INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第19話next
1.2.3.

1. 「そして彼女は衝撃に再会する 14.」


「ここは人目につく。――こっちへ」
 そういって、私はフェルゼンとアリスを招きました。
「ディ、貴方も来なさい」
 城へ戻ろうかとも考えましたが、ここからだとかなり時間が掛かります。仕方が無いので勝手ながら軍施設の会議室を使わせて貰うことにしました。会議室といっても小ぢんまりとした部屋でソファとテーブルが備えられているだけ。来客用の待合室と言った方がしっくり馴染みます。出入り口は扉一つだけ。扉の傍にはディを見張りに立たせ、私とフェルゼンは向かい合わせに座りました。アリスは彼の後ろに立ち控えます。座ればいいと薦めましたが断られてしまいました。侍女の鑑ですね。
「正宗も来ていたとはな」
「……あれ、貴方の仕業じゃないの?」
 てっきりそうだと思っていたのに……。
「アルフハイムでは姿を見掛けていない。こちらも行方を捜していたくらいだ」
「そう……」
 ならば何故、正宗は人間界に来たのでしょう。まさかあの男が第三王子の護衛をする為だとはとても思えません。何かあるはずです。
 ――あの男が居たから、今回助けられた場面もありました。姫巫女様の一件は、私がずっと寝不足続きだったから助けられたんです。そして寝不足の原因になったのは彼。もし彼が居なければ、私は侵入者の気配に気付かず、姫巫女様も……。――でも、その為に……?
「正宗が何を思いここに居るかは知らないが、あれの考察は我々が及ばぬほど深い。行動は総て未来へと繋がり、その未来は我らが死んだ後の遥か末のこと。我らが思考を巡らせても届かんだろう」
「そうね……」
 考えても無駄ですね。正宗が見据えているのは遥か先の未来。今この時の行動がどう未来に影響するのか解りません。そんなに長生きするつもりもありませんから、確かめようもありません。この話はもう、考えないようにしましょう。
「あたしも意外だった。まさか、アリスが一緒なんて。てっきり、ジュニアと一緒に巡礼に出たと思っていたから」
 フェルゼンの後ろに立つエルフの侍女、アリスは、はにかんだように苦笑しました。
「彼に止められたの。一緒に来られたら巡礼を受けると決めた決心が揺らぎそうだから、アルフハイムで待っていてくれって。だから代わりにキティが一緒に行ってくれることになって……」
 キティはアリスと同じ様に私に仕えてくれていた侍女です。フェルゼンの実子シオンと付き合っていたんですけど……。彼女にもとんだとばっちりですね。しかし――原因を作ってしまった私が云うのも何ですが――幸いにもエルフは長命故に気も長く、ジュニアの従者をしている間にキティとシオンが別れてしまうなんて事は無いでしょうし、同じくアリスとジュニアも大丈夫でしょう。私が原因で別れてしまうなんて後味悪いですしね。
「男なんて、人間だろうとエルフだろうと身勝手よね」
「蓮華……」
 苦笑するアリスに、私は「芙蓉」と、言葉を投げつけました。
「ここでは、芙蓉と」
 一瞬、圧倒されたようにフェルゼンとアリスが顔を見合わせます。そして素直に承知してくれました。
「確かに今のお前は、以前とは違うな」
 どこがどうと言われれば困ってしまうが。
 今度は私が苦笑する番でした。そういえばいつだったか織也にも言われましたっけ。芙蓉と呼んだ方がしっくり馴染むと。それには私も同感です。もう芙蓉と呼ばれて久しいですからね。その名前にすっかり慣れてしまいましたから。
「アルフハイムはどう?」
「……難しいところだな」
 ふぅっと、とても深い溜め息が聞こえました。
「女王陛下をおもかんばって、新女王の擁立は断念。政府を創設する予定だ」
「…………」
 思わず、目を丸くする私。
「驚いた。改革してるのね」
 エルフとは保守的な種族と思っていましたが、ここまで政治体制をガラッと変えられるとその考えも改めなければならないかもしれません。しかし、次の言葉に、そうなってしまうのも納得せざるを得ませんでした。
「推し進めているのはヴァイスだ」
「―――…」
 成る程。ヴァイスにとって、息の掛かった新女王を立てるよりも、自分が表立って改革を進めていったほうが効率が良い筈です。……奴の計画は着実に形を取り始めています。ヴァイスは頭の良い男でした。上手い具合に政府を造り上げてしまうでしょう。
 今度は私が溜め息をつく番です。それから、懐から煙草を取り出しました。火をつけようとして、ふと、思い止まります。
「いい?」
「ああ」
 フェルゼンが頷くのを確認し、改めて火をつけました。室内中に広がるロイヤル・ローズの独特な匂い。大抵の人はこの匂いを嫌がりますが、フェルゼンやアリスはそんな素振りは見せませんでした。
「ロイヤル・ローズ……」
 ふ、と笑うフェルゼン。
「背中の傷は未だ痛むのか」
「時々、引き攣った感じがあるだけ。痛みは無い」
「――そうか……」
 そこで一度、会話が途切れてしまいます。室内に響くのは煙を吐く私の息の音だけ。時々、風がガタガタと窓を揺らしましたが、それ以外は沈黙が続きました。
「――微妙な」
 先に口を開いたのは私です。
「立場なんでしょうね。貴方の息子のシオンはヴァイスを支持していたし、貴方はジュニアと私との保護者代わりだったし」
 現在のアルフハイム内でのフェルゼンの立場は何とも言えないでしょう。改革の先人を切るヴァイス。それを支持する実の息子。一時期は養子にとまで考えたケルベロス・ジュニアは竜丹に関わった罪でアルフハイムを追われ、私も人間界へと逃れています。以前は女王陛下の側近として、またクレイスタを治める知事として、元老院にすら重宝されていましたが、こんな立場の彼を今後も取り立ててくれるとは思えません。彼の権勢は衰えている筈ですが……。
「お前ほどではない」
「え……?」
 私……?
「暫定政府と元老院は、お前の罪を不問に問うと決定した」
「――――!!」
 なんっ……!?
「何を馬鹿なコトを!!」
 そんな事、あるはずがありません!
「竜丹に関われば処分される……現にジュニアだってアルフハイムを追われて巡礼に出てるじゃない!」
 死刑の無いエルフの制度では、世界中を数千年の時間を掛けて巡らなければならない「巡礼」が最高刑。竜丹とは、それだけのもの。ジュニアでもそれだけの刑が課せられるのだ。竜丹を飲んで生還したあたしを不問になど出来る筈が無い!
「だが事実だ。決定は覆されないぞ」
 至極真面目な声音に、私は言葉を失いました。
 どうしてそんな……。まさか……ヴァイス?
「随分、気に入られたようだな。――奴から聞いた」
 テーブルの上に備えられていた灰皿で、煙草の消します。
「エクアリー・オーガナイズ……。新しく作られる組織の、その事務総長に、お前が就任すると」
「…………」
 少し下から、フェルゼンを睨みました。
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1.2.3.

2. 「儚きは過去なりて 7.」


 ドオォォンッ。
 一際大きな音がし、あたしは後ろを振り返った。
 ――大騒ぎになっている。広範囲に渡り火の手が上がり、夜だというのにそこら中が明るい。あたしはそれを、感慨も無く眺めていた。
「お早く。気付かれては元も子もありません」
「……ああ」
 ジュニアの側近、シグに急かされ、先を急ぐ。
 竜丹に関わった者として処分を受けたジュニアは、しかしその処分に不満を持ち大暴れする――。そんなシナリオを描いたのは、他ならぬジュニア自身だった。ジュニアが暴れればどんなエルフだろうと梃子摺る。その隙を突いてアルフハイムから脱出する。……二人だけでは実行は不可能だったので、シグを共犯に巻き込んだが、逃げると聞いた時の彼の顔は何とも難しい顔だった。真面目なシグにとって、逃げるなどもっての外なのだろう。だがジュニアの説得と懇願により何とか承諾を得、彼の先導でアルフハイムの外へと繋がる場所を目指している。
 そこはアルフハイムの中央部。女王陛下の聖地。アルフハイムから竜の森へと抜ける道。竜の森は人間界と繋がっているがそこに至るまでには数ヶ月かかるという。人間界と直結しているクレイスタを通る方法もあるが、ここからクレイスタへ行くにはかなりの時間を要する上、何かと目立ってしまう。それよりも竜の森を抜けるルートの方が安全だと判断し、ここから旅立つ事になった。
 背中には、シグが用意した旅の道具が一式。まさか一人旅をする羽目になるとは思わなかったが、まぁ、大丈夫だろう。どうとでもなる。
「こちらです。このまま真っ直ぐ進んで下さい。早く――」
「待て」
「!」
 在り得ない第三者の声の登場に、あたしとシグは身を硬くした。まさか気付かれるとは思わなかった。どうするか――。
 ……え?
「……ヴァイス……?」
「やっぱりな」
 ニヤリと哂うその顔は、ジュニアを彷彿とさせる。
 ――まずい展開だ。相手が只の兵士程度ならどうとでもなったが、ヴァイスとなるとそうもいかない。気絶させるつもりが逆にこちらがやられかねない。どうする……?
「人間界に戻ったら、東方王宮に行け」
「……は?」
 てっきり止められると思っていたのに、今、何と……?
「お前が提案したエクアリー計画は、エルフが人間の文明再建を手伝い、人間にエルフを学ばせ、人間とエルフとが対等な立場で共存出来るようにするものだったが、今日よりエルフは人間から一切の手を引く」
 やはり……。
「現在アルフハイムに滞在する人間――賢者どもも、人間界へ帰す。だが、それだけじゃ将来的に問題があるだろ」
「今の人間の文明と、賢者達の知識はそぐわない。もし技術が乱用されれば、人間界に将来は無い」
「その通りだ。頭がいいな、お前」
 馬鹿にされたようで正直ムカついたが、あえて黙っていた。
 アルフハイムに居る人間は、あたしの様に特化した技術を持っていた時代の人間ばかりだ。その技術を使えば便利になる一方で、自然をも破壊してしまう。あたしがエクアリー計画を提案して目指した文明はそんなものではない。自然との調和と共存。生態系を壊さない文明。エルフも、人間とは関係を絶ってしまっても、自然との協和は望んでいる筈だ。
 本来なら、エクアリー計画が着実に進行さえしていれば、人間の精神の発達及びエルフとの対等な関係を築いた辺りでアルフハイムに滞在する人間を人間界へと帰し、エルフも人間の文明から手を引く予定だった。しかしヴァイスは計画のあらゆる過程をすっ飛ばし、最終段階へ進もうとしている。これでは技術が乱用されるのは目に見えている。
「だったら賢者どもを監視すればいい。技術を文明のバランスを計る、そういう組織を人間界で作って、やって見せろ。東方王宮にはそれを事前に伝えているから、必要な物は揃えてくれるさ。まー、尤も、あそこの偉いのもお前が総長に相応しいか試すとか言ってたが――」
「なっ……、何を馬鹿な事を!!」
「馬鹿じゃない。立派な現実だ。これでも現実主義者(リアリスト)だ」
 それはよく解っている。現実を冷静に判断し、ヴァイスは陛下を――。
「やって見せろ。エルフなんかに頼らず、人間は人間として、生きていけると。お前が描いていた理想を自分の手で実現してみろ。手伝いくらいは、してやる」
「―――…」
 勝手なことを……! 抱いていた怒りが、何故かすっと消えていくのを感じた。人は人として……エルフはエルフとして……。この人はそれを選択しただけ。身勝手かもしれない。だけどどうしても責める気にはなれない。あたしも結構、身勝手だし……。
「――気が向いたらな」
 言い放って、シグに指示された道を往く。
「蓮華」
 呼び止められ、一度だけ振り向いた。
「気を付けて行け」
 背を向けるヴァイス。
 アルフハイムはもうこれで最後なのだと、何故か強く実感する。
 行こう――。
 決意を新たに歩き出すあたしの胸元ではネックレスが静かに光を反射していた。
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1.2.3.

3. 「そして彼は衝撃に出会う 1.」


 落ち着いた頃を見計らって、彼――カトラスは、奥城のマクラレーン様の執務室を訪ねました。ここに入るのは久し振りです。東方王宮総取締役代理と言えど簡単に入れもしなければ用件もありませんから。彼は少し緊張した面持ちで、執務机に座るマクラレーン様の正面に立ちました。
「お前がここに来るとは珍しい。何か用か?」
 ごくん、と唾を飲むカトラス。
 ――無謀な事をしようとしているのを自覚しているからこそ、珍しく彼は緊張しているんです。それでもここまで来てしまえば引くに引けません。気持ちを固め、彼は話を切り出しました。
「先程の――芙蓉様と王子の護衛の方の件ですが――」
「ああ、あれか」
 やや怒気を含んだマクラレーン様の声。
 無理も在りません。王子の護衛とあんな騒動を起こしたんです。下手をすると王家に反意ありと取られてしまいます。しかも騒動を起こした張本人は東方王宮の総取締役。累は東方王宮に及んでしまう可能性が高い。マクラレーン様のお怒りも御尤もです。
 カトラスの緊張は最高潮に達し、彼は途切れ途切れな言葉で先を続けました。
「お願いが……あります。――どうか、今回の件は――不問に……して頂けないでしょうか……」
 我ながら、無茶な要求をしている、とカトラスは胸中で呆れました。
 エルフ滞在中に数日間行方知れずになり、更にこの騒ぎ。不問にしろという方が無理です。それを解っていながら嘆願する自分も情け無い。しかし、願い出らずにはいられませんでした。無駄だと解っていても……。
「無駄だと解っていても、いうのか?」
「!」
 図星をさされ息を呑むカトラス。
「……はい」
「…………」
 マクラレーン様が神妙な面持ちをすると、空気まで重くなったような錯覚を抱きます。それくらい迫力があるんですよね。マスターの難しい顔って。
「お前は――芙蓉の銘の本当の意味を知っているか?」
「あ――はい……」
 反射的に彼は頷いていました。
「私を総取締役に推す為に、この東方王宮へ御出でになり、あえて総取締役になったのだと……以前、芙蓉様ご自身からお伺い致しました」
 本来、総取締役にと推薦されていたのはカトラスです。しかし政治的な理由からそれは断念せざるを得ませんでした。しかし諦め切れなかったマクラレーン様は、カトラスと年齢が変わらずしかも女を総取締役に就任させることによって、カトラスの優秀さを浮き彫りにし、彼を総取締役に就任させようとされたのです。その目論見は着実に実を結び、現在、カトラスを推薦する声が限界近くまで高まっています。勿論その裏には、現在の総取締役の不祥事も絡んでいるのですが。
「――それだけではない」
「……?」
「あの娘は、総取締役に成る為に――お前の為に東方王宮(ここ)へ来たのではない。彼女(あれ)の真の目的は、エクアリー・オーガナイズの事務総長の椅子だ」
「!?」
芙蓉(あれ)は始めから、総てを仕組んで、この東方王宮へと来たのだ――」
 それは彼にとって、衝撃の事実でした。
1.2.3.
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