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1.2.3.

1. 「東方王宮大騒動 12.」


 かつて世界は人間の支配化にありました。
 猿から進化したと云われる人間は、二本足で歩行し始めたのをきっかけに手という便利なものを手に入れます。手は火を熾せました。火は暗闇に光を灯し、夜闇の恐怖から彼らを守り、また、ある程度の動物は火を怖がって近付こうとしないので身を守る手段にもなりました。指の発達を経て、人は道具を作り道具を使う事を覚えます。ナイフは肉を切り裂き、硬い木の実の皮を削り、土から作った器はそれらを保存する道具となりました。食料の確保は種族の発展を促し、やがて人は集団で生活するようになり、村が出来、国が生まれます。
 そこから生まれる競争心。闘争心。それらがもたらす繁栄。――そして、科学の発達。
 知恵を使い種族としての危機感を失った人間達は、今度は生活の利便さを追求するようになりました。
 石炭や石油などの化石燃料の利用。――資源の枯渇。
 火薬の発明。火器の開発。――戦争の過激化。
 森林の減少。二酸化炭素の増加による温暖化。フロンガスによるオゾン層の破壊。酸性雨。乱獲により生態系は崩れ、絶滅動物は増加する一方。
 様々な問題に気付いた人類は、それらを何とかすべく手段を編み出しますが、既に時は遅く、手遅れでした。
 手始めに、新種のウィルスが現われました。感染力が極端に強く、しかも致死性の高いウィルスで、対応策を考慮している間に世界中に広まってしまいます。それに伴って生活環境が悪化してしまい、人類は激減。何とかワクチンを開発し、全滅は免れましたが、災厄はそれだけには留まりませんでした。
 大規模な地殻変動。これが致命的なダメージを与えました。多発する大地震、それによって発生する巨大津波・火山の噴火。かろうじてヒトは生き残りましたが、文明の滅亡は避けられませんでした。
 その結果、総ては大地へと還り、世界はスタート地点に戻されてしまったんです。けれど零ではありませんでした。かつての繁栄に比べればほんの僅かですが、人は生き残っていたのですから。
 そんな彼らを再起させ、手助けしたのがエルフ族です。
 食料の支給や指導者達の選抜から始まり、村を作って、国を興す。苦しみに喘いでいた人間達にとってエルフの存在は、神にも見紛(みまご)う程、神々しかった事でしょう。その名残が現在にも根強く残っており、技術を発展させた今でも、人間達はエルフ族を敬遠しています。

 ――エクアリー計画。それが、彼らエルフ族の目的。

 人類の発展を促し、生態系及び自然界と共存した技術の伝授を主な内容としています。そしてもう一つ、それらに伴って重要な項目が含まれています。賢者達を監視下に置く……とでも云うのでしょうか。少し表現が違う気がしますけど、やっている事に大して差はないのでそんな言葉で表現させてもらいましょう。
 賢者とは、つまり、私や織也の様な人間の事です。
 技術最盛期の頃に、あるいはそれ以前に、何らかの理由でアルフハイムヘと赴き、時間を大幅に(また)いでしまった人間。無理矢理例えるなら、浦島太郎の現代版バージョンですね。……無理矢理過ぎか。まあ、いいけど。
 賢者、特に私達の様な技術最盛期の人間は、その有り余る知識を現代に大いに活用する事が出来ます。何せパソコンや携帯電話どころか体温計すら無い時代ですからね。私の様に、元・ウェブデザイナーなんて何の役にも立たない職業の人間ならともかく、織也の様にちょっと役に立つ知識がある――数学は彼方此方に応用が利きますからね。家を建てるのにも計算が必要ですし――と、それだけで大儲けしちゃう事が出来るんです。儲けるのは別に構わないのですが、さっきも言った通りエルフ族は自然界を壊さない技術の向上を目指しているので賢者達に勝手な事をさせられません。高等技術は全てエルフ族の監視下にあり、それらの知識を持つ賢者達も同様に扱われています。監視と言っても、別にアルフハイムに監禁されているわけではありませんから、監視によって不便さ等は生じません。むしろ、アルフハイムを気に入って人間界を離れた人間ばかりですから、自ら望んでアルフハイムに居付いてしまっている人達が殆どです。私の様にアルフハイムを出た者も居れば、お世話になったエルフと共に人間界で暮らす織也の様な人も居るし、以前お会いした薬剤師の英司さんなんかは一人で医者の居ない村を旅して回っていらっしゃったりします。つまり気にする要素なんて何にもないって事です。
 エクアリー計画の最終目標は、人間界を人間の手に戻す事。
 エルフ族を敬遠し、技術革新をエルフの監視下で行っているこの状況は、人間界が人間の手によって動かされているとは、決して言えません。ですから、人間の心が安定し、技術を委ねても良い状況下になった暁には、エルフ族は人間から一切手を引くのが最終段階になるんです。

「今回の訪問は、その一環なんだとよ」
 総取締室の、私が座る机の真正面に立ち、優良領地のキール様が偉そうに胸を張って高らかに説明してくれました。
「最終目標達成の為、先ずは賢者達を人間界へ戻す事になったんだ。ところがどっこい、賢者達はこっちの世界には全く慣れてないし、何より技術の乱用を防ぐ監視の目がどうしても必要だろ。そこでー、だ! エルフと連携を取りながら賢者の監視をする組織を結成し、バランスを保ちながら世界の発展に貢献する! ナンテスバラシィー!」
「―――…」
 テンション高いですねー。
「……ノリ悪いな」
「寝不足なんです」
 大きな欠伸を目の前でして差し上げます。睡眠不足と食欲不振からくる倦怠感は、やる気を奪ってしまうのでどうにもこうにも仕事が進みません。それでも何とか毎日仕事を終わらせられるのは、カトラスとディと取りしまりーズのサポートのおかげ。ありがたい御話しです。
「そー言われりゃ、顔色悪ィーな。大丈夫か?」
「…………」
「……なんだよ、その顔は」
 キール様に心配されるなんて……!
 キール様に心配されるなんて……!!
 キール様に心配されてしまった……!!
「お前、何かすっげーシツレーな事、考えてるだろ」
「いいえ、別に」
「ホントかよ」
 信じてませんね。私ってそんなに信用ありませんか? ……まあ、今回は当然かもしれませんけど。
「……ところで、何故、キール様がここにいらっしゃるんですか?」
「んあ? 言ってなかったか? 今回の議会には、中央王宮の王子の他に、イーストフィールドの領主代表が何人か特例で席を設けてもらってんだよ。で、そんな大事なイベントにオレ様に声が掛からねーワケねーだろ」
「へぇ……」
 聞いていると無意味に偉そうですけど、実際そうだから馬鹿に出来ませんね。ちょっと前まで不良領主と罵られ格下扱いされていたあのキール様が既にそんな権力にまで昇り詰めていらっしゃるなんて驚きです。改めてキール様の実力を思い知らされますね。
 元々、イーストフィールドマスターのマクラレーン様が直々に目を掛けていたお方ですし、その位は出来て当然なのかもしれません。性格は基本的に順応性が良いと云うよりお気楽極楽。遊びこそライフワーク。しかし意外にも仕事は真面目で切り替えの素早さが判断力を底上げし、政治界内での彼の地位を着々と上へと押し上げています。不良領主と蔑まれていた彼は、今や一端(いっぱし)の優良領地領主。その影響力は既に東方王宮議会の隅にまで及んでいると小耳に挟みましたが、まさかそんなと信じていませんでした。しかし、特例の議会席を勝ち取るなんて実力を持っていらっしゃるのなら、噂も信じざるを得ないでしょう。見上げた出世速度です。家柄と実力で出世を勝ち取ってきた東方王宮総取締役代理のカトラスと良い勝負しているのではないでしょうか。この分だと、キール様が領主を経て議会に殴り込む――いえ、進出するのも、そう遠くは無いと思われます。
「順調、みたいですね」
「ああ、どっかのお節介が、世話焼いてくれたからな」
 それはキール様流のお礼ですね。
 私はふっと苦笑しました。
 圧政を敷いていたお父上の所為で不良領主と罵られていた彼を罵倒し、再起させたのは他ならぬ私です。感謝されても足りないくらいですよ。
「どうせなら、拝み倒して欲しいです」
「はっ、どっちかっつーと」
 執務机に片手を付いて、ずいっと、彼の顔が近くなります。
「押し倒す方が好みなんだケド?」
「―――…」
 彼の表情には、明らかに何かが含まれていました。
「……どういう風の吹き回しですか?」
「東方王宮総取締役を手懐けときゃ、イロイロ便利だろ。――聞ぃたぜ、中央王宮のバカ王子との件」
 キール様に馬鹿呼ばわりされてしまっては、第二王子シュナイザー様もお仕舞いですね。
「ヤリ過ぎ感は否めねーケド、あーゆー手合いは最初が肝心だから、まあ、冷静な判断だよな。かと言って、マジでやるのもどーかしてるだろ。下手すりゃ不敬罪で、ブチ込まれてもおかしくねーぜ」
 そう言われてみれば確かにそんな可能性もあったでしょう。あの時はただシュナイザー様の幼稚な発想に呆れてしまって、そんな事を考える余裕なんてありませんでしたから、キール様が仰るほど冷静ではなかったと思いますよ。
「考えていませんでした」
「考えていよーと、なかろーと、要はそれだけの事をやってのけるっつーのが重要なワケ。おっけー? ――で、そーゆー実力を持った奴を手駒にしときゃ、イロイロ便利だろ。万が一、お前が新組織の、アタマの推薦枠を勝ち取ったとしても、な」
「―――…」
 あから様に、眉宇を顰める私。
「なんですか、それ」
「新組織の設立って聞いて、議会の一部のジジィ共が企んでやがるんだよ。――分からねぇか? オメェ、この東方王宮から厄介払いさせられよーとしてんだ」
「…………」
「ま、無理もねぇわな。突然現われた庶民が王宮内政を仕切って、領主を手篭めにするわ、軍人を弓で打ち負かすわ、王女殿と臣下をくっつけよーとするわ、まー、好き勝手やってるからな。東方王宮っつー、面子の問題もある。議会のじーさん連中はさぞかし毎日血圧の心配しただろーよ」
 キール様の声音には、明らかに「いい気味だ」という色合いが混じっていました。別にキール様を喜ばせる為でも、議員方を困らせる為でもなく、その場その場で最善と思われる方法を取ってきたつもりなんですけどね。しかし色々と旨くいかないのはよく分かっていますし、これはこれで仕方ないでしょう。あちらを立てればこちらが立たず。全部を全部、上手に立てるのは割りと難しいんです。だから私は私が立てたい顔を立ててきました。それだけの事。
「いい加減、どっかの派閥に入ったらどーなんだ? 取り合えずでもいいからよ。そうすりゃ多少は庇ってくれるだろ。このままじゃ、庇ってくれる組織なんて一つも現われねぇぞ? ――お前を支持してんのは、下っ端にゃ多いかもしれねぇが上層部はそうでもねぇ。取締室のメンバー、侍女頭や料理長……、軍部にゃファングが居るが、小隊長じゃハナシにならねぇしな。他ならぬオレも、議会に多少融通が利くだけの一介の領主だ。政治に介入は出来ねぇ。唯一、総取締役代理のカトラスにはディオール調印議員っつーバックグラウンドがあるが――」
 ぼりぼりと、キール様は頭を掻きました。
「ディオール議員は息子のカトラスを総取締役に就けたがってる。――お前を支持はしねぇ。絶対にな」
「……でしょうね」
 私が居なくなれば、総取締役の椅子はカトラスのものです。ディオール上席調印議員が私を庇う理由はありません。
「けど、お前を新組織のアタマは張らせられねーって反対派も居る。何せ新組織はエルフとの直接交渉もあるからな。ンな大役、そんじょそこらの奴には任せられねぇだろ。中央王宮は中央王宮で候補者を出すらしいぜ。――新組織の結成は既に決定されちまってるから、あとはアタマを誰にするかで、議会は今モメてる」
「――荒れそうですね」
「ああ。きっついだろーからな。新しい組織は何かと邪魔者扱いされ易いが、この件は絶対に成功させなきゃらなねぇプレッシャーがある。だけど、名誉だ。エルフと対等な立場になれるんだからな――」
「天気、ですよ」
「んぁ?」
 顔を顰めて、キール様は窓の外に視線を向けました。
 昨日まであんなに晴れていたのに、空には灰色の雲が重く垂れ込めています。見渡す限り灰色に染まった空。雲の動きは遅く、そもそも動いているのかどうかすら分かりません。太陽の光は遮られてしまい、手元に灯りがなければ書類の文字を読む事が出来ません。私はディを呼び、灯りを準備させました。
「……オメェ、自分の立場分かってんのか?」
「ええ」
「……ホントかよ……」
 本当ですよ。
「まさか興味が無いなんて言うんじゃないだろうな」
「言いません」
「じゃあ何だよ」
 ――簡単です。
「それどころじゃ、ないんです」
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1.2.3.

2. 「最悪の事態 1.」


 とても、昔に。

 時間にすればそう長くない昔、感覚にすればとても遠い昔に、私は一人のエルフと出会いました。正確にはエルフではなく、エルフと悪魔の間に生まれたハーフエルフ。当時、人間はエルフと対立・戦争をしていて、エルフと関われば私の身に危険が及ぶと分かっていたのですが、酷い怪我を負っていた事もあり、私は彼を興味本位で助けました。怪我も癒えた彼は数ヵ月後に出て行ってしまうのですが――…家の中が、まるで灯りが消えてしまった様になってしまって。今までずっと一人だったくせに、妙に孤独感を感じるようになってしまっていて……。だから彼が迎えに来てくれた時は、とても嬉しかったんです。迷いなんてありませんでした。差し出された手を素直に取って、アルフハイムヘと赴きました。
 初めの頃は何も考えずに過ごしていたと思います。侍女を二人もつけてもらってのなに不自由のない生活。エルフは感応能力に優れていて人間を苦手にしていると聞いたので、なるべく部屋から出ないようにしました。元々、人付き合いが嫌いだった私は滅多に外に出らず仙人のような隠居生活を送っていましたから、アルフハイムでの生活には何の苦痛も感じませんでした。
 それが変わったのは、人間界を見てみたいと我が儘を言った頃でしょうか。
 文明が滅び、人が絶滅しかけ、戦争が終わったと聞いたとき、無性に故郷が見たくなりました。何も無いと言われ、分かっていても、それでもどうしてこの目で見たかったんです。
 キティという侍女がその願いを叶えてくれました。護衛兵を整えて、アルフハイムから外に出る許可を貰って……。
 目にした故郷は、何もかもが消え去っていました。一面に広がる黄砂。岩と大地と風の世界。私の知る風景の面影など一切無く、ここが故郷だと言われても何の実感も沸かなかったのが本音です。何処か別の世界に紛れ込んでしまったような感覚でした。それと同時に、アルフハイムと人間界とが、一体どれだけ時間の流れが違うのかを体感しました。
 だけど不思議と悲しくはなかったんです。
 家族を戦争で亡くしてしまった時も悲しくなんてありませんでした。ただ、遺された一軒家がやたらと広く感じられた事。遺産相続の手続きが面倒だった事。進学を諦めてウェブデザイナーになった事。身の回りの変化に日常が差し迫っていた事だけは克明に記憶しています。
 あの頃の私は、悲しいとか苦しいとか、そんな気持ちにとても愚鈍で、家族を失ってもそれは少しも揺らぎませんでした。けれどアルフハイムヘ足を踏み入れ、慈悲深いといわれるエルフ達に触れ合って、それは少し改善されたんだと思います。ただ広がる荒野と吹き荒ぶ風と成り果てた故郷を目にした時、私の中で、何かが揺れ動いていました。
 悲しみではない、何か。人としてやるべき事、やらなければならない事があるような気がして……。
 アルフハイムヘと戻った私は、エルフ達に、人間を救済する事を提案したんです。今度は道を誤ってしまわないように。人と自然とが共存出来る道を探すべく。そしていつの日か、エルフ達とも……。そう願って、提案して。エルフ達は、その願いを可決してくれました。
 ――そうして実行に移されたのが、エクアリー計画です。
『エルフ界一の立役者』――。
 あの男が、私をそう呼ぶのも無理はありません。
 もし私がエクアリー計画を提案しなければ、エルフ達は人間を助ける事無く、人間は未だに文明を築けず、こんな発展は在り得なかったでしょう。そして、エルフたちが人間に崇められる様な事にもならなかったんです。人類の発展と、エルフの神格化。それは、他ならぬ私が引き起こした結果。
 だけど私は、そんな風に呼ばれたいわけじゃない。
「こんな結果を――望んでなんて……」
 いなかった、筈、なのに……。
 私室の窓の傍。いつの間にか眠れない私の定位置と化したこの場所で、椅子に座って窓に持たれてぽつりと呟きました。
 外は久し振りの大雨。龍神の恵みが降り注いでいます。雲は暗黒の徒と化し空をうねり、雨音は無意味な思考を邪魔する最適なメロディを奏で、窓から見える景色はいつもと違った印象を与え、眠れない私にひと時の異空間を与えてくれています。
 昨日とは違う夜。けれど、昨日と同じ時間。一人で過ごす、一人の時間。
 あと何日、こんな夜を遣り過ごせばいいのだろうと、そう小さく苦笑した時でした。
「―――…?」
 微かにですが、不穏な何かを感じました。
 意図的に消そうとしている気配。足音。――殺気。
 何処から……?
 顔を上げて、神経を集中し、その何かの場所を特定します。しかし寝不足が祟って巧く集中出来ません。急がなきゃ……。焦る心が更に集中力を削いでしまいます。落ち着いて、急いで。自分を宥めて、周囲を見回して、警戒心を全開にすると、ようやく位置を特定出来ました。
 隣の部屋――姫巫女エタニティ様と、巫女騎士トリニティ様に提供した部屋から……!!
 拙いっ!!
 がたん、と椅子が音を立てるのも気にせず、隣の部屋へと走りました。
「ディ!」
 もう一つの隣の部屋で寝ているディに声を掛けます。叩き起こしている暇はありません。ディなら呼ぶだけで目を覚ましてくれるでしょう。案の定、彼は直ぐに扉を開けて私の部屋へと入って来たので、そのまま二人揃ってもう一つの部屋への扉を開きます。
 バン!
 大きな音を立てて扉を開くとそこには大きな一つのダブルベッドで寝息を立てる二人の子ども達と、それを狙う短刀を持った四人の黒尽くめの男達。
「お前ら……!」
 顔を歪ませて彼らを睨むと、四人は私達に向かって臨戦態勢を取りました。
「東方王宮総取締役の客人狙おうなんて――」
 にやり、と、思わず笑ってしまう、私の顔。
「――良い度胸、してますね」
 丁度ストレス溜まってたんです。一気に片付けさせて貰いますよ!
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1.2.3.

3. 「最悪の事態 2.」


 ゴギィッ!
「ぐあっ」
 最後の黒尽くめが痛みに耐えかねて声を洩らします。
 その他の三人も、各々「うぅ」とか「ぐぅ」とか、必至に奥歯を噛み締めて激痛と格闘している様でした。黒尽くめ達は全員床に突っ伏し、何とか逃げようと水に落ちた蟻の様にもがいていますが、一向に動ける気配がありません。骨を折るついでに細工を施させて貰いましたので、動けなくて当然ですよ。指先が麻痺していますから毒薬を飲んで自殺も出来ません。舌を噛み切るのも無理でしょう。
 尤も、最後の黒尽くめは未だその細工を施していないので、腕一本折られた位でぴんぴんしていますけど。
 折られていない方の腕――左腕でナイフを持ち、私目掛けて駆けてきます。体格から考えて、この黒尽くめは男(他の三人も同様でしたが)。力勝負では敵いません。私はタイミングを見計らってそのナイフを蹴り落とし、懐に潜り込んで鳩尾に一発食らわせます。しかしそれで怯んではくれません。左手が私の自由を奪おうと襲ってきますが、その手をすり抜けて背後へと周り首に手刀を落します。それから足を払い、本来なら在り得ぬ方向へと押し曲げました。
 ボギィッ。
 嫌な音を立てて折れる左足。
 可愛げの無い事に、今度は悲鳴を上げてくれませんでした。
 黒尽くめの男はそのまま前へ突っ伏し、倒れてしまいます。その彼の手の近くに、先程蹴り落としたナイフが落ちていました。もう使えないと思いますけど、念の為、そのナイフを拾い上げ、
 シュッ!
 ダン!
 部屋の奥の窓から這いずり落ちようとしていた黒尽くめの右頬を掠めさせ、大人しくさせました。
「相手と、状況が、悪かったですね」
 他の人ならもう少し簡単に取り押さえてくれるか、逃げ切れるかしたんでしょうけど、私は部屋を血で汚したくないしかと言って逃げさせてあげるほど優しくも無いので、あえてこんな方法を取らせてもらいました。人様のお部屋に夜中に、ましてやナイフ持参で侵入するような輩を優しく捕らえてあげるほど私は優しくありません。ストレス溜まってましたしね。ま、この場合は侵入して来た貴方達が悪いんですよ。
「芙蓉様!」
「どうした!? 一体、何事だ!?」
 騒動を聞きつけた人達が慌しく室内へと駆け込んできました。
 東方王宮総取締役代理となり、重役達の私室が集まるこの建物に部屋を賜ったカトラス。それから、この建物の周囲の警備責任者である人らしき人物と、警備兵数人、それから何故かファング。
「遅いですよ」
 言い放って、彼等の間をすり抜け、廊下へと出ました。そこには、戦闘が始まる前にディによって連れ出されたエタニティ様とトリニティ様が待っていました。エタニティ様は怯えた表情で、トリニティ様は恐怖を必至に隠して、二人揃って私を見上げます。
「怪我は?」
 訊くと、二人は首を振って答えてくれました。
 二人の傍にはずっとディが控えて守ってくれていましたから、怪我なんてある筈が無いですね。
「足と腕と一本ずつ折っています」
 部屋の扉を振り仰ぎ、集まってきた兵達の中で一番偉そうな人に投げ掛けました。
「――治療と、尋問を」
「あ……ああ」
 引き攣った表情で頷く見知らぬ兵。恐らく警備隊長辺りでしょう。こんな惨状になるまで気付かなかったなんて、一体何をしていたのやら……。
「可愛げがねぇな。もう少し躊躇ったらどうだ?」
 部屋の中を一通りチェックし終えたファングが困った顔で言いますが、私はそれを無視しました。
「芙蓉様……、一体何が……?」
 ファングの後に続いて部屋から出てきたカトラスが聞いてきます。
 私は、「さあ」と、淡白に答えました。
 その言葉に、目元を反応させるカトラス。そしてファング。
 彼ら二人は私を取り囲み、部屋へと入って後処理をする兵達の姿を見守る振りをし、小声で私に話し掛けてきました。
「プロ、ですか」
 これはカトラス。
「何やったんだ? ……って、今更か。イロイロやってるみたいだしなぁ」
 これはファング。
 二人共、粗方状況は察しているようですね。……まぁ、こんな状況で分からないなんて云う方がおかしいでしょうが。
「詮索はせず、二人共大人しくしておきなさい」
「はぁ!?」
 納得いかねぇと訴えるファング。
「何でだよ!!」
「何ででもです」
 二人の間をすり抜けて廊下の向こうにむかって歩き出します。部屋がこの状況では暫く使えませんからね。私やディはともかく、姫巫女様と巫女騎士様には何処か別の部屋を用意しなければなりません。それの相談に誰か侍女を捕まえようとしたのですが、
「待て!」
 幼い声に呼び止められ、私は後ろを振り向きました。
 巫女騎士、トリニティ様です。
「何か、御用ですか?」
「お前が東方王宮(ここ)で、一番強い奴なのか!?」
「…………」
 何と……答えればいいのか、一瞬躊躇ってしまいます。
 背後で、
「一番っちゃー、一番だよなー」
 と、ファングがカトラスに耳打ちしています。
 ……私にどう答えて貰いたいんでしょうね、彼は……。
「……だとしたら、何なんですか?」
 とりあえず先を聞いてみましょう。
「弟子にして欲しい!」
 ……はい?
「あたしは、エタニティが中央に行くっていうから付いて来たんだ。姉さまはいつも仕事で居ない……だからあたしがエタニティを守らなきゃいけない! だけどあたしはぜんぜん強くない! 強くならなきゃ、ダメなんだ! だからっ……!」
「トリニティ……」
 言葉に詰まるトリニティ様を、エタニティ様が後ろから支えました。
 ――命を狙われている事、ちゃんと気付いているんですね。しかもこの言い方、一度や二度じゃなさそうです。
 恐怖と戦いながら、お互いを支え合って生きて……。強さがあればせめて、姫巫女エタニティ様だけでも安心させてあげられると、頑張っている。健気ですね。でも……。
「私には無理です」
「!? どうして……。あたしが子どもだからか!? そんな理由で――!」
「そんなどうでもいい理由じゃありません。――私は誰かに教えられるような強さは持ち合わせていないんです」
「何を言うんだ! じゃあ、あれは!? 奴等を女一人で倒してしまう強さこそが強さだろう! あたしは強くなりたい! 強くなってエタニティを守るんだ!」
「――…私は」
 トリニティ様の真っ直ぐな目は、私にとって猛毒ですね。心の中の、良心の様な、そんなものがズキズキと痛む気がします。
「私は恐らく、この世で最も強いと断言出来る(ひと)から強さを学びました。けれど――…彼の強さの、その理由の、片鱗すらをも掴めなかった……」
 自分が実力を付ける度に、彼の恐ろしさを実感させられました。決して敵わない。何者をも退ける強さ。強く有り続けるその理由。考えれば考えるほど分からなくなり、いつしか、私が強さを目指す理由すら分からなくなってしまっていました。どうせ武術を習い始めた理由は、アルフハイムでの生活が退屈になってきたから、でしたし、分からないのならば深く考える必要は無いと、直ぐに諦めてしまいましたし。
 けれど今、一つだけ分かる事があります。
 理由や目標がある分だけ、人は強くなれるんです。理由や目標があれば、エタニティ様のように、常に求める心を、失わないから。
「――無意味な強さはとても脆い一面があります。だから本当に強くなりたいのなら、私なんかよりも、そんな心を教えてくれる人を師事して下さい」
「……そんな……」
 がくんと膝を付くトリニティ様。
 そんな彼女に近付き、
「必要ならば、誰か探して御紹介しましょう。私に出来るのはそれ位ですが」
 手を差し伸べました。
 暫くそれを見詰めていたトリニティ様ですが、やがて意を決し、私の手を取って立ち上がります。重なった二つの手に、
「えいっ」
 と、可愛らしい声を上げてエタニティ様が手を置きました。
「私も、頑張る」
「―――…」
 微笑ましいですね。思わず、頬が弛んでしまいます。
 久し振りににこにこと笑顔でいると、不意に人の気配を感じ、顔を上げました。真っ直ぐ伸びる廊下の先に、人が一人立っています。長い銀髪と、蒼い瞳。彼はこちらを見、一瞬だけ私と目を合わせます。
「――…あいつ……」
 警戒するファング。そしてカトラス。
 しかし彼の方は何かをする気は無いみたいです。ふっと笑みを浮かべて踵を返し、何処へとも無く去ってしまいました。
 私はその背中を、静かに見詰めていました。
1.2.3.
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