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1.2.3.

1. 「東方王宮大騒動 11.」


 エルフの一行が到着しました。東方王宮は予想通り大騒ぎで、到着から数日経ったというのに侍女やメイド達のお喋りは絶えません。取締室でもアデリアやエリザが毎日色々なネタを仕入れて来ては楽しそうに会話しています。みんな、元気ですね。その元気分けて欲しいです。
 書類にサインする手を止めて大きく息を吐くと、ディが心配そうに顔を覗き込んできました。私は、
「大丈夫」
 と、無理矢理笑って見せます。
 限界を感じ始めて早数日。何とか保っていますけど、いつどうなってもおかしくありません。魘されて飛び起きてまた魘される、そんな睡眠の取り方と、食欲が無いのでいつもの半分以下の量しか食べない食事と、そんな毎日では当然でしょう。そんな時は必ずディが傍に居るので、何とか彼を安心させようとベッドに入ったり食べ物を口に詰め込んだりします。……カトラスは何も言いません。せっかく用意してもらった灰皿を割ってしまった事にも触れず、次の日には違う灰皿が用意してありました。
 心配させてしまっているディの傍も、知らない振りをしてくれているカトラスの傍も、今は居心地が悪くて仕方ありません。仕事に没頭していれば少しは気を紛らわせる事も出来ますから、仕事だけは毎日きっちりしています。こんなに疲れているのに何をやっているんだろうって、ふっと虚しくなる時もありますけど、そんな考えはさっさと捨ててしまうに限ります。今は、それは考えたくありませんでした。
 コンコン。
「はい」
 ノックの音に答えると、直ぐに扉が開きます。
「よお」
 顔を覗かせたのは、織也でした。
「久し振り。死に際じゃないが、会いに来たぞ」
 思わず苦笑してしまいました。以前、交わした冗談半分の言葉をよく覚えているものです。
「それは重大な約束違反じゃありませんか?」
「いーだろ、別に。しっかり約束した覚えなんてないし」
 相変わらずですね。この人だけは、何十年後に再会しても変わっていなさそうな気がします。
「……まあ、構いませんが」
 今はそんな事を追及する元気なんてありませんし、見逃してあげましょうか。
「エルフの一行、間違いなく連れて来ましたからね。東方王宮総取締役殿」
 そんな織也の足元からひょこっと現われたのは、東方王宮参謀のウィル様のいとこ、ミュゼ様です。ちょっとむっとした顔なのは、彼女が私を嫌いだから。私には、そんな顔も可愛らしく見えてしまうのですが。
「――はい。御足労をお掛け致しました、ミュゼ様。有難う御座います」
 丁寧に挨拶をします。
 しかし彼女の顔は晴れません。
「……気に食わないわ」
「は?」
 何がですか?
「こんなに完璧に準備が整っているなんて! 勿論、私が色々とアドバイスしてあげたおかげもあるでしょうけどっ! 貴女の為に解り易く手紙を書いたんだから。何せ今回のご一行にはクレイスタ公様もいらっしゃるのよ。不手際なんて出来ないわ!」
 はぁ……。
「一応、私もアルフハイムに居ましたし……、嗜好や習慣は大体把握してますから……」
「…………。そうだったかしら?」
「そうですよ」
 でなければ、織也と友人なんて出来ませんからね。
 人間界で人が人の技術を謳歌していた時代――そんな時代に、私と織也は生まれました。そして共に、時の流れが人間界とは異なるアルフハイムへ足を踏み入れます。その間に私達の知る文明は滅亡し、人類は絶滅しかけましたが何とか存続。そしてエルフの助力を得て復興します。――私達が人間界へと戻った時には、既に新たな歴史が始まっていました。それが、ここです。
「…………」
「蓮――芙蓉? どうした?」
「……いえ」
「ホントかよ。何か顔色悪いな。本当にダイジョウブか?」
 織也の顔が近付いてきます。それを見たミュゼ様が、慌てて彼を私から引き離しました。
「ちょっと!」
 ……私に噛み付かれても……何もしていないのに……。
「――準備が色々忙しくて……疲れが溜まっているんだと思います」
「そーか……だったらちゃんと休めよ? オレ達も来たんだし、手伝える事があったら手伝うからな。な? ミュゼ」
「~~~~っ」
 納得いかない顔をしていたミュゼ様も、
「ミューゼー」
 織也に説得され、不承不承頷いてくれました。
「貴女にしては、よくやったと思うし! 後は全部任せてくれても立っ派に役目は果たしてみせますから!」
 ふんっ、と力一杯そっぽを向くミュゼ様。投げ遣りな言い方ですけど、彼女なりに心配してくれている気持ちが伝わってきてちょっと嬉しいです。
「何、笑っているのよ」
「……いえ。嬉しくて」
「何言ってるの!? どこにどんな嬉しい要素があるのよ! 言っておくけど、私はこれっぽっちも貴女を心配なんてしていませんからね!!」
「はい」
 にこにこにこにこ。
 その態度がお気に召されなかったらしく、
「織也、行くわよ!」
「はいはい。じゃあな。ちゃんと休めよ」
 肩を怒らせながら、出て行ってしまわれました。
 久し振りに会いましたけど、本当に変わっていませんね。二人を見ていると滅入っていた気分が少し上向きになった気がします。体は相変わらず重いけれど、気持ちが少しリフレッシュしたかも。
 ……頑張らないと。仕事も、問題も、未だ山積みで残っていますから。
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2. 「そして彼女は衝撃に再会する 8.」


「つーか、ホンっとに変わったよなー」
 東方王宮の取締室を出、廊下を歩きながら織也がむーん、と呟きます。
 その大きな独り言を、隣を歩いていたミュゼ様が受け取りました。
「――あの人?」
「ああ」
「そんなに変わったの?」
「別人だな。蓮華(ほんみょう)じゃなくて芙蓉って呼べって言われたとき、ああそうかってみょーに納得したし。――あいつはもう蓮華じゃなくて、芙蓉なんだなって」
「……ヒトは変わり易いわ。時を経て、変わってしまう……」
 少し寂しそうに呟くミュゼ様。
 織也はそんな彼女の様子に少し戸惑ってしまいます。時々、彼女はこんな顔をします。決して大人ぶっているのではなく、何かを悟った賢者の顔。その顔は織也が知っているいつもの彼女ではありません。だから戸惑ってしまうんです。
 彼はそれを振り払うかの様に、少しワザとらしく明るく振舞いました。
「でもさ、あれは変わり過ぎ。詐欺だろ」
「……そんなに違うの?」
 幾らなんでもそれは言い過ぎでは?
 織也の言葉を信じないミュゼ様に、どんな表現なら信じてくれるだろうと考え込み、一つ昔話を思い出しました。
「――昔、大学に入ったばっかりの頃、(まどか)って友達が出来たんだ。結構、気が合ってさ。……そいつがよく話題に出す女が居て」
「気になって、逢ってみた」
「鋭いな……。そのとーりだよ」
「それが、彼女?」
「ああ」
 もう、説明なんていらないんじゃないか?
 ミュゼ様の推理力に脱帽する織也。しかし彼女が推測出来たのはそこまでで、ミュゼ様は、
「それから?」
 と、先を促しました。
「うん、で、まぁ、それが二度目だったんだけど……。初めて会った時と、全っっ然変わって無かった。陰険で、無口で、無愛想で。人間不信が服を着て歩いているようなオーラを醸し出て」
 あの頃の私の事は今でもはっきり思い出せる。それだけ強烈な印象を彼の中に残していました。
「円が、優しい奴だとか、頭がいいとか、べた褒めしてただけにショックでさー」
 はぁ……と、肩から落胆する織也。失礼な落ち込み方です。……事実ですから否定出来ませんけど。
「あの頃と比べたら、格段に別人だな。うん。ありえねー」
 一人で納得しないで欲しいです。
「ふーん……」
 興味無さそうに相槌を打つミュゼ様。しかしその顔には、何かが刻み込まれています。気になっているみたいですね。
「――何かあったのかな」
 ぽつりと織也が呟くと、
「あったんでしょうね」
「うをっ!?]
 突然聞きなれない声が割り込んで来、彼は飛び跳ねて驚きました。
 ミュゼ様の隣に、いつの間にか人が一人増えています。
「あんた、芙蓉の――」
「カトラスです」
 淡々と自己紹介するカトラス。
「いつの間に……」
「最初から居ましたが」
 言葉以外の言葉で、何処を見ているのかと馬鹿にされている気分がして、織也は少し眉を寄せました。
「そーかよ」
 かなり乱暴に言い、むう、と顔を歪ませます。
 カトラスはそれに気付きましたが、何も言いませんでした。気に食わないのはお互い様みたいですね。
「……以前、貴方がこちらへ来られた時、芙蓉様は随分ショックを受けておいででした。あの方はご自分の過去に対して異常な程の反応を示される。――今回も、その様だ」
 淡々とした口調。その中には心配している気配など微塵も感じさせません。織也とミュゼ様はカトラスとそんなに親しくありませんから、カトラスの気付き辛い気遣いに気付ける筈も無く、カトラスのその態度は二人に淡白な印象を与えました。
「過去に何かあったのだとしても――」
 きゅ、と唇を噛み、ミュゼ様。
「――乗り越えなければならないのは、彼女自身よ」
「ええ」
 短く頷くカトラス。
 しかし納得出来ないのでしょう。見ているのが辛い。何も手助け出来ない自分を思い知らされてしまいますから。だから気付いていない振りをしてみせていますが、私はそれにすら傷付いています。どうしようもなく、カトラスは追い詰められていました。
「そんなになるなんて、何があったんだろうな、昔」
 緊張感が少し崩れてしまう声音で、織也。この人はどんな場面でもマイペースです。
「そんな野暮は駄目よ、織也」
「気になる」
「気持ちは分かるけど、あの人が教えてくれるとは、到底思えないわ」
「でも気になる」
「……それは……、私もちょっとは……」
「気になるだろ」
「……まあ」
「アンタは?」
 話題をカトラスに振ると、
「私はプライベートには立ち入らない主義ですから」
 けろりと言われ、織也は顔を引き攣らせました。そして足音高らかにその場を去って行くカトラスの後姿を睨みます。
「あいつ、気に食わねぇ」
「そう? 優秀そうだし、外見も素敵だし、私は好きだけど?」
 ミュゼ様に反論され、押し黙る織也。
「…………」
 女ってのは何でこうなんだろうな。
 ぼりぼりと、彼は頭を掻きました。
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3. 「王子様はライバル! 1.」


 織也とミュゼの二人から離れ、足早に内城の廊下を歩いていると、突然ドアが開かれ中から人が出て来ました。イーストフィールドマスター・マクラレーン様と、それに引き続き中央王宮第三王子ブライアン様が姿を見せます。
 カトラスは反射的に足を止めました。眉が神経質そうに反応しています。嫌いな人を見掛けてしまえば、誰だってこうなるでしょう。
「カトラスか」
 マクラレーン様に声を掛けられ、彼は軽く頭を下げました。
 その様子を見、ブライアン様は口許に笑みを浮かべました。
「君か。久し振りだな」
「…………。はい」
 たっぷり間を開けて頷くカトラス。……よっぽどブライアン様が嫌いなんですね。への字に結ばれた口許がそれを如実に語っています。
 それから彼らは社交辞令程度の挨拶を幾つか交わしました。
 終始面白くなさそうな顔をしているカトラスに対し、むしろ楽しんでいる様にも見えるブライアン様。嫌な性格をしているのはどっちか語る迄もありません。会話の内容も、そんな二人の性格が感じ取れるもので、横で第三者宜しく聞き手に回っていたマクラレーン様は胸中で苦笑しておられました。勿論、そんな様子は一切面には出さず、顔はあくまでも無表情でいらっしゃいますが。
「ああ、そうだ」
 わざとらしい話しの切り替え方、再び、です。
 ブライアン様の笑みが、一層深くなりました。
「剣を習い始めたんだ」
「…………」
「いつか、君が言っていただろう? 少し嗜んでいる、と。そこでやってみたくなってね。是非とも――」
 すっとカトラスを横切りながら、ブライアン様は彼の肩にぽん、と手を置かれました。
「――いつか、お相手を、願いたいものだ」
「―――…」
 ぐっと奥歯を噛み締めるカトラス。
 肩に置かれた手を振り払ってしまいたい衝動に教われますが、何とかそれを堪えます。やがて手が離れ、マクラレーン様共々カトラスが今来た道を辿ってあちらの方へと行ってしまわれました。
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