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1.2.3.

1. 「儚きは過去なりて 2.」


「ほら」
 与えられたそれを手に取った。ずしりと重い物かと思いきや、意外と軽い。長さはバトミントンのラケットくらい。丁度お手頃な感じだ。
「銘は吉宗(ヨシムネ)
「……どっかの誰かを彷彿させる名前ね……」
 なんかヤだなぁ。
 彼が悪いわけではないのだが、剣を与えてくれたフェルゼンに嫌な顔を向ける。
「同じ刀匠が作った物だ。つまり、兄弟だな」
「お前、正宗から剣教わったんだろ。丁度いいじゃないか」
 軽口を叩くのは勿論ヴァイス。
「……嬉しく無い」
「女王陛下から剣を下賜されるなんて名誉を、嬉しく無いで片付ける奴も珍しいよな」
 特に何の感慨も無くあたしを見るのはケルベロス・ジュニアだ。
「メーヨ、ねぇ」
「めーよ、だろ」
 名誉を名誉と思っていないのはヴァイスもジュニアも同じ。――勿論、最強の名刀「正宗」を下賜された正宗も同じだろう。残念ながらこの場には居らず、様子を伺う事は出来ないのだが。
「お前達……」
 唯一の常識人――否、常識エルフ――クレイスタ公フェルゼンは、頭痛がするのか、頭を抱えていた。
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2. 「東方王宮大騒動 13.」


「――何も聞かないのね」
 高らかに靴音を鳴らしながら突き進みます。隣に並んでいるのはディ。彼は小さく頷きました。
「今のアルフハイムの状況と、今の芙蓉を見ていれば、何が起きたのか――何となく分かるよ」
「……そう」
 じゃあ、もう説明なんて必要ありませんね。
 歩く速度を更に速め、取締室へと向かいました。
「お早う」
 ノックもせず扉を開けて挨拶をします。
「あ、お早う御座います、芙蓉様!」
「お早う御座います」
「あっ、お、お早うございます……」
「――おはようございます」
「おっはよー」
 エリザ、アデリア、スコット、エイジアン、ハロルド。ほんの数日振りの筈なのに、妙に懐かしく感じられます。
「お早う、芙蓉。今日は時間通りだね」
「あら、お早う」
「おはようさん」
 ウィル様、ミュゼ様、織也。
「お早う御座います、芙蓉様」
「あ、あの、おはようございます……」
「よっ。おはよーさんっ」
 中央王宮の諜報員キャラウェイに、姫巫女エタニティ様、巫女騎士のトリニティ様。
 えーっと……。
「いつからここは幼稚園になったんですか?」
「誰が小っさいだ!」
 噛み付くトリニティ様。
 誰もそんな事言っていませんよ。ただ、ウィル様やミュゼ様やエタニティ様やトリニティ様、およそ王宮と云う場所には似つかわしくない御年齢の(半数は外見だけですが)方々が一斉に集まっていらっしゃるなぁと言っただけじゃないですか。
「芙蓉様があのような事になられてしまったでしょう。だから王宮中で一番安全な場所に居させて頂いているんです」
 答えたのはキャラウェイです。
 成る程。エタニティ様とトリニティ様はそれで説明がつくとして……。
「あなた達は?」
「僕はただの興味本位」
「わたしは――…わ、わたしの事なんて、どうでもいいでしょう!?」
「ミュゼ、素直に芙蓉が気になったからって言えばいいだろ」
「織也っ!」
 ウィル様、ミュゼ様、織也にもそれぞれ事情があるみたいですね。
「そうですか」
 一先ず頷きます。それから別の場所へ目を向けました。取締室の奥、総取締室へと続く扉の近くの机。その机の持ち主であるカトラスが座っていますが、騒動している私達には知らん顔しています。……そういえば、結局私、謝っていないんですよね。早く何とかしなきゃ尾を引いてしまうかな……。しかし今は、先にしなくてはならない事があります。
「丁度、良かった。エタニティ様、トリニティ様、御話しがあります。こちらへ」
 いじけるカトラスを無視して、総取締室へと入って行きました。
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3. 「東方王宮大騒動 14.」


「単刀直入に申し上げます。お二人共、この東方王宮から出て行って下さい」
「――――!!」
 その場に居た誰もが驚愕に息を呑みました。
 私としてはお二人だけを呼んだつもりだったんですけどね。総取締室にはお二人の他、キャラウェイに、ウィル様、ミュゼ様と織也が居ます。キャラウェイは二人の姉ですからまだ分かるのですが、どうして三人まで? ……まぁ、別に構いませんけどね。
「理由は、お分かりになられますよね」
 子どもとは云え二人は大人の事情をよく理解しています。私がこんなお話しをしている理由も直ぐに分かるでしょう。
「やはり……御迷惑、ですか……」
「いいえ。違います」
 落胆を隠せないエタニティ様に、私はきっぱりと断言しました。
「迷惑なのではありません。お守りする自信が無いと申し上げているんです。――御承知の通り、私は今、微妙な立場に立っています。もし万が一の事があれば、私の客人としてこの東方王宮に滞在戴いているお二人にも累が及ぶかもしれません。それを避ける為に、お二人にはこの東方王宮を去って頂きたいんです」
「……やっぱり……何か、処分されるのか……?」
「分かりません」
 今回の一連の騒動の発端となったのは、エタニティ様とトリニティ様を狙った事件です。お二人なりに責任を感じていらっしゃるのでしょう。しかし、お二人が悩まれる必要なんてありません。悪いのはコトを企てた第二王子シュナイザー様ですから。
「マスターからは何も連絡がありません。マクラレーン様としてはこのまま有耶無耶にしてしまいたいのが本音でしょう。しかし議会がそれを許すかどうか……」
 上席調印議員でありカトラスの父であるディオール議員を筆頭に、議会はほぼカトラス派に取り込まれています。カトラス派の目的は、私を解任し、総取締役の地位にカトラスを就任させる事。この騒動はカトラス派の方々にとって、私を蹴落とす絶好の好機です。彼らがこれをみすみす見逃すとは思えません。状況はかなり際どいです。
「どう転ぶにしろ、大人の都合で貴女達を振り回すわけにはいきません。東方王宮を出なさい」
「…………」
 無言で俯くトリニティ様。そして、彼女を気遣うエタニティ様。トリニティ様は元から少し硬い表情をしていましたが、それが段々と険しくなります。
「何が……」
 ぐっと握られる拳。
「何が大人の都合だよ! そんなの、今更だろ! エタニティが王宮に連れてかれたのだって、姉さま人質に取られたようなもんだ! その姉さまだって、母さまを人質にされてる! 大人の都合なんて……! 大人なんて……っ。――せっかく……ここなら安心出来ると思ったのに……!」
「――――…」
 お二人が今日まで、色々なものに振り回されてきた事は十分理解していたつもりです。しかしこの様子から察するに、私が想像しているものを遥かに越えているかもしれません。これは……私から、東方王宮から引き離したとしても、生半可な引き離し方では、東方王宮に滞在し続けるより酷い結果になりかねませんね。
「……キャラウェイ、貴女のお母様は……」
「――中央王宮で第三王子ブライアン様付きの侍女を務めておりましたが、病に倒れました。今は王宮で治療を」
「――なるほど」
 外聞を憚らない言葉を選び、しかし、最悪な状況を彼女は伝えてくれました。
 侍女が王宮で治療を受けるなど、普通は在り得ません。怪我や病気を患えば、実家に帰るのが一般的です。王宮に留まる事が出来るのは、よほど重要な役職に就いていらっしゃる方のみ。前任の東方王宮総取締役であるゼロス様ですら病を患わされて辞職されたんです。侍女程度では話になりません。――おそらくブライアン様は、最高の治療と引き換えにキャラウェイにスパイの仕事を押し付けているのでしょう。エタニティ様はそのキャラウェイを、トリニティ様はエタニティ様を守る為に、それぞれの事情で中央王宮に縛られています。
 カトラスがあれ程難しい顔をしていましたからね。余程の性格をしているんだろうとは思っていましたが、まさかここまでとは。――第三王子ブライアン様……。知略に優れた中央王宮の智嚢者ちのうしゃ――か。
「私は、諜報員の仕事を疎ましくは思っていません。むしろ、世界中を訪れる滅多に無い機会を与えられ、楽しみすらあります」
 と、キャラウェイ。
 確かにスパイの仕事は彼女に似合っているでしょう。外見も口調も琴の趣味も、スパイをカモフラージュするにはもってこいですし、この上も無い天職だと思いますよ。
「しかし妹達は違います。――それだけに、ブライアン様も二人には随分と警戒しています。もし今、二人が東方王宮を、ブライアン様の許を離れる様な事があれば、王子は、益々二人を警戒するでしょう」
 彼女の言葉を受け、私は低く唸りました。
 ふむ……。これはなかなか厄介ですね……。中央王宮の事情に絡む気は全く無いのですが、二人を東方王宮から退宮させてしまえば、否が応でも絡んでしまいます。下手をすれば第二王子だけでなく、第三王子にも睨まれてしまうでしょう。そうなれば益々厄介です。
 しかし、王子の顔色を気遣ったりはしたくありませんし、二人を私の事情で振り回すのも御免です。それらを上手く収めるには、少しの時間と沢山の手間が必要です。
 ――面倒な事はしたくありません。
「解りました。では、何とかしましょう」
 時間も手間も使わずに、手っ取り早く。
「なっ……!? 出来るわけがないだろう! お前はあの王子がどんなに卑劣か知らないからそんな事が言えるんだ! お前も奴の手駒にされるぞ!」
「好都合です」
 卑劣とか手駒とか、難しい言い回しを知っていますね、トリニティ様。
 しかし心配は御無用です。
「卑劣な奴ならば手加減は無用でしょう。頭が良い男ならば頭が良い男にだけ通用する口の封じ方をすればいいんです。弱みを握られたとしてもあの男に」
 スゥ、と、目を細めます。
「――私を手駒にするだけの器はありません」
「…………!」
 一瞬で凍てついた室内の空気に、その場に居た誰もが息を呑みました。
「……なんか……芙蓉じゃないみたい……」
 部屋の片隅で、私に聞えないくらい小さな声でミュゼ様が呟きます。
「だから言ったろ。あれは芙蓉じゃなくて、蓮華だって」
 冗談半分にしか聞いていなかった織也の言葉を、今は素直に受け入れるしかありません。ミュゼ様は改めて、私をじっと見詰められました。
「――織也」
「あ? あぁ……なんだ?」
「貴方、警戒区域に忍び込むの、得意でしたよね」
「あぁ……まぁ……」
「貴方に――頼みたい事があります」
「……あ?」
 あから様に彼は嫌な顔をしました。
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