」
 そんな私の脳裏を横切る、遠い昔の記憶。フェルゼンから芭蕉琴を教えて貰っていた時、ふいに現われたヴァイスが、一通り私達を冷かしていたのを思い出します。それはまだ、私が近衛に入ったばかりの、種族の未来を憂いたりしていなかった、アルフハイムに居た中で一番楽しかった頃。近衛に入隊したばかりの私に心を砕くヴァイスは、拙い指先で音を奏でる私に、「技術があっても心情がこもっていなければ音は響かない。芭蕉琴の質でカバーするしかないだろう」と、失礼極まりない感想を述べてくれました。ええ、今思い出しても腹が立ちます。エルフらしからぬ気質だと周囲から称される彼らしい発言でしたよ、本当に。
 しかし私は練習用の芭蕉琴でも十分満足でしたし(練習用といいながら、それなりな値打ち物だたらしいですし)、芭蕉琴を始めたのは気まぐれの暇潰しで、音楽の道を究めるつもりもありませんでしたし、今の今まですっかり忘れていました。……まさかヴァイスが覚えていたなんて……。これが、マメで真面目なフェルゼンなら何の違和感もありませんが、相手があのヴァイスであるのだから驚きです。ヴァイスはからかい半分の軽口が特徴のエルフでしたが、困った事に、自分が言ったのにも関わらず、そういった類のものは誰よりも早く真っ先に忘れてしまうタチで、暫し悩まされる場面が発生しました。一方で、頭の回転が良く、気の利いた冗談が言えるエルフでもありました。優良領地の領主、キール様に少し似ているかもしれません。ただキール様と決定的に違うのは、行動の裏には深い思慮があるということ。
 そんな彼が贈ってくれた品に、何の意味も無いとは思えませんでした。
 ――遠い昔にあった些細な出来事。平穏だった頃、私達は信頼し合い、助け合っていました。エクアリー計画の施行に伴い、ヴァイスが不信感を高めるその時まで。芭蕉琴これは、冗談を言えるような仲であったあの頃の象徴です。
 ――…覚えている。
 ヴァイスの、そんな声が、聞こえた気がしました。
 楽しかった時間があるからこそ、辛さは増してしまいます。女王陛下が暗殺された事件に関しては、元を辿れば私が原因だと言っても過言ではありません。その自責の思い。ヴァイスに裏切られた悔しさ。手を貸した正宗への怒り。夜、眠れなくなるほど後悔して、彼らを責め続けて……。
 ――だけど、それは、彼も同じだと。
 確かに、女王陛下を殺めたのは彼。私を追い詰めたのも彼。――だけど、あの穏やかだった日々は、私と同じ様に楽しかったのだと……。楽しかったからこそ、ああせざるを得なかった状況を恨むのだと……。
 芭蕉琴これは、彼からの、そんなメッセージ。
「…………」
 ――ヒトは後悔するもの。けれど決して過去は変えられない。だから、どこか区切りの良いところで折り合いをつけて、後悔する気持ちと上手く付き合えるようになっていかなければならない――。子どもだった私に、祖父はそう教えてくれました。そしてそれを、理解していたつもりでいました。
 変えられないのだから、仕方がないと諦めるしかない。後悔を胸に抱くだけ無駄なのだから、さっさと忘れてしまった方が効率がいい、と。
 ――でも、そうじゃない……。そうじゃ、ないんですね……。
 折り合いをつけるとは、諦める事でも、忘れ去る事でもない。何処が間違っていたのかとか、何処からやり直せばいいのかとかでもなく……。真正面から向き合う事の出来ない過去でも、いい事も悪い事も、過去それが今の自分を創り上げたのだと、納得すること。過去が自分の中で息づいていると自覚すること。記憶の何処かに置き場所を作ってあげること。……必死になって逃げなくてもいいんです。あの人も、私と同じ様に後悔しているのだから……。そんなに責めないで……恨まないで……もう、許してあげよう……?
「!」
「――…芙蓉……」
 私の頬を伝って零れ落ちる温かい涙を見、その場に居た誰もが息を呑みました。
 私はそれを隠そうともせず、そっと、芭蕉琴に手を伸ばします。レンゲソウが施された土台に触れそうになった、その時。
「弾いてみたらどうだ?」
 フェルゼンの声に、私はびくん、と、体を震わせ、手を止めました。反射的に涙も引っ込んでしまいます。
「…………」
 素直に頷けません。
 ヴァイスを許せないわけじゃないんです。しかしあれによって私は背中と心に傷を負いました。それもまた過去の事実。そして芭蕉琴はヴァイスの本心の象徴でもあると同時にそれの象徴でもあります。――ヴァイスの心は許せても、女王陛下を殺めた事、私を追い詰めた事実は、過去であるが故に消せないんです。
 私はふっと、自虐的な笑みを浮かべました。
「ブランクが何年あると思ってるの。もう、無理。指が動かない」
 やんわりとはぐらかしました。そして伸ばした指先を手の中に折り込んで拳を作り、腕を引っ込めてしまいます。
「それに、あたしに才能が無いの、貴方が一番よく知っているでしょ?」
 芭蕉琴なんてあるだけ無駄よ。
「技術的には問題なかったのだがな。……まあ、あれだけ弾ければ上出来だろう」
 上出来と口では言っていますが、声音には不満そうな色合いがありありと感じ取れます。アルフハイムでも芭蕉琴の名手と名高かった彼としては、私の芭蕉琴の出来栄えは未だ未だ納得できるような領域ではありません。しかしまあ、こればかりは仕方ないですよ。
「良ければ持って帰って欲しいんだけど……」
「え!?」
 ショックを受けるのはフェルゼンでもアリスでもなくキャラウェイです。以前から芭蕉琴に興味を持っていた彼女にとって、私の発言は勿体ないことこの上ないもの。衝撃を受けるのも仕方在りません。しかし、ヒトの話は最後まで聞いて下さい。
「持って帰るの大変でしょうし、有難く受け取らせて頂きます」
 それに、突っ返すのも贈ってくれたヴァイスに失礼です。その意図がどうあろうと芭蕉琴そのものに罪はありませんし、礼儀をわきまえ有難く頂戴しますよ。
「ねえ、芙蓉?」
 すすっ、と、私に近付いてくるレイチェル様。
「こんな素晴しい品を頂いたんだから、お礼しなきゃ」
「はぁ……」
 何なんでしょう……。ぐっと握り拳を作るレイチェル様から、明らかに作為的なものを感じます。
「パーティーを催してみてはどうかしら?」
 ……えーっと……?
「エルフの方々をご招待するのよ。そのきんの音色をそこでお聞かせしてみてはどうかしら。王宮の者もきっと喜ぶわ」
 ……レイチェル様……。それってただ単に、宴会を開いてご自分が楽しまれたいだけなのでは……? 宴会にお酒は付き物ですし、もしかするとそちらが本命なのかもしれません。こんな見え見えな提案、マスターが承諾する筈が――、
「それはいい案だな」
 え!? マクラレーン様、賛同ですか!?
「近々、カトラスの総取締役就任式がある。それに彼らエルフ族を招待すれば良かろう」
 ……ああ、なんだ……。ほっと胸を撫で下ろします。別にレイチェル様の提案を鵜呑みにしたり、私に芭蕉琴を弾かせようなどという魂胆ではなかったんですね。あー、本当にびっくりしましたよ。就任式にエルフ族を招待し、それに便乗して東方王宮の株を上げ、カトラスの支持率を持ち上げようと云う魂胆なんですよね。エルフ族というネームヴァリューは、本当に使い勝手がありますから……。マクラレーン様らしい判断だと、むしろ安心出来ます。マクラレーン様が素直にお礼のパーティーだ何て言っても信じられないと云うか、むしろもっと怖い目に遭わされそうというか……ごにょごにょ。まあ、何はともあれ、
「あら、それ、いいわね」
 それならば私も就任式に参加出来るし、久し振りにカトラスに逢えるわね、と、レイチェル様がお喜びなのだから一件落着です。
 やんわり断ろうと奮闘するフェルゼンの健闘も虚しく、押しに駄目押しを重ねるマクラレーン様の説得に敗退し、こうして延長に延長を重ねていたエルフ族の東方王宮滞在は更に延びてしまいました。
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1.2.

2. 「NEXT STAGE 13.」


 私の退官に伴い急遽決定されたカトラスの総取締役就任の報を受け、東方王宮中が喜びの声で沸いていました。私の着任の時とは大違いです(当たり前ですけど)。改めてカトラスの有能さ、人気振りを思い知らされます。私がどれだけ優秀な総取締役を演じようと、やっぱりカトラスじゃなきゃ駄目なんですね。彼の総取締役着任の為に協力をした立場としては本当に嬉しいのですが、元・総取締役の立場としては状況と心境が少し複雑です。何せ、何処に言っても冷たい視線を向けられますからね……。そこはかとなく風当たりも辛いですし、お世辞にも良い環境とは云えません。
 結果、必然的にそんな視線や声の無い場所――ウィル様の石回廊や、エルフ族が滞在している外城に足を運ぶようになります。部屋に籠もる日もありますが、部屋に居ない時はそのどちらかで私の姿が見掛けられる様になりました。
「そんなに嫌なら、東方王宮を出て行けばいいじゃない。オーガナイズの編成もしなくちゃいけないんでしょう? 一刻も早くここを出て、貴女は貴女の仕事をすべきよ」
 あっけない解決策を提示してくれるのはミュゼ様。
 城近くの小さな錬兵場で、ファングの小隊相手に指導をするエルフ達を観戦しながら私と話し込んでいます。ちなみに今日は傍には織也は居ません。あちらでファングの小隊に混じってエルフから手解きを受けています。男って本当、物好きですよね。
「そう出来たら楽なんですけどねー」
 口をへの字にして、視線を青い空へ向ける私。
 東方王宮総取締役から解任され肩書きは無くなりましたが、一応、カトラスへの仕事の引継ぎがありますし、マクラレーン様におねだりして作っていただいた専門学校の件も未だ少し後処理が残っています。そして一番の問題は――、
「何故?」
「――軍籍が未だ残っているんですよ」
「……え?」
「エルフ軍に在籍していたことがあって、その籍が残っているんです」
 女王陛下の身辺を預かる近衛は政治利用されないように、立場的には中立ですが、その籍は軍にあります。元々私の場合、エルフ軍総司令であるケルベロス・ジュニアの代理官から近衛に取り立てられたので、最初からしっかりエルフ軍在籍、なんです。竜丹の騒動でアルフハイムから追放処分が下されると確信していたので、処分決定と同時に籍は取り消されると思い、放ったままアルフハイムを出たのですが、私の意に反して処分は全く何も下されず、結果、軍籍がしっかり残ってしまったという事です。
「……意外だわ」
「何がですか?」
 あ、私がエルフ軍に所属している事がですか?
「だって貴女、軍籍それすらも利用しそうなんだもの」
 ずるっ。
 ずっこけます。
「ちょっ……ミュゼ様、それはどういう意味ですか?」
 貴女の中の私は一体どれだけ腹黒いんですか。
 怒り顔で詰め寄りますが、彼女はあっけらかんと答えました。
「あら、自覚が無いとは言わせないわよ」
 ぐっ……。痛い所を……。
「だからとても意外なの。どうして除籍する必要があるの? そのまま名前だけ残していれば、幾らでも利用価値はあるでしょう?」
 それは確かにそうです。どのように使うか、どのように利用するかは未だ決められずとも、利用価値が高いので残して置いて損はありません。名前だけ残しておく事に付いては、軍に在籍していた頃の私は軍にかなり色々と貢献しましたし、竜丹の件も不問が決定してしまっているので、軍も元老院も二つ返事で承諾してくれると思います。――しかし何故、自ら手放してしまうのか?
「……迷惑を、ね…――掛けてしまうかもしれませんから」
 エクアリー・オーガナイズは、組織として認められたものの、現状は私一人で構成されています。ここから人材を見つけ出し、育成し、同時にエクアリーを行う。……それは並大抵のことではありません。ウィル様に申し上げたように、奇麗事ばかりでは進んでいけないでしょう。そしてそんな時、軍籍を持ち上げられてしまえばエルフに迷惑が掛かってしまいます。軍籍は利用価値はありますが、なくてはならないわけではありません。無くても何とかなりますし、無くても何とか出来る組織オーガナイズを創り上げるのが私の役目です。いつまでも彼らエルフに甘えるわけにもいきませんしね。
「ふーん……」
 適当な相槌を打つミュゼ様に、私は苦笑して見せました。
「軍籍を消すには、……つまり退役する為には条件があって、軍に現役で在籍している要職者と、元老院現職員の立会いの下、書類に血判押さないといけないんですけど」
 これはフェルゼンに聞いた情報です。
「……痛そうね」
 ミュゼ様、突っ込みどころがそこじゃないですってば。まあ、いいですけど。
「ですから一度アルフハイムに戻る必要があるんです。……尤も、アルフハイムに一日滞在するだけで人間界では途方も無い時間が過ぎてしまいますから、その辺は譲歩してもらって、アルフハイムに一番近い東端の町で書類作成しようということになりまして」
 現役の軍の要職者はフェルゼンが務めてくれますので、元老院から誰か適当な人を町へ呼んで血判を押せば晴れて退役完了です。今ここに、東方王宮へ元老院の現役者を呼び出せば、私が東の町へ赴く必要も手間もないのですが、アルフハイムは現在、政府設立の為誰も彼も慌しくしていらっしゃるとのことでしたので、その案は大人しく諦めました。
「町……って、私達の?」
「はい」
 こくん、と、頷きました。
「ですから、ミュゼ様たちがお帰りになられる際には私も同行させて頂きます」
「…………」
 あれ? 反応が芳しくありません。嫌……なのでしょうか……?
「駄目、ですか?」
「別にそんなわけじゃ……。ただ、その話を聞いた織也が、にやける顔を無理矢理引き締めようと可笑しな顔になるのが予想出来て……ちょっと……かなり、腹が立つだけよ」
 ああ……。それは確かに、私にも予想出来ますね。
「貴女が傍に居ると、織也は貴女のことばっかり。離れてても、時々、貴女を思い出してるのが分かるの」
 ミュゼ様はエルフ族ですからね。そういった事には敏感でいらっしゃいます。ましてや相手があの織也では、私でも解ってしまいますし。隠し事が出来ないといえば聴こえはいいですが、単純と言えば単純ですよねえ……。
「そんな織也が嫌なの。……でも一番嫌なのは、そんな自分自身ね。どうしてそんな小さなことが許せないのかしら? ……我ながら、器が小さいわ」
 それは、器が小さいとは言いません。もっと別のものです。
 落ち込むミュゼ様を微笑ましく思い、私は口許を綻ばせていました。
「……何よ?」
「いいですね」
「何がよっ」
 嫌味なの!? それ!!
「恋ですね」
「こ…――ッ!!」
 面白いくらいに見る見る真っ赤になるミュゼ様。
 ――…ああ、いいですね、こういうの。誰かの為に必死になれるって、羨ましいです。
「そんなのっ……、わたし、別にっ……」
 ぶつぶつと口の中で言い訳を繰り返すミュゼ様から、遠くへと視線を移します。
 カトラスの総取締役就任パーティーまで、あと少し。それが終わればフェルゼン達はアルフハイムヘ戻るので、私もそれに同行しなくてはなりません。
 ――私も、いい加減、決めなくてはなりませんね。……カトラスのこと、何時までも先延ばしに出来ません。……でも……。
「芙蓉?」
「は、はい!?」
「どうしたの?」
「あ……いえ……」
 首を振りますが、彼女はそれでは納得してくれませんでした。エルフ特有の感応能力が、私の複雑な心境を読み取っています。口先だけの嘘は通用しません。気まずい空気が私達の間に流れますが、その空気とは全く関係の無い場所、
「芙蓉!」
 錬兵場の中心でファングが私に手を振りました。どうやら来いと言っているみたいですね。
 まさかまた弓対決でもさせようという魂胆ですか? もしくは剣の指導とか……。在り得ますね。
「はいはーい」
 軽く返事をします。あまり気乗りしませんけど、断る理由もありません。
「――貴女も貴女で、複雑なのね」
 おもむろに、ミュゼ様。なんだか妙に大人びた言葉です。
「はぁ……」
「でも! ここでつまづいてちゃ何にもならないじゃない!」
 一歩だけ私の前に進み出、彼女は私を振り返って手を差し伸べました。
「ほら、行くわよ!」
「――――…」
 眩しい位に真っ直ぐな、そして素直な彼女。私にもこんな素直さがあれば、カトラスをここまで待たせやきもきさせることも無かったでしょう。本当に羨ましいです。それがきっと彼女の強さですね。
「……はい」
 差し出された手を受け取り、一緒にファングの元へ駆け出します。
 その光景を遥か遠くからカトラスが見ていることに、私は全く気付きませんでした。
1.2.
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