INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第16話next
1.2.3.

1. 「東方王宮大騒動 18.」


「ありゃ、ダメだろ」
 むーん、と難しい顔。腕を組んで、訴えられるのは構わないのですが……どうしてその相手が私なのでしょうか。疑問です。
「揉めるのは解り切っていたと思います。私が解りかねているのは、どうしてキール様が毎度毎度議会の決定内容を私に報告しに来るかですね」
「あぁ? ンだよ、せっかくヒトが足運んでやってるっつーに、文句たれンのか?」
 文句も何も、勝手に足を運んでいるのはキール様だと思うのですが……。ごにょごにょ。しかしこれを言ったら怒られそうですね。胸の中にしまっておきましょう。
 エルフ族のエクアリー計画、気にならないと言えば嘘ですが、かといって私は議会に進言出来る立場ではありませんし、議会の動向は知らなくても良いと思うのです。先日の誘拐事件で私への処分も議論されているようですが、私が気揉みしたところで決定内容が変わるわけでもありませんから、考えないようにしています。東方王宮総取締役の私が気にしなければならない事は、今日の仕事の内容とお昼ご飯は何を食べるか。それから、中央王宮第二王子シュナイザー様と、その弟、第三王子ブライアン様の痛い視線からどう逃げるか。それから、正宗。……なかなか忙しいんですよ、これでも。議会まで気に掛ける余裕はありません。
 コンコン。
「芙蓉様」
「あ、はい」
「こちらの書類を」
「――ども」
 私が受け取ったのを確認し、カトラスはさっさと部屋を出て行ってしまいます。
「……なんだ、ありゃ」
 顔を顰めて、キール様。
 ――…そういえば、あっちの問題も未だ片付いていませんでしたね。
 あの平手打ち以来、カトラスとの仲は険悪です。今まで幾度と無くこんな雰囲気になりましたが、ここまで長期に渡ったのは初めて。正直、どうすればいいかさっぱり分かりません。仲直り、と云うのをした事が無いんですよね。そもそも、仲直りする以前に喧嘩する友達が居ませんでしたから、仲直りの仕方を知る手段がありませんでしたし。人を怒らせるのは得意ランキングの上位に位置されていますけど、仲直りは場外です。門前払いです。
 そんなこんな理由で、カトラスとの仲直りは延長戦へ持ち越し。しかし雷を伴う大雨の所為で一時中断、ってところでしょうか。
「テメェもいい加減、敵が多いな」
 キール様に言われたくありません。それに私の場合、敵ではなく問題が多いだけです。
「頭は痛いですね」
「体はダイジョウブなのか? なんかずっと、顔色悪かっただろ」
 意外とよく見てますね。
「まぁ、良くはありませんが……、昔の調子は戻って来たと思います」
「? むかし?」
「…………」
 問題を抱え込んでいるだけに油断出来ず、始終、周囲に注意を促し、寝ている間も気を張って、敵か味方かを嗅ぎ分けて、警戒心を振り分ける。そんな昔の調子です。
「……なんっか、その分、こっちの調子が狂わされてる気がするぜ……」
「そうですか。それは済みません」
「ココロがこもってねぇー」
「はぁ」
 適当に相槌を打って、カトラスに渡された書類に目を通します。そんなに難しい書類ではありません。判子を押したら終わりですね。
「……居心地ワリィーな」
「……は?」
「いや――」
 そしてまた沈黙。
 話しが終わったのならば、早く戻ればいいのに。
「そいや、あの嬢ちゃん達、いつ帰るんだ?」
 嬢ちゃん? ……ああ、姫巫女エタニティ様と、巫女騎士トリニティ様ですね。
「――もう、退宮されましたよ」
「あ!? もう!?」
 はい。子ども二人だけでは道中不安なので、お姉さんのキャラウェイを同伴させ故郷へと向かい、東方王宮を退宮されました。「ありがとう」と、私に告げて。
 ――そんな事を、言って頂ける資格が私にあるかどうか甚だ疑問なのですが、第三王子ブライアン様を敵に回してまでお二人を王子から引き離した価値はあったかなと思いました。私に向かって大きく手を振るお二人の顔は、今日の天気の様に、晴れ晴れとしていましたから。
「王子達に見付かると面倒ですし、会議が執り行われている最中に、街を出て貰いました」
「そーゆーコトだけは、仕事速いよな、お前」
「お褒めに預かり光栄です」
 嫌味を嫌味で御返却申し上げると、キール様は「けっ」とそっぽを向かれてしまいました。
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2. 「東方王宮大騒動 19.」


 それから数日は、それまでの喧騒が嘘の様に静かでした。王子二人は相変わらず私に対して風当たりがきついですが、問題になる程ではありません。第二王子シュナイザー様は嫌味を言うだけの行動しか思い付かない人ですし、第三王子ブライアン様はどう動けばいいか判断しかねている様子です。下手に動けば私の更なる報復が待っていますからね。仕方無いでしょう。
 エルフとの会議は連日行われていますが、進み具合は亀の歩み。三歩進んで二歩または三歩下がる調子で、時間だけが過ぎるばかりです。この調子では、滞在予定を大幅に延長しないといけませんね。
 カトラスとは、何も変わりません。真綿で首を絞める様な、柔らかい針で突かれ続ける様な、そんな空気が間に漂っています。総取締室のみんなも気付いたみたいで、色々な場面で気を遣ってくれているのですが、なかなかこれが改善されません。時間が――経ち過ぎてしまって、謝るタイミングと言葉が見付からなくて。そもそも、どうして私が謝らなければならないのか、その理由がよく解らなくなってしまって。――私達の間には、土砂降りの雨が降り続いています。
 しかし本物の空はそんな私達の険悪さなどお構いなし。あれ以来――私が誘拐事件から助かって以来、ずっと晴れ続けています。雲が浮ぶ空。そよぐ風は心地良く、鳥が鳴いて、人が笑って。……晴れ晴れとしたそれらが、何故かとても遠くに感じられて、いつもいつも、遠い場所を眺めている様な心地で見ていました。


 東方王宮総取締役の仕事は、東方王宮内に関すれば何でも範疇内になります。殆どは、侍女や侍従、メイド達を監督する事ですが、時には城内警備の警備網に提案したりもします。特に私は、織也の忍び込み事件以来何かにつけて警備網の新案を提出していたりしたので、マグワイヤ将軍とは懇意の仲。内政事務の担当としては異例ですが、マグワイヤ将軍も邪魔にならない範囲ならば使えるものは利用する方なので、マクラレーン様に許可を頂き私の提案を仕事に取り入れて下さっています。利用する、なんて言葉が悪いですね。人道的な範囲内で利用する。――変わってないか。まぁ、言葉なんてどうでもいいですけど。
 今日もその一環で、マグワイヤ将軍を訪ねて軍部施設へと赴いています。お供は何時も通り、カトラスとディ。……正直、空気悪いです。外城から一言も喋らず黙々と歩く三人の姿はちょっと異様な光景。私の姿を見た侍女やメイド達がヒソヒソと噂話をしますが、そんなものが気にならないほど私の周囲の空気は重くねっとりしています。ディにどうにかしろと目で合図を送りますが、肩を竦めるばかりで何もしてくれません。もう。
 ディは、喋れるようになったものの、必要に差し迫った時以外は、以前と変わりなく言葉以外のもので意志を伝えて来ます。言葉はディにとって、未だ与えられる筈の無い力。大き過ぎる力です。ドラゴン族にとって言葉は特に重要できちんと活用しなければ悪い作用をしてしまうらしく、ちゃんと使役出来る様になるまで極力使わない様にしているとか。ディらしい律儀さですよね。でもこんな空気なんです。母親代わりの育ての親のピンチです。ちょっとくらい助けてくれてもいいでしょうに……。はあ。
 重い気を引き摺りながら、ようやく軍部施設に到着します。
 うわああああぁぁぁ!
 ――と、聞えてくる、異様な熱気と歓声。……な、何?
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3. 「王子様はライバル! 2.」


 王宮の外城の近くにも錬兵場があります。警備兵用の簡易施設ですね。時々、王宮内の警備を任された軍人が使う事もありますが、軍人の錬兵施設はこちらが本家本元です。外城内城からかなり遠く離れた軍部施設は、専用施設がかなり広範囲の敷地を占有し建造されています。特に凄いのは錬兵用の円形闘技場(コロセウム)で、以前ここで領主のキール様を剣で打ち負かした事があります。今日はそのコロセウムで、何やら行われている様でした。歓声がそちらから聞えてきます。
 賑わいに攣られて錬兵場を覗き込むと、とても多くの人が人だかりを作っていました。見渡す限りの人・人・人。東方王宮の殆どの兵士が集まっています。その中にマグワイヤ将軍の姿を見つけ、私達はそちらへと向かいました。
「どうかなさったんですか?」
「ああ、君か」
 振り返りもせず、言葉だけがこちらに向けられました。
「あれだ」
 示唆され、闘技場の中心に目を向けて、
「うわ……っ」
 思わず、身じろぎしてしまいます。
 第二王子が、兵を相手に暴れ回って――いえいえ、兵を相手に剣を振り回して――いえいえ、指南しているんですよね、あれは。多分。鬼の形相をして、ストレス発散しているようにも見えますけど、気の所為でしょう。第二王子シュナイザー様は、中央王宮軍の総帥。ここは東方王宮ですが、軍部に変わりはなく、ここにシュナイザー様が紛れ込んでいても不思議ではありません。迷惑ではありますが。
「何事ですか?」
「会議が進まず、気分転換にと議会丸ごとこちらへ」
 端的に説明するマグワイヤ将軍。
 えーっと、つまり……。会議に飽きたシュナイザー様が、気分転換と称して会議に集まっていた人達全員をここに連れ込んで来た、と。……なんて迷惑な……。
「いいんですか?」
「止めれば更に暴れそうだ。これが最善だろう」
 なるほど、確かにその通りです。
「しかし何も、全部連れて来なくてもいいでしょうに……」
 マクラレーン様を始めとし、第三王子ブライアン様やディオール議員、領主キール様までいらっしゃいます。勿論、会議に出席していたであろうエルフ達も並んでいます。表情を見て取ると気分転換にはなっているみたいですね。軍部施設の中で最も緊張感が高まる筈の場所が、臨時の社交場になっている様は不思議な光景です。
「今日の会議、どうされますか?」
 背の高いマグワイヤ将軍を見上げ、聞いてみます。この騒ぎです。通常通りに進めるのは難しいでしょう。
「さて……どうしたものか。これでは各小隊隊長の招集は無理だ。延期するしかあるまい」
 ま、妥当ですね。私もそう思います。
「では、私達は早々に退散させて貰いましょう」
 個人的にシュナイザー王子の技量にはとても興味がありますが、余りにも場が悪過ぎます。誘拐事件以来、二王子は私を目の敵にし、議会は私に不信を募らせていますからね。何時までもここにいると、要らない注目を集めてしまいます。ここは素早く退散した方が得策でしょう。
「――あら、芙蓉」
 ぎく。
 ……遅かったですね。
「……ミュゼ様……」
 ちょっと……いえ、かなり恨んでもいいでしょうか。さっきの一言で、周囲の視線が釘付けになっています。……もう。こうなるのを避けたくて早くここを去ってしまいたかったのに、総て水の泡です。
 すたすたと近付いてくるミュゼ様の周囲には織也とウィル様も御一緒です。最近、本当によく一緒に居ますね。まあ自然な組み合わせですが。
「貴女も見学?」
「いえ、仕事です」
 でなければこんな所に近寄ったりしませんよ。
「ミュゼ様も皆様と同じく気分転換ですか?」
「まあ、そんなものかしら。織也が外に行こうって煩いんだもの」
「さっきまでウィルの部屋に籠もって延々お喋りだぜ? あんなトコに一日中居たら体にキノコが生えるだろ。なあ、ウィル」
「……それを僕に同意しろって言うのはどうかと思うよ」
「お? ああ、お前の部屋だな。悪い、悪い」
「ウィルって昔っから、あんな場所が好きよね」
「静かなのが一番だよ。ミュゼは昔から、騒がしい場所が好きだよね」
「それって、わたしが騒がしいって言いたいの……?」
「まさか。ミュゼはいつも明るいって言いたいんだ」
 にっこり。
「ウィ~ル~!!」
「あはははは」
「ちょ、ちょっと織也っ。笑ってないで否定してよっ」
「いや、そのとーりだろ。なぁ?」
「だね」
「ふたりともーっ!!」
 賑やかですねぇ。
「賑やかだな」
 今度はまた別の方向から、私と同じ意見の声が一つ割り込んできます。聞いた事のある声に、私は密かに顔を引き攣らせました。――第三王子ブライアン様。こうなりたくなかったから、さっさとここから退散したかったんですけどね……。
「やあ、東方王宮総取締役殿」
「…………」
 無言で深々と頭を下げて返事とします。今、王子と言葉を交わせば下手に彼の神経を逆撫でしかねませんし、それに後ろに――あの男が付いています。
 ……正宗。
 この男は、気配も、視線も、何もかも、その存在総てが、傍にあるだけで私を追い詰めていきます。銀の髪が風になびくだけで、視線が一ミリ動くだけで、私に存在感を思い知らせる……。ディも同じらしく、唇を固く結んで俯いています。ウィル様、ミュゼ様も、私達ほどではありませんが、言い表し様の無い違和感を抱えていらっしゃる御様子で、僅かに表情が険しくなっていました。流石エルフ族……と、褒めるべきでしょうか。正宗が放つほんの僅かな異質さを読み取られたのですからね。
「随分とつれない……。寂しい限りだ。――そう思わないか? カトラス」
 私の態度をどう評価しようと構いませんが、それについてカトラスに同意を求めるのは止めて下さい。私の神経は幾らでも逆撫でしてくれて構いません。しかしカトラスは止めて下さい。喧嘩続行中なんです。これ以上怒らせてしまっては、後が怖いんです。
 しかしカトラスは、ブライアン王子の質問を無視。口と瞼を閉じて知らぬ存ぜぬを通します。
 ……怒って……いるのでしょうか。私に対する怒りが天井を突き抜けて、もはや相手がブライアン王子であろうとも、話題が私であれば無視しようと……! ――…あぁ、でも、ちょっと待って下さい。カトラスとブライアン王子って、確か仲が悪かったんですよね。だからファングが、どちらが先にキレてしまうか賭けをしているって……。確かそんな事を言っていました。
 私に向けられていた痛い視線が、いつの間にか対峙する二人に向けられています。当の二人は、穏やかな表情の下で火花を散らし合っています。仲が悪いと云うよりも、いがみ合っている感じ。カトラスは理由も無く人を嫌ったり怒ったりはしませんから、王子とカトラスの間には、シュナイザー王子とブライアン王子程の深い溝がある印象を受けました。根が深い因縁は解決策がなかなか無くてとても厄介です。王子二人がとてもよい――良くはありませんが――例で、あんな風に、今更どうしようも無いくらいに修復不可能になってしまったりもします。そうなってしまうと、もう私でも手の施しようがありません。
 何時までも返答しないカトラスに根負けしたブライアン王子は自ずから次の話題を切り出しました。
「そういえば、覚えているか?」
「……?」
 怪訝そうに眉を寄せるカトラス。
「約束しただろう。手合わせを」
 てあわせ? ……え?
「せっかくの機会だ。今ここで……どうだ」
 薄い笑みでカトラスを挑発するブライアン王子。
 手合わせって……。カトラスってば、いつの間にそんな約束を……?
 でもそれは――止めておいた方がいいのではないでしょうか。王子の立場上、ブライアン様はそこそこに剣を使われると思いますが、カトラスに剣が扱えるとは到底思えません。私の知っている彼は、取締室の大きな机の上に積み上げられた書類をあっと言う間に片付けてしまう判子打ちの名人です。剣を扱う腕力も無ければ体力も無い体格をしていますし、どう考えてもカトラスが不利。手合わせなんて、徒労に終わってしまうでしょう。
「……いいですよ」
 ――って、え!?
「ちょっ……、カトラス!?」
 手を伸ばして、引き止めようとしたのですが、
 バッ。
 ……手を……振り払われてしまいました……。
「――――…」
 私……。そんなに彼を、怒らせていたのでしょうか……。
 第二王子シュナイザー様を説得し、兵の指南を中断してもらうブライアン様。その後ろにはカトラス。彼の手には兵士用の剣がしっかりと握られています。錬兵場の中央で剣を構える二人。一気に静まり返る周囲。
 だけど、どれもこれも、私の頭の中には入ってきません。
 ……まさかカトラスに、あんなに激しく拒否されるなんて……。
 振り払われた手を口許にあて、当惑している表情を悟られない様に俯きます。
 よくよく考えてみればそんな事をする必要なんて無かったんですけどね。錬兵場に集まったマスターや調印議員方、それにエルフ、将軍から一兵卒まで、総ての人々の目は中央の二人に注がれていますから、誰も私の表情なんて見ていません。だからわざわざ隠す必要なんて無いんです。
 私を見ていたのは、傷付いた私を気遣うディと、静かに視線を流す正宗の、二人だけでしたから。
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