INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第09話next
1.2.3.

1. 「最悪の事態 3.」


「誠に申し訳有りません」
 深々と、東方王宮将軍マグワイヤ様が頭を下げられました。
「――いいえ」
 短い返答を返し、少し言葉を交わします。それから将軍には引き取っていただきました。これ以上、御話しする事はありませんから。
「失礼します」
 入れ違いにカトラスが入室します。手には書類の束。しかし既に終わっている書類の様で、私には回って来ずに終了済みの書類の山にそれを加えました。
「将軍の御話し、やはり先日の件ですか」
「……ええ」
 神妙な面持ちで頷きました。
「痺れが消えて……全員に逃げられたそうです」
「! ――…それは……穏やかではありませんね」
「――そうですね」
 だけどこうなるのを、心のどこかで予想していたのかも知れません。苛立ちも怒りも無く、とても穏やかにその話しを聞く事が出来ました。
 真夜中に現われた四人の黒尽くめの男達。分厚い雨雲で月が隠れ、雨に気配を紛らわせ、雨音で足音を消して――。どう考えてもそれなりの玄人としか思えない四人組みでした。そんな彼らが狙っていたのは私ではなく姫巫女エタニティ様と、巫女騎士のトリニティ様。お二人はどうやらずっと以前からこんな目に遭われていたそうで、暗殺者を前にしても子どもとは思えぬ冷静さを保っていらっしゃいました。
 そしてもう一つ、今回の件で個人的に気になっているのが――中央王宮第三王子、ブライアン様です。
「…………」
 椅子を軽く引き、背もたれに背中を深く預けて、腕を組み、足を組みます。
 ――この一件の答えは既に出ています。後はあちらがどう動くか……。
 コンコン。
「はい」
 カトラスが返事をし、扉を開けてディが入ってきました。その表情はいつも以上に沈んでいます。
「……そう」
 その顔から状況を読み取った私は、椅子の肘掛に手を置いて、立ち上がりました。
「カトラス、少しの間、出て来ます」
「どちらに……!?」
 慌てるカトラス。
 仕事が大変なのは分かっていますが、これだけはどうしても外せません。そして教える事も出来ません。彼の質問には答えず、そのままディの脇を通り過ぎようとしたのですが、
 ぱしっ。
 ディに手首を掴まれ、足を止めました。
「……ディ」
 前を向いたまま、彼をたしなめます。
 しかしディは一向に手を離そうとしません。いつもなら素直に私の言う事に従うのに、今日は激しく首を横に振って私を引き止めます。
 私の細い手首が、軽く悲鳴を上げました。ディは軽く握っているつもりなんでしょうが、力の加減が巧く出来ないのか、力が強すぎるのか、正直痛いです。しかし彼にそんな事を気にする余裕は無いらしく、力は弱まるばかりか強くなる一方でした。
 そんな彼の手に、掴まれた手とは反対の手をそっと添えて、すぃ、と、彼の視線に私の視線をぶつけます。
「ディ」
 びくん、と、ディの肩が揺れ、手から力が抜けました。
 すかさず私の手を彼の手から抜き、そのままスタスタと廊下に出てしまいます。
 取り残され、しゅんと肩を落とすディを、奥の部屋からカトラスが見守っていました。
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2. 「最悪の事態 4.」


 尾行はあまり得意ではありません。ましてや相手は、尾行が付いていないかどうか、かなり警戒しながら足を進めていますから、気付かれずに後をつけるのはかなりの労力と神経を使います。平日の真昼間。銀天街へとやって来ましたが、幸か不幸かの大雨です。人通りがまばらで姿を隠せる場所が無く、時々見付かりそうになる危うい場面が幾度かあったものの、雨を凌ぐ傘のお陰で何とか遣り過ごし、何とかここまで来ました。
 人通りが更に少ない路地の奥。看板も何も掲げていないお店に彼は足を踏み入れます。ここ、知る人ぞ知る隠れた名食堂です。以前、ファングに教えて貰った事があるんですよね。彼は銀天街に良く来るとかで、街の事はとても詳しいんです。しかし何故、こんな場所を彼が知っているんでしょうか。――…なんて、考えても無駄ですから、邪魔な疑問はさっさと追い払って、後を追って中へと入りました。
 店内には数人のお客が居り、結構賑っていました。雨音も手伝って、小声で話せば聞えない位のざわめきがあります。等間隔で並ぶテーブルの一番奥の席に目当ての人物が座っているのを確認し、私はあえてその人物と背中を合わせるように座れるテーブルを選んで座りました。
 木製の硬い背もたれに背中を預け、足と腕を組み、小声で背後の人間に話し掛けます。
「――先に言っておきますが――」
「!!」
「今回の件は外部には洩らしていません。東方王宮の警備責任も問われてしまいますからね。――ですから、貴方もこのまま、御内密に」
「…………」
 息を呑んでいるのが背中越しに伝わってきます。どうやら声で私が誰であるか気付いた様ですね。
「――その様に宜しいですね? 第二王子、シュナイザー様」
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3. 「最悪の事態 5.」


 気付くべき要因は幾つもあったと思います。その中でも決め手になったのは、第三王子ブライアン様のお言葉と、シュナイザー王子の馬鹿さ加減ですね。
 第三王子ブライアン様は、以前から命を狙われる傾向にあると仰られていました。その為、身辺の護衛の数が増えていると。そしてその危機を救ったのが姫巫女エタニティ様の占いです。――命を狙っている側としては、彼女の登場はさぞかし目障りだったでしょう。そこで犯人は、第三王子(ほんめい)より先に姫巫女様を狙い始めました。しかし尽く失敗。そんな折、第三王子が東方王宮へ派遣される事が決まり、犯人は占めたと思った筈です。
 外出先ならば護衛の数も減る! 姫巫女も同行させられない! チャンスだ!
 ――ところが、思惑に反して姫巫女様は一行に同行しており、城に帰させる事も失敗。思い余った犯人は、人を雇い、姫巫女様を強行的に襲わせました。
 第三王子ブライアン様を狙う動機があり、人を雇えるお金を持っていて、しかもこんな計画性の無い行き当たりばったりな行動をする人なんて、思いつくのは一人しか居ません。
 一連の騒動の真相に気付いたのは、多分、私一人だけではないでしょう。冷静に状況判断が出来る人物であれば誰でも気付くと思います。例えばカトラス。彼は第二王子と第三王子が険悪な仲だと知っていますし、襲撃現場も確認しましたから襲われたのは私ではなく姫巫女様達だと気付いているはずです。気付くには十分な要素が揃っています。それから、私が報告を申し上げたマクラレーン様。あの渋いお顔から察するに、気付いてしまわれた様ですね。マスターにしてみれば、中央王宮の醜聞が明るみに出、東方王宮の失態が知られてしまう二重の汚点ですから、顔は何とか平静を保っていらっしゃっても心中はさぞかし怒り狂っておられたでしょう。そして将軍マグワイヤ様。東方王宮の警備はそんなに軽々しくありません。しかし襲撃犯はそれを二度も破っています。一度目は姫巫女様を襲った時。そして二度目は牢獄から逃げた時。内部に情報を洩らしている人物が居ると考えてもおかしくはありません。更に彼はマクラレーン様からそれとなく今回の件を有耶無耶にしてしまうように命令されている筈です。マクラレーン様が今回の真相に気付いておいでなら、犯人が逃げてしまったのをいい事に汚点と失点を水に流してしまおうとされるでしょうからね。もしかしたら襲撃犯を逃がしたのはマクラレーン様か、もしくはその命令を受けた者か……マグワイヤ将軍はもしかするとそこまで考えているかもしれません。
 ――何にしろ、そしてそれだけの推理力を持つのなら、物的証拠、あるいは言い逃れの出来ない状況を押さえ、犯人を検挙する事も出来ました。しかし、皆、事態(コト)が大き過ぎて身動きが取れないんです。ならば、姫巫女様と巫女騎士様を東方王宮に客人として招いている私が、ここは仕切るしかありません。何よりも、健気に互いを支え合う、あの二人の為に。
 シュナイザー様の事です。姫巫女様及び巫女騎士様襲撃が失敗に終わったと知ったなら、必ず、襲撃犯と何らかの形でコンタクトを取るでしょう。依頼人としては何故失敗したのか気になるでしょうし、チャンスがあるならもう一度襲撃させる手筈を整えなければなりません。そこで私はシュナイザー様をディに見張らせ、何か行動を起こしたら直ぐに私に知らせるよう言いつけていたんです。そして今日、彼は動いた。まさか自ら銀天街に赴いて(じか)に接触をするとは思いませんでしたが、依頼の内容が内容なだけに、他人に任せるわけにもいかないんでしょうね。もしこれが私なら、私もそうすると思います。
 こうして現場を押さえられてしまった以上、言い逃れなんてさせません。私は口調を一層強くし、言い放ちました。
「この東方王宮で、同じ様な暴挙は、二度と許しません」
 東方王宮の誰もが、私も、マスターであるマクラレーン様すらも、中央王宮のイザコザに首を突っ込む気は無いんです。シュナイザー様さえ大人しくしていれば、今後、中央王宮で何をなさられようとも何も問いませんし、証言する気もありません。東方王宮の望んでいる事は一つ。今回のエルフ来訪に伴う会合の成功! それ以外の余計なものを是正している暇など無いんです!
 ――どの位の時間が過ぎたでしょうか。
 背中合わせのまま腹の探り合いをし続けていると、シュナイザー様がようやく私の言葉に返答をしました。とても、硬い声で。
「……いいだろう」
 偉そうに、短く、たったそれだけ。
 しかし十分です。
「では――宜しくお願いします」
 こんな所に一秒でも長居したくありません。私はそそくさと席を立ち、出口へと向かいました。
 一仕事を終えてほっとしました。何せ相手は馬鹿王子殿。もし変に反論されたらどうしようと、あれこれ対策を考えていたのですが、それらが全て無駄に終わって本当に良かったです。下手に刺激してしまってマクラレーン様に報告されでもしたらとんでもない事態になってしまいますから。
 そんな事を考えながら扉を押し開け、裏路地へと出ました。人の気配は無く、昼間だと云うのに、雨雲と建物の配置の関係で結構暗いです。
 思わず溜め息が出てしまうのは、ほっと安堵したからではなく、陰気なその路地の所為。あと、疲れですね。寝不足と栄養不足、それに王子の為に色々考えすぎましたから。
 ――だから、だと思います。疲れがピークに達していて、油断していたんでしょう。
 がつん!
 後頭部に激しい痛みを叩き落されたかと思うと、私の意識はそのまま、深い処へと引きずり込まれてしまいました――。
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