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1.2.

1. 「そして彼女は衝撃に再会する 2.」


 森の奥へと更に足を運ぶと、小さな泉に辿り着つく。穏やかに揺れる水面。時折風に煽られて騒ぎ生まれる漣。向こう岸に向かって真っ直ぐ伸びるその姿を目で追うと、漣が到着した向こう岸に白い建物がある事に気付いた。
 静謐を体現したかの様な穏やかな色合い。割と小さな建物で、収容人数も多くは無さそう。
 どうしてこんな人気の無い森の奥に建っているんだろうと興味を覚えたあたしは、泉を大きく迂回して向こう岸へと向かった。
 白い建物は間近で見ると益々小さく見える。出入り口は一つだけ。扉に触ってみると鉄の様に硬く冷かったが、とんでもなく細やかな装飾が施されていた。これもまた不思議だ。こんな硬い物にどうやって装飾を施したんだろう。本当にアルフハイムの技術者達には脱帽してしまう。
 扉を開ける為、両腕に力を込める。相当重いだろうと覚悟をして押したのだが、扉は羽根の様にとても軽く、あっさりと開いた。この森の奥深くに秘められた小さな神殿に、エルフの技術が詰め込まれている事がひしひしと伝わってくる。一体、内部にはどんな装飾が施されているんだろう――。
 期待に胸を膨らませ、一通り目を配って、
「……!?」
 言葉を、失った。
 想像とは余りにも違い過ぎる光景に、体が拒否反応を起こす。
 鉄臭い異臭を放ちながら、白い壁に飛び散った赤い血。
 床に、壁に、柱に、寄り添うように横たわる幾つかの死体。
 群れ成す力無き遺体の中に、取り分け目立つ四肢(からだ)が一つ確認出来た。祭壇に一番近い場所でぐったりと横たわっている。白いドレス、長い髪。――見知った顔。いつも見る者を魅了して止まない笑みを浮かべていたその顔から、今、血の気が失せて見る見る青くなっていく。頬には未だ少しだけ赤みが差していたが、呼吸している様子は無かった。
 壮絶な光景に、言葉を失うあたし。ショックの所為か、呼吸が段々と浅く不規則になる。目を逸らしたいのに出来ない。
 そして――見つけてしまった。死体の群れの中に立つ、その男に。
 あたしが開け放った扉から舞い込んだ風に煽られて、長い銀髪が揺れる。手には血塗れの片刃剣。装飾は無く、実用一点張りの見事な剣。――見覚えのある剣。
 その持ち主の蒼い瞳が、あたしの視線を絡め取る。
「――――ッ!」
 視線だけで切り裂かれた様な感覚を覚え恐怖する。だが、恐怖に心を揺さぶられてもたじろいでいる時間は無かった。恐れを感じると同時に確信したもう一つの脅威が迫っていた。
 ――来る!
 持っていた吉宗(ヨシムネ)を鞘から抜く。しかし半分程抜いたところで、
 ギンッ!!
 血に濡れた刀身が、吉宗の刀身を捕らえた。
 冗談抜きで速い。これが――本当の、本気の実力! あたしを相手にしている時は決して見せなかった、これが彼の本当の力!
 ぐっ、と押され、技量だけでなく筋力の差も感じ取る。
 重過ぎて、耐えれない!
 勝ち目の無い力比べを延々と続けていても仕方無い。この状況を打破してくれる別の方法を脳内で高速処理している、その時だった。
 ガギンッ!!
 再び激しい音が立ったかと思うと、吉宗が真ん中から真っ二つに折れた。あたしの右手に握られた柄の部分と、鞘に収まったままの刀身の部分。柄の方はあたしの手から滑り落ちて床に転がる。そして鞘の方の刀身の軌道を確認しようとした、その時だった。
 ぞくっ。
 全身を突き抜ける悪寒。
「…………!」
 それと同時に、背後にあの男の気配を感じる。
 ――速い……! いつの間に背後に……!?
 ここであたしが取るべき行動は、素早く後ろを振り返って敵を確認し、次の攻撃に備える体勢を取る事だっただろう。けれど、出来なかった。これ以上は無い恐怖で体が硬直してしまう。息一つ、瞬き一回すら、赦され無い様な感覚――。もしそのどれか一つでも犯してしまえば、何にも代え難い罪を負ってしまうような――何をしても赦され無い、そんな感覚に襲われて、その場で硬直してしまう。
 背中を向けたまま微動だにしないあたしを見下ろす彼が、ふ、と笑った気がした。
 彼の優雅な左手が、あたしの左の首筋、耳の下の髪を撫でる。優しく、何よりも愛しそうに。
 冷たい手。まるで血なんて通ってなさそうな……。
「…………」
 だけど、どうしてだろう。それ(・・)が彼なりの感情の表現の仕方なのだと――、それ(・・)は今あたし一人に向けられているのだと、そう考えると別の感情も頭をもたげる。
 だからと云って恐怖が消えるわけではない。むしろそう思う事によって更に恐怖は増す。

 この男は、ついさっきまで笑い合っていた相手すら平気で、斬れる。

 この男に関わった奴等の中で、こいつの懐に最も深く潜り込めたのは、おそらくあたしだろう。ほんの少しの間でも関係が育まればそれなりに情が移るものだが、あたし達の関係はそうなって当然な位はあった。――だが、どれ程の関係があたし達の間で築かれていようと、この男の前では何の意味も束縛性も、皆無(ない)

 全身が粟立ち、冷や汗が噴出す。
 駄目……だ。
 ザンッ。
 背中に激痛を感じ、あたしは大きく仰け反った。
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1.2.

2. 「そして彼女は衝撃に再会する 3.」


「――――ッ!!」
 息を飲み込みながら、がばっと勢い良く上半身を起こしました。はあ、はあ、と肩で息をする度に、呼吸音が部屋中に響きます。口を手で押さえて呼吸数を確認しながら、大丈夫を念仏の様に繰り返し呟き、少しずつ少しずつ気持ちを落ち着かせました。
 部屋の中を見回すと未だ真っ暗で、朝日が昇るどころか鳥の鳴く気配もありません。時計が無いので正確な時間は分かりませんが、未だ真夜中なのは分かります。王宮の端で小石が転がる音すら聞えて来そうなほど静かな空間は静謐(せいひつ)と呼ぶには余りにも不気味ですが、不思議と恐怖は感じませんでした。
 夢の内容に比べれば、暗闇など、キャンバス上に表現された贋物の暗黒にしか見えないと云うのが本音ですが。
 もう一度眠りにつこうかとも考えましたが、夢を思い出して考えを改めます。また同じ夢を見ないとも限りません。絶対にもう二度とあの夢は見ないと保証されなければ眠る気にはなれず、かといってこのままベッドの上に座っているのもつまらないので、ベッドから抜け出して床に足を付けました。明かりもなく真っ暗ですが、夜目と薄ら差し込む月明かりのお陰で、かろうじて何があるかは確認出来ます。これだけ見えれば十分。私は室内にある椅子を窓際へと持って行き、窓を開け放ってそこに座りました。
 冷たくもなく暑くもない、心地良い風が心地良い速度で、頬を撫で、耳を撫で、髪を撫でて舞い込んできます。
 だけど気分は晴れません。心に重石を乗せてずるずる引き摺っている様な、そんなすっきりしない感覚。

 ――ずっと昔、気が付いたら、いつもこんな気持ちを抱え込んでいて、そして独りでした。中学に上がる頃には既に友達なんて居ないも同然で、私の性格や考え方が悪いからだと分かっていても直す気にもなれなくて。そもそも、性格や考え方は生まれ持った資質や成長過程などで蓄積されるものなので、容易に変えられる筈が無いんですよね。努力次第で多少は改善されるとは思うのですが、私の場合、頑固一徹、変人で有名だった祖父の影響がかなり強くて、自分でもう手遅れだと諦めてしまいましたからどうにもなりませんでした。友達居なくても、死んでしまうわけじゃないし。まあ、困る場面は幾つかありましたけどね。グループを組む授業や、遠足や。元から団体行動は嫌いでしたから、もし友達が居たとしても状況は余り変わっていなかったかも。
 織也に出会ったのは、そんな頃です。
 祖父の友人であった人の息子で、私と同い年。会ったのはたった一度きりでしたけど、何だか妙に印象に残る人でした。やたらと明るい性格だなって印象がありましたが、今、よく考え直してみると何の変哲も無い普通の中学生だったかも。単に私が暗かっただけだと思います。
 高校に入学すると周囲から益々人が居なくなって、気が付いたら碌に友達と呼べる人も居ませんでした。その頃は、友達居なくても人生に深刻なダメージを与えるほど困った場面なんて無いんだなと、実感に実績を伴って理解していましたから、人付き合いが輪をかけて悪くなっていたんですよね。来る者拒んで去る者追わず。そんな感じです。
 家族が私を残して他界してしまったのは、高校を卒業する数ヶ月前。
 織也に再会したのは、それから約半年後の事。
 そして、彼に出会ったのはそれから更に三ヵ月後の事です。
 当時、人間が戦争をしていた相手。エルフ族。そのエルフの血を半分だけ引いた悪魔。それが、彼。私が彼と出会ったとき、彼は人間に相当痛めつけられていて、傷だらけでした。黒くて艶々した毛並み、滴り落ちる鮮血に良く似た色をした瞳の、大きめの犬。それが人型に化けた時は流石の私も驚きましたっけ。――傷だらけだったって云うのが、きっと彼の勝因で、私の敗因だったんでしょう。傷口にあてた消毒液が染みる様に、彼の存在は私の中に何の抵抗もなく滑り込んできました。それは、長らく人と人との付き合いを拒んで来た私にとって、とても優しく穏やかな日々で。――素直に、今、あの時の気持ちを言葉にするなら、好き……だったんだと思います。だから彼が急に居なくなってしまった時、あんなにも苦しくて、迎えに来てくれた時、嬉しくて、何も考えずに彼の手を取った。
 ――そしてアルフハイムに足を踏み入れた。
「―――…」
 どうして、でしょう。
 過去は消せないと分かっています。でも、それでも人は忘れ逝く生き物だから、せめて忘れてしまおうと思っていたのに……。忘れようとする度に、忘れさせまいと、何かが起こってしまう。見えない力が働いて、忘れられない。まるで忘れる事は罪であるかの様に……。
 織也との再度の再会も、今回の事も、私にとって、苦痛でしかありません。辛過ぎて……もう、泣きたいのか、逃げたいのか、そんな事すら分かりません。

「……」
 声が聞えたような気がして、私は窓の外に向けていた視線を室内へと移動させました。
 部屋の向こう、隣の続き部屋へ通じる扉の近くにディが立っています。
「起きてたの?」
 訊ねると、彼は首を横に振りました。どうやら起こしてしまったらしいです。
「いつから?」
 ちょっと困った顔をするディ。この様子だと、最初からって事でしょうか。多分、私が(うな)されて飛び起きた頃でしょう。エルフ族程で無くとも、この子も結構敏感ですからね。分かりたくなくても気付いてしまうんだと思います。損な性分ですね。
「おいで」
 手招きすると、彼は素直にこちらに来、捨て猫の様に寄り添ってきます。泣きべそかいてた子どもってこんな感じかなと思いつつ、彼の頭を撫でて、再び外へと視線を向けました。
「……あたしが今まで生きてきた時間は、貴方に与えられた時間とは比べ物にならない程短いけれど……、辛くて、泣いて、悩んで、私なりに、乗り越えて来た」
 未熟だけど、未熟だから、未熟なりに、懸命に頑張ってきました。
「じーちゃんが言ってたな」
 悩んでると、胸の中がもやもやしてくる。乗り越えると、忘れてしまうけど。――時々、その残りカスみたいなものに支配される時があって、やる気出なくて、心が重くて、どうしても悲しくて……モヤモヤしてしまうって。――人は誰でもそんなものを胸の裡に抱え込んで生きている。それは、心のどこかで今までの人生を後悔している証。自覚があろうと無かろうと、若かろうと年老いていようと、人は誰でも後悔するのだから、子どもだからそんな気持ちを理解出来ないと考えてはいけない。子どもだって解る気持ちなのだから。ただ、区切りの良いところで折り合いをつけて、そういう気持ちと上手く付き合えるようになるのが大人なのだ――。
 祖父は、未だ十歳にも満たない子どもの私にそんな話を聞かせる人でした。当時、話の内容を半分位しか理解していなかった私は、祖父を凄い人だと思っていたけれど、今改めて考えてみてもやっぱり凄い人だったんだなと思います。勿論、別の意味で、ですけどね(子どもにそんな話をする人なんてきっと滅多に居ないでしょうし)。
 祖父の言葉通り、モヤモヤしたものが重く圧し掛かっているのは、きっと私が後悔しているからなんでしょう。けれどどこで折り目をつければいいのか、さっぱり分かりません。どこから間違っていたのか……、どこからやり直せば巧くいったのか……、どうすればこんな結果にならなかったのか……、考えても考えても答えは出なくて、結果、もやもやを抱え込むしかなくて。
 けれどもやもやしたくないから、今までずっと、考えないようにしてきました。そして忘れ去ってしまおうとしていたんです。
 だけど、逃れられない。織也との再会も、今回のことも。

 ……思考が、堂々巡りしている事に気付いて、溜め息をつきました。
「ディ、先に寝なさい」
 頭をもう一撫でして部屋に戻るように促します。
 しかし彼は首を大きく横に振りました。
「ディ」
 強く名前を呼んで威嚇しますが、彼もまた横に振る首を激しくさせます。それから何を思ったのか、おもむろに立ち上がり部屋に備えてあったクッションを持って来、椅子に座る私の傍の床にそれを敷き、座り、壁に背中を預けて、私の手を握りました。
 ……この体勢で寝るって……? まったく……頑固なのは誰に似たんでしょうね。
「風邪ひいても知りませんよ」
 やれやれ、まったく。
 渋々承知してやると、彼は嬉しそうに満面の笑みを称え、私の手を握ったまま眠りこけてしまいました。
1.2.
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