INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第13話next
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1. 「最悪の事態 15.」


 銀天街へと続く道を見つけた私は、一人寂しく、とぼとぼとその道を辿りました。雨が上がったばかりで足元がぬかるみます。時々、小さな水溜りを飛び越えながら、大きな水溜りに苦戦しながら、前へ前へと進みました。
 ――小一時間ほど経ったでしょうか。真正面、道の向こう側から、馬が一頭駆けてきます。たずなを握っていたのは、私の良く知る人物でした。
「――ファング」
「よ。やっと居たな。……ったく、面倒ばっかり掛けて、いい迷惑なんだぜ?」
「……すみません」
 肩を落とし、素直に謝ります。
「おいおい、本気にするなよ。無事が何よりも一番だしな。――ホレ」
 馬上から手を伸ばすファング。
 どうやら、王宮まで歩かずに済みそうです。
 ファングに抱きかかえられる様に馬に乗り、一定のリズムで道を駆けて行きます。以前もそうでしたが、お尻が痛くなるのだけは慣れませんね。エアコン・オーディオ付きの自動車(くるま)が懐かしいです。
「……ファング」
「何だ?」
「どうして私の居場所が分かったんですか?」
「ああ、ディだよ。あいつがここに居るからって。……最初はちょっと怪しかったけど、あいつも必死になってお前心配してたし、オレが行って見る事になったんだ。ホントはカトラスが来たがってたんだけどなぁ……。あいつは仕事があるからな」
「……そうですか……」
 ディが……。あの子が私の言い付けを破る筈がありませんから、姫巫女様と巫女騎士様の護衛をしつつ、上手く立ち回ってくれたのでしょう。帰ったらお礼を言わないといけませんね。
 カトラスにも色々迷惑を掛けてしまったみたいです。私が居なかった間、総取締役の仕事は総て彼がこなしていたのは火を見るよりも明らか。――尤も、元々から彼が総取締役になる筈だったのですし、代理として総取締役の仕事の総てを教え込んでいますから、仕事に何ら支障は無かったと思います。カトラスは優秀ですから、立派に私の代理を務めてくれた事でしょう。
「王宮の様子はどうですか?」
 続けて質問すると、ファングは「あー」だとか「うー」だとか、変な声を上げました。どうやら、良い返事は期待出来そうにありませんね。
「……第二王子が、芙蓉は何処だ!? って探し回って……結構、大騒ぎ」
 あの王子様もやってくれますね。こうなるともう、私の誘拐犯は第二王子シュナイザー様と見なして間違いなさそうです。
「なぁ、告発――しないのか?」
「――――…」
 知っているんですね。私が居なくなった理由が、何処にあるのか。……喋ったのはおそらくカトラス辺りでしょう。ファングが知っていると云う事は、他にも何人か知っている筈。ウィル様やキール様が妥当な線でしょうか。後は織也やミュゼ様や……。ディは最初から気付いているでしょうし、マクラレーン様に至っては何も言う事なんてありませんね。
「しませんよ」
 きっぱりと言い放ちます。
 ファングは、
「そうか……」
 少しだけ、肩を落としました。
 本当に、馬鹿王子にしては良く考えましたよね。王宮の責任者である総取締役が突然失踪してしまうなんて――実際は誘拐ですが――、お叱りを受けて当然です。しかも今はエルフ族滞在期間中。必ず処分が下されるでしょう。かといって、居なくなった理由を素直に白状するわけにもいきません。事は東方王宮ばかりか中央王宮の権威失墜にまで影響します。それは東方王マクラレーン様の本意では在りませんから、東方王宮総取締役である私は何もしてはいけないんです。大人しく、従順に、ただ処分を待つしかありません。
「……なぁ」
「はい」
「……大丈夫……なのか……?」
「――…はい」
 大人しく、従順に――。
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2. 「最悪の事態 16.」


 東方王宮へ到着すると、色んな人の視線が私に絡んできました。予想はしていましたが、やはり凄いですね。ここに来たばかりの頃を彷彿とさせます。あの頃は色んな処で色んな噂を立てられて大変でした。大変なのは、今も変わっていませんけど。
 擦れ違う人の数が増えるたび、人の視線は一層厳しくなりました。けれどその一つ一つを気にしていては身が持ちません。なるべく無視する様に心掛けながら、外門、内門をくぐり、ファングの先導で外城へ足を踏み入れます。
 ファングにはもう一人で大丈夫だから仕事に戻りなさいと言ったのですが、聞き入れてくれませんでした。ここまでの王宮の人間の態度に、私が傷付かない様に気を遣ってくれているんでしょう。優しいですよね。
 エルフ達が滞在している外城を大きく迂回して、内城へ向かいます。外城と内城とを結ぶ回廊を渡り、内城の正面玄関を開いて中央ホールへと辿り着きました。そこには、私を待ち構えていた様に沢山の見知った顔がありました。
「芙蓉様、お帰りなさい」
 ほっと安心させてくれる笑顔で、侍女のコレットが迎え入れてくれました。この笑顔には私も弱いですね。心をとても和ませてくれます。
「やあ、芙蓉。随分な重役出勤だね」
 嫌味か冗談か、微妙過ぎて判断し辛い言葉で少々手痛い出迎えをして下さったのはウィル様です。本人としては冗談のつもりなのでしょうが、私以外の人には使わない事を勧めます。きっと嫌味にしか聞えませんから。
「総取締役は重役ですから、稀にこんな事も良いかと」
「そうか、それもそうだね。――ねぇ、芙蓉?」
「はい」
 ウィル様がじっとこちらを見詰められるので、思わずこちらも見詰め返してしまいました。目が逸らせません。問い掛けの言葉の続きもありません。
「あの――…?」
「――僕達が初めて会った時の事を、覚えている?」
 突然、何なのでしょうか。理由はよく分かりませんが、何の意味も無くウィル様がこんな話しをされるとは思えません。私は素直に、首を横に振って答えました。
「いいえ」
 もう随分前の事です。何となく覚えているものの、正確にはちょっと……。
「初めて覗き込んだ君の心はとても複雑で、暗かった。もっと知りたくなって奥を覗き込もうとしたけど、止めたよ。そこには僕でさえ触れられない神聖なものがあった」
 ……ああ。そういえば、そんな事も仰られていましたね。
 でも、それが一体どうしたのでしょうか。
「君の奥に今もあるあの神聖なモノは――彼と同じものだね?」
「――――…」
 彼、が、誰を意図しているのか、言われずとも直ぐに分かってしまいました。
 何も答えられません。どう答えればいいのか、言葉が見付かりません。……見つけられなくてもいいと思いました。ウィル様なら、この複雑な胸中を悟って下さるでしょう。
 ウィル様は軽く笑みを浮かべました。悲しみとも、何ともつかない、そんな笑顔で。
「やっと帰ってきたのね」
 そんな私達の間に割り込んだのは、むっつり顔のミュゼ様です。
「よっ。お疲れさん」
 何事も無かったかの様に織也。
 この二人は相変わらずの態度に見えますが、彼らなりに心配してくれていた事が何となく伝わってきました。
 そして――、
 パン!
 ――近付いて来るなり、問答無用で私の左頬を打った、カトラス。
「貴女は一体、何処まで心配させれば気が済むんですか!」
 久々の、怒り全開バージョンです。気迫と、形相で、彼の怒りが頂点を越えているのを悟った私は、ざーっと、顔面から血の気が引いていく音を聞きました。他の人も同じらしく、周囲の総ての人達が顔を青一色に染めています。
 宥めの言葉も誤魔化しも通用しそうにありません。拙いです。ピンチです。最悪です。
 どうすればいいんでしょう。謝るべきでしょうか。……ですよね。誘拐云々は私の責任では無くとも、黙って城を空けてしまったのは総取締役の責任です。どうせ気付いているだろうからと、彼に真実を打ち明けなかったのも私。……本当の事を教えて貰えないなんて、信頼されていないんだと思われても仕方ありません。私ならそう思います。だけど……本当の事を話して、カトラスを巻き込むのも嫌だったんです。証拠を並べて気付いてしまうのと、真実を知る人間に打ち明けてもらうのとでは状況が違います。後者は明らかに共犯扱いにされてしまうんです。シュナイザー王子の毒牙がカトラスに向いてしまうのを避けたかった。
 ――だけどそれも全部、カトラスにとっては言い訳にしか聞えませんよね。
「御免なさい」
 と、素直に謝ろうとした、その時でした。
「こんな所に揃って、今後の算段でもつけているのか?」
 そこに割り込んで来た声には、聞き覚えがありました。カトラスへの謝罪の気持ちが、条件反射的に発生した嫌悪感に支配され、覆い隠されてしまいます。
 中央王宮第二王子シュナイザー様。……出ましたね。
「フン、お前か」
 わざとらしい声、わざとらしい視線。白々しさが腹立たしいです。こんな矮小な人間に油断し、挙句の果てには誘拐されただなんて……!
 俯いて、ぎりっと唇を噛みました。胸倉を掴んで叫びたい気持ちを一生懸命抑えます。今の私は、ただ耐えるしかありません。
「随分と長い用事だったらしいな、東方王宮総取締役殿」
 にやにやと笑いながら、彼は中央ホールと二階とを繋ぐ階段から私を見下ろしました。……いえ、見下(みお)ろす、ではなく、見下(みくだ)す、と言った方が正しい表現です。多くの人間の目があるこの場で、東方王宮総取締役の権勢を蹴落とそうとしているのが見え見え。自分で自分を、そんな姑息な手段しか使えない男だと自ら主張している様なものです。いつもの私ならば笑い飛ばしてしまったでしょうが、今日はそうもいきません。怒りが、もやもやと、胸の内を燻っていました。
「シュナイザー様、芙蓉様はお疲れです。御話しならば、また後日にお願い致します」
 務めて平静な口調でカトラスが助け舟を出しますが、
「ほう、疲れている、とな。果たしてどのようなお勤めであったのかな?」
 ここぞとばかりに攻め込むシュナイザー様。
 再びカトラスが答えようとしますが、私がそれを遮りました。カトラスがどれだけ攻撃をかわしてもシュナイザー様は執拗に攻めて来ます。埒が明かないでしょう。
「――シュナイザー様」
 俯いた顔のまま、カトラスと第二王子様との間に声を割り込ませます。
「あぁ?」
 口の端を上げて嫌らしく笑うシュナイザー様。女性にモテるタイプではありませんね。絶対に。
「――御不便は、ありませんでしたか……?」
 顔を上げて、にっこりと微笑みました。
「……あぁ!?」
 私の反応は、想定外の答えと態度だったのでしょう。第二王子シュナイザー様は、明ら様に顔を歪められました。
「私の不在期間中、何か、御不便など御座いましたでしょうか……?」
 改めてもう一度問い掛けます。
 暫し意図が分からず戸惑っていた彼も、これは何らかの仕掛けであり、素早く答えなければならないと考えたのでしょう。無理矢理にひきつった笑顔を作り出し、答えてくれました。
「ああ。何っの不便も無かったな。総取締役なんぞおらずとも、そこに居る代理だけで十分だ」
 お前なんか要らないんだ! 
 シュナイザー様の言葉には、言葉では無い部分でそう主張していました。
 私に色々と打撃を与えたいんでしょう。けれど私が要らない存在であるなど、最初から解っています。何の衝撃にもなりません。私は「芙蓉」ですから。
「そうですか。それは良う御座いました。それでは私はこれで失礼させて頂きます」
 丁寧に頭を下げて立ち去ります。
「なっ……!? ちょっと、待っ……! お、おい!!」
 制止など聞いて差し上げる必要もありません。シュナイザー様の声を無視し、私はさっさと立ち去ってしまいました。
 その光景を見ていたミュゼ様は、少し考え込まれた後、私の後を追おうと駆け出します。しかし後ろから織也に腕を掴まれ、阻まれてしまいました。
「放して。王子が気に食わないからって、あれは幾ら何でも駄目よ。反感を買うだけだわ」
「いーんだよ」
「でもっ、あの人の立場が悪くなるだけよ! 織也、何か誤解を与えているかも知れないから今言わせて貰うけれど、私、あの人の事嫌いじゃないのよ!」
「――分かってる」
 嫌いな人間に、わざわざ文句を言ったりしません。嫌いなら無視すればいいのです。しかしミュゼ様はそれをしなかった――。そんな事は、彼女の周囲に居る殆どの者が気付いていました。
「だったらどうして止めるの!?」
「あれは芙蓉じゃない。だから止めとけ」
「……え……?」
「あれは芙蓉じゃなくて――オレの知ってる、御堂院蓮華だ」
 人付き合いが悪くて、陰険で、嫌な奴と公言されて当然だった様な――。彼の良く知る「蓮華」を、織也はハッキリと、先程の私の極上の笑顔の中に見付けていました。
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3. 「そして彼女は衝撃に再会する 9.」


 奥城の中央ホールを抜け、別棟の総取締役用私室に向かっていました。マクラレーン様への御報告も、今日の仕事も後回しです。取り合えず少し休んで、お風呂に入って……。問題の後片付けはそれから。休める時にゆっくり休んでおかないと、次はいつ休めるとも限りませんから。
 シュナイザー王子への怒りもカトラスへの謝罪も胸の内に溜め込んで、無表情で廊下を歩きます。侍女達やメイド達のお喋りな視線など微塵も気になりません。とにかく休みたいと、部屋に向かって驀進している私を引き止める声が後ろから掛かってきました。
「――お帰り、芙蓉」
 聞いた事の無い声です。けれど、不思議と懐かしい声。
 ゆっくり後ろを振り返ると、そこに立っていたのはディ、でした。まさか、今のは……。
「ディ……?」
「――うん」
 胸の奥に深く染み渡る声です。優しくて柔らかで、どこか力強い。
 いつか聞けるといいなと思っていた彼の声は、とても予想通りの声でした。でも、
「どうして……?」
「――ドラゴンは、成人と認められなければ言霊を与えて貰えない。だから今まで喋れなかったんだ。僕は未だ成人には程遠いけど……必要だからって」
「あの男ね?」
 そんな事が出来る人物は一人しか心当たりがありません。
「……うん……。ごめん……」
「何故、謝るの?」
 俯くディの頬に手を伸ばします。言葉を得た所為でしょうか。以前よりも表情に色が増した気がします。
「芙蓉がキライなのに、あの人に頼ったから……」
 落ち込んだ色は青ですね。
 体の大きさの割りに、幼い声、幼い喋り方。でもそれすらもディらしくて。親代わりの私としては、彼の成長に複雑な胸中で向き合っていました。大人になったんだなぁという嬉しい気持ちと、その大人になった分だけ私を頼ってはくれないんだなぁという寂しい気持ちと。……育ての親と言うのは、何だか損な存在ですね。
「――嫌いじゃない。今も昔もね。それに……それとこれとは、別の話しよ。私は貴方とお喋り出来て嬉しいわ。貴方は、違うの?」
 ぶんぶんと首を大きく横に振るディ。仕草から子どもらしさは抜けていません。やっぱりディです。
「じゃあ、それでチャラにしてしまいましょう」
 優しく頭を撫でようとしましたが、身長差があり過ぎて手が届きません。なので、ディにちょっと屈んで貰いました。何か悔しいです。むぅ。
「――…あの人……凄いね」
 おもむろに呟いたディの言葉には、尊敬と畏怖が含まれていました。
 私の脳裏を銀髪と蒼い瞳、そしてあの笑みが過ぎります。
「――…開闢(かいびゃく)の頃から生きている成竜よ。未だ子どもの貴方が敵う筈が無いわ」
「……うん……」
 屈むのを止め、背中をピンと伸ばすディ。
 それから私達は私室に向かって並んで歩き出しました。
「ねぇ、芙蓉。あの人――なんて名前なの……?」
「――名前は知らない。教えてくれなかったし、知る必要も無かったし」
「そうじゃなくて。――芙蓉がぼくに名前を与えてくれたように、芙蓉があの人を呼んでいた名前」
「…………」
 直ぐには、答えられませんでした。
 名前……。あの日以来、ずっと、その名前だけは呼ばないようにしてきました。今までの人生の中で、私に一番優しかった時間の象徴である名前。そして、私に一番の衝撃を与えた名前。
 ……ずっと……禁じていた、響き。

「――正宗(マサムネ)

 あの蒼い視線が、また私を見詰めているような、そんな気がしました。
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