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1. 「東方王宮大騒動 7.」


 結局眠れないまま朝になってしまいました。ぼーっとする頭を抱えながら身支度を整え、溜め息をつきます。鏡の前に立って一通りのチェックをしているとネックレスを下げていない事に気付いたので、枕元に取りに戻って、再び鏡の前に立ち、改めてそれを首に掛けました。
 鏡の中の私は相当酷い顔をしています。けれど仕事を休むわけにはいきません。特に今日は無理でしょう。今日はいよいよ、二王子との御対面ですから。
 古い慣習で、王宮の総取締役は客人に会う事が許されていません。何故そんな面倒な習慣があるのかは分かりませんが、今まで守られてきた以上、私が破るわけにもいかず、ずっと守り続けてきました。しかし今回は特別です。二王子は一応お客様ですが、本来はエルフ族を迎えるに当たって中央王宮から派遣されて来た、云わば臨時社員。エルフを歓待する為の打ち合わせ等をしなくてはなりませんから、今回だけ特別に、客人と顔を合わせても良いと決定が下されたんです。本音を言わせて貰えば今回だけと言わずずっと続けて欲しいんですけど、ここであれこれ提案しても面倒になるだけですし、そこはぐっと我慢しました。ま、本気で不便を感じた時にでもマクラレーン様に申し出れば良い事ですからね。
 今日はその初顔合わせの日です。
 足並みを揃えてその会場となる部屋へ向かいます。私を先等に、左後ろにカトラス、その右後ろにディが続きます。
 顔合わせと云っても、あれこれ会議をするのではありません。今回は本当に顔を見せ合うだけで、会議はまた後日に改めて設けています。――まあ、それだけでも十分に、私には深刻なダメージでしょうが。
「大丈夫ですか?」
「何がです?」
 あっけらかんと答えると、カトラスは、
「……いえ」
 小さく答え、黙り込んでしまいました。
 奥城の目的の部屋の前に到着します。扉の前に立って深呼吸を一つ。心臓が早鐘を打っているのが伝わってきます。どくどくと脈打つ首元。鼓動の一つ一つが耳の傍で聞える錯覚。こんな緊張感は久し振りです。いっそのこと逃げ出せたらどんなに楽でしょう。
「……ふー……」
 長く息を吐いて、気持ちを整え、私は扉をノックしました。
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2. 「そして彼女は衝撃に再会する 4.」


 扉を開けたそこには、十人程の人間が豪華な椅子に座って私達の到着を待っていました。マクラレーン様、第二王子のシュナイザー様、第三王子のブライアン様。そして彼等の御付と思われる人達。彼も、勿論居ました。第三王子の直ぐ後ろに立って控えています。あれで目立たない様にしているつもりなのでしょうか。長く揺れる銀髪。彫刻の様に整った見事な顔立ち。石膏の様に白い肌。今は瞼が伏せられていて見えませんが、底の知れない蒼い瞳。黒を基調とした服を纏い、腰には長剣を下げ、優雅に、堂々と立っています。その出で立ち、存在感は強烈で、王子方もマクラレーン様も霞んでしまう程。威厳に満ちていて近寄り難い雰囲気の所為か、彼の周囲には誰も居ませんでした。近付きたくない彼等の気持ち、とてもよく分かります。
 不意にその瞼が薄ら開き、視線が私へと向けられました。艶やかな唇が軽い笑みを縁取ります。
「…………!」
 それが、どれだけ私の神経を逆撫でしているのか、解っていて微笑するのだから性質が悪い。最悪です。
 彼を渋面で睨み返しますが、彼は再び瞼を閉じてしまいました。腹の立つ事しかしない男ですね、まったく。
「芙蓉」
「あ、はい」
 マクラレーン様に窘められ、私はその場で深々と頭を下げました。
「第二王子シュナイザー様、第三王子ブライアン様に置かれましてはお初にお目に掛かります。東方王宮総取締役、芙蓉と申します」
 頭を下げている間、再び彼の視線を感じました。――いえ、それとも、私が過敏になり過ぎているんでしょうか。蜘蛛の糸の様なものが体中を取り巻いて離れない――そんな感覚を覚えます。
「……後ろに控えておりますのは、向かって右が総取締役代理の任に御座いますカトラス、向かって左が私の補佐役ディで御座います」
「ほう、貴様がカトラスか」
 興味深げに声を上げたのは第二王子のシュナイザー様。男らしい野太い声です。外見はイメージそのままって感じですね。年齢は三十代半ばでしょうか。しかし総取締役である私を差し置いて真っ先にカトラスに声を掛けるのは立場上問題だと思いますよ。こういう場合、上から順に、が妥当です。私がカトラスが総取締役になる為の当て馬だと知っている人物ならば、こんな声の掛け方をするなんて嫌がらせしているんだなと受け止める事が出来るでしょうが、東方王宮の極秘内部事情をいくら王子とは云え中央王宮の方が知る筈もありません。つまりこの方は純粋にカトラスに興味を持ち、素直にそれを表現したんです。上から順に、の暗黙のルールを破って。これはもう、単なる嫌がらせではありません。純粋かつ素直に、この第二王子がいかに単細胞なのかの現われです。
 そんな第二王子の立場を弁えない振る舞いに、隣の第三王子が少しだけ眉を寄せていました。ほんの僅かな変化ですがこちらには神経過敏になっているディが居ます。彼が第三王子の変化に気付き、私がそれに気付いた訳です。第三王子よりは幾分か小奇麗な顔、その眉間に少しだけシワが寄っています。
 第二王子と第三王子の仲の悪さは性格と政治的背景が原因だとカトラスが言っていましたが、第二王子の性格がこれでは、第三王子の気持ちが分からなくもないですね。
「マクラレーン殿から聞いている。優秀だそうだな」
「は……」
 軽く頭を下げるカトラス。
 総取締役よりも先に声を掛けられて、彼もどう反応していいか困っているんでしょう。別にカトラスが悪いのではありませんから、困る必要なんて無いんですけどね。
「東方王宮の総取締役殿は正義感に溢れる素晴しい御方だと噂を聞きました」
 第二王子をやや遮る形で第三王子が口を挟みます。挟む……というか、フォローを入れているんでしょう。彼も大変な役回りですね。ほらほら、第三王子が横から睨み付けています。どうせ「まだ話は終わっていない!」とか思っているんでしょうけど、助けて貰ってるって事にどうして気付かないんでしょうね、この人は。
「女性であるとは驚きましたが、優秀であられる事はこれまでの実績に現われています。期待していますよ」
「有難う御座います。御期待に沿える様、全力を尽くさせて頂きたいと思います」
「補佐殿も、総取締役殿をよくよく助けられるよう」
 次いで声を掛けられたディも頭を下げました。
 やれやれ。挨拶はこれで一通り済みましたね。では、さっさと退散させて頂きましょう。いつまでもここに……、あの蒼い瞳の傍に、居たくはありませんから。
「マクラレーン殿も羨ましい限りです。この様な優秀な部下をお持ちとは」
「恐れ入ります」
 神妙な面持ちでマスター。
 中央王宮と東方王宮の、まるでシーソーの様な微妙なバランス具合を観察しながら、退出するタイミングを見計らっていると、
「そうそう」
 と、わざとらしい話の切り替えをする、第三王子ブライアン様。
「他にも、是非、会わせたい者が居るのですよ」
 そう言って、控えていた侍女に連れて来いと命令します。
 ……会わせたい人……? こんな話の切り出し方をする以上、相当な人物と考えられますがそんな話は一切聞いていません。マクラレーン様も同じらしく、こっそり私に目配せしていらっしゃいます。
「聞いていたか?」
 そんな事を問い掛ける目です。
 私はそれに、小さく首を振って答えました。マスターが知らない事を、どうして私が知っていられるでしょうか。……まあ、時と場合と場所に拠りますが。
 少しの間、室内に沈黙が続きます。それから扉がノックされ、先程の侍女の後ろに数人の人物が同行していました。その先等に立つ人……女性、ですか。……あれ……? 何処かで見たような……。
 がたん!
 椅子が倒れてしまう程、勢いをつけて立ち上がる、第二王子のシュナイザー様。
「な……っ!?」
 狼狽を隠そうともせず、声を詰まらせます。
 何事かとその姿を見ていると、
「――あ」
 驚愕に、声を上げるカトラス。
 続いて顔を顰めるマクラレーン様。
 皆さん揃って一体どうしたのかと、その一行をよく観察し、
「!?」
 息を呑みました。
 そんな、まさか……。
「キャラウェイ……」
 そこには考えもしなかった人物が居ました。
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3. 「東方王宮大騒動 8.」


 キャラウェイは、かつて東方王マクラレーン様とその御正妃レイチェル様お気に入りだった旅の音楽家です。陽の光を跳ねる明るい髪と、透き通った瞳。滑らかで白い肌。思わず見惚れてしまいそうになる整った美貌。特徴のあるリズムで、ゆっくり、はっきりと喋る言葉の端々に教養が伺える人物でした。宮風の言葉遣いと南部訛り、そして美しすぎる美貌さえなければ、私達は彼女を只の旅人として東方王宮に受け入れ、そして送り出した事でしょう。旅をしていたと云う割には奇麗な肌をしていていました。初めはそんな羨ましい頑固さを持った肌もあるんだなと思っていましたが、只の旅人にしては余りにも動作が洗練されていましたからね。旅人の服装をドレスに替えてしまえば、そのまま筆頭侍女を名乗らせても恥ずかしくないような、そんな感じです。それに違和感を覚えて、私は彼女が出入りをしていた奥城の重要部署に彼女を警戒するように伝えました。奥城は王族方のプライベートルームのある重要な建物。一切の情報は機密物です。どんな些細な事柄でも外部に洩らすわけにはいきません。そして結局何の成果も得られなかったらしい彼女は、早々に東方王宮を去ってしまいました。――南部のいずれかの機関のスパイである可能性を残して。
 それが、まさかこんな所で再会するなんて。
「キャラウェイ……」
 私が名前を呟くと、彼女はにっこりと優雅な微笑を称えました。
「お久し振りで御座います。その節は、有難う御座いました」
「ほう、知り合いか」
 これ程まで、わざとらしく聞えた声は聞いた事がありません。第三王子ブライアン様……やってくれますね。いっそ、大声で褒め称えて差し上げたいですよ。怒り交じりでですけどっ。
「旅の途中でお世話になりました」
「成る程、奇縁だな」
 むかっ。
 腹の虫が怒りで躍り上がります。もやもやします。この怒りをどう隠そうか視線を泳がせていると、蒼い目が私を見ている事に気付きました。その口許には揺るぎの無い微笑。これもまた腹が立ちます。しかし私が腹を立てている事を哂っているんだと思うと、怒っていいものかどうか迷ってしまいます。怒りたいけれど、それでは哂われてしまう。哂われると腹が立つ。堂々巡りでやり場の無い怒りで眉間のシワが深くなっている事に気付き、私はそれを右手でごしごしと伸ばしました。
 今は私の怒りより、キャラウェイです。何故彼女がここに居るのか――それは何となく予想できます。しかしそれならば何故、身分を偽って東方王宮に潜入したのか、それが問題になります。それを問い質そうとしたのですが、
「どういうつもりだっ!!」
 激情をそのまま声にしたような第二王子シュナイザー様の言葉が響き、私達は一斉に彼に注目しました。
「ブライアン、これは一体どういう事だ!? 説明をしろ!」
「説明? 何を説明する必要があるのですか」
 その台詞を裏読みすれば「馬鹿な奴だ」って本音が聞えてきます。口調も明らかに小馬鹿にしていますからね。あんな言い方をされれば、シュナイザー様でなくとも怒るのは当然でしょう。
「当然だ! 部外者をどんな理由があって一行に加えたのだ!? しかも、この俺に何の説明も無く!」
「彼女はその長けた占いの能力によって命を助けてくれました。優れた感応能力はエルフに通じます。この一行に加わる理由には十分でしょう」
 えーっと……。話しが見えないのですが……。占いって、何でしょう?
 助けを求めてキャラウェイを振り返ると、彼女は、
「私ではありません」
 と、言い、一歩身を引いて、その後ろからある人物を前へと押し出しました。
 可愛らしい女の子です。年端もいかないとはこの位の年齢なんでしょうね。キャラウェイと同じ髪の色、瞳。大人になればきっと美人になるでしょう。両手には頭と同じ大きさはある水晶玉を抱えています。キャラウェイはキャラウェイで竪琴を持っていますから、二人並ぶとちょっと不思議な感じですね。
「貴女は……?」
「あっ、あのっ、……その、わたし……」
 顔を真っ赤にする女の子。
 か、可愛い……!
 その可愛らしさにほだされた私は、膝を折って彼女に視線を合わせます。レオン王子よりは大きいみたい。ウィル様よりは小さいですね。正面から見ると、本当に可愛いです。
「東方王宮総取締役、芙蓉と申します。どうぞ芙蓉とお呼び下さい」
 にっこり笑い掛けると、
「おい!」
 その横から、ちゃきん、と短刀を突きつけられました。
 え? あれ? 今度は何ですか?
「エタニティ様に、容易に近付くな!」
 水晶を持った可愛い女の子と同い年らしい、これまた女の子が現われました。長い髪の水晶の女の子とはまったく対照的で、短髪、活発の、剣を持った女の子。勿論子供用にしつらえてありますが、手入れがしっかり行き届いているので迂闊に触るとスパッと切れてしまう真剣です。
「トリニティ、剣を収めなさい」
 キャラウェイが短髪の女の子を諌めます。
 そうです、収めて下さい。でないと危なくて近付けません。
「あの……あなた達は……?」
「私の妹達です」
 答えたのはキャラウェイです。成る程、確かに何処と無く似ている感じがあります。髪の色も瞳の色も同じですし……。
「こちらが、エタニティ。水晶を通した占い能力を有しており、巫女として第三王子ブライアン様にお仕えしております」
「は、初めまして、芙蓉さま」
「芙蓉で結構ですよ」
 本当、可愛いですね。
「こちらがトリニティ。エタニティの双子の妹で、巫女騎士としてエタニティの護衛を務めています」
「護衛って、この小さい子――痛っ!」
 がつん、と脛を蹴られてしまいました。痛いっ、これは痛いです!
「小っさい言うな!」
「トリニティ!」
 トリニティ様の文句も、キャラウェイの叱咤も聞えません。痛いですってば。これ、どうにかして下さい!
「その二人を、今直ぐ城へ帰せ!」
 びりびりと空気を振動させる第二王子シュナイザー様の声。
 その声にびくっと身を竦ませる巫女エタニティ様と、警戒心を顕にするトリニティ様。そして表情を険しくする二人の姉、キャラウェイ。私、ディ、カトラスも、難しい顔をして彼を見ます。
 鬼の形相、とでも云うのでしょうか。差し詰め般若か羅刹か。彼の周囲を異様なオーラが渦巻いています。ディの怖がった表情を見ずとも、あれが良くないモノである事は誰の目にも明らかでした。
「兄上、幾ら兄上の御命令でも、それは出来ません」
「何だと……!? 今回の一行の責任者は俺だぞ!? その俺に歯向かうのか!?」
「姫巫女の動向には父上の許可を得ています! 兄上の指図は受けません!」
 拙い展開です、これは。こんな所で兄弟喧嘩を始められては……。
 ここで私の選択肢は三つあります。一つはすっとぼけて場を和ませる方法。但しこの方法は私の第一印象を貶める可能性が有ります。二つ目は真面目な顔をして二人に正論を諭し場を収める方法。二王子に反論を許さず丸め込む自信はありますが、二人の胸中に遺恨を残し、今後滞在期間中に何らかの問題が勃発しないとも限りません。リスクは先程の案と大して変わらないでしょう。三つ目は、妥協案。二つ目の案と違って遺恨を少し和らげる効果が望めますが、この方法は第二王子を敵に回し第三王子に肩入れする結果となってしまいます。東方王宮総取締役として取るべき態度ではありません。しかしこの場と、今後とを考慮すると、この方法が一番妥当です。他に代替案もありませんし、仕方無いでしょう。
「――あの」
 睨みあう二人の間に、意を決して割り込みました。
 第二王子シュナイザー様に、邪魔するなと言わんばかりに睨まれてしまいます。人相の悪さは領主キール様の上をいきますね。
「何だ?」
 キツイ声音で誰何されますが、私はその厳しい視線をさらりと流し、やんわりと微笑んで提案しました。
「もし宜しければ、お二人を、私の客人としてお迎えするのは如何でしょうか……?」
「はぁ!? 何を馬鹿な事を!! 取締役風情が、口を挟む様な事では無いわ!」
 むか。
 ――この程度の駆け引きの真意も掴めないなんて……! おまけに風情とは何ですか、風情とは!
 しかしここで私が取り乱しては収まるものも収まりません。平常心を保たないと。
「お客様用のお部屋がある外城はエルフ族の方々の為に用意しておりますので使えません。内城はシュナイザー様、ブライアン様を始めとする王族の方々の御滞在場所ですから、私如きの客人がお部屋を賜われはしないでしょう。――しかし幸いにも、私がマスターより賜った部屋の一室が空いております。そちらに滞在なされては……如何でしょうか」
 ここまで言わせておいて、分からないなんて言ったら流石の私も怒りますからね。姫巫女と巫女騎士を第三王子ブライアン様から引き離してやる。そう言っているんです! 
 第二王子シュナイザー様が姫巫女を帰そうとしているのは、第三王子ブライアン様の傍に彼女が居たら何かと面倒だからでしょう。そこにどんな真意・理由があるのかは知りませんが、二人がセットになって傍に居るのが嫌なのなら、帰してしまわなくとも、姫巫女と第三王子とを引き離してしまえばいい。しかし、一つだけ問題があります。引き離すと言っても同じ敷地内ですから、完全に接触が絶たれてしまうわけではありません。何らかの方法、あるいは正当な手段を用いれば、会う事は可能です。第二王子シュナイザー様がそれに気付いてしまえばアウト。しかしこれまで散々馬鹿さ加減を見せ付けてくれましたからね。シュナイザー様にそこを考慮する知恵があるとは到底思えません。一方で、知略に長けた第三王子ブライアン様ならば、この提案の致命的な穴に気付かれる事でしょう。
 二人の性格の差を利用した巧みな提案。受け入れるかどうかは貴方次第ですよ、シュナイザー様。
「――分かった、いいだろう」
 第二王子シュナイザー様が、低く唸ります。
 事の成り行きを見守っていた一同は胸を撫で下ろし、兄弟喧嘩は本格化する前に何とか収拾に漕ぎ着けました。
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4. 「そして彼女は衝撃に再会する 5.」


 中央王宮のお二方との初顔合わせはようやく終了し、それぞれ部屋を出て行きます。こっそり睨み合う二王子を送った後、部屋にはマスター、私、カトラス、ディが残りました。
「まったく……よくやるな」
「はぁ」
 褒め言葉とも嫌味とも、どちらにでも聞えるマクラレーン様の言葉に、とりあえず頷く私。
 出口へ向かう私達の後ろを、カトラスとディが追いかけます。
「今回はどうにか収拾したが、しかし、次は控える事だ。下手をすればお前が彼等に睨まれる」
「心得ています」
 きっぱりと言い放ち、一呼吸を置いて、
「しかし」
 と、付け加えました。
「もう、手遅れですよ」
「……。だろうな」
 神妙な面持ちでマクラレーン様は同意しました。
 総取締役の役目は何も王宮内の管理だけではありません。客人と顔を合わせてはならないという慣習も、こういった無用のトラブルを避ける為と考えれば、最適な言い訳になります。だから、今まで慣習として続いて来たんでしょう。王宮の総取締役と来賓がいがみ合っては、マスターの仕事に差し障りが出てしまいますからね。
「ですが、今回ばかりはそうも言っていられないでしょう」
「……その通りだ」
 小刻みに、何度も、マスターは頷かれました。
 今回のメインのお客様は、何度も言っている様にエルフ族の御一行です。内部分裂を起こしている場合じゃ無いんです。あの兄弟の醜態をエルフの前で曝け出すのは、正直、避けたいですからね。仲が悪いのは今更どうしようもありませんから、せめて表向きの体裁だけでも取り繕わないと。――感応能力に優れたエルフの前で、体裁が通じるかどうかはさて置き、ですが。
 後ろに控えていたカトラスがすっと前に出、扉を開きました。
 開かれた扉をくぐりながら、マクラレーン様は続けます。
「全く、中央も厄介な問題を――」
 そして正面を見、ぎょっとして、足を止められました。
 廊下へと通じる扉の真正面――並んだ窓を背にし、男が独り、待ち構えていました。
 すらりとした長身を黒革の服で包み、腕を組んで、顎を引き、瞼を伏せて。――とても長い銀の髪が、窓から差し込んだ陽光を受けて、見事な色で輝いています。少し青みがかって見えるのは、昔と何ら変わりません。……そう、変わっていない……何一つ。手に握られた、片刃の彼の愛刀も。
 どくん。
 心臓の跳ねる音と一緒に、悪寒と恐怖が全身を駆け巡りました。彼を正視出来ず、顔を背けて口許を押さえます。頭の中で何度も何度も、今朝の夢がフラッシュバックしました。記憶の断片が、ランダムに、何度も、何度も――幾度と無く。
「第三王子ブライアン殿の……護衛の御方か」
 護衛……。だから、ブライアン様の傍に……。こんなところまで……。
 何故、こんな所に現われたのか、不思議でなりませんでしたがそれでようやく納得出来ました。しかしまた別の疑問が涌いてきます。この男が、何故、王子などの護衛に納まっているのか。地位や名誉、金や権力、人間が欲して止まないありとあらゆる物とは無縁のこの男が、一体何を目的にして王子に近付いているのか……。
「何か、忘れ物かな?」
 頬に薄ら汗を滲ませ、マクラレーン様。
 先程の会話を聞かれてしまったと、焦っているのでしょう。しかしそんな必要はありません。他の護衛兵ならば大慌てで王子に報告したでしょうが、この男はさっきまでの私達の会話など、どうでもいい筈ですから。
 すぃ…と、薄ら、眼が開かれ、こちらに向けられます。
 それを見たマクラレーン様、カトラス、ディは、びくっと身を竦めました。特にディは、カトラスの影に隠れて彼に見付からないようにしています。まあ、無駄な足掻きでしょうが。
 彼は優雅に視線を動かし、私の目を捉えました。こうなればもう逃げられません。開き直って真正面から睨み付けてやりますが、今直ぐ逃げ出したい衝動を抑えるので精一杯で、それ以上の事は考えられませんでした。
 ――どの位の時間が過ぎたでしょうか。そんなに長くは無かったと思います。彼はおもむろに、ふ、と笑みを浮かべました。
「――エルフ界一の立役者が、こんな所で何をしている……?」
「――――!!」
 貴様には関係無い!
 衝動に、叫んでしまおうとしますが、しかし、一瞬躊躇います。
 関係無いなんて、無いんです。むしろ大いに関係有ります。私がここに居る責任を問い質すならこの男に……否、責任は他の所にもあって、一概にこの男の所為とは言い切れません。
 どんな言葉を、叩き付ければいいのだろう。
 どんな言葉なら、分かってくれるのだろう。この痛みを。
 どんなに激しく罵っても、この男は優雅に聞き流してしまう。言葉なんて、この男には通用しない。どれ程の痛みであるかなど、この男は全て理解している。訴えたところで今更効果は無い!
「…………ッ」
 言葉無くしても何となく言いたい事が伝わるディとは違って、人間は言葉以外に手段はありません。その唯一の手段を奪われてしまった私に、この感情をどう言い表せるでしょうか。
 唇を噛んで、押し黙って、私は彼が立ち去ってくれる事を望みました。
 それを何となく察したのでしょう。彼は再び軽く眼を閉じ、すっと、その場を離れました。一瞬だけ、ディに目配せをして。
 淀みなく一定のリズムを刻む彼の足音が廊下に響き続けている間中、私は指一本も動かせませんでした。
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5. 「そして彼女は衝撃に再会する 6.」


「お帰りなさい、芙蓉様」
「おかえりなさーい!」
 アデリアとエリザの脇をすり抜け、
「お帰りなさい!」
 びしっと挨拶するスコットを無視し、
「……お疲れ様です」
「おつかー」
 エイジアンとハロルドの言葉にも答えず、取締室を抜けて総取締室へと入っていきます。皆に感けている余裕なんて全く有りません。
 総取締役専用の大きな執務机。その上に並べられた書類と、カトラスが用意してくれた可愛いイラストの灰皿。
 懐に手を伸ばし、煙草を一本取り出し、口に(くわ)えようとしたのですが、うっかり落としてしまいました。指と指の間をするりと潜り抜け、床に落ちてしまいます。何故か拾おうという気にはなれず、もう一本取り出そうとして、その手が震えている事に気付きました。小刻みに、はっきり分かってしまう位の震え。左手も、机の上でフルフルと震えています。
 恐怖の所為か――それとも、他の理由か――。
 どちらでもいいし、どちらでも同じ事です。
 両手を真正面に向け、震えている事をしっかりと認識します。
 悔しい――です。この程度で……こんな事で、こんな……!
 私は机の上を見回し、置いてあった適当な書類を引っ張り寄せ、判子に朱肉を付けて、書類に捺印しようとしました。しかし、手が大きく震えて、位置が定まりません。左手で右手を押さえつけてどうにかしようと試みますが、余計に激しくなるばかり。収まる気配など、全くありませんでした。

『エルフ界一の立役者が、こんな所で何をしている……?』
 優しく諭す様な、低くて、響いて、――甘い、声。

「…………!」
 判子を投げ出し、机の上を薙ぎ払います。
 ばさ、ばさばさっ。
 書類が部屋中に散乱し、
 ガシャン!
 カトラスの灰皿が、激しい音を立てて割れてしまいました。
 机に両手を付いたまま、膝を折ってがくんと倒れ込む私。
 カトラスはそれを、出入り口に立って、じっと見詰めていました。
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