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1.2.3.

1. 「東方王宮大騒動 3.」


 忙しい日々は続き、やがて、ゆっくりといつものペースを取り戻してきます。
 ミュゼ様からの連絡では、エルフ一向は東端の町を出立したとの事。旅路は順調で、予定通り東方王宮に入宮出来るだろうと手紙に書かれていました。東方王宮の準備もほぼ完了。ここに至るまで本当に大変でした。
 先ず、今回の訪問に当たって重要だったのはエルフの方々にいかに快適に日々を過ごして貰うか。エルフ族は感応能力に優れている為、悪しき感情を孕んだ人の気配を苦手としています。個人単位でならばそう害はありませんが、イーストフィールドは東西南北中央の五フィールドの内二番目に人が多く住んでいる上、城下の銀天街はイーストフィールドの中でも上位に数えられる大きな町。人が少ない筈がありません。つまりここは、エルフが住んで暮すには余り良くない場所です。東方王宮参謀のウィル様は防壁効果のある石回廊に私室を置く事で凌いでいらっしゃいますが、今回お越しの方々全員を石回廊に閉じ込めてしまうわけにもいきませんし、何より石回廊の部屋数が足りません。そこで客間が揃っている外城をエルフ御一行に明け渡す事にしたんです。明け渡すと言っても、勿論、全ての部屋を好き勝手に使ってもらうわけではありません。外城に極力人の出入りが無い様手配し、エルフの方々に少しでも快適に過ごしていただこうとの配慮ですが、これが今回で一番大変でした。
 外城は実に様々な用途があります。先ず私の執務室があります。その隣には取締室。その他にも重要な役職に就いていらっしゃる方々の執務室があります。東方王宮で働く人々の為の食堂もありますね。外交の城としても使っていますから、客間もあれば大ホール小ホールダンスホールも取り揃えていますし、簡単なバー、それから会議室まであります。平たく言ってしまえば何でもかんでも。外城を御一行に明け渡す為には、それら全てを移動させなければなりません。一朝一夕で終わる作業ではありませんから、これが一番苦労したんです。中には移動できない部署もありましたので、それらは勿論そのまま残す事にしました。例えば食堂。食堂は客間から遠く離れていますし、需要があるのでどうしても利用停止には出来ません。それから総取締室・取締室。これだけ多くの資料を全て他の部屋へ移動させる事は不可能、かといって資料無くして仕事は成り立ちませんから、移動は困難とされました。同じ理由で資料室もそのままです。その他にも幾つか移動できない部署がありましたが、それら以外は私室や他の建物に一時避難させています。使い勝手が悪いとあちこちから苦情が来ていますが、どうしようもありません。こればっかりは、我慢してもらわないと。
 かくして外城はかつて無い程、静まり返っています。あちこちくまなく掃除をしましたので何処を見回してもピカピカ。非の打ち様が無い下準備に、マクラレーン様も感心しておられました。
 それから後は細々とした作業ですね。毎日、花を飾ったり、部屋割りを決めたり、お世話をさせて頂く担当侍女を決めたり……。幸いにもミュゼ様から前もってどんな方々が来るのか前情報を頂いていたので、大雑把にですがそれらも決定させます。そうしておくことで当日の現場の混乱が避けられますから、結構これが役に立つんですよね。自分の役目をしっかり把握しておけば無駄な作業をせずに済みますから。メイド、侍女、侍従達を始めとする東方王宮の者に効率良く働く極意を伝授し、後はお客様方の到着を待つのみ。
 ――その前にもう一つ、大事なイベントが控えてはいるんですけどね。
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2. 「東方王宮大騒動 4.」


「くれぐれも粗相の無いように」
「…………」
 カトラスに釘を刺され、私は押し黙ってしまいました。
 エルフ御一行を迎える前の大事なイベント――。エルフの一行を迎える為に東方へいらっしゃる中央王宮の二王子のお迎えです。
 エルフ滞在期間中は彼らもこの東方王宮に留まる為、その準備も同時進行で行いました。外城はエルフの為に全ての部屋を使用するので、彼等には内城の部屋を使って頂く事になります。異例ではありますが、特例ではありません。一般的なお客様の場合、外城に泊まって頂くのが普通。しかし中央王宮の王族方ともなれば一般的なお客様と混合するわけにもいきません。内城に滞在頂く資格は十二分に持っていらっしゃいますから、もし、エルフ族が外城を占領していなかったとしても、内城に滞在して頂く事になったでしょう。それに今回はマクラレーン様とエルフ歓待の打ち合わせや会議も行われるでしょうから、内城滞在は都合の良いものでした。
 中央王宮の王子方の為に部屋を準備し、部屋割りをし……以下同文。外城との準備と同時進行の為、人手が足りず、あんなに忙しかったんです。でももう随分落ち着きましたから、あとは成る様に成させるしかありませんね。
「王子様って、どんな方々なんですか?」
 前情報は少しでも多い方が良いと、カトラスに訊ねてみます。
 しかし返って来るのは沈黙ばかり。……あ、あれ? 私、何か拙い質問しました?
「――第二王子のお名前はシュナイザー様。中央王宮軍の総帥を務めておられます」
 資料から目を離し、カトラスはゆっくりと話し始めました。
「豪腕・豪傑と名高いお方です。性格もそんな感じですよ。見た目もね。槍や棍棒を得意とし、体術にも優れていらっしゃいます。しかし軍の総帥としての器があるかどうか……戦術や知略とは到底無縁のお方ですから、そこは中央王宮の軍の人材が優秀であると判断せざるを得ませんね」
 うーん、辛口評価ですね。
「総帥の地位は、単に、王子様の相応しい地位、って事ですか」
「私はそう考えています」
 鷹揚に頷くカトラス。やはり、ちょっと手厳しいです。
「第三王子はどんな方ですか?」
 続けて訊ねると、彼は一瞬の間を置いて口を開きました。
「シュナイザー様の弟君おとうとぎみは、兄君とはまったく正反対です。名前は……ブライアン――様」
 ……今、様を付けるタイミングちょっと遅かったですね。私、耳ざといですから、聞き逃していませんよ。
「知略に優れ、中央王宮の智嚢者ちのうしゃとして有名です。中央議会の議員方も知恵を借りようとする者は多いそうですよ。何年か前にチェスの連続チャンピョンを退けた話が有名です」
「へえ、頭が良いんですね」
「ええ……。但し、その知恵の使い方はどうかと思いますが」
「? どういう事です?」
「性格に問題ありと言った方が良いかもしれません。英邁えいまいと云うより怜悧、そんな感じです」
 えーっと、つまり……。
「第二王子は馬鹿で、第三王子は小賢しいって事ですね」
「……芙蓉様……」
 あれ、駄目ですか? でも、カトラスか巧くオブラートで包んでいるものを、もっと率直に表現するとそうなります。どんな言葉を使おうとも、言っている意味は同じじゃないですか。
「それ、御本人の前では言わないで下さい」
「分かってます、そこまでドジじゃありませんよ」
 流石の私もそこまで勇気ありませんからね。
「中央の第二王子と第三王子は即ち、第二王位継承者と第三王位継承者の意味。それがどれだけ重要なのかは解っているつもりですから」
「……本当ですか……?」
 信用ないですねー。
「そんなに信じられませんか?」
「いえ――、立場は理解していても、そんなもの関係無しに立ち振る舞いそうですからね、芙蓉様の場合。相手が誰であろうと」
 うぐ。
 それはちょっと心当たりがありますが、今回は本当に大丈夫ですって! ……多分。
 意気込む私に、しかしカトラスは冷ややかに続けました。
「今回ばかりは注意して頂かなければ命取りになりますよ。特に二人が一緒の時には細心の警戒が必要です。気を付けて下さい」
「どうして二人が一緒の時は警戒しないといけないんですか?」
「仲が悪いんですよ、この二人」
 うっわ。シュールですねー。
「決定的なのは二人の性格の差ですが、政治的な背景も一因でしょうね」
 と、前置きをし、彼は簡単に中央王宮の現状を説明してくれました。
 中央王宮には現在、六人の王子と四人の姫君が居ます。勿論、正妃様一人が全員を産んだわけではありません。中央王宮のマスターには、マクラレーン様の様に側室がいらっしゃいます。但し、三人。マクラレーン様もよくやるなぁと思いますが、中央のマスターの場合は感心を通り越して呆れてしまいますよ。正妃様もよく我慢出来ますよね。同性としてちょっとだけ同情してしまいます。一夫一婦制がごく当たり前ですが、別に一夫多妻を禁止しているわけでもありませんから、時々こういう事があるんだとか。個人的な意見を言わせて頂くと、私は正直そんなの御免です。
 中央の継承問題で面白いのは、「甲乙付け難い」のではなく「どれを取るか迷う」という事でしょうか。――面白いなんて言ってはいけないんでしょうけど、そこが他の継承問題と違っていて正直面白いと思います。
 御正妃のお子様である第一王子は人格に問題は無く人気も有ります。ただ政治家として治世者として少々能力に劣られるらしく、中央議会の隅から不安の声が上がっています。
 御正妃と劣らない身分を持つご側室の御子、第二王子のシュナイザー様は、腕力があっても中身が伴わない豪傑。外敵から国を守る実力はあっても、自分の都合の良い方向に国を動かそうとする内側の虫退治は出来ません。
 中央王宮のご親戚で血筋は申し分の無いご側室の御子、第三王子のブライアン様は、知略と計略に優れたお方です。しかし手痛い性格をしていらっしゃるらしく、中央議員の中にも彼に痛い目に遭わされた人がいらっしゃる様で反対の声は決して少なくありません。
 結局、無難に第一王子を継承者にする事で収拾したそうですけど、生まれた頃から比べられ続けた悔恨はしこりの様に残っていて、特に第二王子と第三王子の仲の悪さは折り紙付き。
 ……中央王宮も、何もそんな人達をわざわざセットにして送り込まなくてもいいでしょうに……。私に対する嫌がらせでしょうか。何かの計画か謀略かを感じざるを得ません。
「ただでさえ色々と大変なのに……」
 まったく、頭の痛い話しです。
「同感です」
 それに共感してくれるのはカトラス。丸縁眼鏡の奥の目が、今日はいつも以上に冴えている気がします。
 ――…そういえばさっき、第三王子ブライアン様の説明の時は、やけに言葉に棘がありましたよね。様も、言おうとしませんでしたし。
 うーん……、問題は何も一箇所だけでは無さそうですね……。
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3. 「東方王宮の彼方にて」


「ミュゼ、大丈夫か?」
「――うん。何とか」
 馬上の彼女は、気遣いの言葉に頷きつつも、顔には疲れが色濃く表れています。しかし彼女は気丈に振舞い続けました。
「急がないと、予定してた日に間に合わないから……」
「だからって無理することないだろ。芙蓉あいつだって、それを何とかするくらいの力は――」
「それが嫌なの!」
 声を跳ね上げられ、織也は身を仰け反らせます。
「あの人に借りを作るなんて絶対、嫌! お礼を言うのも嫌! だからどうしても間に合わせるの!」
 息巻く彼女に言葉を失う織也。
 外見とは裏腹の実年齢、大人顔負けの彼女が、こんな風に子どもらしい一面を覗かせるのはそうある事ではありません。むしろとてもレアです。後続に居るエルフの一向もそんな彼女に驚いたらしく、暫し眼を丸くして訊ねて来ました。
「そんなに御気性の激しい方なのですか?」
 ミュゼの取り乱し様に不安を抱いたらしい、エルフの一行の中でも一番身分が高そうな女性が声を掛けて来ます。名前を紹介してもらったのに、よく覚えていない織也。暫く思い出そうと励んでみる彼ですが、全く思い出せなかったので途中で諦めてしまいました。
「いえ、そんな事は――」
「そうです!」
 首を振る織也を遮って、ミュゼ様が割り込みます。
「仕事は出来るみたいだけど、ほんっとうに嫌な人なんですっ! 東方王宮の総取締役は客人に顔を見せてはならないって習慣があるのでお会いする事は無いかと思いますけど、もし会う機会があっても絶対に気を許してはいけませんから! 甘い顔をすると直ぐ付け上がっちゃいますからねっ!」
「は、はぁ……」
 物凄い剣幕に気圧され、曖昧に返事をする彼女。
 なんだかなぁ、と織也は思います。何も会う前からそんな悪印象を植え込まなくても……。しかし否定する気が起きないから不思議。本当のところ、東方王宮総取締役とはどんな人物なのかと聞かれても困るらしいです。私が彼に言った心無い本音が割と彼を傷付けていたらしく、彼の私に対する警戒心は結構強くて、素直に私を弁護してくれません。そんなつもりで言ったのではありませんが、こんな所で言い訳しても仕方ありませんね。
「――そういえば」
 ミュゼの言葉を反芻し、ふと、引っ掛かりを覚える織也。
「どうして総取締役は客人に会っちゃいけないんだ?」
「さぁ」
 肩を竦めるミュゼ様。
「蓮華――いや、芙蓉自身もよく知らないと言っていたから、ミュゼが知らないのも無理は無いか……」
「何なんでしょうね。時々、人間の行動は意味があるのか無いのか、よく解らないから。きっと大昔に何かあって、それが慣習として残ってしまったのだと思うの。きっと現在ではそんな深い意味は無いと思うわ。――でも、どうしてそんな事を気にするの?」
「いや、何か不便そうだなと思ってさ」
 織也は、ワタシが何の意味も無い事に大人しく従うとは思えないのでしょう。だから彼は今までは何か意味があるのだと思い込んでいました。しかし全く違うとしたら? 意味が無いから、無害だから、その必要が無いから、そのままにしているのではないだろうか、あの芙蓉ならそれも有り得ると考えます。
「不便さはあるかもしれないけれど、人間のしている事だもの。私達エルフには何の関係も無いわ」
 言い切るミュゼ様に、織也は、
「ふーん……」
 と、微妙な生返事を返しました。
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