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1. 「祭りの前 1.」


「静かですねー」
 大きな執務用の机に頬杖をついて呟きます。心成しか反響が良く思えるのはきっと気の所為でしょう。室内には総取締役代理のカトラスと総取締役補佐のディも揃っています。彼らは私を一瞥し、何事も無かったかの様に仕事に戻りました。
 お早う御座います、芙蓉です。
 静かなのは嫌いじゃありません。でも、いつも騒がしい場所が静かだと寂しい気持ちになります。いつもきゃぴきゃぴ騒いでいるアデリアやエリザやスコットが居ない所為で取締室が静かですし、総取締室も何だか辛気臭くて、いつもの調子が出ないんですよね。東方王宮中が何処もかしこもそんな雰囲気で、気分が滅入ってしまいます。
「静かなのは仕方ありません。王宮の者の半分以上が休みですからね」
 書類に目を通したままカトラス。
 私は、分かっていますと口を尖らせました。

 東方王宮の主、イーストフィールドマスター・マクラレーン様が御家族とエルフ族のウィル様を伴って御旅行に出掛けられたのは一週間ほど前の事。行き先は東にある海沿いの町、ウィル様の故郷です。
 そちらの別荘に一ヶ月ほどの滞在が決まった時は、それはもう大騒ぎでした。何せ長期滞在ですから、多くのお供が必要です。現地で王族方のお世話をする侍女とか侍従とかメイドとか、それはもう沢山の。東方王宮を離れたからと云って不自由を強いる訳にはいきませんからね(何せ相手は王族ですから)。それなりの物や旅中の食料も必要でした。長旅を少しでも快適に過ごす為にも、滞在先でも困らない為にも、必需品を揃える必要があります。それにそれだけでは終わりません。王妃様の衣装だとか化粧道具だとか、女性は何かと入用ですからその分荷物が嵩張ります。それを運ぶ人員も必要です。
 私が頭を抱えたのは云うまでも有りません。
 とりあえず、必需品集めとお供の人選を同時進行で行いました。会計室会計係から文句を言われるのも面倒だったので必要な物は成るべく王宮から集め、新しく買う分に関してはかなり値切って購入しました。この値切り交渉に重宝したのがハロルド。独特の口調で商人を自分のペースに巻き込んで値切る値切る。利益を偏らせない為、購入の際にはあちこちの商人・商店から買わせて頂いたのですが、その全員が泣いて帰っていました。ちょっと気の毒でしたけど、今度大きな買い物をする時は彼女を連れて行こうと心に決めました。人選に関しては然程苦労しませんでした。王宮に勤める者は殆どが王宮から離れられませんから、王族方の旅行となるとむしろ付いて行きたがる人の方が多いんです。志願者はあっと言う間に定員オーバー。その中から人員を厳選したのですが、残った者からブーイングの嵐が巻き起こったので、残る人達は王族方がいらっしゃらない期間にそれぞれ長期休暇を取っても良いとしました。ただ王宮を空にしてしまってはいけないので(掃除とかありますし)、前半組と後半組の二手に分かれて休んで貰います。
 その結果がこの有様。通常の三分の一程度の人間しか居ません。因みに東方王宮取締室は王族方がいらっしゃらない間中お休みです。贔屓なんて言わないで下さい。取締室はメイドや侍女と違って、人が減った分だけ仕事も減る部署なんです。私とディが居れば期間中の仕事は十分こなせますし、人手過剰で暇を持て余すよりいっそのこと休んで貰った方が効率的ですからね。本当ならカトラスも休んで貰うつもりだったのですが、
「暇ですから」
 と、仕事をしています。真面目というか義理堅いというか、いえ、只の仕事馬鹿かも。まぁ、どれでもいいんですけどね。助かっていますから。
「ディ、これをマグワイヤ将軍に届けて下さい」
 判子を押した書類をディに手渡します。
 城内の警備強化の書類です。こんな時だからこそ、城の警備は厳重にしなくてはなりません。人が少なくなると隅々まで目が行き届かなくなってどうしても隙が生まれてしまいますし、そういうのは侵入者の恰好の餌食ですから、何かと警戒心を引き立たせて行動せねばなりません。第一、マスターの留守中に城に何かあれば私がどんな仕打ちを受ける事やら。そんな理由(わけ)で、マグワイヤ将軍と連携をとって軍と警備兵によって警備強化期間を設けています。今がその実施期間中。ちょっと物々しくなっちゃいましたけど、ま、仕方無いですよね。
 書類を受け取ったディが部屋を出て行くのを確認して、私は大きく伸びをしました。
「んー」
「お茶でも如何ですか?」
 おや、気が利きますね、カトラス。
「貰います」
 にんまり笑って準備をして貰います。初めはぼんやり茶器を用意するカトラスを眺めていたのですが、その手付きが妙に危なっかしいので思わず訊ねていました。
「……カトラスって、お茶を淹れた事あるんですか?」
 動きを止めるカトラス。
 ……やっぱり。茶器を用意するだけであの手付きですし、カトラスがお茶を淹れる場面なんて見た事も聞いた事もありませんでしたから、そんな事だろうと思ったんです。いつもはエリザかアデリアがしてくれますし、カトラスって、そういう作業とは無縁の王宮生活してそうですから。
「私が淹れますよ。味は保障出来ませんけどね。カトラスはお菓子でも用意して下さい。確かその辺に、この間ファングが持って来たクッキーが入っている筈ですから」
「しかし芙蓉様にそんな事を――」
 大方、総取締役がする事では無いと言いたいんでしょうけど、この場合背に腹は替えられません。
「そんな危なっかしい手付きの人に任せられませんよ」
「うっ……」
 言葉に詰まる彼の姿が可笑しくて、私は失笑してしまいました。
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2. 「祭りの前 2.」


 無事にお茶を淹れ終わり、カトラスが用意してくれたクッキーも並べて、ティータイムを始めます。ディの分はありません。今淹れてしまうと戻って来る頃には冷め切ってしまうでしょうから後から淹れてあげましょう。
 一口飲み込んで、味を確かめます。まー、悪くない、かな。
「長閑ね~」
 静かで優しい時間は、忙しくて尖った心を癒してくれる気がします。最近、ドタバタが続いてイライラしていた私に丁度良い心地良さを提供してくれます。目の前にはカトラス。以前の彼ならきっとお茶が美味しくないってきっぱり言ったと思うんですけど、今日は文句も言わずにティータイムに付き合ってくれているんですから大した進歩です。
「たまには、こんな時間も良いですね」
 そればかりかこんな事を言ってくれました。
 これはもう、進歩ではなく進化です。他人を気遣うなんて、一皮剥けたんですね、カトラス! ……って、私が言っても何か説得力に欠けますね(何せ私こそ気遣いとは無縁の人間ですから)。それにカトラスは以前(むかし)から気遣いしてくれてましたし。ただ素っ気なかったりつっけんどんだったりで、分かり辛かっただけなんですけどね。今はもう、随分分かるようになりました。そんな私も一皮剥けたんでしょうか。
「――…芙蓉様」
「はい?」
「今日…――」
「芙蓉様ーっ! こーんっちわー!」
 ノックも無しに扉が開かれます。誰かと思えばスコットです。
「今日は、芙蓉様」
「こんにちは」
 後ろからアデリアとエリザが顔を出します。エイジアンとハロルドは居ないみたい。三人揃って、一体どうしたんでしょう?
「皆、どうしたんですか? あ、仕事手伝いに来てくれたとか」
 ぽん、と手を打ちますが、
「やだなぁ、芙蓉様。おれ達がそんな殊勝な性格してる筈が無いじゃないですか」
 笑って否定されてしまいました。スコット……普通に否定するなら未だしも笑顔で否定だなんて……。ちょっと怒りを覚えてしまいます。ま、休みの日まで自主的に手伝ってくれる様な性根で無いとはよく分かっていますけどね。
「じゃあ、どうして?」
 一体何をしに来たんですか?
「芙蓉様、今日、銀天街でお祭りがあるのは御存知ですか?」
 代わりに答えたのはエリザ。
「いえ、初耳です」
 最近忙しくて城下へ出ていませんでしたから、そんな情報が入ってくる筈もありません。
「商業の神様を祀るお祭りがあるそうなんです。せっかくだから一緒に行きませんか?」
 誘ってくれるのはアデリアです。
 お祭り……。あ、もしかしてカトラスがさっき言い掛けたのって……。
 振り返ると、ちょっと気まずそうに顔を背けています。私と視線を合わせないようにしているみたい。やっぱり、さっき言い掛けていたのは私を誘おうとしていたからなんですね。そこにタイミング悪く三人が現われて、言いそびれてしまった、と。何だかちょっと気の毒です。それに私を誘ってくれようとしていたなんて……正直、嬉しいかも。
 スコットやアデリア、エリザとはいつでも一緒に遊びに行けると思うんですよね。定時はほぼ同じ時間帯ですし――いつも私が残業ばかりですが――、休みも重なったりします。けれどカトラスとはお互いの立場上なかなか時間が合わないので、こんな機会は滅多にありません。これは、どちらを選ぶか、私の天秤がどっちに傾いたのか、言う迄もありませんね。
「……御免なさい、気持ちは嬉しいんですけど」
「あれ、もう誰かと行く約束でも?」
 意外そうに訊ねてくるのはスコットです。
 私はちょっと(やま)しい気持ちに苛まれつつも(だって本当は約束なんてしていませんし)、頷いて答えました。
「はい。だからすみません」
「なんだー、そっかー」
「ほらやっぱり言った通りでしょ。芙蓉様でもお祭りに一緒に行く相手くらいは居るって」
 ……エリザ、それちょっと酷いです。
「ちぇー」
「ほらほら、拗ねないの」
 宥めるアデリア。
「すみません、芙蓉様。エイジアンさんもハロルドさんも誘ったんですけど、家族と行くからって断られて落ち込んでるんです」
 フォローするエリザ。
 相変わらず良いコンビですね。
「それは……すみません」
 二人に振られて更に私もだなんて、ちょっと悪かったでしょうか。
「いいえ、芙蓉様がお気になさられる必要なんてありませんよ!」
「そうですよ。早い内に約束をしていなかったスコットが悪いんですから」
「そうそう。ほらっ、早く行きましょう!」
「そうよ。私達二人が一緒に行くんだから文句言わないの!」
 へぇ、それはそれは。
「両手に花ですか。いいですね」
 ちょっと意地悪を言ってみると、スコットがみるみる顔を赤くします。
「なっ……! 何を仰るんですか、芙蓉様! こいつら、おれにたかる気なんですよ!?」
 二人を指差してスコットが訴えます。どうやら顔を赤くしたのは、恥ずかしいからではなくて怒ったからみたい。でもきっと、訴える相手を間違っていると思います。
「何を云うんですか。女はちやほやされる内が花ですし、男は貢いでナンボですよ」
「どういう理屈ですか、それはっ!!」
 そうですね、あえて言うなら芙蓉理論でしょうか。だから言ったでしょう。訴える相手を間違っているって。
「ほらほら、芙蓉様もああ言って下さってるんだから」
「つべこべ言わないで、行っちゃいましょ。お祭りに遅れちゃうわよ」
 ウキウキした二人に、
「た~す~け~て~」
 スコットが連行されてしまいました。
 ……合掌。


 騒がしい三人を見送った後、静かになった室内。私は椅子に座り直し、改めてお茶を頂きます。ちょっと冷めてしまいましたけど、これはこれで美味しいです。
「芙蓉様は」
「はい?」
「どなたと、行かれるのですか?」
 不意の問い掛けに、一瞬何を質問されたのか分からず、思考が停止してしまいます。けれど直ぐにカトラスの言葉の意味を掴み、思わず噴出してしまいました。
「……何が可笑しいんですか」
「ははっ……すみません」
 怖いから、そんなに怒らないで下さい。
「――カトラスも知っている人ですよ」
「……ディ、ですか」
 少しの間の後、彼が導き出した答えは私に最も身近な人物。しかし残念ながら外れです。
 私はクッキーを一つ(つま)み、それをカトラスの真正面に突きつけてやりました。
「連れて行ってくれるんでしょう?」
 確信犯宜しくニヒル笑う私の顔は、きっとカトラスには貢がせ悪女に見えた事でしょう。
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3. 「祭りの真ん中」


 お祭りは銀天街を総出で行われる盛大なものでした。
 陽が傾き、宵の口が東の空からやって来ます。それと同時に、ぽつぽつと灯り始める家々の明かり。そして、祭りの灯火。路沿いにずらっと灯りが並べられ、夜の街を華やかに彩ります。町のざわめきは風に乗って王宮まで届き、ひっそりと静まり返っていた宮内は久々に活気を取り戻した様で、私もそれにつられて心を躍らせました。
 お祭りなんて何年振りでしょう。――多分、子どもの時以来ですね。それも五歳、六歳位の年齢だと思います。小学校に上がる頃には戦争が激化してお祭りの習慣が彼方此方で途絶え始めていましたし、かろうじて行われていた近所の小さなお祭りも、人込みを毛嫌いして近付こうともしませんでしたから。今思えば、もっと参加してれば良かったなと思います。お祭りの思い出が、祖父に取って貰ったヨーヨーひとつだけだなんて寂し過ぎますからね。まあ、今更後悔しても仕方無いですが。
 さっきまでディと、王宮に残っていたコレットの、二人と一緒だったんですけど、行きたい方向が違ったので二手に分かれました。ディは、普段からちょっとぼんやりしていますし、人込みの隙間を掻い潜るのも苦手なので、離れるのは正直不安があったのですが、今日はコレットも居るので大丈夫だろうと判断しました。それにいつまでも親ばか宜しく一緒にいるわけにはいきませんから。そろそろ私も子離れといったところでしょうか。……何かちょっと違う気がしますけど。

 銀天街でのお祭りは、催し物に多少の違いがあるものの、私が知るお祭りとほぼ同じ様な雰囲気でした。出店が並んで、人が流れて、一部では歓声が上がって、一画では拍手が起こり、所々にゴミが落ちている。そんな感じです。人出も凄くて、路はほぼ鮨詰め状態。誰か知り合いにあったらどう言い訳しようと考えていたのですが、これでは万が一誰かに遭遇したとしてもそれどころでは無くて解らないと思います。でも警戒するに越した事はありません。周囲に気を配りながら進んでいたのですが、
「ぃだっ」
 ……正直、本当に、それどころじゃないです。
 割と背の低い私はちょっと油断すると人込みに直ぐ埋もれてしまうんですよね。幸い、先を歩くカトラスが背が高いので見失う事はありませんが、追い駆けるだけで精一杯のこの状況下で周囲に気を配るなんて無理です。
 隙間を見つけて潜り込んで必死に追い駆けて……。あ、あれ。隙間が……。人が押し寄せて逃げ場がありません。その流れに乗せられてしまい、カトラスの背中が遠くなってしまいます。これはマズイですっ。たっ、助けてー!
「何をやっているんですかっ」
 ぎゅうぎゅうと埋もれていると、カトラスが私の手を掴んで救出してくれました。
 た……助かった……。良かった……。
「慣れてないから、人込み、嫌いなんです」
 ほっと息をつきます。
「芙蓉様の故郷では祭りは行われなかったのですか?」
「ありましたよ」
 カトラスに手を引かれて人込みの中を進みます。今度はさっきよりも断然進み易いです。どうやらカトラスが盾となって道を作ってくれているみたい。これなら、迷子になる事も無いですね。
「でも、人込みが嫌で参加はしませんでした」
「ああ、貴女らしいですね」
 笑われました。
「では折角ですから楽しんで下さい。案内しますよ」
「最初からそのつもりです」
 でなければ、こんな所に来たりしませんから。

 それから私達は人込みをかき分けて色々な出店を物色しました。
 料理店が出していた手頃な食べ物を夕食にしたり、アームレスリングを見学したり。アームレスリングでは力自慢が小さなテーブルと椅子に腰掛けて力自慢し合っている姿を眺めながら、やっぱりディと分かれなければ良かったと後悔しました。あの子ならあの力自慢の人達を軒並み倒して間違いなく優勝とってくれます。でも残念ながらここには居ませんし、諦めるしかありません。優勝商品のあのひよこのぬいぐるみ、欲しかったなぁ……。
 それから歩き続けると、人の渋滞が少し緩和されます。どうやら祭りの中心部から離れたみたいです。程よく込み合った人通りにアクセサリー屋を見つけ、私は迷わずそちらに向かいました。可愛いの、格好良いの、色々揃っています。中でも一番気に入ったのは、木の枝を逆さまにして先端に小さな宝石をちりばめたネックレスです。デザインも珍しいですけど、宝石も私好みの光を放っていて一目惚れしてしまいました。うーん……欲しいかも。
「何かありましたか?」
「あ、いえ。ちょっと珍しいなと思って」
 持っていたネックレスをちらっとだけ見せて、直ぐに元の場所へと戻しました。あんまり眺めていると未練が残っちゃいますから。
 しかし戻したそれをカトラスが再び手に取ります。あ、あれ?
「差し上げますよ」
 え!?
「い、いいですよっ、そんな」
 慌てて止めまる私。素直に白状すると欲しいです。でも甘えるわけにはいきません。出店の主人に支払いをしようとするカトラスの腕を引っ張り、必死に食い下がります。
「いいんです、駄目ですってば!」
「でも欲しいんでしょう」
「そうですけど……。あ、ほらっ、私いつもこのネックレスを下げているから、他のを身に付ける機会が無いんです。だから駄目ですよっ」
「理由になりませんね」
「なるじゃないですか」
「私が贈りたいから贈るんです。そちらの理由の方が、芙蓉様の主張より筋が通っていますよ」
「―――…」
 ほぼ不意打ちに近い彼の言葉に、私は思わず押し黙ってしまいました。
 それは確かにそうかも。私の主張と、カトラスの理屈とを比べれば、カトラスの方が筋は通っているでしょう。でも問題はそんな事じゃないんです。贈りたいから贈るのだと言ってくれるカトラスが何十倍も重要です。媚でもなければ、王宮内でよく見掛ける駆け引きでもなく、賄賂でもない。ましてや上司と部下だからという理由でも無い。それら以外の理由でのプレゼント。……それって何だか……。
「どうぞ」
 私があれこれと脳内妄想を繰り広げている隙に支払いを済ませたカトラスが、丁寧にラッピングを施した小さな箱を手渡してくれました。
「……有難う」
「どう致しまして」
 満足そうにカトラス。
 私はちょっと照れくさくて、顔を少し背けてしまいました。
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4. 「祭りの外側」


 祭りを散々楽しみ倒し、そろそろ帰ろうとします。しかしカトラスがどうしても行きたい処があるというので付いて行きました。
 到着した場所は貸馬屋。大人しそうな馬を一頭借りて何をするのかと思いきや、私にそれに乗れと強要します。嫌と言って激しく抵抗を試みるものの、尽く撃墜。恐る恐る馬の背中に乗ります。馬の背中は想像以上に高く、しかもごつごつしてお尻が痛い。けれど降りるとも言えません。馬上で小動物の様にぷるぷる震えていると、私の直ぐ後ろにカトラスが乗馬し、私を抱きこむ形で手綱を握りました。よく見掛ける正しい二人乗りの仕方ですけど、正直ちょっと照れ臭いです。そんな私を知ってか知らずか、馬はカトラスの指示に従って少しゆっくりに駆け出しました。

 銀天街を抜けて街の外へ。馬は暫くの間走り続けました。
 カトラスが到着したと言って馬を止めます。
 彼の手を借りて馬から下り、辺りを見回して、私は感嘆の息を呑みました。
「凄い……!」
 小高い丘となっているこの場所から、銀天街が丸ごと見下ろせます。当然、その近くにある王宮も視界の内です。夜の闇に浮ぶ町の明かり。城の明かり。そして何より星空。ネオンに掻き消される事を知らない星達が力強く光を放つ。――ここはそんな夜景の絶景スポット。
「昔、父に一度だけ連れて来て貰った場所です」
 ディオール議員と……。何だか変な心地がします。昔なら仲の良い親子だったのでしょうが、今の二人からは想像出来ませんね。
 私達二人はその場に腰を下ろし、何も語らずに暫くその夜景を眺めていましたが、やがて徐に私の方から話を切り出しました。
「――カトラス、銀が言っていた事、覚えていますか?」
「……しろがね? ――ああ、あの動物ですね。覚えていますよ」
 近々エルフが来る。銀がどうして極秘情報を知っていたかはあえて問いませんが、その所為でカトラスに迄知られてしまいました。幸いな事に彼は外部に洩らす様な真似はせず、今日まで至っています。でももう、隠しておく必要はありません。
「それがどうかされたんですか……?」
「――エルフの来訪が正式に決定しました。今回のマクラレーン様の東部視察はその為です。東方に居るエルフの一族――ウィル様の御家族との連携によりお迎えしますので、正式な日時はマクラレーン様が御旅行から御戻りになってから発表されるでしょう。それと――」
 話はそれだけでは済みません。
「それに合わせて、中央王宮から、第二王子が東方王宮にいらっしゃいます」
 カトラスの顔が一層険しくなりました。
「エルフの来訪など異例な事の上、ある意味名誉でもあります。中央としては東部の地方王宮より中央王宮へお迎えしたかったのでしょうが、エルフが長旅は出来ないと主張したそうなので、やむを得ず東方に決定したそうです」
「――…それは……」
「はい」
 鷹揚に頷きました。
「過去に類を見ない、最大の行事です」
 どんな国でも、どんな王宮でも体験した事の無い歴史的な一歩。それがこの東方王宮で行われます。東方王宮総取締役として、これ以上責任のある仕事はありません。腕が鳴る――と、普段の私なら堂々と言い放ったでしょうが、今回ばかりはそう断言出来ませんでした。
「私――…正直、怖いです」
 何が起こるか予想も付きません。……いえ。きっと、少しは予想しているんだと思います。けれど怖くてそれを認知しようとしない。逃げようとしています。
「今も……本当は、逃げ出したい気持ちで一杯なんです。マスターが戻られる前にいつ逃げ出そうか……そればっかり……」
 ひざを抱え込んでうずくまります。本当に、怖い。それで一杯です。
「何故、逃げないんですか。芙蓉様なら簡単でしょう」
 事も無げに言って見せますが――その通りです。実際、今まで幾度と無くその機会はありました。今もそうです。本当にその気になれば、いつでも逃げ出せます。でもどうして逃げないのか――。
 例え当て馬とは云え、東方王宮総取締役を引き受けた以上は成し遂げなければと責任感があります。けれど一方で、どうせ私が居なくても東方王宮は困りはしないんだとも考えます。小さな私一人の穴埋めくらい、東方王宮には造作も無いでしょう。そんな二つの相反する気持ちがぶつかり合って相殺、プラスマイナスゼロです。
 だけどそれだけでは逃げ出さない理由にはなりません。もっと、きっと、何かが私の足を引き摺っています。
「芙蓉様?」
 黙り込んだ私に、優しく声を掛けるカトラス。
 その時、何かが私の中で閃きました。ああ、そうかと、一人で納得します。原因はこれなんです。
 芙蓉様、と、呼ばれる度に思い止まりました。芙蓉イラナイと呼ばれているにも関わらず、その声が私を引き止めるんです。東方王宮の皆。取締室の皆――エリザ、アデリア、スコット、エイジアン、ハロルド。ディも、そしてカトラスも……。
 ――いいえ――きっと、それ以上に――。

 ……ここに、居たいんだ。

 すっと立ち上がって、星空と、銀天街と、東方王宮を見下ろしました。広がる世界。私が辿り着いた場所。
「ここが――ここに居たいと思えるような――…そんな場所で良かった……」
 小さい頃、私は何処に居ても疎外感を感じていました。それは高校生になって同じで、いつも私は「ここでは無い場所」を探していた。……きっと何処でも良かったんです。あの頃の私は逃げ出す事ばかりを考えていたから。今と同じ様に。だからあの時、助けたエルフの手をとってアルフハイムへと赴いた。それはそれで救われました。けれど今は違う。――逃げ出す事だけが、解決策じゃない。
「出来る限りの事をやってみます。でも駄目だったら……」
 その先の言葉は続きませんでした。駄目だったらどうなるか検討もつきません。でもきっと、私が取る行動は決まっています。
「駄目だったら?」
 カトラスに促され、私は自嘲気味の笑顔で答えました。
「逃げます」
 その時は後を宜しくと付け加えると、彼は私と同じ笑顔を浮かべました。それから手を伸ばして、私の左の指先を捕まえます。
「出来る限りの手伝いはするから、そんな独りの顔は止めろ。……ディも居るだろ。オレも――…」
 そこまで言い掛けて、でも続きは聞けませんでした。
「――すみま」
「いいえ」
 謝る彼を遮ります。きっと、言葉遣いがどうのと言いたいんでしょうけど、そんな詰まらない事で謝らないで下さい。せっかくこんなに嬉しいんですから。
「――――…」
 触れた指先の温もりを強く握って、私はもう一度、光が灯る世界を見下ろしました。
1.2.3.4.
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