INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第12話next
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1. 「最悪の事態 11.」


 どうにも出来ないもどかしさに、ディは焦り始めていました。
 居場所は、分かっているんです。常に傍にあった気配が、今、どれ程遠くの場所に在るのか、正確に彼は分かっています。
「雨ばっかりでつまんなーい」
「残念ね、エタニティ」
 外城と内城を繋ぐ回廊から、中庭を覗く二人の女の子、姫巫女トリニティ様と巫女騎士エタニティ様から目を離さず、ディは密かに思い煩います。
 言葉が与えられていれば――。
 しかし言葉は、難易度の高い運命を操る道具。未だ成人と認められていない彼にそれを操る許可は与えられていません。
 打ち沈む心と静かに向き合っていると、ふと、気配を感じて顔を上げます。ディの視線の先には、銀の髪の、例の男が立っていました。
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2. 「最悪の事態 12.」


「いつから見ていたんですか」
「ふむ。いつ、とはまた難しい質問じゃの」
 難しいですか? 何処が?
「以前、オヌシと会って以来、この辺りにはちょくちょく通っておっての」
「それはまた、無駄な事を」
 以前、お腹が空いたと言ってこの辺りに来た時、寄ってみたもののドラゴンとエルフの所為で食料となる負の感情が浄化されてしまい無駄足となってしまったのは、未だそう古い記憶では無いかと思いますが。
「たかだか未だ子どものエルフとドラゴンが一匹ずつ棲み付いておっても、総てを浄化など敵わん。人間の数の割には少ないという事だけじゃ」
「ふーん」
 そんなものですか。
「それで?」
「うむ。つまり、最初から全部見ておった」
「…………」
「最初といっても、本当に最初の方は総てを見ておったわけではないがの。織也……とか言ったか、あの小僧。あ奴が城に入った頃よりは、ずっと見ておる」
 ……ストーカー?
「何じゃ。何か言いたそうじゃな」
「いえ」
 負の感情が具現化した妖精に、人間の常識を当て嵌めるのが間違っていますね。
「でも、そんなにちょくちょく来ていたのなら、顔を見せに来ればいいじゃないですか。牛乳くらいは出しましたよ」
「馬鹿者! わしを犬猫扱いするでない!」
 だってどう見ても動物ですから、つい。でもまぁ、前回の時は仔犬・仔猫コンパクトサイズだったのが、今日は獅子・虎並のフルサイズですから、牛乳が似合わないのは確かですね。
「そもそも会いに行くなどと、前からおるエルフとドラゴンの小僧共だけならまだしも、今回はあ奴が居るのじゃぞ!? 出来る筈が無かろう! 城は元より、街にすら近付けぬわ!」
 あ奴……。特に誰と名指ししたわけではありませんが、私は直ぐにそれが誰なのか検討が付きました。あの男の事です。銀の髪に、蒼い瞳の……。
「貴方も、苦手ですか」
「ふん」
 鼻息だけで、言葉での返答が無いのを鑑みるに、認めたくない位に事実らしいです。銀も結構、気が強いですよね。
「得意な方がどうかしておる」
 はは……確かに。
 私は僅かに苦笑しました。
 妖精の国アルフハイムに集まってしまった、人間の負の感情とエルフ達のそれ。それらが集約・凝縮され、一つのエネルギー体が生まれました。形を持たず、暴走するだけのエネルギー体は一時期アルフハイムを荒らし回ります。そこで私はそのエネルギー体に名前を与え、具現化し、エネルギーを制御出来る体が誕生しました。それが、この目の前に居る(しろがね)です。見た目は犬だか猫だか分からない微妙な動物ですけど、軍隊が束になっても敵わない位の力は持っています。何せあのエルフ軍を梃子摺らせた実力派ですから。
 その銀ですら恐れる、あの男――…。もう、溜め息しか出てきません。
「じゃあこの辺りは、あの男のテリトリー外ですか」
 そんな遠くの場所なんですね……。
「いや、あの男が範囲を縮めただけじゃ。街の郊外になるかの」
「弱めた……?」
「ワシにオヌシを助けろと言いたいのではないのか?」
「―――…」
「どうした」
「……いえ」
 手間の掛かる事はするんだなぁと、ちょっと感心していただけです。
「では、ここに来て頂けたのなら、助けてくれるんですよね。――どうぞ」
 ずい。
 遠慮なく縄で手首を巻かれた両腕を差し出します。
「……なんじゃ」
 何って……。
「噛み切って下さい」
「……ワシに犬の真似事をしろと……?」
「わんわん」
 面白がって犬の鳴き声の真似をしてみると、
「…………」
 ぴしっ。
 銀の眉間に根深いシワが刻まれました。
「干乾びろ」
 背中を向けて去ってしまおうとします。
 あぁっ……ま、待って下さい! ちょっとした出来心ですってば!
「仕方が無いじゃないですか。他に道具も無いですし」
 改めてずいっと彼の前に両手を差し出します。
 シワを寄せたまま嫌そうな顔をしていた銀も、道具が無ければどうしようもないと諦めたのでしょう。大きく口を開け、尖った犬歯を手首に当てようとしました。
 あ、ちょっと待った。
 ささっと手を引きます。
「……なんじゃ」
「咬まないで下さいね」
「…………。文句が多いのぉ、オヌシは。そんなに信用ならんなら止めておくか?」
 またもうっ。ここまで来て、見捨てないで下さい!
 銀を説き伏せ、手首と足の縄を噛み切って貰います。勿論、大丈夫だと言われても安心出来ませんでしたから、切って貰っている間中、ずっとどきどきし続けていました。
 ようやく縄から解き放たれた私は、両手首と両足首をさすります。双方共、軽く赤い痣が残っていました。でも直ぐに消えてしまうでしょう。誘拐されていた証拠には……ならないでしょうね。
 そして私達は早々に部屋を後にしました。
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3. 「見上げる男 2.」


 大雨を零し続ける灰色の空を見上げる男が居ました。青みがかった見事な長い銀髪が印象深い、背の高い男。
 誰も居ない回廊に一人佇んでおり、目立つ事この上無い筈なのですが、容赦無く降り注ぐ雨景色に見事に溶け込んでいて、彼の存在を気にする者は誰一人として居ません。
 彼の存在は、誰よりも異質であり、誰よりも自然なのです。
 空を見上げたまま、すぅ、と軽く瞼を閉じます。軽い深呼吸を一つ。そしてもう一度、彼の蒼い瞳が開かれた時、衰えを見せなかった豪雨の雲間に切れ目が入っていました。
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4. 「最悪の事態 14.」


 予想通り、この家はとてつもなく広いお屋敷でした。長い間使われていない様で、あちこちかなり痛んでいます。雨漏りする家なんて初めて見ました。ただ、最近誰かが侵入した形跡が彼方此方に目に止まったのですが、気にする程のものではありませんでした。近所の子供たちが肝試しでもやったんでしょう。
 玄関ホールに出て、正面玄関から外に出ます。途端に、一面の大雨。当然傘なんてありません。
「うっわ……」
 この中を帰れとは、なかなか酷ですね。しかし傘が無ければ濡れるしかありません。仕方が無いんだと言い聞かせていると、
 サァァァァ……。
 雨脚が急に弱まり、雨が上がってしまいました。上を見上げれば、天上を覆っていた重苦しい雲が風に流され、切れ間から僅かに光が差し込んでいます。
「――あの男だな」
 やっぱりそうですか。
「まったく……。こんな面倒な事をする位なら、さっさと助けに来てくれればいいのに……」
「ほぅ、助けに来て欲しかったのか」
 ぎくっ。
 しまった。うっかり口が滑ってしまいました。
「べ、別にそんなこ――」
 否定しようとしたのですが、銀の怪しい顔に言葉の続きを失ってしまいます。
「……オヌシが」
 神妙な声音で、呟く銀。
「そう思うのも――無理からぬだろう。あ奴は余りにも――…」
 それ以上の言葉は在りませんでした。銀も憚っているんです。彼の存在は、言葉で表現するには限界があります。銀ですら、その言葉を見つけられない程に。
「……蓮華」
 芙蓉と呼ばず、蓮華と呼んだ事に、何らかの意図を感じ、私は顎を引いて彼に目を落としました。
「アルフハイムで何があった」
「…………」
「ほんの僅かな時間で、あそこはあまりにも変わってしまった……。ワシが嫌気を覚える程にの。人間界は食事には困らぬが、妖精が存在するには余りにも小さい。出来れば戻りたいが、叶わぬ。……これからもこんな事は多くあるだろう。既に幾多もの妖精が見限っておる故」
 銀は首を回し、私を真っ直ぐ見上げました。
「何が、あった」
「…………」
 答える義務はありません。私は口を閉ざします。
「――…目撃者だと聞いた……」
 おもむろに切り出す銀。
「女王の、暗殺現場の。――事実か?」
 答えません。
 代わりにそっと、ゆっくりと、瞼を下ろします。
 銀も悟ったらしく、静かに息を吐きました。
「……そうか」
 銀の、こんな落胆の声は初めて聞きました。
「――オヌシがエルフに出会って、オヌシは変わった。そればかりか、エルフも変わった。人間臭くなったと云うか……。もしやオヌシが、人間らしさをアルフハイム(あそこ)に置いて、代わりにエルフらしさ(にんげんばなれのつよさ)を持ち帰ったのやも知れぬな」
 冗談めいた言葉に、私は思わず苦笑していました。成る程、もしかするとそうかもしれませんと、相槌を打ちました。
「ワシは行こう。果てを知る世界を万回巡るのも、悪くは無いかもしれん」
「そうですか」
 ふわり、と銀の体は地を離れ、空へと舞いました。
「では、な」
「――ええ」
 そしてそのまま、何十もの光の帯が差し込む空に溶け込んでしまいました。
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