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1.2.3.

1. 「そして彼女は衝撃に再会する 7.」


 銀色の髪が、私の背後に立ちます。
 背中に走る激痛。
 折られた剣の半分が、倒れこむ私の視界に映ります。空中高く投げ出された半分の刀身は、重力と引力に負けて段々と降りて来、そして――。
「――――ッ!」
 夢に(うな)されて眼を覚ましました。掛け布団を掛けたまま上半身を起こし、膝を抱えて(うずくま)ります。軽く眼を閉じると、頭がくらくらしました。遊園地でよく見掛けるコーヒーカップの遊具に乗って、無意味に円盤をぐるぐる回しているような、あんな感覚。――貧血でも起こしているのでしょうか。それとも、疲労か、ストレスか。原因が何であるにしろ、眠れない以上、それらを癒す効果は望めません。それに体の不調の元凶は別のところにありますから、それを取り除かない限り不調の改善は在り得ないでしょう。体調の改善を望むなら先ずそちらの処理を優先しないと。
 ――処理。
 フッと、自嘲の笑みを浮かべました。
 ……大人しく処理されてくれるような相手では、到底有りません。また、力尽くが敵う相手でもありません。結局、私が我慢するしかないんです。
 けれど一体いつまで保つでしょうか。カトラスの補助とディの気遣いで何とかここまで保って来ましたが、もう既に体力も精神力もギリギリなんです。今日一日、あと半日、自分にそう言い聞かせてその日を遣り過ごして……。
 がたん。
 部屋の隅で、物音が響きました。
「ディ?」
 また、起こしてしまったのでしょうか。
「私の事は気にせずに寝なさいと――」
 ベッドを出てそちらに足を運ぶと、そこにはディではなく、可愛らしいパジャマに身を包んだ可愛らしいお嬢さんがちょこんと立っていました。夜だと云うのに、その手には頭大の水晶を持っています。
「エタニティ様……」
 私の客人として東方王宮に迎え入れられた双子の女の子の片割れさん。もう一人の姿は見えません。どうやら提供した部屋のダブルベッドで眠っているみたいですね。
「あの……ごめんなさい、わたし……」
「――いえ」
 膝を折って、彼女と同じ視線の高さに合わせました。
「私の方こそ、起こしてしまってすみません」
 力一杯首を振るエタニティ様。
 私は苦笑して、彼女の頭を撫でました。
「あの……眠れないのですか?」
「……ええ」
 彼女の質問に素直に頷きます。
 このままここに立っているわけにもいきません。彼女の手を引いて部屋の中ほどにある椅子に座るよう勧めます。彼女は勧められるまま椅子に座り、テーブルの上に手を添えた状態で水晶を置きました。
「何か飲み物を――」
「いえ、いいんです。……あの……それよりも……」
「……? 何ですか?」
「……おかしな事を、聞いても宜しいでしょうか……?」
 困った様に問い掛けるエタニティ様。
 困ってしまうのはこちらの方です。そんな風に問われると、断りたくても気になって断れません。私は、
「ええ、どうぞ」
 と、優しく続きを促しました。
「どうして……迷っていらっしゃるんですか……?」
「…………」
「迷いばかりしか、見えなくて……」
 水晶をじっと見詰め、彼女は続けました。
「辛さと、後悔と、もっと沢山のものを抱え込んでいらっしゃるのは、分かります。けれどあなたが進む道の先には、とても大きな光が見えます。――道は誤ってはいません。このまま進むべきです。あなたも、それは理解していらっしゃいますよね? ……だけど、迷いしか、見えないんです……。どうして……?」
 怯えてばかりだった彼女の瞳に宿る真摯な光。それは、彼女がどんな存在であるかを実感させてくれました。普段は何の変哲も無い幼い少女だけれども、占いに関しては彼女は少女ではありません。巫女、なんですね。中央王宮の王子に信頼される程の腕を持った立派な占い師、予見者。子ども扱いなんて出来ません。……しかしやはり、子どもです。肝心な事を、解っていませんから。
「……姫巫女様」
 私の顔は、多分、苦悩を交えた表情をしていたと思います。
「人の心は、水晶(みらい)よりも、とても複雑に出来ているんですよ」
 未来は一つしか無いけれど、人の心に答えはありませんから。だから難しいのだと、幼い占い師に優しく諭しました。
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2. 「東方王宮大騒動 9.」


 仕事に一区切り付け、昼食を摂り、思い立って中庭へと赴きました。東方王宮の中でも一番大きな中庭は、光に溢れ花が咲き乱れています。以前なら中庭の片隅にディと侍女のコレットが植えた花が咲いていたのですが、随分前に枯れてしまい、今はもう他の花が咲き誇っています。
 牡丹に似たその花を見ながら、私は溜め息を付きました。
 拙い話を聞かれてしまったので、彼の事を、マクラレーン様が色々調べてみたそうです。
 事の発端は、第三王子ブライアン様が命を狙われたらしい(・・・)事件が起きた事。第二王子シュナイザー様は気の所為だと言っていらっしゃるそうですけど、何より当事者であるブライアン様がそう言い張って譲らず、それ以来彼の周囲には護衛の数が増えたのだとか。特にブライアン様のお母様が周囲の目を気にする事無く護衛の数を増やしていらっしゃるそうで、彼の周囲はここ数ヶ月でかなり人が増えたそうです。そういえば、東方王宮に入宮された際にも彼の周囲をかなりの人が取り囲んでいましたっけ。あの男も、その中に居ましたし。そんな中、ブライアン様自らが外部から雇い入れた特別護衛兵があの男。王子と彼の間でどんな遣り取りがあったのか、正式に雇い入れられるまでどんな経緯があったのかまでは分からなかったそうですが、マクラレーン様にとってはそこまで調べられれば十分だったでしょう。内部の者ならば忠誠心に掛けてあのマクラレーン様の言葉を第三王子に報告しかねませんが、外部の者ならばその心配も少しは薄らぎます。暫くは様子を見る、と言っていらっしゃいました。……ま、様子を見ずともあの男なら報告なんてしないでしょうけどね。権力闘争や微妙な力関係、そんなのどうでもいいと思っている男ですから。
 マクラレーン様にあの男の人柄を話して差し上げれば余計な心配を取り除く事も出来るでしょうが、そんな親切をして差し上げる元気はありません。それに、余計な口を叩いて、どうしてそんな事が分かるのかとか、知り合いなのかなど、根堀葉堀聞かれるのも嫌です。私にとってあの発言を王子に報告されるかされないかなんて、どうでもいい事ですしね。
 そしてその事件で第三王子ブライアン様の命を救ったのが、例の姫巫女エタニティ様です。彼女は長けた占い能力によってブライアン様に危機を伝え、予見は見事に的中。その功績が称えられ、妹のトリニティ様を巫女騎士として伴って、ブライアン様付きの巫女として中央王宮に入宮されたそうです。今まで幾度か占い能力を発揮する機会があったそうですが、その全てを的中させてしまう程の方ならば、確かに一行に加えられる理由になるでしょう。第六感を駆使し未来を見抜く占いの能力は、エルフ族の特徴である感応能力に通じるものがあり、何らかの会話の種なり交渉になり利用出来るとも限りませんからね。
 気になる事を上げるなら、第二王子シュナイザー様でしょうか。姫巫女の同行を頑なに拒否していましたが、あの否定振りはいささか疑問を抱かざるを得ません。
 ……もしかすると……。

「――難しいお顔ですね」
 声に思考を邪魔され、私は後ろを振り返りました。
 そこにはキャラウェイが背筋を伸ばして立っていました。姫巫女と巫女騎士の二人の姉――キャラウェイ。
「何か……御用ですか……?」
 訊ねても返答はありません。
 彼女は私へ近付いて来、すっと、細い指を私の頬にあてました。
「寝不足ですね……。お仕事はそんなに大変ですか……?」
「ええ、とても」
 否定の言葉を飲み込み、代わりに肯定の言葉を投げつけます。本当は忙しくなんてありません。準備は全て完了し、あとはエルフの到着を待つのみ。以前に比べて格段に暇になっています。だからこれは、ただの嫌味です。
 しかし彼女は嫌味をものともせず、にっこりと笑いました。
 嫌味が通じていないわけではなさそうです。流されてしまったんですね。見かけ以上に強かな人です。
「どうしても貴女と御話しがしたくて、総取締室までお伺いしたのですが……、代理の方が、食堂か庭にいらっしゃると仰られましたので」
「それはそれは」
 カトラスは恐らく東の庭の事を言ったのでしょう。あそこはとても静かで、昼寝をするのにもってこいの場所ですからね。しかしキャラウェイは東の庭を知らず、ここへ来た。私も昼寝をする気にはなれず、ここへ来た。それが功を奏し、会ってしまった。偶然の神様とやらも、まったく面倒ばかりを私に押し付けてくれますね。
「せっかく探し出して下さったんです。出来る限りお相手させて頂きますよ」
「……初めてお会いしたときもそうでしたね」
「は?」
「意地悪ばかりでした」
 ああ、そうですか。
 あの時は警戒心全開で、人当たりなんて気にしていられませんでしたからね。今回は今回で、そんな気分には到底なれませんし。いつもタイミングが悪いんですよ、貴女は。
「あの時は、無理も無いでしょう」
 本音を隠して話しを繋げます。
「そうですね。それも、当然ですね」
 彼女は苦笑を洩らしました。
「――…あの時は、貴女は南部の方とばかり思っていました」
 キャラウェイの言葉には南部訛りがあります。小隊長ファングもそれを見破り、彼女が南部のスパイではないかと予測しました。実際、彼女はスパイでした。ただし南部ではなく中央王宮の、ですが。
「母が南部の出身なのですよ。言葉遣いは母の影響です。――我が中央王宮のマスターはそれを利用して、私を内偵の任に」
「成る程」
 中央王宮のマスターも、マクラレーン様に負けず劣らずいい性格していますね。フィールドマスターになると誰でもそうなってしまうのでしょうか。だとすると、マスターでなくて良かったと心の底から思いますよ。
「成果はどうでしたか?」
「え?」
「奥城にあれだけ出入りしていたんです。中央のマスターもさぞかしお喜びになられたでしょう」
 これも嫌味です。あの時、急遽厳戒態勢命令を奥城に出したので、彼女が中央王宮に持ち帰った情報は大して無かったでしょうし。
「いいえ」
 案の定、彼女は首を横に振りました。
「どこのどなたかは存じませんが、東方王宮には優秀な御方がいらっしゃった御様子。逆に、私が怒られてしまいました」
「それは残念ですね」
「ええ。何せ初めての経験でしたので、私、悔しくて。――…ですから私、そのまま素直にマスターに御報告申し上げたのです。イーストフィールドの東方王宮には、正義感溢れる(・・・・・・)とても優秀な総取締役殿がいらっしゃる、と――」
 引っかかる物言いに、私は眉宇を顰めました。
 正義感溢れる……。うーん、確かに、東方王宮を跋扈する裏取引とは無縁の日々を送っていますから、客観的に見るとそう言えなくもありません。けれどそれに性格が伴っているかどうかは別です。キャラウェイもそれを見抜けないような節穴ではないでしょうに。一体、何の企みがあってそんな報告を……?
「――分かりませんか?」
 謎掛けに答えを見出せず苦労していると、
「貴女は、中央王宮に、危険人物と見なされたんです」
 彼女はあっさりと答えを教えてくれました。
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3. 「東方王宮大騒動 10.」


「貴女は、この国が何で成り立っているか、ご存知ですか?」
 何、と言われても……。
「各地方の王宮(フィールド)、ですか?」
 東西南北そして中央の五箇所にそれぞれ王宮を置き、各領地を取り纏める。そうする事で国民の望みにキメ細かく対応出来る体制。その中核を担うのが各地方王宮です。王宮がしっかりフィールドを統率出来る実力を持っていなければ地方を任せる事は出来ませんからね。各王宮に、内務処理の最高責任者である総取締役が在るのも、地方の王宮としてきちんと政務をこなせるように配慮しての事。国が存続しているのも地方に王宮を置いているからと言っても過言では無いかもしれません。
 しかしキャラウェイは、静かに首を横に振りました。
「いいえ。――…この国が今日まで国として成り立ってきたのは、確固たる身分制度のおかげです」
「――――…」
 身分……。
「各地方に王宮を置けば、反乱というリスクを伴います。反乱は指導者の力量によって結果が左右されますが、フィールドマスターと云う指導者を戴いていては反乱も容易に成功してしまうでしょう。しかし今日まで、国に反乱が起きた事はありません。それは中央王宮が最高指導者であり、地方王宮はその臣下でしか無いという、頑固たる身分制度が前提として国を成り立たせているからです」
 独特の調子を持つキャラウェイの言葉一つ一つに強い意志が組み込まれ、反論を許さない強い口調。
 私は口を挟む事が出来ませんでした。
固陋(ころう)と言われ様と、国がそうである以上、無視は出来ません。――貴女の存在は、それを崩してしまいます」
 ……確かに否定はしません。決して身分を無視しているわけではありませんが、かといって重要視してもいませんからね。身分なんて、私の前ではあっても無いのと同じです。だから腐敗政治を嫌う新鋭の議員ジーニアス様のような方々に好まれ、カトラスの父君であるディオール上席調印議員のような方々に疎まれてしまうんです。
 でも仕方無いんですよね。私にとって重要な判断材料となるのは、使えるか、使えないか、のどちらかですから。仕事の面でプラスになるかマイナスになるか。それだけで十分です。それに――…決めてしまいましたから。人間界を出てアルフハイムで過ごしていたあの頃に……。身分も、種族も、私の前では何の意味も成さないのだと。敵であるか味方であるかは、私自身が決めると。
 けれどその考え方は中央にとって――…いえ、国にとって、毒でしかない。――危険人物。……成る程……。
「中央王宮はそれを(ただ)す為、この東方王宮を私に調査させ――」
「第三王子を派遣した。……ですね」
 本人よりも早く続きを言うと、キャラウェイは目を丸くしました。
「よく、お分かりになられましたね」
「調査しただけでお咎め無しなんてありえないでしょう。そしてその役目は、第二王子殿には荷が重過ぎます」
 あのシュナイザー様に、そんな難しい政治を執行しろと命令しても無理がありますから。その点、知略に長け智嚢(ちのう)者として有名な第三王子ブライアン様なら安心して任せられます。私が中央王宮のマスターならそうします。
 折り良く、エルフ訪問の朗報が中央王宮に届き、中央王宮のマスターは「しめた」と思ったでしょう。第二王子を差し置いて第三王子を東方王宮に向かわせるのは何かと波風が立ってしまうでしょうから、エルフ訪問を理由にかこつけて、王子達を東方王宮へ派遣したんです。第二王子シュナイザー様は一行の責任者、そして第三王子ブライアン様は東方王宮の是正とエルフのお相手。仲が悪いと有名で面倒な二人をセットにして送って来た中央側の事情も、それなら納得出来ますね。やれやれ……。
「――やはり貴女は優秀ですね」
「どうも」
 軽く受け流します。褒めてもらっても、いい気分にはなれません。
「しかし、こうなってはその優秀さも如何なものでしょうか。マクラレーン様も、貴女を庇い立てしてくれる保証はありませんよ?」
 やはり、中央は私だけでなくマクラレーン様も追求されるおつもりなんですね。無理も無いでしょう。内部抗争を避ける為とは云え、市井(しせい)から総取締役を選出し、更にこんな問題を起こされてしまっては、私を選んだマクラレーン様にも責任はあると思われても仕方ありません。私の総取締役解任要求と共にマクラレーン様への責任追及も同時に申請するのが適当です。
 しかし、相手はあのマクラレーン様ですからね。蜥蜴の尻尾きり宜しく、私に責任を全部押し付けて、追求を逃れられるでしょう。元々、私はカトラスが総取締役に相応しいと認められる迄の、只の穴埋め役ですから、マクラレーン様にしてみれば痛くも痒くもありませんし。むしろ万々歳です。
「――…一つ、訊いてもいいですか?」
「私に答えられる事ならば」
「どうして、私にわざわざそんな事を教えてくれるんですか? もし王子に知られてしまえば、貴女の立場が危うくなりますよ?」
 仮にもスパイであるキャラウェイがこんな真似をしていると知られてしまったら大変な事になります。内偵の任を外されるだけならまだしも、二重スパイの容疑をかけられては、国犯として処分される恐れすらあります。そんな危険を冒してまで、どうして私に教えてくれたんでしょうか……?
「妹達を庇ってくれたお礼と」
 にっこりと、彼女はこの上も無い笑顔を称えました。
「私が、貴女を気に入ったんです」
 ……ちょっと嘘臭く聞えてしまうのは、彼女の人徳でしょうか……。
「信じていらっしゃいませんね?」
 ぎく。
「……信じろという方が、無理です」
「困りましたね。本当なのですが……。私ってほら、こう見えても優秀で、皆さん油断ばかりで情報をタダで提供して頂いているも同じなんです」
 自画自賛もここまで爽やかだと嫌味を通り越して賛美ですね。凄いです。
「でも、貴女は違いました。初めての体験で、嬉しくて、嬉しくて……!」
 ……キャラウェイって、こんな人だったんですねー。
「私、優秀な人は好きです。貴女には是非とも、ここに居て頂きたいんですよ」
 その為にはあの第三王子ブライアン様をどうにかしなくてはなりません。そのせめてもの手助けとして、話してくれたんですね。
「情報提供、感謝しますよ」
「役立てて貰えれば、それを情報料とさせて頂きましょう」
 ちゃっかりしていますね。それってつまり、役立てなかったら取立てに来るって事ですか。
 私達はそれから、他愛も無い話を何度か交わし、軽く挨拶をして分かれました。最後に、妹達を宜しくお願いしますと言い残し、去っていきます。
 中庭から彼女の足音が遠ざかり、気配が消えます。それを確認した私は、
「ふー……」
 大きな溜め息を吐いて、その場に座り込みました。
 頭、痛いです。
 仲の悪い中央王宮の王子、危険分子と見なされてしまった私、マクラレーン様の手助けは期待出来ず、体調は悪くなる一方。そしてあの男――。
 エルフの到着は四日後です。
 問題は山積み……ですね。
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