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1.2.

1. 「東方王宮大騒動 1. 」


 全く以って冗談じゃありません。勿論、それなりに覚悟はしていました。何せ前例の無い大イベント、忙しさが伴うのは必至。連日の早番、残業、昼休み丸潰れ。どれもこれも覚悟しましたよ。ええ、逃げ回っていても仕方ありませんから。しかし、これは殺人的過ぎます。
「こちらが本日の通常業務の報告書です。歓待に当たっての大掃除はもう暫く続くとのメイド長からの報告でした。それから、こちらが先日ご依頼分のデータです。これは先々日分の物ですね。議員方からの要望が殺到しておりますが、幾つか重複していた分が御座いましたので勝手ながら整理をさせて頂きました。それがこちらの資料になっております。他部署からの要望も御座いましたので、そちらはこちらに纏めています。昨日分の仕事ですが、間違いが幾つか見受けられたのでこちらに。未処理分はその隣に」
 ……何ですか、この紙の山は。
 せっかく紙山の一つ一つを丁寧にカトラスが説明してくれているのに、全く頭に入ってきません。えーっと、取り合えずどれが未処理なんでしたっけ……。
「芙蓉様、頼まれてた資料整理終わりました」
「芙蓉様、こっちは降順に並べると良かったんですよね?」
「芙蓉様っ、おれにばっかり苦情処理押し付けないで下さいっ」
「……判子、磨り減ってきた」
「ふよーさまー、侍女頭様がいつまで待たせるのかって御立腹ー」
 エリザ、アデリア、スコット、エイジアン、ハロルド。皆、私の事情なんてお構い無しに次々と仕事を持ってきます。……もしかして私が一層困っている姿を見たいが為に、ワザとやっているんじゃないでしょうね……?
「おいーっす! 将軍からのお達し、持って来たぞー」
 元気な挨拶と一緒にファングが入室してきます。
「…………」
 無言で書類を差し出す補佐官のディ。
 ディ……貴方まで……。
 ここまで来るともうやるしかありません。ええ。やってやろうじゃありませんか!
「あーもうっ! 順番に並びなさい! 順番! カトラス、通常業務は全て貴方に任せます。仮にも代理ならそのくらいやってしまいなさい! ディはそっちで至急分の仕事だけを纏めて! その残りはエリザとアデリアで一通りのチェック! 解らない事があったら聞いて! スコット、泣き言は受け付けませんからね! エイジアンは判子の他に必要備品の補充、それからついでに王宮中の必要な物を調べなさい! ハロルド、リーホワさんの相手は任せます!」
「えー? あたしあの人苦手なのにー」
「却下!」
「これはどうするんだ?」
「急ぎで無いならエリザかアデリアに渡して下さい」
「急ぎ」
「だったらディに!」
 いちいち言わせないで下さい! まったくもうっ!
「……荒れてるな」
 私が苛立ちを振り撒く中、ファングがこそっとカトラスに話し掛けます。カトラスは静かに私を一瞥し、指示された通常業務の書類を手に取って言いました。
「よくやってる」
 短く、一言。
 それを聞いたファングは、思わず自分の耳を疑ってしまいました。
「お前、それマジで言ってんの? 明日、雨振るんじゃないのか?」
「どういう意味だ」
「お前が他人を褒めるなんてそうそう無いからなー。珍しい事があった時は、次の日雨が振るって相場が決まってるだろ」
「お前――」
「ちょっと、そこ! 口を動かす暇があったら手を動かしなさい! 手を!」
 お喋りしてる時間があるのなら、さっさとこの書類片付けて下さいっ!
 私が二人に向かってキャンキャン吼えると、カトラスは自分の席に、ファングはそそくさとその場を離れました。

 東方王宮総取締役が先陣を切る取締室は、会社で云う総務部に当たります。王宮内の仕事に従事する様々な人が障害無く仕事をこなせるように手配したり、東方王宮で行われる行事の総指揮を執ったり。東方王宮の中枢、心臓とも云うべき部署、それが東方王宮取締室。そしてここは、その取締室を仕切る総取締役の部屋。それから私がこの部屋の主。――東方王宮総取締役、芙蓉です。

「それにしてもすげーよな。あっちもこっちもさ」
「……未だ居たんですか? ファング」
「お前、酷いぞ、それ」
 何を言いますか。この戦場さながらの室内で、呑気にしているのは貴方だけですよ。
「そんなに暇なら、少し位、手伝ったらどうです?」
「暇とか言うなよ。これでも忙しいんだぜ。会合中の城内警備の確認とかよ」
「だったら仕事に戻ったらどうですか」
「そこまで忙しくないんだ」
「どっちかですか」
 まったく、苛々させてくれますね。
「んー、まー、どっちかってーと、暇?」
「だったら手伝いなさい」
 どん、と、ファングの前に書類の山を突き出しました。
「順番に並べて下さい。――ディ、貴方はこっちの書類を侍従長に渡して、判子を貰って来て。こっちが侍従長の控えで、こことここに判子。で、こっちの紙は持って帰って来なさい」
 こくこくと頷くディに書類を渡し、私は書類に続きを書き始めました。
 私に仕事を持って来た取締室のメンバーも、総取締室を退出し自分の席に着いて割り与えられた仕事に手を付け始め、皆黙々と各々の世界に入り込んでいきます。ファングも逆らっても無駄だと思ったらしく書類整理を始めました。
「あのよ」
 でもついでに口も動きます。本当にじっとしていられない人ですね。
「何ですか」
 ペンを走らせたまま答えます。
「この騒動って、結局何なんだ?」
 ずり。
「あ」
 間違えてしまいました。もう、また最初っからやり直しです。ここにはパソコンなんて当然無くて、全部手書きするしかないんですから、面倒増やさないで下さいっ。
「まったく……、マスターの御説明を聞いていなかったんですか?」
「聞いてたぜ。要するにエルフが来るんだろ」
「簡単に説明するとそうですね」
 間違った書類をくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てました。
 そもそもの始まりは、もうどれくらい前になるでしょうか。エルフの国アルフハイムから、イーストフィールドを統括する東方王宮に、エルフ訪問の申し入れが打診されたのは。東方王・マクラレーン様が仰られるには相当昔らしいのですが、人間界とアルフハイムは時間の流れが大きく異なるので、アルフハイム時間ではそんなに昔では無いと考えられます。
 申し入れを受けた東方王宮のマスターは、前例の無い事態に当面このイベントを内密に進める事にしました。何せ、相手はエルフ族。感応能力に優れ、種族として卓越した彼ら種族は、絶滅しそうだった人類に手を差し伸べ文明再建に協力をした功労者達です。現在ではその功績から種族ぐるみでかなり持てはやされていて、神様扱いされていると言っても過言ではありません。そんな彼らをお迎えするんです。慎重になるのも当然でしょう。そして、彼らを迎えた東方王宮は名声と栄光を手に入れるんです。アルフハイムに認められた――と。
 それに過敏に反応したのが中央王宮。中央は国の威信を掛けエルフを迎え入れよと打診して来たばかりか、エルフ来訪に合わせて第二王子と第三王子を派遣させる手配をしました。お二方――と、大勢のお供――は各地の王宮を統括する中央王宮の王子。無論、この方々も歓待せねばなりません。お陰で取締室の仕事は二乗。忙しさ倍増です。
「ふーん。大変だな」
 人事の様に言われてちょっとムッとしました。でもこの程度の事で怒ってばかりでは身が持ちません。平常心、平常心と自分に言い聞かせます。
「貴方もその内、こうなりますよ」
 軍の小隊長であるファングは現場責任者。今はそれ程無くとも、いずれ中央王宮の王子方が到着し、エルフが来訪してくれば、寝る暇も無く忙しくなるでしょう。逆にその頃の私は仕事も落ち着いて余裕が出来る筈です。その時は私がファングを哂う番ですね。
「出来たぜ。これでいーのか?」
「はい、有難う御座います」
 並べられた書類を受け取って、おもむろに判子を取り出します。そして捺印のパレード。左手で捲って右手で押す。また捲って押す、の繰り返し。ファングはそれを呆気に取られて見ていました。
「おいおい、目、通さなくていいのか?」
 捺印が完了し、書類をとんとん、と揃えます。
「もう一通りチェックは終わっていますし、もし間違えていればカトラスから指摘がありますからね。こうでもしないと、今日中には終わらないんですよ」
「ふーん」
 未処理分と混合してしまわないように、揃えた書類を別の所に置きます。
 それから私は煙草を取り出し、火をつけました。灰皿は机の上にあります。普段は総取締室では吸わないんですけど、ここ最近量が増えてきたのでカトラスが気を利かせてここにも灰皿を置いてくれたんです。やたらと可愛いイラストが描かれたそれをススス……と引き寄せて、灰を一度だけ落とし、次の書類へと目を配りました。
「相変わらず、すっげー匂いだな」
 煙草の煙をぱたぱたと手で扇いで、ファング。
 私の吸っているこれは普通の煙草ではなく薬草を特殊な紙で巻いたロイヤル・ローズですからね。薬草独特の強烈な匂いがあって、これを敬遠する人は多いんです。
「嫌なら消しますけど?」
「別に気ぃ遣わなくてもいいぜ。それよりも、吸い過ぎには気付けろよ。体、壊したら元も子もないだろ」
「…………」
 ファングに気を遣われるなんて世も末ですね。
「――大丈夫ですよ。これ、只の鎮痛剤ですし」
「あ?」
「ロイヤル・ローズはニコチンではなく薬草ですから。煙草の形をしているのでよく誤解されますけど、ただの薬です」
「じゃあ、何だ? どっか怪我でもしてんのか?」
「…………」
 直ぐには答えられませんでした。一瞬だけ、どう答えようか躊躇います。
「そうですね……そんなところです」
 結局曖昧に答えて、私はその場を凌ぎました。
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1.2.

2. 「東方王宮大騒動 2. 」


 一通り書類を整理し終わった私は、総取締室を離れて奥城へと向かいました。
 奥城は東方王宮のマスターであられるマクラレーン様と、その御一家がお住まいになられている重要な建物。私室の他にマクラレーン様の執務室もあるので警備は外城とは比べ物にならない程厳しいです。
 そんな奥城の更に奥には、陽の光があまり差し込まない石回廊があります。何処からとも無く吹き込んでくる冷気、人の気配の無い通路。静けさも手伝って良く響く足音。回廊を進んだ先には錆びた鉄製の扉が一つあり、それを押すと激しい軋み音を立てて扉が開きました。そう広く無い部屋には、本棚と茶器、テーブルと椅子。凡そ部屋と呼ぶには生活用品が足りなさ過ぎるこの部屋で、それでも生活している人は居ます。
「やあ、芙蓉」
 東方王宮参謀、ウィル様。
 外見ははっきり言って只の子ども。しかし見た目に騙されてはいけません。エルフ族であるウィル様は数千年の寿命に合わせて成長速度も緩慢でいらっしゃるので、子どもの姿と言えど私よりも遥かに年上なんです。
「そろそろ来る頃だと思ったよ。丁度良かった。今、お茶が入ったところなんだ」
 にっこりと微笑んで私を迎え入れて下さいました。
 勧められた席にはちゃっかりティーカップが二つ。どうやら淹れ立ての様で、もくもくと湯気が立ち込めています。カップに触れてみると十分に熱く、本当に淹れ立てなんだという事が分かりました。
「周到ですね」
石回廊ここに誰か近付いてくると直ぐに分かるんだ。まあ、城内は常に警戒しているから、誰かがここに来ようとするだけで直ぐに分かってしまうって言った方が正解かな」
 成る程。感応能力に優れたエルフらしい特技です。
「最近、随分忙しいみたいだね」
「忙しくない方が変ですよ。アルフハイムからの御使者、中央王宮からの王族派遣――プレッシャーばかりです。ここ最近は碌に寝てませんし、忙殺されそうですよ」
 お茶を頂きながら愚痴を零します。カトラス相手では言えない事も、ここではすんなりと出て来るので不思議ですね。
「マクラレーンも君には期待しているみたいだ」
「マスターが……ですか」
「うん。僕も同じ気持ちだよ、芙蓉」
 うわ。にこにこ可愛い笑顔でさり気無くプレッシャーを増幅させていらっしゃいます。意地悪いですよ、ウィル様。
「では期待に添えるべく粉骨砕身励みますよ。――それで、ミュゼ様から何かお便りはありましたか?」
「うん。旅の準備は着々と進んでいるらしいから、予定通りに出立出来そうだって。それから、先方の面子は未だ決定していないのでまた連絡するそうだよ」
「そうですか」
 今後の予定が大まかに書かれているというミュゼ様の手紙を受け取りつつ、溜め息をつきます。
 気が重いですね。こちらは毎日必死になって仕事をこなしてようやく追い付いているのに、あちらは着々と進んでいるなんて。こんな調子で本当に間に合うのでしょうか……。
「ああ、それから彼も来るそうだよ」
「彼?」
 はて、誰でしょう。
「君の友人の、あの彼だよ」
 彼……。頭の中を一通り巡り、辿り着いたのはあの「彼」。
「織也……ですか?」
「うん」
「それまたどうして……」
 千葉織也。私の古い馴染みです。
 私の祖父と彼の父とが交流があり、その関係で知り合いになったのですが、高校入学の時期に祖父が亡くなり、それ以来は一切交流がありませんでした。再会したのは彼が大学に入学してから暫くの頃。それから紆余曲折を経て、現在に至っています。今、彼はイーストフィールドの東端にある海沿いの小さな街で死滅し掛けている珊瑚の研究に励んでいるそうです。大学では数学を専攻していた彼が海洋学に目覚めるなんて、畑違いも甚だしく不思議でなりませんでしたが、本人が好きでやっている事ですから何も言えません。織也の動向なんて興味もありませんしね。
「ミュゼが今回の訪問の案内人を務めることは知っているだろう?」
「はい」
 ミュゼ様はウィル様のいとこ。織也と同じくイーストフィールドの東端の町で珊瑚の研究をしていらっしゃいます。織也を気に入っているらしく、私を目の敵にしています。気が強い性格は織也の妹の真凛ちゃんを彷彿させますが、織也ももしかすると彼女に妹を重ねているのかもしれません。織也のシスコン振りは有名でしたから。
 そのミュゼ様が、今回のエルフ訪問に際して、アルフハイムからこの東方王宮までの旅路のガイドを務められます。この役目は本来、ウィル様のご両親かミュゼ様のご両親が担うお役目だったのですが、双方とも珊瑚研究が大詰めとかで街を離れられないらしく、ミュゼ様がその代役に立てられたんです。
「でも未だ子どもだからね。お目付け役って事で、彼が選ばれたらしいよ」
 ……何だかとても作為的なものを感じてしまいました。ミュゼ様が、織也も一緒に行かなきゃ嫌だと我が儘を云う姿が目に浮んでしまいます。まあ、ミュゼ様もウィル様と一緒で、外見は子どもでも年齢はかなり上ですから我が儘を言うとは思えませんけど、どうしても真凛ちゃんとイメージが重なってしまうんですよね。何だかんだ言って気が強いのも可愛かったし……。ミュゼ様もそんな処が可愛くて、憎めないんですよね。
「僕は楽しみだけど……、芙蓉には色々迷惑掛けるかな」
「はぁ」
 ミュゼ様とは色々ありましたから。織也とのイザコザで頬に過激な平手打ちをお見舞いされたりしましたし。
「けど、私、ミュゼ様嫌いではありませんから。織也も立場はわきまえているでしょうし、迷惑ではありませんよ」
「君がそう言ってくれると心強いよ」
 ほっと胸を撫で下ろすウィル様。
 御心配には及びません。このイベントには私も気合入れていますから。
1.2.
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