INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第11話next
1.2.3.

1. 「儚きは過去なりて 1.」


「あたしが代理官~!?」
 何、寝ぼけた事を言っているんだ?
 顔を顰めて問い返すと、彼もまたあたしと同じ様に苦虫を噛み潰した顔で答えた。
「オレも今日、初めて聞いた」
 その顔には明らかに、「お前が代理官なんてお断りだ」と書かれている。言われなくても、こっちからお断りだ。
「何で当事者二人が知らなくて、勝手に話し進んでんのよ」
「知るかって」
「そもそも人間のあたしが、どーしてエルフ軍総帥の代理官なワケ?」
「だから知るかって!!」
 オレに噛み付くな? そう言われても、他に噛み付く相手が居ないのだから仕方ないじゃない。
「でもまぁ、資格は十分なんじゃねぇの? 頭は悪くねぇし、(エルフ)もお前を気に入ってるみたいだし、弓も武道も引けをとらねぇ。何より、オレ相手に堂々と意見すンのはお前とシグくらいだしな。蓮華、お前……」
「何よ」
「ホントに嫌な奴だな」
「でっかい余計なお世話」
 今まで生きてきた中で、一体どれだけの人に何度それを言われただろう。だから今更言われなくても自覚はしているし、言われずとも分かっている。だから余計なお世話だ。
「けどやっぱり、エルフ(・・・)軍に人間が加わるのは、体面的にどうかと思うんだけど」
 エルフの体面をどうしてあたしが気にしなくてはいけないんだろうと、ささやかな矛盾を感じつつ、訊いてみる。
「それは別にいいんじゃねぇの? ンなモン、ただの名称だろ。近頃じゃ、女王陛下の周りにゃ、妙なのが混じってるって話しだし――、オレも――その定義からすりゃ、はぐれモンだしな」
 あぁ、そうか。
 エルフと悪魔のハーフであるケルベロスに、その定義は禁句だったかもしれない。彼はほんの少しだけ傷付いた顔をしていた。
 だからと言ってフォローする気も無いが。この程度の会話で傷付くなんて、小心者もいいとこだ。修行が足りない証拠。それを取り繕う気は毛頭無い。
「それに――…お前もそろそろハラ括ったらどうだ?」
「んあ?」
人間界(うち)に帰る気がねぇんなら、こっちで仕事して、自分の家構えりゃいいだろ。いつまでもオレんトコに居候してねぇで、将来真面目に考えたらどうだ?」
「…………」
「なんだよ、そのスッペェ(ツラ)は」
 まさかケルベロスに将来がどうのこうのを説教されるとは思わなかったから、ショックを受けているだけ。最悪だな、気分が悪い。
「ともかく、同僚くらいは覚えておけよ」
「――って! もう決まってるじゃん! 色々! 拒否権無しじゃん!!」
「あー、そうだな。だからこうして陛下んトコに案内してるんだろ」
「……」
 呆れた。拒否権が与えられていないばかりか強制連行ときた。これでは逃げる隙も算段も取れない。エルフとはこんな種族だったのか、ケルベロスを始めとし、彼の側近であるシグ、エルフ軍所属の軍人達、あたしの身の回りの世話をしてくれるアリスとキティなどなど、結構エルフと深く関わってきたが、時々、その行動が人間となんら変わらなく思える時がある。……本当に、エルフも人間も、大した違いなど無いのではないだろうか。
「――女王陛下、は、まあ分かるよな」
「さあ。顔見たこと無いし」
「見れば直ぐに分かると思うぜ。外見は普通だけど、何っつーか……こう……威厳とか、動きとか、雰囲気とかが違うからな」
「ふーん……」
 ケルベロスにここまで言わせるなんて、大した人だな、女王陛下。
「その女王陛下の周囲には三人の護衛が付いている。近衛、とも言うな。割りと平和なアルフハイムでは殆ど形だけの護衛だが、まあ、何か無いわけでも無い。そんな時、陣頭指揮を執らされるのが近衛だ」
「へー」
 アルフハイムにそんな組織システムがあったとは初耳だ。
「先ずはエルフ軍総帥であるオレ。それから、女王陛下の実質的な右腕と言われているクレイスタ公・フェルゼン。――クレイスタ公はアルフハイムでのオレの父親代わりみたいな人だ。軍を駐屯させているクレイスタの知事」
「何度か館に来た事ある人?」
「ああ」
 その人なら知っている。何度か見掛けた事がある。
「それからヴァイス、だな」
 その言い方はちょっと引っ掛かった。フェルゼン――さん? 殿? 様?――の時はあれこれと肩書きや立場を付け加えてくれたのに、その人には何も無い。ただ名前だけ。しかもケルベロスの眉間にはシワが寄っている。……あまり良い関係ではないらしい。
「……どんな人?」
 放って置くと何も説明してくれなさそうだったので、先を促した。
「……まあ、平均とはちょっと違うな。エルフのクセに、オレに似てるぜ。考え方とか行動力とか」
「ケルベロスが二倍……」
 おえっ、と、思わず吐き気が込み上げて来た。ケルベロスが二倍、いや、二乗か? ――なんて、あんまり気持ち良いものではないと思う。嫌味ではなく、素直な感想だ。
「そのくせ、エルフの中じゃ結構絶大な権力持ってるみたいだぜ。取り入っていて損はないぞ」
「自分が仲悪いからってあたしに押し付けないで。アンタはフェルゼン派、そして代理官のあたしをヴァイス派にして丸く治めようなんて魂胆、馬鹿馬鹿しくて付き合ってらんないわ」
「ンな事……! ――ちょっと……考えてたが……」
 素直で宜しい。
「でもまぁ、気を付けろよ。代理官だからっていつもオレの傍に居れるわけじゃねぇんだからな」
「余計なお世話」
「あぁ、そーかよ」
 そもそもこんな仕事を押し付けたのはエルフの方からなんだし、下手な事態になってしまったら、さっさと責任転嫁してしまおう。与えられた責務を全うする義務なんてあたしには無い。エルフ族にそこまで義理立てする理由も無い。無理益な仕事はしない主義だ、あたしは。
「――ホラ、着いたぜ」
 言って、彼は大きな扉を押し開けた。
 部屋の中には、玉座に座る白いドレスの女性と、何度か見掛けた事のあるエルフ、そして初めて見るエルフ、そしてもう一人、長い髪の男が、あたし達を待ち構えていた。
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2. 「最悪の事態 9.」


「ぅ……」
 小さく呻いて、目を開きました。
 目を開いても暗い視界――夜なのか、それとも意図的に暗くしてあるのか、どちらかは分かりません。カビだか埃だか、あまり体に良く無さそうな匂い。耳を軽く刺激するのは雨の音。気を失ってそれほど時間が経っていない証なのか、それとも雨がしつこく振り続けているだけなのか、判断をするには情報が足りないので何とも言えません。せめて気絶していた時間が分かればいいのですが、幸か不幸か、周囲に人の気配は全く窺えませんでした。これでは、差し迫った危機は無い一方で、情報を集める事も出来ません。あと、この状況で断定出来るのは、ここが室内であるという事だけ。古臭い匂いから、長く人が住んでいない場所だと想像出来ますが、それ以外の手掛かりは無さそうです。
 後ろ手にして手首に縄。足首にも重り付きで縄。
 ――こんな状況でどうしろと?
「……あンの、馬鹿王子……!」
 怒りがこみ上げて来、思わず呟いていました。
 頭を殴った犯人は見てはいないので実行犯は王子だとは断言出来ませんが、頭を殴られる恨みを買った覚えなんてそこ以外にありませんし、状況から見て間違いないでしょう。あの馬鹿王子なら、「知られてしまったのなら、あたしをどうにかすればいい」なんて安直な判断をしそうです。
 寝不足が祟って体が弱っていたものの、あんな奴に背後を取られたのは私の一生の不覚ですね。怒りに苛立ちが混ざって、お腹の中でぐるぐる暴れ回って、気持ち悪い事この上ありません。
 それらの責任――悪いのは、私だと、分かっています。
 第二王子シュナイザー様を追い詰めればこうなると、冷静に考えれば分かった筈。冷静にいられなかったのは、寝不足と栄養不足の所為。あるいは、間違って第二王子様を追い詰めてしまい、同じ様に殴られたとしても、せめて体が万全であれば背後を取られるなんて有り得なかったでしょう。それの理由も寝不足と栄養不足です。
 しかし何もかも寝不足が悪いわけでもありません。あの時――姫巫女エタニティ様と巫女騎士トリニティ様とが襲撃された時、異変に気付いて直ぐに駆けつけられたのは、その寝不足のお陰なのですから。
 以前、私が風邪を引いた時だったと思いますが、小隊長のファングが「鈍ったんじゃねぇの?」と言っていました。――確かに彼の言う通り、最近の私は昔に比べて格段に弱っています。毎日のデスクワークで体力はがた落ちですし、時間と共に技術も鈍り、何より、平和なイーストフィールドに慣れてしまって殺気や悪意にかなり鈍感になってしまいました。
 もし寝不足になっていなければ、黒尽くめ達が僅かに放っていた殺気に全く気付かず、お二人を助ける事は出来なかったでしょう。
 姫巫女エタニティ様と、巫女騎士トリニティ様。お二人を黒尽くめの魔手から助け出せたのは寝不足のおかげ。引いては、寝不足の原因となったあの男と断言してもあながち間違いではありません。あの男なら、こうなると見越して私をイライラさせたのだと言われれば納得してしまいます。実際、その可能性は捨て切れないでしょう。
 感謝すべきか、否か。――しかしその寝不足の所為でこんな目に遭っているのですから良い気分でもありません。二つの人命が助かった分だけこの状況の方がマシと考えるべきかどうか、微妙ですね。この状況は私にとって決して良いとは言えませんから。
「ん~」
 ぐいぐいっと、手首を擦り合わせてみます。痛いです。かなりきつく縛ってあるみたいですね。足も同じ。しかもこちらは御丁寧に重りまで付いていますから、動かすたびに食い込んでかなりの痛みを伴います。どちらも我慢出来ないわけではありませんが、痛いのは嫌なのであまり動かない様にしましょう。
 床に寝転がった体勢のまま、次に室内の状況確認を行いました。やたらと無駄に広い部屋。家具類は一つも無く、ただ広いだけの部屋です。床には、手触りが良く値打ち物らしき絨毯が一面に敷き詰められています。この二つから推測出来るのは、ここがどこかのお屋敷の一室であるという事。広い部屋はそのまま家の広さを体現していますし、値打ち物の絨毯は富豪が好みます。しかし何らかの理由で屋敷を放置した……ってところでしょうか。問題はこの屋敷が何処にあるかですね。王宮周辺、あるいは銀天街であれば良いのですが、もっと遠くの場所だったら……。自力で戻れる程度の距離なら良いのですが――それは今、気にしても仕方ありません。手と足の縄を解き、無事にここから出られてから考えましょう。
 あと気になるのはこの暗さです。こうも真っ暗では、縄を解ける道具を探す事も出来ませんね。五つ並んだ窓には全て分厚いカーテンが引かれていて外の様子が伺えず、カーテンの隙間からは一切の光もありません。多分、今は夜なのでしょう。だからこんなに暗いんだと思います。朝になって陽が昇れば、空が分厚い雲に覆われ雨が降っていても、何とかなるかも。
 とにかく今は、少しでも状況が好転するのを待つしかなさそうですね。
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1.2.3.

3. 「最悪の事態 10.」


 夢を見ずに眠れたのは久し振りでした。あの男が現われて以来、毎晩の様に悪夢に魘されていましたし、頭を殴られて気絶していた間に見た夢は昔の懐かしい場面で、何だか逃れられない鎖に引きずり回されている気がしてずっと気持ち悪かったのですが、今はその気持ち悪さがありません。状況が状況なだけに、流石にぐっすり眠れはしませんでしたが、気力と体力は何とか回復。状況の方は、微妙、ですね。
 雨は相変わらず降っていましたが、カーテンの隙間から光が漏れています。朝か昼かどちらかは分かりませんが、一日の内の明るい半日内である事は確かです。
 洩れ落ちる光で部屋の中を見渡します。しかし残念ながら縄を切れそうな道具は一切ありませんでした。絨毯が赤い色だと分かっただけ。
 それから、私をここへ誘拐した犯人が私に危害を加える為にここに連れ込んだ可能性も否定していいと思います。何かするつもりなら昨日の夜に、あるいは気絶している間に出来たでしょうし、それが無いのなら殺してしまうつもりは無いと考えてもいいでしょう。
 あとはどう助かるか――。自力で逃げ出すのはちょっと苦しいかもしれません。せめて足の重りがなければどうにか仕様があったのでしょうが……。もし自力で逃げるのなら、それなりに苦労しないといけなさそうです。後は、何処かのお姫様宜しく誰かが助けに来てくれるとか。あの男なら――あるいは……。
「…………」
 ……何を無駄な期待をしているんでしょう。確かにあの男なら、私がこんな目に遭っていると気付いてもおかしくありません。いえ、十中八九気付いていると思います。だから助けに来てくれるなんて在り得ません。助けに来てくれる理由なんて無い――あの男は、無駄な事はしない。あの男は、総てを見透かしたあの蒼い瞳で、私を見ているだけなのです。
 ディなら飛んで来そうですけど、あの子には姫巫女と巫女騎士の護衛を頼んでいます。そちらを放り出してこちらに来るとは思えません。あの子はあれでかなり忠実ですからね。
 ならばカトラスやファングや……東方王宮の皆はどうなのか。これもまた、一連の騒動の流れや展開を知っておかなければ私が行方不明になった原因に気付き様がありませんし、例え気付いたとしても私がここに居ると分かる筈がありません。
 ――これはもう、自力で何とかするしかありませんね。
 とりあえず、縄切りから始めましょう。……といっても道具も何もありませんから、足を曲げて胸に抱え込むような体勢で手を伸ばして、指先で縄を解くしか方法がありません。手は何とか届いたのですが、
「ふぬぬぬ……」
 かなり硬いです。これは相当時間が掛かりますね。
「うー」
 爪が食い込んで……。
「いだだだだっ」
 右の人差し指の爪に、バキン、と、真横にひびが入ってしまいました。
「くーっ」
 それでも諦めるわけにはいきません。再度挑戦します。
「うぅぅううう」
「何をしている」
 見て分からないんですか。
「解こうとしているんです」
「成る程。難儀だな」
「……そう思うなら手伝いなさい、(しろがね)
 目の前には、いつの間にか、四足の獣が居ました。
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