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1.2.3.

1. 「NEXT STAGE 9.」


 早朝。
 朝鳥の鳴き声が止まぬ時間帯にマクラレーン様に呼び出されました。
 ……いよいよ?
 そんな顔で私を見送るディ。
 そうですね、そんな感じです。フェルゼンが議会に推薦を提出してそれなりの時間が過ぎましたし、そろそろ決議される時期でしょう。……いえ、そろそろ、なんて曖昧な表現は必要ありませんね。こうして呼び出された以上、結論は一つです。
 訪れたマクラレーン様の執務室にはそうそうたる顔触れが揃っていました。イーストフィールドマスター・マクラレーン様、ディオール議員を始めとする議会代表の上席調印議員がずらり。これだけならいつも通りの面子ですが、今日はそれにエルフ族のフェルゼンが加わっていました。一同の集まりが普段より場が華やいで見えるのは、きっと彼の所為でしょう。
 彼らは私の顔を見るなり暫し言葉を交わしまします。最終調整、もしくは最終確認ですね。
「それでは、これで宜しいかな? 方々(かたがた)
 マクラレーン様が結論を促すと、老獪な政治家達は一斉に溜め息をつきます。快諾には程遠い、不承不承(ふしょうぶしょう)の承諾。悪いとは言わないが、納得してもいないって感じです。それでも頷かずにはいられない状況なので、誰も文句を云う気配はありませんでした。
「では」
 マスターの視線が私に向けられます。同時に、議会を代表する上席調印議員の視線も私に集中しました。
 彼等の視線が最も痛い場所へ――彼等の中央へと、数歩、歩み出た私は、顔を上げてマクラレーン様に向き合いました。
「元、東方王宮総取締役、芙蓉」
「――はい」
「お前に、(めい)『芙蓉』を与え、エクアリー・オーガナイズの事務総長に任命する。尚、同時に組織の全権を譲渡し、東方王宮は同組織より一切の権限を永久放棄するものとする。――これよりエクアリー・オーガナイズは、お前の指揮下だ」
 マスターから渡される、一枚の任命書。こんな紙切れに何の効力があるのかと胸中で嘲笑いますが、紙切れ一枚でも、東方王宮の正式な印章が押されていれば外交や交渉の助けにはなります。それに加え、東方王宮がオーガナイズに対する干渉を一切放棄する旨が記載されていれば、たかが紙切れと馬鹿に出来ません。
 その無条件降伏を得る為に、フェルゼンはどれだけ知才を揮ったのか……。私ですらこんな短期間に議会を説得するのは難しいでしょう。まぁ、議員方だけの説得ならば私にも出来ないことはありませんが、東方王宮がエクアリーへ干渉しないと公言させる為にはマクラレーン様の説得も必要不可欠です。何故なら、マクラレーン様は私をオーガナイズの事務総長に推薦する約束はしたものの、全権を放棄し、オーガナイズを私に一任するとは一言も言っていないからです。
 マスターとしては、オーガナイズへの干渉力は確保しておきたかったのが本音でしょう。オーガナイズは新興組織、とは云え、エルフ族の後ろ盾がある組織は他には在りません。そのバックグラウンドはかなり魅力的です。東方王宮の権威と名声を押し上げ、又、これから保ち続ける為に、オーガナイズへの影響力は持っておくに越した事はありません。
 それらを諦めさせ、説得するのはかなり骨が折れたと思います。ただ、説得したのは私ではなくフェルゼンですからね。相手がエルフ族ではマスターも強い態度で対応するのは難しかったでしょう。こんな時、エルフ族であると云うだけで、何かと融通が利くのは羨ましいです。しかしやはり決め手となったのはフェルゼンの説得。難しい仕事を期待以上にこなしてしまった彼に、私は頭が下がる思いでした。
「有難う御座います」
 両手を伸ばし、任命書を受け取り、腰を折って、深々と頭を下げました。
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1.2.3.

2. 「NEXT STAGE 10.」


 お借りしていた本を返す為、午後は私室を出て、奥城の更に奥にある石回廊へと赴きました。人の気配が全く無いその部屋の主は、この東方王宮の参謀であり、エルフ族であられるウィル様。外見は未だ幼い子どものそれですが、長命で成長が緩慢なエルフ族を見た目で判断してはなりません。彼は確か、千歳前後の実年齢です。ならば、完全に成人の姿をしているフェルゼンやアリスは一体幾つなのか……考えただけでぞっとしたので、ぱっぱと頭を振って、その疑問は直ぐに捨て去ってしまいました。
 東方王宮へ入宮したばかりの頃は、およそ部屋と呼ぶには到底家具が足りなかった石回廊の部屋ですが、現在では色々と家具が増え、それらしくなっています。中でも目を引くのは本。私がお土産にお渡しした本が切っ掛けで様々なジャンルの本が集まってきたのですが、教養深いエルフのウィル様がお選びになられたものだけあって、その蔵書数と質はかなりのもの。古書から最新の研究書まで、幅広いジャンルと専門性が特徴です。お陰で、噂を嫌って私室に籠もっていた間中、退屈せずに済みました。
「有難う御座いました」
 お礼を言って、借りていた本をお返しします。
 ウィル様はそれを受け取り、所定の位置へ収納されました。
「なあに? 貴女、そんな本も読むの?」
 用意されたお茶に口を付けてミュゼ様。その隣にはちゃっかり織也が腰掛けています。私よりも一足早く遊びに来た二人は、ウィル様自らが淹れたお茶を堪能し、外界とは隔絶された静寂を味わっておられるようでした。石回廊から外――王宮は、中央王宮二王子やエルフの訪問で、毎日がちょっとしたお祭り騒動ですからね。何処もかしこもドタバタドタバタ。静かな場所なんて殆どありません。私の私室の周辺も何かと騒がしかったですし、完全な静けさを求めるならここに来るしかないんです。
「面白かったですよ」
 役に立ったかは別にして。
 ミュゼ様のお隣、織也の正面の椅子に座り、質問に答えます。
 ウィル様は直ぐに二人と同じお茶を用意し、私の隣、ミュゼ様の真正面に座られました。
「何、読んでたんだ?」
「文字」
 織也の質問に茶目っ気で答えると、「おい」と、お怒りの言葉を頂いてしまいました。間違っていないと思うんですけど、お気に召さなかったみたいですね。
「当初は因果律を考えていたんですけど、それだけじゃ曖昧だったのでヘンペルのカラスを調べて帰納法的実証とやらを当て嵌めてみても答えは出なくて、気が付いたら検証と反証の非対称とかなんとか……」
「だーっ!! 分かるか! 要件を纏めろよ!」
 文句が多いですねー。
「つまり、私にも何がなんだかさっぱりです」
 ぴよぴよと、可愛らしいひよこが私の頭の周りをぐるっと飛び回りました。
 織也が、
「意味無いじゃんか」
 と、突っ込んできます。五月蝿いですよ、そこ。
「何を調べようとしていたの?」
 ミュゼ様の言葉に、ふっと考え込む私。
 ――正宗のことを……。そう言い掛けて、止めました。昔のことをいつまでもズルズル引き摺っているように見られるのではないかと考えると、別にどう思われようと構わないと思う反面、ちょっと嫌な気もして……。そのまま黙り込んでしまいました。
 正宗の行動には何らかの意味が伴います。それは遥か未来を視野に入れた途方も無い目的。それらの断片だけでもいいから垣間見られないかと、今回の行動や昔の記憶を掘り起こして色々と考え、その考察に少しでも手助けになればと本を読んだのですが、結局何も分かりませんでした。ただ、ふと思ったのは、――それはとても自己中心的な考えで、まさか、とも思うのですが――、アルフハイムで女王陛下の傍に居たのは私に出会う為で、今回東方王宮に現れたのは私を引っ掻き回す事で姫巫女様達を助けたかったのではないかと……。しかし、前者も後者も、どんなメリットがあるのかと、また、疑問が浮んできます。結局のところ、堂々巡り。それに気付いて、今度こそ本当に考えるのは止めてしまいました。
「そういえば聞いたよ、芙蓉。色々やっているみたいだね」
 続く沈黙を打ち破る、ウィル様の新しい話題。彼の視線は私に向けられています。
 ぎく……。
「あ、私も聞いたんだから!」
 身を乗り出して話題に参戦するミュゼ様。
「前々から思っていたけれど、貴女ちょっとやり過ぎよ! こんなやり方じゃ敵を増やしてばかっかりなんだから!」
 びしっと指を立てられます。
「はぁ……」
 二王子のこと、ですね、これは。
 確かに、頭ごなしの説教は反感を買うばかりです。たとえこちらが正論を言っていても、言われている方はいい気はしません。今回の件で、王子達は確実に私を敵と見なしてしまったでしょう。
「でもまあ、敵になって困る相手でもありませんし……」
「そういう消極的な思考が敵を作るのよ! 貴女ならもっと穏便に解決する方法だって思いついていたんでしょう!?」
 消極的かどうかはさて置き、ミュゼ様、鋭いです。実はそうだったりします。
「今後を考えたら、一人でも多く、味方に引き込むべきでしょう!」
 そして正論ですね。全く以ってその通りです。
 しかし私の返事は、「はぁ……」という覇気の無い声。これに苛立ちを覚えたミュゼ様は、一層声を張り上げられました。
「貴女ね、私が貴女の為を思って言っているのに、ちゃんと聞いているの!?」
「意外です」
「何がっ」
「そんなに心配して頂けるなんて……。お優しいんですね」
「なっ……!? 何を馬鹿なこと言っているの! 心配していないわよっ! 織也のためなんだから!」
 この場合、織也は全く何も関係ないと思いますが。……まあ、そう言う事にしておきましょう。
「――ともかく、王子の件は今更どうしようもありませんよ」
「でも……」
「芙蓉の言う通りだよ、ミュゼ。今度の件は芙蓉のマイナスになっても、王子達にとってはとても有益な事件だったろうからね」
「……そうなの?」
「そうだよ。きつめのお灸くらいにはなったと思うけど?」
 そうであることを、切に祈りますよ。でなければこちらは名実共にただ働きになってしまいますからね。
「芙蓉としては、王子が変わるのを見たかったんじゃないのかな? このままじゃ、第一王位継承者って王子を含めて、三人揃って共倒れになるのは目に見えているからね。――東方王宮側としてはそれはとても困るし、東方王宮の援助を受けているオーガナイズにとってもとても不利益になる。そんな背景もあったんだろう? だからあえて、あんな行動を取った。あの二人はプライドが高そうだったから、互いのライバル心をちょっと煽るだけでいい。敵視されて損や役回りだけど、総合的に見れば損失は出ない。……違う?」
 ミュゼ様といい、ウィル様といい、こうも鋭いのはエルフの聡明さ故でしょうか。ここまで頭が切れると、いっそのこと厄介ですよ。
「オーガナイズ……?」
 話題に乗りそこね、首を捻っているのはュゼ様の隣に座る織也です。
 新設組織であり、エルフと王宮との間だけで密約さながらに取り交わされ設立された組織なだけに、知名度が全くといっていいほどありません。つい最近まで設立するかしないかで揉めていましたし、織也が知らないのも無理ありませんでした。
 エクアリーを一から十まで説明するのは骨が折れます。賢者の保護から始まり、エルフの思惑など、色々微妙ですし。当たり障りなく説明しようにも具体的な例が思い付かず説明になりません。
「これから活躍する予定の新しい組織だよ。芙蓉が、その事務総長なんだ」
 助け舟を出してくれたのは勿論ウィル様です。実に当たり障りの無い、適当かつ分かり易い説明ですね。助かります。
「ふーん……」
 適当な説明に適当な相槌を打つ織也。何やら完全には納得していない様子ですが、説明の言葉が思い浮かばないのでそれで我慢して下さい。
「つまり、新しい厄介ごとを抱え込んだって事か。お前も色々ご苦労だな」
 …………。余計なお世話です。
「人間、その気になれば変わるもんだよな。お前、そういう面倒臭いの嫌いだっただろ」
 だからあんなに他人に関わろうとしなかったんだろ?
「今も嫌いですよ」
 人間、誰しも厄介ごとは避けて通りたいものです。
「ただ――老獪な紳士達が新参の小娘に手玉に取られオロオロする様は、とても快感をそそってくれるので、病み付きになってしまったのは認めますけどね」
 顎に指を添え、ふっ、と、艶めかしい笑みを見せると、織也を含めた三人はヒキッと顔を引き攣らせました。
「…………」
 言葉を失う織也。
「貴女ね……」
 呆れるミュゼ様。
「芙蓉、それ、当人達の前では言わない方がいいよ」
 苦笑して忠告するウィル様。
 それは勿論です。このメンバーだからこそ言わせて頂いたんですから。ああ、私がこんな事を言ったなんて、ここだけの話にしておいて下さいね。外に洩れると後々厄介ですから。
「ねえ、芙蓉? エクアリーって、具体的にどんな事をするの?」
 詳しくは知らないのよね、と、ミュゼ様。
 あえて避けた話題をそんなずばり的確に指摘しないで下さい。隣の織也が興味津々な目で私の返答を期待しているじゃないですか。
「…………」
「…………」
 ……説明しなければ、この場から解放してくれそうにもありません。長くなるから嫌だったのですが……。仕方ないかと溜め息をつき、私はなるべく簡単に、解り易く説明を始めました。
「エクアリー計画は、元々、人間の捻くれた根性を叩き直そうというのが根底なんです」
 直接的な攻撃、武力から命を守り、対抗する為には、結局、武力(チカラ)しかない、戦争をするしかないと結論付ける心。人の心が戦争を生み、武力を生み出す技術がそれを増長する。――ならば、人の心が戦争を生み出すのなら、人の心を変えればいい。生来穏やかな性格のエルフをお手本とし、人の心にゆるやかな革命を起こして戦争を排除する。親から子へと伝統と心を受け継がせ、ゆっくりゆっくり、時間をかけて変えていく。それが当初、予定されていたエクアリー計画です。
 これにはエルフ族の協力が必要不可欠であり、彼等の協力なくしては成り立ちません。私はそれをケルベロス・ジュニアに伝え、彼から女王陛下へと進言申し上げ、アスターティの助力を得て実行に移しました。
 しかし、計画に加担することによって、エルフが人間味を帯び、エルフとしていきる、ひいてはエルフの存在意義そのものが掻き消されてしまうのではないかと懸念したヴァイスにより、計画は中断されます。
 エルフの助力が無い以上、人の心の改革は不可能です。、私は革命を諦め、賢者達の持つ技術や知識の抑制を中心とした計画を練り直しました。技術の乱用が世界をどう変容させてしまうのか――…私はよく知っています。技術で創り上げた文明を振りかざし、生態系を壊し、じわじわと世界を追い詰めていく。その結果が、致死性の高いウィルスの発生と大規模な地殻変動。人間の(おご)りが戦争を生み、ヒト自身を滅ぼそうとしました。あとに残るのは一面の荒野だけです。……もう、あんな光景は見たくありません。
 エクアリー計画が遂行されないのなら、せめて、もう少し先延ばしに。焼け石に水を注ぐ、ほんの僅かな手配でも、何もしないよりはマシです。人の心は変えられずとも、せめて技術の乱離骨灰(らりこっぱい)だけは避けなければなりません。
 それが現在のエクアリー計画、およびエクアリー・オーガナイズの存在意義です。
「じゃあ、オーガナイズはただの代替措置(だいたいそち)ってこと?」
「そうですね、そんな感じです」
「……本当にそれでいいの?」
「いい筈がありませんよ」
 しかし、それ以外に方法が無いのも現実です。
「おまけに、問題はそれだけではありません」
「未だ、何かあるのか?」
「――オーガナイズはおそらく、百年も保ちませんよ」
 織也の問いに、私は神妙な顔で答えました。
 エクアリー・オーガナイズのような、無茶な組織、計画が、実行、編成されるのは、それを提案したのがエルフ族だからです。エクアリー計画が完全にエルフからオーガナイズに移行され、エルフが人間界から手を引けば――…、人間はエルフを忘れ、エルフの威光を忘却し、エクアリーを不要と考えるでしょう。むしろ、技術を悪用しようと考える者達にとって、技術制御をするオーガナイズは邪魔な組織。私達から子孫へと代が移り変わる頃には、エクアリー計画の必要性はすっかり忘れ去られると思います。
「戦争なんて、五十年も経てば、その苦しみ、痛みを、人間はきれいに忘れ去ってしまいます」
 歴史が、それを物語っています。
「エクアリー計画もその類に洩れないだけ。――せめて百年、良くて百数十年、そのくらいでしょう」
 そうして世界はまた、あの荒野を目指すのでしょう。
「でも、貴女がエクアリーを大きくすればいいじゃない! みんなが必要と思うように!」
 席を立って力説するミュゼ様。
 しかし私は静かに首を横に振りました。
「――私には無理ですよ。人ひとりの力では、人間総ては変えられません」
 親から子へ。脈絡と代を重ね、時間と時代が過ぎれば人は忘却する。――悲しい位に。私にはそれを引き止められないんです。私に出来ること、それがエクアリー・オーガナイズの結成です。
「――でもよ、ヒトの驕りがどうのこうのって言う前に、お前自身が驕ってるんじゃないのか? ――芙蓉」
 織也が厳しい表情を見せます。
 ……ええ、そうですね。エクアリー計画を実行し、オーガナイズを束ねる私自身が、驕り高ぶっていると評価されるのは当然です。……実際、そうなのかもしれません。人間の中でこの領域に達したのは、きっと、私だけだと。
「――解っていませんね、織也」
 ふ、と、口の端に笑みが浮かびました。
「だから私も、人間なんです」
 それはとても、空虚な笑みでした。
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1.2.3.

3. 「NEXT STAGE 11.」


芙蓉(きみ)の退陣に伴い空白になった席は、当然、カトラスが埋めるんだろう?」
 当然と断言され、今度は私が苦笑する番でした。
 東方王の相談役、そして東方王宮の参謀である所為か、はたまたエルフ族特有の感応能力が成せるワザなのか、ウィル様はこの東方王宮中の殆どの秘密をご存知です。カトラスと東方王宮総取締役に絡むあらゆること――私がこの東方王宮へ来た真意、マクラレーン様の思惑など、総てお見通しなのでしょう。まあ、随分前から何となくそんな気はしていましたけどね。……そうですね、東方王宮へ来て、そんなに経たない間に気付きました。マクラレーン様自らが御話しになられるとは考え辛いので、おそらくウィル様自らのお考えにより出された結論だと思います。
 外見と内面とが一致しないのがエルフであり、ウィル様やミュゼ様はその最たる例だと思われますが、特にウィル様は(あなど)れません。甘く見ていると痛い目をみてしまいます。敵に回せばどれ程の障害になるか……しかし幸いな事に、彼は私に悪意を抱いてはいません。むしろ友好的。これはとても嬉しい事です。
「――ええ。東方王は早速、議会にその案を提出しています。上役である総取締役が空席のままでは王宮の能率も下がりますし、外聞も良くありませんから、議会としても早急に適任者を着任させたい一心がありますし」
「何より議会は今、何処かの誰かの働きのおかげで、カトラス派が大多数を占めているからね。先日のオーガナイズ事務総長の話しよりは驚くほどあっさりと可決されてしまうよ、きっと」
「でしょうね」
 事務総長(わたし)の議論は元より随分時間を割いたので比べるまでもありません。カトラスは元々その有能さを王宮に示していますし、賛同する理由はあっても反対する理由が無いので、ウィル様の仰られる通り、モノの一時間も経たずに可決されてしまうでしょう。
「東方王宮はこれで安泰。君が気に掛ける理由も必要も無くなる。エクアリーは施行され、オーガナイズは結成。これで名実共に、僕達は優秀なリーダーを得たってわけだ」
 それはいつか聞いた事のある言葉でした。微妙なニュアンスだったのでずっと頭に引っ掛かっていたのですが、ついにその言葉の真意を汲み取り、はあ、と溜め息をつきます。やはり、東方王宮参謀ととしてのお言葉ではなく、こちら側の意味合いだったんですね。
「本気――ですか?」
「勿論だよ。僕はその為(・・・)に、今日この日まで東方王宮に留まっていたんだから」
「……? 何の事?」
 首を傾げるミュゼ様に、ウィル様は自信たっぷりに答えられました。
「僕もオーガナイズに参加するんだ」
「――!? なっ……! えぇ!?」
 衝撃の告白に動揺を隠せないミュゼ様。ま、当然ですね。
 実を云うと聞いたのは私も今日が初めてです。しかしウィル様の口調の端からそれは何となく伝わって来、以前からずっと予測していたので、ミュゼ様程は慌てませんでした。むしろ冷静に事を受け止めます。
「いいんですか? そんなに軽々しく」
「軽々しくは言っていないよ。熟慮した末に出した結論さ。――僕はずっと前からこうするって決めていたからね。それが実行される時に移っただけだよ」
「そうではありません。――私はオーガナイズを、奇麗事で創り上げる気は、さらさらないんです」
 東方王宮では色々と波風立てないようにしてきましたが、それは東方王宮と云う土台が既に完成されていたからです。新興組織を一から創り上げるとなると、そうもいきません。組織として無茶も必要ですし、それなりに汚れた仕事もあるでしょう。その分だけ理不尽さが増え、納得出来ないものが沢山あると予想されます。……時には、人として冒してはならない領域に踏み込んでしまうかもしれません。悲鳴を上げる心を抑え付けて、それでも事務総長(わたし)に付いてくる気なのか――そう、お尋ねしているんです。
「変わらないよ」
 しかしウィル様はあっさりと答えられました。
「キレイゴトで創り上げる気はないけど、血にまみれさせる気もないんだろう? ――この時代の人間界に新しく大きな組織を生み出すには当然、苦しみが伴う。……その苦しみを乗り越える君の手伝いがしたいんだ。おそらく、やがて訪れるであろう、人の未来の為にね」
「――…ウィル様……」
 強い意志で、堅く決意されては、どんな言葉もその心を曲げさせる事は不可能でしょう。これ以上は何を言っても無駄です。この意志こそが私の示す道を従順に拓き、この意志故に私が道を誤るような事があれば身を(てい)して止めようとするでしょう。
 しかしその前に、確認しておかなければならないことが一つ、あります。
「エルフの暫定政府は、エクアリー計画をオーガナイズに総て譲渡した時点で、人間界へ通じる扉を閉じる事はご存知ですか?」
「うん」
「え?」
 頷くウィル様と、驚くミュゼ様。見事に対照的な反応を示す二人。
「それ、どういう事?」
 寝耳に水の表情で、ミュゼ様がウィル様に詰め寄りました。
「聞いた通りだよ。本来、エルフ族が行っていたエクアリー計画は、芙蓉を始めとし結成されるオーガナイズに全権を譲渡したら、人間界から一切手を引いてしまうんだ。当然、扉は閉じられる」
「じゃあ……」
「アルフハイムと人間界は隔絶される。行き来なんて出来ないし、戻る事も、出ることも出来ない。今回、エルフ族が東方王宮を訪問してきたのは、その旨を人間達や人間界に居るエルフ達に伝える為でもあったんだよ。戻るか、残るかの意志を決定させなきゃいけないからね。――きっと、ミュゼの両親は知っていると思うよ。だから今回の東方王宮への案内人の役を君に譲ったんだよ。最後になるかも知れない人間界を、もっと、ミュゼに見せる為にね」
「…………」
 何の返答も在りませんが、何か心当たりがあるような表情をされていました。きっと、出発する前に見たご両親の顔でも思い出し、そこにご両親の意志を見出してしまわれたのでしょう。
「……ウィルは……?」
「僕は人間界に残るよ。オーガナイズの手伝いをするなら当然だろう?」
「じゃあ……」
 ごくん、と、息を呑むミュゼ様。
「織也……は……?」
 おれ? と、自分を指差す織也。
 そう、貴方ですよ。ミュゼ様としては、ウィル様の動向より織也の意志が気になるようです。返答を待つ彼女の指先が、微かに震えていました。
「オレは……まあ……」
 ぽりぽり、と頭を掻いて、ちらりと私を一瞥します。少しの間見詰めあったかと思うと、直ぐに視線を戻し、ミュゼ様に向けました。
「まあ、残る……かな」
「……!」
「戻ってまた厄介になるのもナンだし、……家はもう無いけど、こっちがオレの故郷だしなぁ……。今住んでる町も好きだし。――…残るよ、おれは」
「―――…」
 当然と言えば当然の決断に、黙り込んでしまわれるミュゼ様。
 ミュゼ様のご両親はきっとアルフハイムヘ戻られるつもりなんです。だから、ミュゼ様に案内役を託された。子どもの立場としては両親に同行し、アルフハイムヘ戻るのが順当ですが、織也が人間界へ残ると断言した以上、後ろ髪を引っ張られるのも無理はありません。
 激しく落ち込むミュゼ様に合わせ、室内の空気がどんよりします。
「そう焦って結論を出さなくてもいいよ、ミュゼ。扉が閉ざされるのはエクアリー計画がオーガナイズに託される時だし、それが実行出来るのは当分先だ。それまでじっくり、おじさんとおばさんと話し合って、ミュゼが一番納得する道を選んだ方がいいよ」
 ウィル様の優しい声に、ミュゼ様はこくんと大きく頷かれました。
「そういうお前の両親は何も言わないのか?」
 ウィル様をお前呼ばわりだなんて、いい度胸してますね、織也。
「僕のところは放任主義だからね。あっさり、二つ返事だよ」
 東方王宮に勤めると告白した時も、顔色一つ変えなかったからなぁ。
「もうずっと戻っていないんでしょう? せめて最後に、ご挨拶しなくていいの?」
 ミュゼ様の問いに、うーん、と、唸るウィル様。
「まぁ、……その内ね」
 歯切れの悪い返事と、笑顔には遠い苦笑。何か複雑な事情でも抱えておられる雰囲気でしたが、私はあえて何も問いませんでした。
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