INDEXback宮廷舞踏会 -芙蓉- 第05章 第03話next
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1. 「東方王宮大騒動 5.」


 ベッドの中でもそもそと寝返りを打った後、目を覚まして体を起こします。大きな欠伸と伸びを一つずつ。それからちゃんと目を覚まさせる為、シャワーを軽く浴びました。
 風呂上りにはテーブルの上に用意してあった水をコップ一杯飲み干します。タオルでがしがしと乱暴に頭を拭きつつ、クロゼットを物色して適当な服を見繕いました。髪は未だ乾きません。以前、機会があって髪を短くして以来、ずっと短くしたままなのですが、髪が伸びるのが早いので今現在はやや長めです。その所為でちょっと乾き辛いんですよね。長いのも嫌いではないのですが、それだけが不便です。ドライヤーがあったら便利なんですけどね。
 選んだ服を着て、鏡の前で一通りのチェック。それからいつものネックレスを下げます。普通のネックレスとは一味違っていて少し長いこれは、私の鳩尾みぞおちより数センチ上の辺り――丁度胸の谷間で、キラキラと、さながら水晶か金剛石ダイヤの様な光を放つ宝石が輝いています。じっくり見ないと分からないんですけど、実は宝石の天辺には蓋がついているんですよね。これはこのネックレスが只の飾りでは無い証。香水とか入れる事の出来る小瓶と考えて下さい。私が下げているこれにはもう何も入っていませんけど、中身を用意してくれれば入れる事が出来ますよ。

『次はお前の番だ』
 ――そう言われて託された大切な物です。

「…………」
「ああ、お早う、ディ」
 続き部屋になっている向こうの部屋から現われた彼に声を掛けます。彼は言葉の代わりに頷いて挨拶をし、一通り部屋の中を見回して、
「……?」
 首を傾げました。
 やっぱり、分かってしまうんですね。エルフまでは無くとも、ドラゴンであるこの子も結構敏感です。表情一つ、雰囲気一つだけで気付かれてしまうので、安易に無理も出来ません。
「――大丈夫ですよ」
 にっこりと笑って見せました。
「今日は未だ王子方が到着するだけです。エルフの一行の到着は未だ先――…」
 そう、未だ先です。けれど刻一刻とその時は近付いて来ています。……でも、今暫くは大丈夫。それまでは、未だ大丈夫です。
「――大丈夫……まだ」
 何度も何度も反芻し、自分に言い聞かせました。
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2. 「そして彼女は衝撃に再会する 1.」


 その日のお昼過ぎ、太陽が真上から少し西へと傾き始めた頃、俄かに王宮中が騒がしくなり始めました。特に正面玄関辺りが一際ざわついていて、ゆっくりと確実に城へと向かって来ています。まったくよく聞える足音ですね。
「来たみたいだな」
「ええ」
 面白そうに声を弾ませるファングに、私は適当な相槌を打ちました。
 総取締室以下、取締室、その他の部署は殆ど空になっています。何せ今回の訪問者は中央王宮の第二王子と第三王子様ですから、みんなお出迎えに行ってしまったんですよね。カトラスは総取締役代理としてマクラレーン様の隣に並んでいる筈です。取締室の皆はその後ろに控えている事でしょう。ディは裏方のお手伝い。私は総取締役ですからお客様の前に出られません。一人で総取締室に残ってデスクワークをこなしていると、書類を届けにファングが現われたので、また彼をこき使わせて貰っています。ほら、一人って何かと大変ですから。そのお陰で仕事もだいぶ捗っていますし、この分なら定時に終われるかもしれません。
「ファングも明日から大変ですね」
「ああ。平和なのは今日までだなーっと」
 掛け声に合わせて書類に判子を押すファング。
「そっちは明日から暇だろ」
「暇ではありませんが、楽になると思います。羨ましいでしょう」
「あーそーだなー」
 ……棒読みですよ?
「そーだ」
 ぽん、とファングが手を打ちます。
「新しい賭けを思いついたんだ。参加しねぇか?」
「またですか」
 いい加減、懲りない人ですね。まぁ、ファングらしいですけど。
「それで、今回は何を賭けているんですか?」
 内容によっては参加してあげないこともありませんよ。勿論、マクラレーン様や議員方に睨まれない程度にこっそりとですけどね。
「おお、けっこーやる気だな」
 ニヤリと哂うファング。明らかに目の色が違います。この意欲がもっと仕事に向いてくれたら少しは出世の道に光が差すのではないかと思うんですけど。……いえ、別に彼がいつもさぼっているとは言っていません。むしろ最近は自主的に弓や剣の腕を磨いているらしく、マグワイヤ将軍の彼に対する評価は上昇傾向にあります。ただ、人間の殆どの人は仕事より大事なものがあると思うんですよね。家族とか、あるいは趣味とか。ファングの場合、それが賭け。でも賭けが全てってわけではなさそうです。ファングの家族は大家族で弟や妹は未だ小さいらしく、実家に仕送りをしているそうなんです。偉いですよね。で、ある日、誘われて賭けをしてみたら大儲け。ビギナーズラックの典型版でしょうか。それ以来、賭けにはまったそうなんですけど、掛け金はきっちり趣味の範囲内で抑えているそうなので、破産とかそんな心配は無いそうです。儲けたお金は全て仕送り。大したものです。
「今回の内容は面白いぜ。我ながらよく考えるよな」
「勿体つけないで早く教えて下さい」
「おう、ずばり! カトラスと王子様、どっちが先にブチ切れるか!?」
「…………は?」
 カトラスと……誰ですって?
「どういう事ですか?」
 首を傾げて訊ねます。意図が掴めなければ賭けの仕様がありません。詳しく説明して下さい。
「カトラスと、第三王子の……名前、何だっけ。まぁ、いいか。中央王宮の三番目の王子様がよ、犬猿の仲っつーのは有名だろ」
 初耳です。
「初めて聞きました……」
 驚く一方で、ああそうか、と納得します。だからあの時、カトラスは第三王子ブライアン様に「様」を付けるのを躊躇ったんですね。
「嘘だろ!? マジで知らないのか!?」
「知りませんよ」
 ちょっとむっとして答えます。知っていようと知らないでいようと、私の勝手でしょう。
「珍しいですね、カトラスが嫌う人が居るなんて」
「そうか? そーでもないぜ。顔にあんまり出さないから分かり辛いかもしれねぇけど、あいつ割りと好み激しいだろ。潔癖っつーか、神経質っつーか、完璧主義っつーか」
 うーん、言われてみれば確かに、カトラスにはそんな一面があります。
「オレも初めて会った時、ボロクソに叩かれたからなぁ。なまじ頭がいいもんだから、口の利き方も達者でよ。今までの人生の中であの時ほど腹が立ったのはなかったな」
 そう言えば、私も初めて会った頃はファングと同じ様に嫌われていました。いえ、嫌われていると云うよりは敵視されていたと云った方が的確かもしれません。ちょっと懐かしいです。あの頃の私は、東方王宮総取締役の最有力候補であったカトラスを押し退けてその座に着任しましたから、敵と見なされても仕方無かったと思います。実際はカトラスをより総取締役の椅子に近付ける為のマクラレーン様の思惑を実現する為、私が駒として選ばれただけに過ぎなかったんですけどね。
「カトラスと王子サマが初めて会ったのは、マクラレーン様とレイチェル様との結婚式の時だ。歳も割りと近い二人は直ぐに意気投合。王子が滞在している間中、ずっと二人で遊び回っているほど仲が良かった。ところが」
「事件発生ですか」
「いや、別に事件って程じゃないな。切っ掛けはおやつの取り合いだとか何とからしいし……。――まぁ、その辺はあんまり詳しく覚えてる奴はいないみたいだぜ。重要なのはそっから先でさ、王子はその頃から既にヒネた性格してたらしくて、それがカトラスと合わなかったんだよな。結局そのまま二人は喧嘩別れ。以来、王子が東方王宮を訪問すると一触即発になるってよ」
「へぇ……詳しいですね」
「メイドの口に戸は立てられねぇってな」
 それ、正しくはメイドじゃなくてヒトです。……まあ、致命的な間違いでもないので、あえて何も言いませんけどね。
「で、どれに賭ける?」
 懐からメモ帳を取り出すファング。どうやら賭けのあれこれが書かれているらしいそれには、今回の馬券のあれこれが書かれていました。
「そうですね……」
 難しいですね。カトラスは確かに怒りっぽいですけど、中央王宮の王子を相手にそう簡単に我を忘れたりはしないと思います。王子ブライアン様に関しては、個人的には未だ何も知らないので何とも言えません。どっちもどっちです。
「ちなみに一番人気はカトラスだぜ。やっぱ、怒りっぽいからかな。二番人気はどっちも踏ん張る。よーするに、どっちもキレずに何とか遣り過ごすってパターンだ。王子は何か斜に構えた性格してるらしくて、キレる程の事が起きても適当に流しちまうだろって事で三番手だな」
「じゃあ――止めておきます」
「ああ!?」
 身を乗り出して声を張り上げます。
「ここまで来てそりゃねーだろ!」
「そんな事言われても、私、勝ち目の無い賭けはしない主義なんです。他を当たって下さい」
「なんだよ、つまんねーな」
 文句を言っても賭けませんよ。

 仕事に一区切りをつけて、ちょっとだけ席を離れます。窓際に立ってぼんやり外を眺めていると、一行のざわめきがさっきよりもずっと近くなって来ている事に気付きました。
「来たみたいですね」
 真下に一行の先等集団が見えます。
「どこだ?」
 ファングも窓辺へ来て、下の様子を眺めました。
「ぞろぞろぞろぞろ、まったく凄ぇな」
「仮にも王族ですから」
 侍女・侍従のお付、護衛、その他諸々。人数は自然と多くなってしまいます。しかしまぁ、確かに、あれだけよくぞろぞろと……。
「ほら、あれだろ。第二王子と第三王子」
「ですね」
 雰囲気が違うから一目で分かってしまいます。
 筋肉隆々のごつい体躯、野性味溢れるマスクの、あちらの方がきっと第二王子のシュナイザー様。お世辞にも顔は良いとは云えませんね。まあ、悪くもありませんが、少なくとも私の好みではありません。
 一方、割りと細身で、すらっとしたいで立ちの男性が第三王子のブライアン様。不敵な笑みが印象的です。シュナイザー様よりブライアン様の方が好みですけど、だからと言って一目惚れしてしまう程恰好良いわけでもありません。
 二人とも、可もなく不可もなくって感じです。
「期待してた程、恰好良くありませんね」
 素直な感想を洩らすと、
「王子でカッコイイなんて、そんなオイシイのが幾つも居てたまるか」
 ファングが突っ込んできました。
 それも確かにそうかも。
「でも、うちの王子様はいい感じになると思いますよ」
 窓のへりで頬杖をつく私。
「レオン王子か? あー、まぁ、十年か二十年経てばなぁ。……でもその頃、一体いくつだよ?」
「レディーに年齢としの話は禁句です」
 一言多いですよ、ファング。
 下を見下ろしたままファングに突っ込み返しをお見舞いします。
 ぞろぞろと一行が城の中へと入っていきます。まるで蟻の行進みたいですね。ぞろぞろぞろぞろ……。そろそろ王子方も城へ入りそうな時――、丁度、二人が私達の真下を通った時、ふと、目を惹くものがありました。何気なにげ無く目に付いたそれ。奇麗な色の髪――…。
「――――…」
 不意に、その髪の持ち主が顔を上げ、私と視線を重ねます。
 ……意図的に視線を合わせたのだとしか思えません。彼はこちらを向いてフ、と哂いました。口の端を持ち上げ、嫌味も無く、嘲笑も無く、侮蔑も無い、けれど怒りを覚えさせる笑み。
 ――思わず、硬直してしまいました。視線を逸らす事も出来ず、逃げる事も出来ず、その場に立ち尽くしてその目に魅入ってしまいます。まるで氷の彫刻にでもなった気分です。指の一つも動かせやしません。心なしか息苦しさを感じさせます。

 カベイチメンノアカ。

 息をしてはいけない様な――…。

 アカイヤイバ。

 瞬きすらもしてはいけない様な――…。

 ギントアオノ……。

 そんな恐怖に似た感覚を、私はよく知っていました。だから頭で考えるよりも先に、体が反応してしまって硬直したんです。
 壁一面の赤。
 赤い刀。
 銀と蒼の……。
 脳裏でフラッシュバックする光景の一枚一枚。それが更に、私の周囲の息苦しさを増させます。
「はっ……っ……」
 ――苦しい。息が……。
 肩を震わせ、口許を右手で押さえます。
 吸い込む事も、吐く事も儘ならず、呼吸が巧く出来ません。
「―――…ぃ!?」
 蒼い瞳が私を捕らえて放さない――放してくれない。捕らわれたままなんです。あの時から……っ。
「――おいっ! しっかりしろよ!!」
 激しく肩を揺さぶられ、はっと我に返りました。
「……ファング……」
 いつの間にかうずくまっていた私。
 そんな私の顔を心配そうに覗き込むファング。
「一体いきなりどうしたんだよ!? 大丈夫か? 顔、真っ青だぞ」
「…………」
 彼の問いには答えず、私は自分で自分を抱え込んでぶるりと身震いをしました。
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3. 「見上げる男 1.」


 何に気付いたわけでもなく、何か惹かれるものがあったわけでもなく、彼は不意に顔を上へと向けました。
 交差する視線と視線。それを受け止めた階上の私が捕らわれて身動きが取れなくなる様を見、フ、と哂います。嫌味でも嘲りでもない、彼独特の微笑。それを見た私が、息苦しさを覚え、顔面を真っ青にする様子を、彼はずっと見ていました。
 やがて私が窓縁から姿を消します。それでも彼はずっと私が現われた窓を見続けていました。
「どうした、何かあったのか?」
 そんな彼の様子に気付いた王子ブライアンが声を掛けて来、そちらを一瞥する彼。しかし答えはせず、そのまま無言で城の中へ入っていってしまいました。
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4. 「東方王宮大騒動 6.」


「芙蓉様!」
「カトラス……」
 血相を変えて総取締室に飛び込んで来た彼を見、首を傾げる私。一体何故ここにカトラスがいるんでしょう? 今頃は王子方のお相手をしている筈なのに……。
 疑問に思っていると、
「ああ」
 近くに居たファングが言いました。
「オレが呼んどいた」
 余計な事を……。
 ファングといい、典医のローガンさんといい、皆さん騒ぎ過ぎですよ。
「倒れたとお聞きしましたが」
 やや息を切らせてカトラスが私の容態を尋ねます。
 倒れただなんて誰が言ったんでしょう。やはりファングでしょうか。
「眩暈がしただけです。大袈裟なんですよ」
 じろっとファングを睨むと、彼は跋が悪そうに顔を背けました。やはり彼のようですね。
「そうさの」
 私の脈を見ていたローガンさんが手を離して救急セット一式を仕舞い始めます。
「只の過労じゃろ」
「ほら、何でもないじゃないですか。皆さん騒ぎ過ぎ――」
「何を言っているんですか!」
「そーだぜ! お前、それでこの間ブッ倒れたんだろ。前科持ちの自覚あんのか!?」
 カトラスとファングの一斉集中砲火を浴び、思わずたじろいでしまう私。
 そんな昔の話を持ち出さなくても……。二人とも神経質になり過ぎです。そもそも、総取締役の仕事とは多少の無理を伴う責任のあるお役目。仕事をおろそかに出来ないのであれば、身を削るしかありません。何か一つ無理をしようと思ったら、それと同等のリスクが伴うのは必至。それでも頑張るしか無いんです。
「まあ、嬢ちゃんの場合、多少無理せねばならん場合もあるじゃろうて。のう?」
 弁護してくれるローガンさんに向かって必至に首を縦に振ります。
「眩暈の原因は軽い貧血じゃろう。がっつり旨いもの食って、しっかり寝とれば、うっかり治っとるさ」
 うっかりって……。何か、表現が間違っている気がするのですが……。まあ、いいけど。
「分かりました。では芙蓉様は、今日のところはもうお戻り下さい」
 え? ちょ、ちょっと待って下さい。どうしてそうなるんですか。
「大丈夫ですよ、私。カトラスだって王子方のお相手をしなくてはいけないでしょう。こちらの書類整理は私がしておきますよ」
「何を言うんですか。倒れる様な人に仕事を任せられていられません」
 冷たい口調で冷たく言い放ちます。ちょっと酷いです。むう。
「じゃあ、それでカトラスが倒れたらどうするんですか?」
「何を馬鹿な事を……。論点をすり替えないで下さい」
「すり替えていません。重要な事です」
 私は口調を少しだけ厳しくしました。
「東方王宮は私達が居なくてもきちんと機能します。……が、滞ってしまう事は否めません。私達が二人とも居なくなってはならないんです。そして貴方は、私が何らかの理由で居なくなったいざと云う時の為に代理として東方王宮に仕えています。――今はその時ですか? 私はこうして立って動けるのに、それでも貴方が仕事を全部背負うんですか? その結果どうなると思います? 貴方に無理が祟るのは当然でしょう。その結果、最悪の事態を招くとも限りません。それだけのリスクを負う必要が、今この場でどう必要だと云うのですか」
「……それは……」
 言葉に詰まるカトラス。ここが攻め時です。ここで反撃反論を許してはいけません。私は先を続けました。
「軽い眩暈がしただけで、私は大丈夫です。手も動くし頭も働きます。そんなリスクを背負う必要はありません。私に出来る事は私にやらせて下さい。貴方だって大変なんですから」
「…………」
「返事は?」
「……。――分かりました」
 項垂れ、頷くカトラス。
 その向こうでこっそりと私達に聞えない様に、
「……丸め込みやがって……」
「巧いのぉ」
 ファングとローガンさんが呟き合っていました。
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