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1. 「最悪の事態 6.」


 いつもの時間になっても姿を見せない総取締役とその補佐官に業を煮やした総取締役代理は、歩調に怒りを混ぜ込んで小気味良い音を立てながら廊下を歩いていました。向かう先は勿論、総取締役の私室。幾度か訪れた事のあるその部屋に到着すると、彼は手早くノックをしました。が、返事はありません。再度のノック。それにも、応答どころか反応すら無く、彼は溜め息をつきます。
 恐らく、寝坊でもしているのだろう。
 そう考え、彼は再びノックをしました。
「芙蓉様? いらっしゃいますか?」
 返事はありません。
「――入りますよ」
 これだけ呼んでも返事が無いのならもう自分が起こすしかないだろう。まったく、ディは何をやっているんだ。何の為の補佐官だ。
 胸中であれこれ文句を並べ、がちゃりとドアノブを回します。
 しかしその部屋には、誰の姿もありませんでした。
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2. 「最悪の事態 7.」


「――居ない……?」
「はい」
 怪訝そうに眉を寄せるカトラスに、侍女コレットはしっかりと頷きました。
「内城や庭などくまなく探しましたが、どこにもいらっしゃいませんでした。外城だけは探していませんが、あちらはエルフ族が滞在していらっしゃいますので、近付けません」
「ディは?」
「中庭で姿を見掛けました。姫巫女エタニティ様と巫女騎士トリニティ様が一緒で――どうやら二人の身辺を警護しているみたいです。おそらく芙蓉様の言い付けでしょう」
 なるほど、と、カトラスは胸中で頷きました。
(今回は何とか凌いだが、二度目が無いとも限らない。客人として二人を預かっている以上、芙蓉様が二人を保護しようと考えるのは当然――。その場合、最も信頼出来る人間を使うのは定石だ)
 長い付き合いがある分、ディはカトラスよりも信頼が深いです。それにカトラスには総取締役代理としての仕事があります。その仕事を差し置いて二人の護衛に当たらせるわけにはいきません。
「――ディは、何か言っていなかったか?」
「いえ……特には」
「――そうか」
 城を出て行った時の、あの時の二人のやりとりを鑑みれば何も知らない筈は無いのだが……。
「カトラス様、一つ気になる事があります」
「何だ」
「中央王宮第二王子シュナイザー様の事なのですが……、王子は常々、総取締役が女とは何事だ! と、身の回りの世話をしていた侍女に怒りを顕にしておられました。――ところが先程、他の侍女から連絡がありまして、中央王宮第二王子シュナイザー様が、芙蓉様をお呼びになっていらっしゃるそうなのです。何でも、今行われている会議に芙蓉様を参加させたいとかで」
 ……あの男が?
 ぴくん、と、カトラスの片眉が神経質に反応しました。
「確かに、不自然だな」
 シュナイザー様が総取締役を毛嫌いする理由は山ほどあります。だから会議に参加させ無いと云うのなら納得出来ますが、むしろ参加させようとするなんて変です。
「それで、その――芙蓉様を探していた侍女が居ない事を、御報告申し上げてしまったそうで――」
「何だと……!?」
 ガタン、と、音を立ててカトラスは席を立ちました。
 その行動に、コレットの報告を見て見ぬ振りをしていた取締室員達が一斉に注目してしまいます。
 けれどそれだけ、拙い事態なんです。
 エルフ滞在と云う大きな仕事を前に総取締役が姿を消したなどと知られてしまっては、処分は免れません。下手をすれば王宮追放です。
(どんな事情があるにしろ、芙蓉様が望んで姿を消すのならもっと巧く姿を消すだろう。あの方は、こんな方法は取らない)
 ならば第三者の意志が絡んでいます。事故か事件か――。気になるのは第二王子シュナイザー様の行動です。
(あの男……! しかし幾ら馬鹿とは云え、仮にも王子。そんな無謀な事をするのか? 下手をすれば自分が王宮から追放されかねないのに……)
 しかし他に怪しい人物も思い浮かびませんし、物証もありません。何より事故に巻き込まれた可能性も否定出来ないんです。
(とにかく今は探すしかない)
 ぐっと拳を握り、彼は無言で席を離れました。
「カトラス様!? どちらに!?」
 慌ててスコットが声を掛けます。
「探す」
 短く言い切り、部屋を出て行くカトラス。
 その背中を心配したコレットは、室員に頭を下げて部屋を出、カトラスの後を追い駆けました。
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3. 「最悪の事態 8.」


 幾ら探しても見当たらないあの姿――。焦りと、焦燥が、少しずつカトラスの理性を食い潰していました。
 事情を分かってくれそうな人物に声を掛け、人海戦術で王宮中をくまなく捜索します。内城はコレットを筆頭に侍女達が担当、豪雨が降り続ける外はファングを筆頭に手が空いている警備兵を、そして外城はエルフ族のウィル様とミュゼ様、そして織也が手分けして探しましたが、一向に見付かりそうな気配はありません。
「拙い展開だね、これは」
 神妙な面持ちでウィル様が呟きました。
 主の居ない総取締室。その隅にある客用の椅子に座ったカトラスを、捜索を終えた人達がぐるりと囲んでいます。その中にはディと姫巫女エタニティ様、巫女騎士トリニティ様の姿もありました。
「ここまで探していねーって事は、王宮にはもう居ないんだろ」
 これはファング。
「そうだね。そうなると益々、カトラスの推測通り、その第二王子とやらが怪しいかな」
「何を言うの、ウィル! 怪しいんじゃなくて、もう犯人確定じゃない!」
「ミュゼ、確証も無しに人を疑うなよ」
「何よ、織也だってそう思っているんでしょう?」
「う、……そりゃ、まぁ……」
「しかし、シュナイザー様は仮にも中央王宮の第二王子様。王位継承権も御健在です。そんな御方が、その様な真似をなさられるでしょうか……?」
 コレットが眉を寄せて疑問を投げ掛けますが、
「これだから人間は信用出来ないのよ!!」
「ミュゼ、堂々過ぎ」
「いっそ清々しいねぇ」
 断言するミュゼ様に、織也とウィル様が感嘆の声を上げました。
「ディは、何か心当たりはねぇのか?」
「…………」
 ファングに問われ、無言で、ゆっくりと首を横に振るディ。
「でもお前、芙蓉様を止めようとしたんだろ?」
「―――…」
「――嫌な事が起きるかもしれないとは思ったらしいけど、こうなるなんて予想していなかったそうです」
 俯くディの表情を読み取ったコレットが、彼の心境を代弁しました。
「はぁ……。八方塞か……」
 溜め息を付く織也。
「――どうする? カトラス」
 先を促すウィル様。
 みんなの視線が一斉にカトラスに集められます。
 彼は暫し考え込んだ後、おもむろに立ち上がりました。
「仕事に支障が出てしまいます。皆さんは仕事に戻って下さい」
「あ? お前はどーすんだ?」
「――銀天街に出て探してみる」
「バっ……!」
 慌てたファングが、立ち去ろうとするカトラスの二の腕を掴みました。
「何、バカな事言ってンだ! 銀天街がどんだけ広いのか分かってんのか!?」
「王宮に居ないという事は、外に居るという事だ。何処かに必ず居る」
「それこそ無謀(バカ)だろ! アテも無く探し回って見つけ出せるか!!」
「しかし他に方法は無いだろう!」
 ファングがカトラスの胸倉を掴み、カトラスがファングの胸倉を掴みます。鼻面を突き合わせ、睨み合う二人。他の人たちは、込み入った空気に入り込めないでいました。
「オレはそっちのデカイのに賛成だね」
 そんな空気に切れ込みを入れたのは織也でした。でかいのとはどうやらファングの事の様です。
「街がどれだけデカイかは知らないが、一人で探せる広さを街とは言わないだろ。それにもしこれが誘拐なら、そう簡単に見付かる様な処にも居ないだろうしな」
「だからと言って、正式に捜索隊も組めないけどね。もし本格的に探すとなると、それは芙蓉の不在を東方王宮全体に知らせてしまうのと同意義だ。そんな事になれば、芙蓉は間違いなく、何らかの処分を下されるよ」
「何でだ? あいつは何にもしてないだろ」
 ウィル様の説明に、怪訝そうな顔をするファング。確かにその質問は正論です。しかしこの場合、必ずしもそうとは言い切れません。
「考えてもみなよ。もし芙蓉が本当に誘拐されたのなら、犯人は第二王子だと証言しなければならない。しかし証言すれば、芋蔓式に第二王子が姫巫女と巫女騎士にやった事を明るみに出さなきゃならないんだ。そんな事、東方王宮のマスターであるマクラレーンは望んでいない。事が外部に知られれば、これまた芋蔓式に東方王宮の警備が甘かったと失態を晒す事になるからね。――マスターが望んでいない事を、芙蓉は決してやらない。何故ならそれが、総取締役という地位だから」
「めんどくせー仕事だな」
「芙蓉はよくやってくれているよ」
 渋面する織也に、ウィル様は苦笑しました。
「よーするに、喋れねぇから、芙蓉が処分被るしかねぇって事か?」
「うん」
「んなの、ありかよ……」
 納得いかねぇ、とファング。
 それはこの場に居る誰もが同じ気持ちです。
「せめて事故に遭ってくれてたらなぁ……」
 溜め息をついてファングが続けますが、
「何を言っているの!」
 ミュゼ様の猛反論を受けてしまいました。
「これだけ状況証拠が揃っていて、そんな都合のいい事ないわ! そもそも彼女は、事故に遭っても自分でぱぱっと解決しちゃうでしょう!? 本当に事故に遭っているのなら、とっくに今頃帰ってきているわよ!」
「確かに」
 一同は声を揃えて頷き合いました。
「何とか事実を隠しつつ、一刻も早く探し出すしかないって事か」
 大仕事だな、と織也。
「せめて方角とか、どの辺とかわかりゃあいいんだが……」
 ぼりぼりと頭を掻いてファング。そんな彼の目に止まったのは、両手に水晶を持った小さな女の子でした。
「……そうだ。アンタ、占いで第三王子の命助けたんだろ? それで何とか居場所特定出来ないのか?」
 姫巫女エタニティ様に期待の眼差しが送られます。
「あ、あの……」
 一歩さがりながら、怯えるエタニティ様。そんな彼女の姿を見た巫女騎士トリニティ様が、みんなとエタニティ様との間に立ち、物凄い剣幕でまくし立てました。
「エタニティの占いには効力範囲があるんだ! だから遠くに居たら無理だ!」
「効力範囲?」
 鸚鵡返しにファング。
「あの、……私の占いは、場所と時間が範囲内で無ければ駄目なんです。……さっきから占ってみているんですけど……、どうしても見付からなくて……。ごめんなさい……」
 泣きべそをかきそうな顔で、エタニティ様は俯いてしまわれました。
「効力範囲か……面白いね。僕達エルフ族の感応能力に似ているんだ」
「そんな事に感心している場合じゃないでしょう、ウィル!」
「ごめん、ごめん」
「となると、益々、大変だなぁ」
 ファングやコレット、それにウィル様にはそれぞれ、東方王宮での仕事があります。だから実質的に動けるのは織也とミュゼ様くらい。二人だけで探す大変さを噛み締めながら織也は呟きました。
「こういう場合、とりあえず必要なのは目撃情報だな。オレとミュゼとで何とかやってみるよ。いいな? ミュゼ」
「う……。わ、分かったわよ」
「オレも――」
「カトラス、お前は総取締役代理だろ」
 掴み合って形が崩れてしまったカトラスの襟元を直しながら、ファングが言いました。
「お前はお前のやるべき仕事がある。代理として、東方王宮を動かせ。取締役がいねぇと、巧く動かないからな、王宮は」
「芙蓉もきっと、それを望んでいるよ」
 ファングとウィル様に諭され、皆に期待の眼差しを向けられ――カトラスは、儘ならない事態にもどかしさを感じながらも、少しずつ冷静さを取り戻してきました。
「――分かった」
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