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1.2.

1. 「NEXT STAGE 7.」


 気分良く、東方守護の任に当たる東方軍の小隊に指南をしていたところへ、突然表れた謹慎中のこの世で最も気に食わない女――つまり私の姿を見、彼――中央王宮第二王子シュナイザー様は、この上も無く歪んだ表情を作られました。
 彼にとって私は目障りな存在でしかありません。初対面から印象は最悪。度重なる衝突で仲は激悪。罵詈雑言で部屋の隅に追いやったかと思いきや、辛辣な一言で部屋から追い出される羽目になる。ストレスを発散させるつもりが逆に降り積もるばかり。
 ――その勢いが余って、彼は私を誘拐したのです。時間にすればほんの数日、軟禁でも監禁でもなく、ただ遠い所へ連れ去っただけでしたが、それでも、王宮の状況と情勢を(かんが)みれば、東方王宮から官職を剥奪されるに十分な理由になりました。そして先日、私は遂に東方王宮総取締役を解任されてしまいます。そこに様々な思惑や取り引きがあったことは、シュナイザー様は当然ご存知在りません。故に、してやったりと、顔からにやけ顔が零れてしまう位、喜んでおられました。
 しかし、その喜びも束の間。
 錬兵場へ現れた(くだん)の女は、やたらと元気で、快活で、女王然とエルフに取り囲まれ、しかも弓対決を始め、並ならぬ腕前を見せ付けます。その腕前は、明らかにシュナイザー様を凌いでいました。これが彼の逆鱗に触れない筈がありません。
 わなわなと、肩を震わせるシュナイザー王子。
 溢れ湧き出る怒りが抑えきれないご様子です。
 何故、ここに居るのか。どうして、笑っていられるのか。只の平民から東方王宮総取締役と云う名誉を与えられたのに、せっかく与えられたそれを不意の事件に巻き込まれ剥奪されてしまったのに……。
(どうして、憎まないのか……!? 悔しいとは思わないのか……!?)
 彼は、憎みました。中央王宮で、秀でた能力も特出した実力があるわけでも無い第一王子が、第一王位継承者に指名される(さま)を。
 少なくともシュナイザー王子は、第一王子よりも武力という技術を習得しています。正直、政治(まつりごと)には(うと)いと自覚していますが、政治とは元々、玉座に座る者一人だけが取り仕切るのではなく、様々な意見を取り入れて一番良い方法を選択するものと常々(つねづね)考えている彼にとって、周囲の的確な助言さえあれば何とかなると思っています。そして剣が使えるなら、王の命を狙おうと画策する輩の数は多少なりと減る筈。その余った時間を、政治の為に使えばいい。
 ――弟、第三王子が第一王位継承者でも駄目です。彼は余りにも周囲に冷淡過ぎます。既に第三王子ブライアン様に対しての周囲の評価は冷め切っており、信頼も、信用も、何一つ在りません。
 芸の無い第一王子より、情の無い第三王子より、自分が一番マシだと思う第二王子シュナイザー様。
 彼は、彼自身が気付かないくらい深い所で、彼の境遇の一部と私の境遇の一部を重ねて見ていました。それだけに尚更、私の行動が目についてしまったようです。
 怒りを募らせ、遂に爆発させてしまった彼は、人目も憚らず、持っていた剣を引き抜いて私に近付いてきました。
 ちゃきん。
 鍔なりの音。そして、私に向けられた剣先。
「きゃああぁっ!」
「何をっ……!?」
 ギャラリーをしていたメイド達が悲鳴を上げ、兵達がどよめきます。
 ――シュナイザー様は背後から私に近付いて来た為、一体誰が近寄ってきたのか、背中を向けていた私には当然解りません。しかし、慌てふためく周囲の人間達の雰囲気、そして足音と共に迫る殺気で、何が起きようとしているのかは何となく解りました。
 直ぐに臨戦態勢にシフトチェンジ。弓を持ったままでは勢いで射殺してしまいそうな気がしたので、弓矢はその場に投げ捨てて、拳に力を込めます。
 ――と。
 がぎっ。
「!?」
 妙な音がしたので、私は慌てて背後を振り仰ぎました。
 そこには、剣を振り下ろすシュナイザー様と、それに横槍を入れる形で、いとも簡単に片手で剣を止めている正宗の姿が。
「…………」
 眉を寄せ、口をぽかーんと開ける私。
 シュナイザー様の行動も読めませんが、それに正宗が加わっているのは更に理解不能です。
 どうして彼が私を(たす)けるのでしょうか。正宗は私に武芸を叩き込んだ張本人。どんな状況であろうとも緊急に対応出来るようにと、武術の一から百まで骨の髄まで染み込ませておいて、この場面で助力するなんて。しかし、彼の行動に意味が伴っていない筈がありません。彼の一挙に意味が無いなんて、それこそ、仰天動地です。必ず何かしらの意味がある筈――。改めて彼を見、ふっと、いつもの笑顔が浮ぶのを確認して、ああやっぱり何かあるなと感じました。それが何なのか具体的には解りませんが、彼なりの何かがあるのでしょう。
「なっ……! き、貴様、何のつもりだ!」
 そんな思惑など全く関係の無いシュナイザー様が喚き散らします。
 ……その台詞は、絶対に彼のものではなく、私のものの筈、ですよね……。まあ、別にいいけど。
 シュナイザー様の詰問はその後も続きますが、当然、正宗が答えてくれる筈がありません。答える義務もありません。しかし、きゃんきゃん(やかま)しいと思ったのでしょう。正宗が半眼を閉じてじっと王子を見ます。……あれは怖いですね。威圧されているわけでもなく、言葉があるわけでもない。ましてや睨んでもいないんです。なのに、怖い。何とも言えない迫力に気圧され、シュナイザー様は言葉を詰まらせてしまわれました。流石、正宗。気の毒ですね、シュナイザー様。
「エ……、エルフ族を客人と迎えておきながら突然失踪し、あまつさえ第三王子の護衛に剣を向けたのだぞ!? これを謀反といわずして何を指すか!」
 正宗の視線の圧迫に耐え切れなかったのか、それとも、無言で責められていると感じたのか、王子が言い訳らしい言葉を吐きます。
 ――つまり、謀反人だから、処分する、と? ……言い訳にしてはお粗末ですね。本心が何処にあるのかは知りませんが、どうせいつもの身勝手な理屈でしょう。
 しかし、それを聞いている観衆がどう判断するかはまた別です。王子の言葉が隅々に渡り切ると、じわじわと、動揺が広がりました。
「それもそうだ」
 とか、
「しかし、あの芙蓉様が」
 とか。感想がそれぞれの口から漏れてきますが、意外と、王子の言葉を鵜呑みにする声は少なかったです。てっきり批難の集中豪雨を受けるだろうと思っていただけに、嬉しいです。
 むしろ手に負えないのはこちら――シュナイザー王子ですね。弟君であるブライアン様も、兄君の為に何か援護射撃の一つでも撃ってあげれば良いものを――私が言うべきことでもない気がしますが――、さっきからずっと黙って成り行きを見守っています。それどころかきっと、本心では、このまま私に打ちのめされて、あわよくば王子としての権威が地の底に埋め尽くされてしまえばいいのに、なんて考えているのかも知れません。あの王子なら考えかねません。
 私はちらりと、フェルゼン達エルフに目を配りました。
 中央王宮ではなく、何故、東方王宮を選んだのか――。この王子達を見れば一目瞭然です。ただ単に、アルフハイムから最も近い権力中枢が東方王宮だからなんて理由ではありません(勿論、それも混じっているとは思いますが)。東方王宮が、一番纏まっているからです。
 近代の東方王宮は、東方王(イーストフィールドマスター)を中心に、繁栄が著しく、また、安定しています。安定した治安は人の心に安寧をもたらし、付け入る隙と話し合う機会(チャンス)を、また、人の心に根強く存在する「神の如きエルフ族の威光」を人間の政治に利用される恐れも格段に減ります。フェルゼン――いえ、ヴァイスは、それらを考慮し東方王宮をエクアリーの基点地として選択した。……辻褄は合う上、あの男の考えそうな事です。おそらく当たりでしょう。
 正宗はそれらを読んで、先回りして中央王宮に潜り込んだ――。そうする事で何がどうなるのか、どうなったのかは、さっぱり解りませんが、正宗の出現によって私が激しく動揺し、色々と騒動がややこしくなったのは事実です。その結果が何をもたらすのか……。とにかく、彼に関しては何も考えないのが一番ですね。考え出したら止まりませんから。
「ブライアン、貴様、何故この男を放置しておく!? この男はオレに刃を向けているのだぞ! 只の護衛が、王子たるオレに剣を向けるとは何事だ!」
 おや、いいところを突付きましたね。
 第三王子ブライアン様の護衛として東方王宮に入宮している正宗は、ブライアン様を主とするなら第二王子シュナイザー様を同格に扱わなくてはなりません。つまり、シュナイザー様に剣を向ける事は即ちブライアン様に剣を向けているのと同意義だから、さっさと剣を引かせろと言っているんです。(ちな)みに、これをブライアン様が拒否した場合、シュナイザー様への正式な宣戦布告となってしまいますので、ブライアン様に拒否権は無いも同然です。真っ向から対立しているとは云え、お互いに、内乱になるような真似は避けたいでしょうからね。
 ここをどう切り抜けるか――ブライアン様のお手並み拝見といったところでしょうか。
「残念ながら、兄上、彼との契約は昨日を持って終了しています。彼はもう、私とは何の関係も無い」
 あらららら。そう来ましたか……。
 この分だと、正宗も、それを狙っていましたね。
 思惑とは違った方向に流れる状況に、ただただ目を丸くするだけのシュナイザー様。
「あ……くっ……」
 何かを言いかけて、諦めて。
 微妙な空気の中心に立たされる羽目になった王子は、見ているこちらが思わず同情を寄せてしまいそうになるくらい惨めです。
「……謀反人を……このような不埒者を……野放しにしておくのか!?」
 声を荒げ、叫ぶ王子。しかし誰も相手にしません。それでも彼は諦めず、声の限り叫び続けます。
「東方王宮の威光を、この様な小娘一人の為に、貶めて良いのか!?」

 ぷち。

 諦めの悪い王子の言葉に、何かが、私の中で、切れる音がしました。

「救いようのない馬鹿だな、お前は」

 とても長い溜め息と一緒に放たれた、務めて低い声。錬兵場中の人間がその場で凍りつき、エルフ達は「また始まった」と、苦笑を洩らしました。
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1.2.

2. 「NEXT STAGE 8.」


 この上も無く凶悪な低い声に、誰もが我が耳を疑い、誰もが顔を引き攣らせました。しかしエルフだけは別格です。彼らにとってはむしろ、芙蓉である私よりこちらの私の方が馴染み深いでしょう。アルフハイムに居た頃の私には手加減なんて一切ありませんでしたし。
 ――しかし、まあ、今の一言で随分気が晴れてしまいましたね。やはり何事も溜め込んでしまうのはいけませんね。うん。
「――不埒者なら、街に居ると思われますが?」
 カキンと氷固まっていたシュナイザー様が、不意に謎を掛けられ、眉を寄せられます。
 私は、ふ、と、正宗の真似をした余裕の笑みを浮かべました。
「私が何故、今まで口を噤んでいたとお思いですか?」
 何の話をしているのか――勿論、例の誘拐事件の事です。しかしそれについて、ここで具体的に述べるつもりはありません。馬鹿なシュナイザー様でも、言葉を進めていけばその内気付くでしょう。
「無論、貴方の為では無ありません。東方王宮の為です。――東方王宮の失態、中央王宮の権威失墜。他の何ものでも無い、それらの為です。――…しかし、『芙蓉』を剥奪された今、王宮におもかんばって、隠し通す理由もなくなったと思いませんか……? 私が口を噤む理由など今は何処にもありません」
 白状してしまうと、この辺りの発言は只のはったりです。業務上守秘義務を通しているわけではありませんが、それくらいの義理立ては管理職に就いた者として当然の配慮だと考えていますから。東方王宮で起きた様々な機密を外部に軽々しく洩らすつもりはありませんし、気に食わない王子の制裁の為に利用したりもしません。ただ、効果的な演出程度に使う程度は、許して頂きたいものですね。
「街中を調べ上げ、奴等を見つけ出し、吐かせましょうか……?」
「――――!」
 ようやく意図を掴んだ王子は悔しさと怒りで歯を喰い縛ります。間合いを取っている私にも伝わって来る激しい怒り。
 効果的な演出とはつまり、はったりであり、また、脅迫とも言います。フェアではありませんが、元々は向こうからアンフェアな勝負を仕掛けて来たんですし、この馬鹿王子にはこの位言わないときっと分からないでしょう。差し引きでプラスマイナスゼロ。それでフェアにして下さい。
 一度くらい負けてあげれば彼も諦めがつくかなと、ちらっと考えましたが、その結果、彼が調子付いて周囲に迷惑を掛ける様がありありと予想出来たのでやめました。諦めもせず、何度も挑戦して来るのならば、徹底的に叩きのめすまで。もう、この辺りで、いい加減に諦めて欲しいのですが……。
 ――シュナイザー様は、分かっている筈です。私に喧嘩を仕掛けても負けてしまうと。何度仕掛けてもことごとく跳ね返され、今に至っては完全に負けてしまっています。もうこれ以上は無駄なだけ。誰よりも彼自身がそれを自覚し、実感している事でしょう。しかしそれでも譲れないものが、誰の胸の内にも在ります。言葉を変えてそれを表現するのなら――自尊心。プライド。王子として、男として、負けられないそれと、無駄な事をするなと告げる理性との狭間で、彼は激しく葛藤している様に見えました。
 実際、葛藤していると思います。
 力が込められた顎。わなわなと震える肩と手。その動きに合わせて、かちゃかちゃと、鍔なりの音が響きます。
 プライドか。理性か。
 相反する心の動きに、遂に耐え切れなくなった、第二王子シュナイザー様は、
「うわああああああああ」
 絶叫に近い胴間声(どうまごえ)を上げながら、ぶんぶんと剣を振り回し、私を目指しました。
 すい、と、彼から離れる正宗。
 今度もまた助けてくれるのかと彼の様子を伺いますが、涼しい顔をしているばかりで動こうとしません。どうやら二度目は無いようですね。つまり今度こそ、私の出番です。
「――馬鹿は死んでも治らないといいますが――」
 だんっ。
 剣を巧妙に潜り抜け、剣を持つ手を軸に、投げ込むように地面に押し倒します。大の字になって倒れこんだ彼は、両手首を私に足蹴にされ、更に剣を取り上げられてしまいました。
 その剣先を、今度は王子に突きつけてやります。
 大の字で倒れ、顔に青筋を立てる王子。彼の両手首を足で踏み押さえ、剣を向ける私。何やらとんでもない事になってしまったと青褪めるメイドや兵達。無言で見守るエルフ、そして正宗。
「――試してみましょうか?」
 それも面白そうですね。きっと今まで誰も試したりはしなかったでしょうから、新しい発見が生まれるかもしれませんよ。
 無言が生まれ、静寂に浸る錬兵場。緊張感で一杯一杯。誰も、何も、言いません。身じろぎ一つありません。言葉を発すれば、指一本でも動かせば、それだけで有罪判決を申し渡されてしまう雰囲気に、誰しも傍観者を決め込んでいます。
 そこそこの時間が過ぎても、誰も何も動こうとしません。これはやはり、この静けさの原因となった私が最初に口火を切らなければいけないのでしょうね。
「……シュナイザー様、貴方はもう少し利口になるべきです。馬鹿は得てして可愛いものですが、度が過ぎれば邪魔なだけ。無視されるようになるばかりか、そのうち――痛い目をみますよ」
 実際、彼はもうその入り口付近に立っていると思います。彼に身近な弟ブライアン様は勿論、彼の周囲を取り巻く側近、そればかりか、東方王マクラレーン様、カトラスなど、彼を疎ましく思っているのは何も中央王宮内部だけではありません。私に至っては散々邪魔者扱いしていますし、マクラレーン様も時折、相手にしてない雰囲気があります。これが無視されるようになってしまえばもう手遅れ。彼の王子としての格は地に落ちたも同然。それらを避けたいのなら、彼自身が変わるしかありません。優良領地領主キール様や、食堂メイドリンのように、自分の持ち味を生かして世渡りする方法を見出す必要があります。
 ――世の中、人の中で生きて行く為には、時に、歩み寄りも必要なんです。それは馬鹿のままでは出来ない事。他人に足並みを揃える知恵を持たねばなりません。
「…………」
 シュナイザー様は今度こそ、言葉を失ってしまわれたみたいです。修羅か般若の如く歪んでいた顔から、見る見る力が抜けていきました。――もう、これ以上の言葉は必要ないでしょう。
 剣を適当な処に捨てて、彼から離れます。両手が自由になったシュナイザー様はゆっくり起き上がり、片膝を抱えて、右腕の拳を地面に叩き付けられました。
 それを面白可笑しそうに(あざけ)る第三王子ブライアン様。彼のその口許が、私の神経を逆撫でします。
 第二王子シュナイザー様から離れて数歩、ブライアン様の視線の直線上に立ち、眉を寄せて彼を睨みました。
「ブライアン様は、もう少し他人の心情を考慮すべきですね。周囲を(かえり)みなければ、いつか足元をすくわれますよ」
「――兄上は兎も角、君などに説教される覚えは無いが?」
 ふん、と、鼻先で哂って反論されます。
「私の温情が理解出来ませんか」
 やれやれ。
「だから三流なんだよ、お前は」
「――――!」
 シュナイザー様もブライアン様も同じ三流同士。それを哂うのは、五十歩百歩、どんぐりの背比べ。ブライアン様に、シュナイザー様を哂う資格などありません。
「せっかくの頭脳も使う人間が三流では宝の持ち腐れ。まったく、勿体ない話ですね」
「……っ!」
 先程迄のシュナイザー様と同じく、ふつふつと湧き上がる怒りに肩を震わせるブライアン様。
「黙って聞いていれば……! 不敬罪で、投獄する事も出来るのだぞ!?」
 秘儀、脅し返し、ですか? ……まったく。権力を傘に立てた脅しなど、私に通用するとでも?
「構いませんよ。どうぞ」
 すいっと、彼に背を向けます。
「ただし、そう(・・)すれば、貴方は私に負けを認める事になると――ご理解していらっしゃるのならば、ね」
 肩越しに彼を見据え、トドメを刺し、すたすたと、弓の的の前に戻りました。
 王子が護衛達に私を捕らえろと命令する様子はありません。どうやら私の想像以上に、今の言葉は応えたみたいですね。
「続き、どうする?」
 弓を持ったままのハオラに問います。
 彼は肩を竦め、「興が逸れた」と、弓を手放してしまいました。
「それは失礼」
 助かりますよ。私も同じ気持ちでしたから。
 ――ああ、それから……。
「正宗も、茶番に付き合わせて悪かっ――」
 ……あれ……?
 ――居ない……。
 いつの間に、消えてしまったのでしょうか。ついさっきまで直ぐそこに居たのに、影も形もありません。けれど、あの名刀正宗をそっくり体現したかのような鋭い気配だけは、辺りにしっかり残っていて……。錬兵場中を見回して、人込みの隙間に、彼のあの目立つ銀髪を捜します。けれど何処にも見付かりませんでした。
「――行ったか」
 背中越しに聞こえてくるフェルゼンの呟き。
「そーみたい」
 最後にお礼くらい、言わせてくれればいいのに……。
「正宗はもうアルフハイムに戻る気はないだろう」
「多分ね……」
 なんとなくですが、そんな気がしました。
 彼は女王陛下の側近に並べられていたものの、実際に軍属だったわけではありませんし、協力していたわけでもありません。馴れ合わず、孤独に。在るのは己の意志のみ。人間でもエルフでも悪魔でもない。――それがドラゴンです。
 あの蒼い瞳に世界を写し、彼は何を思っていたのか……。結局、何も分からず仕舞いでしたね。
「結局、アルフハイムは、お前と、正宗と、両方とも失うのだな」
「何よ、それ」
 私と正宗を同列に並べるなんて、いい度胸してますね。私なんか、彼の足元にすら及びませんが?
「いや――何となく――…。ただ……そう思っただけだ」
 謳う様に呟くフェルゼンは、正宗とは違う色の瞳を空へと向けます。
 本日は、快晴。正宗の蒼瞳の深さなど欠片も窺えない、爽快な青い色の中に、ドラゴンの翼を見た気がしました。
1.2.
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