INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第17話next
1.2.3.4.

1. 「王子様はライバル! 3.」


 中央王宮第三王子ブライアン様、そして東方王宮総取締役代理のカトラス。昔から仲の悪い二人の実施的な決戦だと、集まった人々は好奇心を持ってその勝敗を見守りました。
 決戦の火蓋は切って落とされ、剣を交える二人。しかしやはり私の予想通り、全体の八割以上がカトラスが圧されています。……無理もありません。東方王宮の取締室で日々勤めを果たしているカトラスに、剣の修練をする時間などありませんから、時間と共に技能も落ちれば体力もなくなります。対して王子は機敏且つ鋭敏な動きを見せています。二人の実力差は明らか。決着は直ぐについてしまうだろうと誰もが確信しました。しかし、十分経っても二十分経ってもちっとも終わる気配がありません。二人の剣戟を見守っていた人々も不審を募らせざわめき始めます。
「性格悪いわね、あの王子」
 ミュゼ様が、誰にでも聞える大きな声で言い放ちました。周囲には私達以外にも、王子付きの護衛が幾人か控えています。彼らを前にしてああも堂々と言えるなんて流石ミュゼ様ですね。私も同じ事を考えていましたが、そんなに堂々とは出来ません。
 ――王子は、カトラスをいたぶっています。実力をギリギリまで抑え、止めを刺さず、じわじわと体力を削って……。カトラスあんなに剣先が鈍っているのに、王子は全く踏み込もうともしません。それが証拠です。
 王子の思惑に気付く人は、私達を封切りにし、じわじわと広がっていきました。始めは二人の勝負を楽しんでいた人達も、カトラスがよろめく度に顔を歪めるようになります。
「なぁ……誰か止めた方がいいんじゃないか……?」
 誰かがそんな事を呟きます。
「じゃあお前行ってこいよ」
「なっ……無茶言うなよ。相手は王子だぜ!?」
 方々で始まる押し付け合い。
 ――確かに、誰かが止めなければ終わりそうにありません。しかし相手は中央王宮の第三王子。下手に茶々を入れればお叱りを受けるかもしれません。それを考えると容易には近付けません。
 打ち鳴らされる剣戟。
 疲弊したカトラス。
 振り払われた手を見、少し、躊躇います。
 ――色々なものが、一度に押し寄せてきて、収拾がつきません。
 昔、これと似たような場面に何度も遭遇しました。ヴァイスとケルベロスは仲が悪くしょっちゅう刃傷沙汰を起こしていましたから。それから色々な事があって……。東方王宮へ来た。カトラスを、総取締役にする為に。
『道は間違っていません』
 いつだったか姫巫女エタニティ様が言った言葉を思い出します。
『このまま進むべきです』
 ……そうですね。躊躇う必要など、ありません。

 遥か昔から、もう既に、取り返しはつかないのだから。


「―――…」
 すい、とその場を離れ、錬兵場の隅へと足を運びました。そこには、訓練用の剣や弓矢や、基本的な武器が立て掛けられており、その中から状態の良さそうな剣を二本選び抜きました。
 私もカトラスと同様、毎日のデスクワークで力は落ちています。だからあまり……過激な事は、期待しないで下さい。
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2. 「そして彼女は衝撃に再会する 10.」


 ガギン!!
 その時、刃は最も激しく重なり合い、戦いに新たに参戦した者達に、誰もが目を奪われた。
 あたしの右手に握られた剣が、ブライアン王子とカトラスの剣が重なるのを阻み、邪魔をする。
 怖い者知らずの部外者の乱入に、王子は「ちっ」と舌打ちをし、邪魔者の顔を睨み付けるため、左を向いた。同じくカトラスも助け舟を出してくれた人物を確認しようと右を向く。
 そんなカトラスの直ぐ真横に、立つ、あたし。しかしあたしの視線は二人には向けられておらず、別の場所へ向けられていた。あたしの真正面、ブライアン王子の直ぐ隣に立つ男。――正宗。
(くそっ……)
 やはり、一筋縄ではいかない相手だ。左手に握った剣を、不意打ちで奴に振り上げた筈なのに、腰の辺りでがっちり止められている。その衝撃で、左の剣には刀身にヒビが入っていた。……無理もない。相手の剣は名刀「正宗」。並の剣では文字通り刃が立たない。
 だが、逃げるわけにもいかない。
 右手は左側の王子とカトラスに。左手は真正面の正宗に向け、交差していた両腕に力を込める。二人それぞれの剣を器用に剣先で弄び、場外へと吹き飛ばすついでに、ヒビの入った剣を彼らが吹き飛んだ方向へ投げた。
 ダンッ。
「っ!」
 場外に吹き飛ばされ、起き上がる二人の間をすり抜け、剣が壁に突き刺さる。それを見た王子とカトラスは思わず息を呑んだ。少しでも手元が狂っていれば、二人のうちどちらかを直撃していたに違いない。文句の一つでも言ってやろうと思ったのだろう。二人は先程まで居た場所――錬兵場の中心に目を向けた。そして、絶句。
 そこでは既に、別の試合が開始されていた。
 先程までとは比べ物にならない程のハイスピード・臨場感。力の限り斬激を繰り返すあたし。それをいとも簡単に凌いでしまう正宗。
「……凄ぇ……」
 素人目にも明らかにレベルの違う攻防。多少なりと剣を嗜む彼――キールにとって、目の前で繰り広げられているそれは正にヒトの領域を超えたモノに見えた。彼の周囲の議員達も、食い入るように見入れている。
 キールは以前、ひょんな事からあたしと手合わせした事がある。手合わせ、といってもほんの一瞬の短い間だけだったが、この光景を見て、何故それが短時間で終わってしまったのかよく解った。
 桁が、違いすぎる。
「馬鹿な……」
 呆然と、シュナイザー王子は呟いた。
 こんな事が、本当に人に可能なのだろうかと、疑ってしまう。
 屈辱的な劣等感よりも先に、強烈な敗北感を味わった。だがこんなものを、認めるわけにはいかないのだと、王子たるプライドが邪魔をする。しかし目の前で行われているものを否定は出来ない。胸中で、敗北感とプライドの鬩ぎ合いが始まる。
「…………」
 イーストフィールドマスター・マクラレーンは、東方王宮中で誰よりもあたしの事を理解している。しかし、
(まさか、ここまでとは……)
 冷や汗が頬を伝うのをしっかりと自覚した。
(並ならぬ存在感は、確固たる力の強さの証。東方王宮であれ程自由気ままに振舞えるのも、彼女が地位に固執していないからだ……)
 故に、ごく一般な人間とはとても思えなかった。しかし何を経ればあのようになるのか――。その答えが、今、目の前で繰り広げられている。
「ふぅん……」
 マクラレーンと似たような思いを抱えているのは、東方王宮参謀のウィル。彼もまた理解者の一人。人間離れしているとは思っていたけど、まさかここまでとは思っていなかったらしい。彼の笑顔は、いつもよりもやや引き攣っていた。
「……んだよ、コレ……」
 そんな彼の傍らで呆然と呟くのは、友人の織也。昔のあたしを知るだけに、ショックは大きい。
 そんな織也を心配しているのはウィルのいとこのミュゼ。織也を見守る傍らで、攻防の状況とチラチラと気にしている。
「…………」
 呆然とその場に立ち尽くしているのは、場外に吹き飛ばされたカトラスだ。
 キールとの手合わせで、それなりの実力があるのは密かに解っていた。しかし、これは予想以上だ。剣を振り下ろし、防御され、隙を突いての反撃も紙一重でかわす。
(――恐らくキール様相手では実力の一部分すら出していなかったのだろう……。今この場で、あの男が相手だからこそ、彼女は思う存分に力を振るっている……)
 相手の男は確か、第三王子付の護衛だった筈。初めて会ったときから、人を超越したかのような例え難い雰囲気が気に食わなかった。飲み込まれてしまいそうで――。
(芙蓉様と親しげだったが……)
 親しげ、とは違うかもしれないが、少なくとも知り合いであるかの様なムードではあった。しかし推測の域をでず、今まで問い質すことはしなかった。だがこの状況、二人が知り合いなのは間違いない。ならば一体どういう知り合いなのかが気になる。
「凄い……」
 彼の近くで、見知らぬ誰かが呟いた。
 整った顔立ちと、優しさを思わせる風貌。エルフ族の女性だ。その彼女の近くには、身分の高そうなエルフの男が立っていた。今回のエルフ一行に加わっていた人物だと予想されるが、総取締役の命令でエルフが滞在している外城には一切近付かないよう触れが出ていたので、一行の中でどんな役割に就いている人物なのかはわからない。ただ、この場に居ることから、男の方は議会と直接交渉をしているエルフの代表なのだとは、推察できた。
「君は、剣を持つ彼女を見るのは初めてか」
「ええ……」
 男の質問にか細く答える女。
 男はふう、と溜め息をついて、未だ激しい攻防を続けている二人を見た。
「――蓮華は正宗に指導を受けていた。あの程度は、当然だろう」
「……初耳です」
「君は彼女の侍女だったな」
「はい。でも、いつの間にか話しもしなくなってしまいましたから……。あの子が女王陛下の御側近に上がってからは、特に」
「そうか……」
 側近に上がった頃というと、彼女が丁度、正宗を師事し始めた頃だ。知らぬのも無理は無い、か。
「特に才能がずば抜けているわけでは無いが――天賦の何かはあるのだろう。学問にも彼女はその片鱗を見せていた」
「そちらは存じ上げております。フェルゼン様もお教えになられたんでしょう? 音楽の才能はずば抜けて無いなって、あの子、言ってましたから」
「そうか」
 思わず、苦笑が漏れていた。
 彼女は興味を示したありとあらゆる学問に手を伸ばしていたが、直ぐに飽きて投げ出していた。しかし彼が教えていた芭蕉琴は才能が皆無でありながら、なかなかよく続いていた。今となっては懐かしい昔話だ。
「歴史、物理、数学、古語……。社交、マナー、ダンス、会話。剣を始めとしたありとあらゆる武器――。それら総てに通じ、それらが彼女を成長させた。女王陛下の御側近に取り立てられてもおかしくは無いほどに――。それはそれで既に才能だ。特に正宗を師事してから、あれは頭角を現し始めた。……心底惜しいと思ったよ。彼女に、あと千年の寿命さえあれば、人間界には決して帰さなかったものを――!」
 ぐっと力を込める彼に、彼を独白を見守っていた周囲の人間は息を呑んだ。勿論、傍に控えていたエルフの女性もだ。
「……いや、あるいは、あれを継ぐ後継者さえあれば――」
「冗談は、止めて下さい」
 決して冗談ではない言葉に、彼――カトラスが、鋭く切り込んだ。
「芙蓉様は、お一人で十分です」
 千年の寿命だ、後継者だと、何を勝手なことを。
(そんなものは必要ない。彼女が彼女であればいい)
 軽く唇を噛むカトラス。
 そんな彼を一瞥し、フェルゼンは再び剣が交錯する世界を見た。
「正宗の手加減もここまでだな。――決着がつく」
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3. 「そして彼女は衝撃に再会する 11.」


 息が、苦しい。
 覚悟していたけど、まさかここまでとは……。
 隙を突いている筈なのに、簡単に止められてしまう。反撃を受けて思い知る。……手加減、されてる。正宗の実力はこんなものじゃない。剣の手解きを受けていた頃の彼でも、ここまで軽い剣を繰り出しては来なかった。――あたしの腕が落ちているのだ。
 ……悔しい……。
 諦めてしまう事は出来る。
 ――だけど……。
 脳内で繰り返される、あの、惨劇現場。
 ――諦めてしまえば、あの時と同じ。あの時のあたしは、敵わないと決め付けて、闘うことを放棄していた。あの時はそれで良かった。たとえ闘っていたとしても、やはり正宗は手加減などせず、結果は同じだっただろう。
 けれど今は違う。
 何故か――なんて、理由はよく解らない。でも、諦めたくない。

 同じ事を繰り返しても、同じ結果になるなんて事が無いように、違うことをすれば、少しは違った結果になるのだから。だから、諦められない。逃げられない。――逃げない!

 ガギンッ!
「――――っ!」
 精一杯の力を振り絞って薙ぎ払った剣は、しかし、止められてしまう。しかもそれだけならまだしも、真っ二つに折れてしまった。
 同じだ。あの時と。
 エルフの女王から下賜された名刀「吉宗」。あれも、正宗に折られてしまった。あの時は、それだけで力量の差を思い知らされ、あっさり諦めてしまったが、今は違う。逃げないと決めたのだから。
「――ッ!!」
 折れた剣を握り締め、可能な限り懐に近付く。そして、腕を伸ばし、剣先を正宗の首を目掛けて伸ばす。
 しかし、
 ちゃきん。
「!!」
 それ以上の距離を以って、正宗に制されてしまった。あたしの首元に名刀「正宗」の剣先が突きつけられる。
 腕の長さも、剣の長さも圧倒的に違う。折れた剣では到底彼の喉元には届かない。
 あたしを含めた誰もが決着を確信し、空気が凍りついた。あたし達は剣を互いに突きつけたまま瞬きすら止めてしまう。
 ……正宗相手に勝てる筈がない。最初から解りきっていた結果だ。力量の差を理由に途中でやめる事だって出来た。勝ち目の無い戦いをする理由なんて無い。そもそもこの勝負に意味すらない。でも――どうしても……。
「あたしを――」
 ずっと、怖くて、聞けなかった。
「殺しに――来たのか……?」
 あの時仕留め損なってしまったから、今度こそ――と……。
「――お前は人間だ」
 ふ、と、いつも通りの笑みを浮かべて、彼は剣を鞘に収めた。
「放っておいても、いずれ、死ぬ」
「…………」
 断言し、あたしを取り残して、正宗は場外へと出た。
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4. 「そして彼女は衝撃に再会する 12.」


 少しの間だけ、錬兵場の中央に立ち尽くし、軽く息を吐いて正宗に背を向けて私も場外へ出ました。そこで待ち構えていたマグワイヤ将軍に、折れた剣を渡します。
「請求書、後で届けて下さい」
 この剣と、あともう一本、合わせて二本分。多分認めて貰えるとは思いますが、万が一突っぱねられてしまったら自腹を切りましょう。自業自得ですからね。
 いろんな人の注目をすり抜けてその場を離れようとします。カトラスの視線を見つけますが、わざと逸らしてしまいました。今はちょっと、合わせる顔がありません。気持ちが落ち着いてから、また改めたいと思います。
 それから数歩だけ歩いて、すい、と横から誰かが前を遮ってしまいました。背の高い人です。男の人ですね。誰かと思い、顔を確かめ、
「…………」
 ほんの一瞬だけ、息を止めてしまいました。
「――私の時間はとても短かったが――」
 おもむろに、そう切り出す彼。
「お前は――どうなのだろうな」
 懐郷を思わせるような、懐かしい声でした。何一つ、変わっていません。アルフハイムと人間界では時の流れが違い、アルフハイムのほうが圧倒的に遅いので、彼に与えられた時間はほんの瞬きの間だったでしょう。
 けれど、私は違います。
「意外と、長かった」
 笑顔を作ったつもりでしたが、苦笑になってしまいました。
「――久し振り……フェルゼン」
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